2009.10.01

【速報】発達障害児支援エキスポ2009【事務局より】

奥田健次の教育改革ぶろぐろ部の事務局です。

2年に1度の発達障害児支援エキスポ2009(次世代育成と発達障害児者支援の体験博覧会2009)に、今回も奥田健次先生が出展依頼を受けました。2年前に奥田先生が書かれた記事はこちらですflair

前回も一番に満員御礼をいただきましたが、なんと今回もいち早く奥田先生のワークショップが<SOLD OUT>shineとなってしまいましたsign03

それで申込者がまだ多数おられるということで、エキスポ主催者側が早くも定員増加の打診をしてこられたそうです。近々、増員分の受付が開始されるそうですので、ご希望の方はあきらめずにホームページをチェックしてみて下さいねhappy01

それと、10月14日のシンポジウムは大ホールを借りておりますので、座席にかなり余裕があるとのことです。当日でも受付可能のようですし、こちらは無料ですのでどうぞお越し下さい。立命館大学の望月昭先生も来られて、すごいメンバーで開催されます。こちらのホームページに情報があります。

 

 

文責:奥田健次の教育改革ぶろぐろ部の事務局

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2009.07.13

【週刊朝日】子育てプリンシプル、紹介されました!

奥田健次の教育改革ぶろぐろ部の事務局です。

『週刊朝日』(7月17日号)に、子育てプリンシプルの書評(話題の新刊紹介:土屋敦 評)が付いたそうですshine

まだ事務局も確認できていませんが、現在店頭に並んでいるものなので、急いで買いに行って来ようと思っています。毎週火曜日に最新号に変わるので、店頭では今日しか買えないですもんねdash

どうしてもと仰る方は『週刊朝日』のウェブページから購入できるようです。

一つ前の記事で紹介しましたように、この本は一般書として幅広く反響が大きいということでしょう。

奥田先生らしい痛快な表現が込められておりますので、ぜひ多くの方々にお読みいただきたいと思いますconfident

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2009.07.03

【大反響】子育てプリンシプル

奥田健次の教育改革ぶろぐろ部の事務局です。

一ツ橋書店さんから出た子育てプリンシプル。こちらのほうは、やはり一般書だけあって幅広い方々に大反響ですhappy02

超・有名ブログから、一般の主婦の方のブログまで、あちこちで取り上げられていますshine

有名ブロガーからは、『オフイス・マツナガのブログ!(現役雑誌記者によるブログ日記!)』さん。こちらには、奥田健次先生の自薦も掲載されています。

それから、『桃の里から』さん。政治・経済・医療・福祉など、各方面で横行するまやかしをぶった切っておられて、注目されているブログです。

『ひねもすまたり』さんは、本書の中身をかなり詳しく要約して下さった上で、ご感想も紹介して下さっております。

比較的新しいブロガーも取り上げて下さっています。『林住期から遊行期へ』さん。さっそく奥田先生に読んでもらうと、「臨床について書くということには、無理があって、なかなか本にすることは出来なかったという。子どもは、一人ひとり違うのだから、それをうちの子にもここに書いてあるようにすればいいのだなどと思われると困るからだ。全くその通りだと思う。」と言って下さっていたのを、とても喜んでおられました。「ああ、その苦しい部分を分かって下さる読者もおられるんだー」と。

ブログ以外でも、各界著名人からの書評や推薦の言葉が寄せられていますhappy01

作詞家・音楽評論家の湯川れい子先生から、直筆のお便りが届けられたそうです。私信ですので内容は公開いたしませんが、とても教育や子育ての問題に興味をもっておられることが伝わる、心温まるお手紙だったそうです。実は、奥田先生のカラオケ十八番(だというcoldsweats01)、小林明子さん『恋におちて -Fall in love-』。作詞が、湯川れい子先生なのです。奥田先生は、「中学生の頃は歌詞の意味も分からずに歌っていたけども、本当に良い詩というのは歌詞のフレーズがそのまま丸暗記されてしまうものです。この曲はまさにそんな名曲。他にも松本伊代のセンチメンタル・ジャーニーとか、中森明菜のSOLITUDE、中島美嘉のNHKのアニメ『火の鳥』などなど。記憶に残る歌詞ばっかりですよ! 拙著を読んで下さったなんて、光栄ですというか恐縮ですというか感激ですというか、何というかカンというか・・・」と興奮気味。事務局のワタクシもまったく同意です。

最後に、『ブログ桜舟塾』さんでも紹介されていますが、精神科医・香山リカ先生が雑誌で紹介して下さいましたshine

香山リカ BOOK REVIEW

**親子で成長する子育て 「土台家族」を目指す**

 私事で恐縮だが、私には子どもがいない。だからときどき診察室で不登校児の親などに、「先生にはお子さんがいないから私の気持ちなんてわかりませんよね」と言われることがある。それもあって、あえて「親になる前に『子育て本』を書きたかった」という心理学のプロである著者に強い興味を持った。
 著者の主張は、とても明確。親と子はそれぞれの立場と役割をしっかり認識し、親はほめるときはほめる、でも毅然とすべきときは厳しく、失敗や挫折のチャンスを奪わずに、「ごめんなさい」と「ありがとう」が言える公共心を持った子どもを育てるべき。まとめるとこうなるだろう。
 そして、目指すべきはメンバーが基本ルールをしっかり共有している「土台家族」だとする。ムードに流されるクラゲ家族、親が一方的に理不尽な命令をする煉瓦塀家族では、子どもの自己肯定感は育たない。もちろん、親が目先の損得にとらわれたり見栄やお金にうつつを抜かしたりしていては、世間や子どもに揺さぶられ、とても土台家族は作れない。
 なるほど。これは子育て本というよりは、親自身に「あなたはしっかり生きてますか」と問うた本だ。わが子かわいさのあまり、情に流されたりした経験がない著者だからこそ、こうやってズバリ、親である大人を叱咤激励できるのかもしれない。子育て中の親にはもちろん、子育てが終わった大人や若い人も一読しておくとよいかもしれない。
 異色の臨床心埋士、“子育てブラックジャック”の異名も取る著者は、これから教育界にちょっとした旋風を巻き起こしそうな予感がする。

『月刊 日本語』アルク刊 2009年7月号掲載

「行動療法のこととか書いているから嫌われるんやろう」と思っていた奥田先生は、「精神科医の中には変わった人がいるんやなあ。いや、ほとんどの精神科医が変わってるんであって、香山リカちゃんがマトモってことなのか・・・。しかし、マトモじゃないおいらを褒めて下さる香山センセーもマトモじゃないのかねえ・・・よーするに、マトモとかイジョーとかってこーいう分からんものもあるんやね」という感想を漏らしておられました(思わず、飲んでいたコーヒーを吹いてしまいました・笑)。香山リカ先生、大変失礼いたしましたm(_ _)m 奥田先生の返信メールをそのまま載っけて良いと言われてますので・・・coldsweats01。本音は心から喜んでおられます! 子育てプリンシプルをご紹介して下さり、事務局スタッフ一同、心から感謝しておりますsun

香山リカ先生の書評が掲載されている『月刊 日本語 2009年7月号』、下のバナーからご購入いただけます。子育てプリンシプルをまだお読みでないお方も、よろしければぜひご一読下さい。

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2009.05.08

新著『自閉症児のための明るい療育相談室』発売間近!!

奥田健次の教育改革ぶろぐろ部の事務局です。

ここのところ、奥田先生、出版ラッシュshineですね。つい先日、子育てプリンシプルを紹介したばかりでした。

Okudakobayashi2009_2 今回の一冊は『自閉症児のための明るい療育相談室−親と教師のための楽しいABA講座』。学苑社さんから出版されます。

奥田先生の恩師のお一人、小林重雄先生との共著flairです。

帯のオモテ、ウラには次のようなことが書かれていました。

●帯より これまで何千人ものクライアントと対峙してきた臨床家であり、自閉症研究者である二人の著者が、読みやすいQ&A方式で、読者の悩みにお答えします。全54の質問に対して、著者が繰り出すそれぞれの回答は、今まで詳しく明かされてこなかった“テクニック”“独自の技法”が満載です。

◆このような方法を紹介します ◆
腹五分目法/アメ横スルメ法/バルーンの原理/シンクロナイズの原理/ブルブル握手脱感作法/膝カックン式着席法/うっかり法/どさくさにまぎれて法/ マンガ喫茶式保管法/デジカメコレクション法/悪女の深情け法/こだま法 など

明るい療育相談室sunというだけあって、なんだか技法の名前も興味そそられるものばかりですnote

なんだか「どさくさにまぎれて法」なんてのは、行動療法らしいなあと思ってしまいましたhappy01

いつものように奥田先生からコメントをいただきました。

これはええ本やわ。すんごい面白い。小林先生のお茶目っぷりを引き出せたのは、企画として大成功。イラストもやわらかいし、本文の表現もかなりやわらかい言葉で書かれているんですけどね。でも、本当は普通の親御さんにとっては厳しいと思えることを、二人揃ってさらっと答えてるんですよ。たとえば、食べるときに遊んでしまう子どもに対して、私も小林先生も「時間が来たら、皿を下げてしまって、食事を終わりにしてしまいましょう」とハッキリと答えています。他にも「そんなことしてたら取り返しがつかなくなります」とか、良くない対応は良くないとキッパリ答えています。私と小林先生がそこまでハッキリキッパリ答えることができるのは、当然ですが親子共に良くなって欲しいという強い願いがあるからです。私自身が書いた「はじめに」はまあ良いのですが、著者二人の「あとがき」にぜひご注目下さい。私と小林先生の「なれそめ」が書かれています。行動療法の基礎がある程度できている読者にとったら、回答のアイデアの面白さが、ただ面白いアイデアだということではなく、その根底にはしっかりとした行動科学の基礎原理を用いているということにお気づきいただけるかもしれません。学術書ではありませんが、学術的に楽しむこともできる一冊です。

ワタクシは最終原稿を読ませていただきましたが、確かに「あとがき」もステキですが、本文を読むにつけ、奥田先生や小林先生のように職人気質なセラピストってやっぱりひと味もふた味も違うなーと思いましたconfident

保護者や教師の皆さんにとっては、身近な悩みへの具体的なヒント満載な一冊ですので、すごくオススメです。

こちらもアマゾンなどで予約購入が出来ます。ブログ左枠のバナーから購入できます。

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2009.04.21

新著『子育てプリンシプル』発売間近!!

Kosodate_principle_2 奥田健次の教育改革ぶろぐろ部の事務局です。

この度、奥田健次先生の単著、子育てプリンシプルが発売されます!!

5月11日、一般書店にて発売予定。一ツ橋書店から出版されます。アマゾンでも近日中に予約購入の申し込みが開始されるとのことです。出版社さんのレビューはこちらをご覧ください。

すでに、ホームページにもアップされていますが、印刷中の表紙カバーをブログでもアップさせていただきました。ド派手happy02

帯のテキスト(表面)はこんな感じになっていますshine

目先の損得勘定に気を取られるキリギリスのような親。
将来のことを考えず,今のムードに流されて揺れるクラゲのような親。
そんな大人の子育ては,かなりキケンなものなのです。
子どもに“苦労”をさせられますか?
子どもに“がまん”をさせられますか?
子どもの“苦労”や“がまん”を,しっかり激励してあげていますか?
ブレない土台や羅針盤。それが,プリンシプル[=原理・原則]。
プリンシプルを求めることは,親と子の成長に欠かせません。
プリンシプルのある子育てに全力で取り組みましょう。

※本書には,親にとってシンドイ姿勢を求める提言など,カゲキな発言が含まれています。

“子育てブラックジャック”

待望の初単著!!

プリンシプルの直伝,ついに解禁!

最後の小さい字が良いですね。“これは劇薬ですban”みたいな注意書きっぽくて面白い。表紙や帯などのデザインやコピーは、出版社や編集プロらが会議で決めたんだそうです。ちなみに、ワタクシ事務局の特権で原稿ゲラだけでなく見本デザインも見せていただきましたが、帯の袖にも小さな写真がありました。でも、ここではどの写真が載っているのかはナイショですpaper。皆様にはぜひ書店で手にとって見ていただきたいと思います。

奥田先生からいただいたコメントです。

なんか照れくさいというか恥ずかしい。しかし、プロダクションやデザイナーに任せることで、他人から自分がどんな目で見られているのか少し分かる気が。本書では、言いたいことの2割程度しか言えてないので、自分としてはこの本のどこが「カゲキ」なのか分かりませんね。講演とかではもっとカゲキなのに。それにしても、この本が1,050円(税込)って安すぎるんちゃうか。教科書や専門書だったら、この分厚さなら2,000円前後はするのに。だからなのか、カバー帯の写真はブログでアップされてるやつを使用したいってさ。単なる出版社のフトコロ事情なのか、深イイ話っぽい意図があるのか。これらの写真は、全部シロウトがパシャっと1枚だけ撮影したものなんよ。そういうのを帯とかで使用するか、普通? プロのカメラマンで撮影会とかするんでないの? などと、憎まれ口をききたくもなりますが、出版社としてはとにかく売れてくれないと話にならないでしょうから。売れれば映画化でもしてもらおうかしら。主演は小池徹平君でよろしく。まあ、しかし昨今はとにかく本が売れませんからね。マンガは売れるが、活字は売れない。売れなくても良いから、必要としている人にとって、何かの力になれば十分です。

確かに、お買い得shineですね。

映画化は、、、無理でしょうcoldsweats01

しかし、ワタクシはこういう直言を待っておりました。奥田先生は、世の中が親に対して厳しいことを言わないから、先生ご自身が嫌われ役か憎まれ役でも買ってやる、という役回りをされているのでしょう。以前「ある意味、一人勝ちやgood」と言っておられたことを思い出しました。直後に「ビジネスとしては勝ちとは言えんけどねっconfident」と自嘲して笑っておられましたが、他にはないという意味で「勝ち」ということなのでしょう。

奥田先生は実際に問題を直せるから、過激なことを言っても通用するのです。これが、直せないのに口先だけというのでは、とても通用しないでしょう。「直してもらう問題なんかありません」という親には不要な直言かもしれませんが、ちょっとでも助けを必要としている親には、本当に大切なことが書かれていると思います。特に、8歳までの子をもつ親御さんにはぜひとも読んでいただきたいと思っています。

アマゾンなどで予約購入が出来るようになりました!

ブログの左枠のバナーから購入できます。

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2008.12.11

奥田先生、学会賞を受賞!!(事務局からのお知らせ)

奥田健次の教育改革ぶろぐろ部の事務局です。

最新ニュースが入ってきました!!

奥田健次先生が、「第4回日本行動分析学会学会賞(論文賞)」を受賞されました!!shine

Kenjiokuda2008_001 奥田先生からいただいたコメントです(メール本文そのまま掲載いたします)。

このところ忙しくて、研究が思うように進んでおらず、投稿できる論文数も減ってきました。ですから、行動分析学会の論文賞というのは意識にありませんでした。この度、突然に今回の受賞の知らせを受け、「シンジラレナーイ、すりーぴんぐイヤーにウォーター!」という心境であります。私という人物を選んでくださったのではなく、論文を評価してくださったことを、とてもありがたく嬉しく思います。私にはクラゲを光らせることはできませんが、子どもたちを光らせることをこれからも一番の仕事として、最期の日まで励んでいきたいと思います。

奥田先生らしい、ウィットに富んだコメントですねhappy02

なお、受賞式と受賞講演は、2009年度大会(筑波大学)にて行われるとのことです。(学会のニュースレターは、こちらをクリックすればダウンロードできます)

もう一つ、奥田先生の近況を。来年、バルセロナで開催される教育シンポジウムから講演依頼があったそうです(国際的っ!airplane)。使用言語は英語だということもあって、先生はこの依頼を引き受ける気まんまんでした。ところが、このシンポジウムの日程が上記の行動分析学会と重なっているんだそうです。

「受賞式とかが無ければ筑波をサボってバルセロナやねんけどなあ、ユーロも安いしなあ、マイルも貯まってるしなあ、でもやっぱり受賞式を欠席するわけにはいかんやろぉ、パーマンのコピーロボットがほしいなぁgawk」と、ボヤいておられました。まあ、まあ、先生coldsweats01。今回は行くなってことでしょう。講演の機会はまたあるでしょうから。

それよりも心配なのが、先生の体調です。このところ、ずっと悪い状態が続いているそうで。一同、もっと自分のための時間を作られると良いのにと思っているのですが、なかなか言うことを聞いてくれないんですよね。ホント、休んでくださいってば。お願いいたしますthink

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2008.04.01

TBSが会津に謝罪のような挑発?

出たね、TBS。

バラエティー的な要素を優先して、ストイックな武士道に傷を付けるとは。

TBSだけは歴史を取り扱っちゃいかんわな。

TBSが会津に謝罪 歴史クイズ番組問題で

2008年03月31日22時10分

 TBSの歴史クイズ番組で戊辰戦争にまつわるクイズの正解が「史実と異なる」として、福島県会津若松市が訂正を求めた問題で、同社のプロデューサー2人が31日、市役所を訪れて菅家一郎市長に謝罪した。だが単発番組のため訂正放送はできないとの回答に、菅家市長は「市民の理解が得られない。バラエティー番組だからと言って『ならぬものはならぬ』だ」と述べ、再検討を求めた。

 番組は2月16日放送の「歴史王グランプリ2008まさか!の日本史雑学クイズ100連発!」。旧幕府側が会津若松城を明け渡した理由について「糞尿(ふんにょう)が城にたまり、不衛生だったから」が正解とされた。TBS側は情報制作局長名の文書で、開城は複合的な原因だと認識していたがバラエティー番組の性質から「糞尿……」を正解としたとし、「会津若松の方々を不快な思いにさせることは本意でなく、深くおわびする」としている。TBS広報部は「ご理解が得られず残念。今後とも話し合いを続けたい」と話している。

なんやろうね、コレ。

謝罪と同時に「ご理解が得られず残念」と表明するのは、謝罪というんやろうかねえ。

会津武士道の関連図書から、子育てや教育再生のヒントを山ほどいただいたよ。

毎度そうやけど、TBSの言動・報道のほうが理解できんって。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと, 教育, 社会 |

2008.03.09

東北大の国産自給イモ定食が大好評ですって

良かったねえ。うちでも紹介した東北大の「イモ、食いねえ!」キャンペーン。

全国で反響を呼んでいるねんって。うちにもメディアからのアクセスが結構多かったよ。

注目されたのは良かったけど、大事なことはこれからの展開でしょ。

「食料自給率への関心高める」 東北大の「3食イモ主体メニュー」に反響

2008.3.8 20:44

 東北大学の学生が1月に実施した食料輸入がストップした場合の食事メニュー体験「日本SHOCK!フェア」が全国で反響を呼んでいる。

食料輸入が止まり、自給可能な食料で1日の食事メニューを作ると3食ともイモが主体になる。このメニューを体験し、学生に食料自給率39%という日本の危機的状況に関心をもってもらうことを狙ったイベントだ。

 4月に「食料安全保障課(仮称)」の新設を予定している農水省は、食糧自給率リポートの発行やホームページから各家庭の料理自給率を計算できるソフトをダウンロードできるようにするなど食料自給率への関心を高める努力を継続中。「言葉だけでは分からない。体験は食料自給率への関心を高める」(農水省)と期待する。

 今すぐ輸入がストップして、国内で生産可能な食料だけに限定してメニューを作ると1日996キロカロリーしか摂取できないが、メニューは、農水省が進める耕作放棄地解消策などがうまくいったことを前提に、平成27年度の食料自給率をもとに1日当たりの摂取熱量を最大化(2020キロカロリー)して作った。

 予想値をもとに作ったメニューだが、2000キロカロリーは戦後の食料難が続いていた昭和20年代後半と同水準になる。

 東北大のイベントは、イモ主体のメニューを2日間で117食を販売した。目標の100食をクリアし、体験者へのアンケートでも85%の学生が「日本の食料自給率の低さは問題だと思う」と答えた。

 イベントを企画した学生らは、「熊本市議会議員が見学に来たり、千葉県の主婦団体からの問い合わせなど全国で反響があった」と満足げ。「このメニューを福田康夫首相に食べてもらいたい」と話している。

 今後は、小学生とその親にメニューを体験してもらうイベントを市主催で開催するように仙台市教育委員会と交渉中。また、全国の大学生協にもイベント実施を働きかけていく。

前のエントリーをアップしたときに「少な過ぎるわ、もっとやろうよ!」「すべて売り切れるでー」と予想していたんですけども、やっぱり100食なんか簡単にクリアしてしまったんですねえ(オメデトー)。

ちょっとだけ苦言も(今後の課題の提案っつーことで)。日本の食糧自給率の低さが問題だという認識が高まったのは良いけど、どうすればその問題を解決できる? ここから先は、相当な戦略と戦術が必要になるわけでな。しかも、それを推し進めるだけの「胆力」も必要となる。貿易問題は戦争なんですからね。

それから、ぬらりひょんに食べさせてどうするの? 首相に「分かって下さい!」とアピールするだけでは何にもならん。そりゃ食べてくれるかもしれんが、それでは何にもならんね。劇場型政治の発想は無意味。そういう注目のされ方をするんなら、せっかくのキャンペーンも色あせてしまう。

東北の輝く星(笑)、小沢一郎しぇんしぇいの話を聞いてみ。小沢一郎の食糧自給率100%政策に賛成した上で、その政策の困難な部分を指摘してみて、その上でさらにどうすれば良いのか自分の頭で考えてみて。くれぐれも、ブログで情報集めなんかしようと思うなよな。

ただ賛成するだけでも駄目、到底無理と思って思考停止するのも駄目。上記のような思考プロセスが大切ですよ。食糧自給率の向上が喫緊の課題だと認識した学生さんの次の課題(生産的な課題)はこれですわ。

マスゴミを喜ばす言動しまくりのアホ政治家なんかを反面教師にして蹴散らしてやれい。

 

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関連記事:
【中国の】毒まんのおかげさん【クオリティー】
東北大の『オール国産定食』
小沢一郎からの巻き返しに期待する(2)
小沢一郎からの巻き返しに期待する(1)
今度は30か月齢以下に拡大ですか(狂牛病問題)
クジラを食べよう!
早送りで見た拝金主義者の行く末
暴れん坊のサンタクロース
     など多数。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 経済・政治・国際 |

2008.03.01

酒ではモヤモヤを吹き飛ばせません!?

おもしろい基礎実験。

酔ったラット、しらふのラット(笑)。

この名称だけでも笑えます!

酒で憂さ晴らしは逆効果?東大教授がラットで実験

 憂さ晴らしに、酒の力を借りるのは無駄かも——。東京大学の松木則夫教授(薬品作用学)らが28日、そんな研究結果を発表した。

 ラットを使った実験で、薄れかけた恐怖の記憶をアルコールが鮮明にする役割を示したという。成果は米国の専門誌に掲載された。

 松木教授らは、ラットをふだんの飼育環境と違う箱に移し、電気ショックを与えた。いったん通常の飼育環境に戻し、翌日、恐怖を与えた箱に戻した。ラットが箱の中でじっと動かない時間の長さから、「恐怖記憶」の度合いを測った。

 再び箱に入れて恐怖記憶を呼び覚ましたラットを2グループに分け、片方にアルコールを飲ませた。すると、酔ったラットは、しらふのグループより、箱の中でじっとしている時間が長くなった。恐怖記憶が、アルコールによって強められたと考えられるという。

 松木教授は「記憶はいったん不安定になり、徐々に固定していくとされる。嫌なことを忘れる奥の手は、おぼろげなうちに、楽しい記憶で上書きしてしまうこと」と酒に頼らない忘れ方を勧めている。

(2008年2月28日21時00分  読売新聞)

うむ。「嫌なことを忘れるためには楽しい記憶で上書きせよ」ですか。結論が行動療法的。

行動療法ではずっと昔から定式化された方法ですね。

それでも酒飲みは酒を飲む。行動療法家も酒を飲む(自分は飲まないけどね)。

ということは、本当は嫌なことを忘れようとして飲んでいるわけではないともいえるのではないか。そう考えれば、いろいろ機能的な考察が展開できる。

単純に美味しいから、酒を飲む場はたいてい楽しい場だから、酒を飲んで泥酔すると助けてくれる人がいるから(甘えられるから)、などなど。

実験箱のラットは、アルコールを飲まされるだけでしょ。人間でいえば「一人暮らしの自宅での一人酒」に近いのかもしれません。アルコールの効果を検討するのがこの実験の目的なのでこれでOKですが、「楽しい宴席での酒」の効果については今後の課題なのかもしれませんね。

「酔ったラット」の実験箱を「楽しいパーティー状態」にしてみるとどうなるのかしら。

何にせよ、こういう基礎実験は好きですね。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2008.02.19

坂本龍馬を訪ねて

龍馬さんの記事を2つ。

いずれも近年になって明らかにされたもの。

まだ暗殺の事件については謎のままだが、少しずつ歴史の探訪が進んでいくのでしょうね。

チョコより興奮?龍馬の直筆

2008年02月14日

 幕末の志士、坂本龍馬の直筆の手紙が13日、名古屋市昭和区の南山中学男子部で披露された。龍馬にあこがれる生徒が、持ち主に送った手紙がきっかけで実現した出会い。テレビの鑑定番組で6400万円の値がついた貴重な品と、生徒たちは恐る恐る対面した。
 手紙は、長野県上田市の三吉治敬(はる・たか)さん(69)が所有する4通。三吉さんの曽祖父にあたる三吉慎蔵(1831〜1901)が、親交のあった龍馬と交わした書簡だ。
 長州藩の支藩、長府(現在の下関)藩士で槍(やり)の名手だった慎蔵は、藩から薩長同盟締結のため京都に向かう龍馬の警護を命じられた。寺田屋事件に遭い、龍馬の命を救ったことが縁で親交を深めたとされる。
 公開は、龍馬にあこがれる生徒が書いた1通の手紙がきっかけだった。同校3年の渡辺大起(ひろ・き)君(15)らは、テレビ番組で手紙の存在を知り「読ませてほしい」と気持ちを伝えた。未来を担う若い人にこそ歴史に触れてほしいと考える三吉さんは、これを快諾。地元以外の学校では、初めての公開となった。
 幕府や諸外国の様子、倒幕に向けた動きなどを記した文面には、勝海舟、西郷隆盛、中岡慎太郎らの名も登場する。あこがれの人の直筆を目の当たりにした渡辺君らは「バレンタインチョコよりうれしいプレゼントです」と興奮気味だった。

おお! 自分も読んでみたい!

もう1つ。

愛の証し、龍馬が妻に贈った帯締めを公開…高知

 幕末の志士・坂本龍馬(1835〜67)が、妻のお龍(りょう)に贈った帯締めが見つかり、高知市文化プラザで公開されている=写真。愛刀のつかに使う飾り金具「目貫(めぬき)」と、ひも「下緒(さげお)」で作っており、龍馬の思いの深さがうかがえる。

 帯締めは龍馬の暗殺後、お龍が1年間身を寄せた高知県内の縁者の娘がもらった。娘は龍馬と親交のあった旧家に嫁ぎ、代々女性たちが秘蔵。市立市民図書館がこの家から借り受け、出展した。

 2年間の結婚生活で、夫婦の絆(きずな)を示す資料は少なく、幕末史に詳しい木村幸比古・霊山歴史館学芸課長(京都市)は「貴重な愛の証し。龍馬の資料は出尽くしており、近年ではまれな発見」と評価。3月2日まで展示する。
(2008年2月18日  読売新聞)

袴にブーツ。女子大生の卒業式のスタイルの定番やけど、龍馬さんが日本で初めてそのスタイルをしたんよね。知らない人は、龍馬さんの銅像とか写真とか見てみ。草鞋じゃなくて、ちゃんとブーツを履いてるよ。

お龍との関係を示す資料からも、龍馬さんの人となりが分かってきそう。

毎月、高知で仕事をしているのに、まだ資料館には行ってない。いつか行きたいものです、ブーツを履いて。

追記:“photo album”に追加された写真です。2008年12月。奥田健次の教育改革ぶろぐろ部事務局より。

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関連記事:
サバイバル料理の心得、それはユーモアぜよ!
龍馬のカンパニー
スケールの小さい現代の政治家
     など。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2008.02.17

笑いを測定する試み

これまた面白い実験ですな。

笑いを測定するんですって。心理学者としては、測定のアイデアには自ずとワクワクするもので。

さて、今回はどんな測り方なのでしょうか、見てみましょう。

笑い測定機開発、大爆笑4秒で20「アッハ」 関西大

2008年02月16日09時50分

 笑いの度合いを数値化し、アッハ(aH)という単位で表す「笑い測定機」を関西大の木村洋二教授(コミュニケーション論)と大学院修士課程2年の降旗(ふりはた)真司さんの研究チームが開発した。笑いは健康にいいといわれるが、それを科学的に検証するために役立てたいという。

 ほお、横隔膜、腹筋の周辺の皮膚にセンサーを張り付け、1秒に3千回の頻度で、筋肉を動かすときに発生する微弱な電気(筋電位)を測定する。これをパソコンに取り込み、独自開発の専用ソフトで解析し、笑いの程度を判定する。心から笑っていない人を見破ることもできるという。木村教授によると、大爆笑は1秒あたり5アッハほどで、これが4秒続くと20アッハになる。

 07年に測定機の原理に関する特許を出願した。開発費は約600万円。

 23日午後、大阪府吹田市の同大で公開実験をする。

顔面の筋肉の動きですか。ニンテンドーDSとかで、そんな表情づくりトレーニングがあったよね。可能でしょう。

しかしまあ、筋肉の動きはやっぱり単なるトポグラフィー。その数値だけで「笑い」の分析をするには限界があるでしょうね。また別の指標で測定しないといかんのやろうね。いずれにしても、ワクワクする研究です。でも、自分も吉本の若手芸人の審査員やったことあるけど、センサーを審査員の顔にペタペタ付けられるのは嫌ですなあ。

ところで、この新聞記者さんが悪いのか何なのか、「大爆笑は1秒あたり5アッハほどで、これが4秒続くと20アッハ」という記述を読んだときに、自分は『0.5アッハ』を記録したよ。だって、そのまんまやん(笑)!

将来、「すべり笑い」とかも測定できるようになるんかなあ。「今日のステージは5ヘクトシベリアだったね」とか、シベリア文太さんはじめスベリ芸をやる芸人用の指標も欲しいところ。光度が「カンデラ」なら、スベリ度は「ツンドラ」でもええんちゃう? 寒そう。

 

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関連記事:
「すべらない話」では文法が崩れても構わない話
      など。

Posted by 奥田健次 健康・美容, 学ぶこと, 脱力系 |

2008.02.16

オバマ氏の話よりも眼鏡の話。

なんだかオバマだクリントンだ、うるさいねえ。

そう思ってたら、本当にこんな記事を見つけたよ(オバマ氏を小浜市が勝手に応援 国内外のメディア殺到)。オバマ氏を小浜市が勝手に応援やって。ダジャレか。

米国の大統領候補選なんかどうでもいい。福井県。福井県といえば眼鏡!

福井県ってのは、関西人からすれば「金沢や富山に行く途中に通る道」みたいに思われてる。そういう見られ方に対して福井の人が怒っているのかというと、そんなものよと自認している人が多いみたい。「空港も小松空港でいいや」という県民性。結構、「いい人」が多いのです。

ところで、福井県といえば「眼鏡」です。全国生産の90%が福井県。生産量だけではありません。世界が注目する眼鏡工房がたくさんあるんですわ。福井県の職人しか出来ない技術もあるんだそうな。さすが手工業の国、日本。

自分もいよいよ「世界のFUKUIブランド」を買ってしまいましたよ。今まで「おフランスのアランミクリ」を愛用していたざますが(笑)、今回は「マスナガ(THE MASUNAGA)」の新作を購入してしもたんやざぁ(この方言、合ってるの?)。最新のカタログにも載ってない、新作中の新作です。増永眼鏡といえば、昭和天皇がご愛用された老舗メーカー。スイスやドイツにも進出しているんですね。

自分は「職人の仕事」に愛着を感じる。修行に修行を重ねてこそ、本物が生まれるんですよ。仕事に妥協などありえない。

そういえば、自分が新大阪で修行していた頃のこと。一等地のオフィスだったんですが、そんなわけでお隣が越前屋俵太さんのオフィスでした。芸能人のオフィスの隣で、発達障害のクリニックをやっていたんです。

越前屋俵太さんといえば、アルマーニのスーツ(衣装ではなく自前)を着たまま海の中に入って、フツーに路上インタビューみたいな感じで仕事中の漁師さんにハンドマイクを向けてインタビューとかしていて、無茶で笑えた(悪い子だったので真似してしまったことも)。福井、越前、新大阪、自分の修業時代。そういう繋がりで、なんか勝手に懐かしい。

もちろん、今もこれからもひとり修行が続きます。マスナガの眼鏡、ミクリと同じように大切にします。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2008.02.10

無鉄砲でごめんね。

しんどい。どえらく疲れました。

昨夜から小さなビジネスホテルに泊まって、朝から仕事でしたよ。その周辺、そんな小さなホテルしかないんやもん。また仕事の内容もちょっとねえ。

専門分野のことを話しに行くのではなく、聴きに行く側やったわけ。専門分野だけに、講師の話のレベルが自分には正直、低すぎてしんどかった。

まあ、講師の立場になれば難しいんよね。いろんな聴衆がいるんやけど、どのレベルに合わせて話せば良いのかという悩みね。それもあるけど、経験話で6時間というのはキツイ。データの提示が1回も無かった。ちょっと考えものでしょう。ここまでが講演会の感想。

ここから先は自分の一般的な姿勢。

自分自身のためなら絶対に我慢しないよ。でも、今回の仕事はうちの学生と自分の研究室のスタッフのために尽きる。だから我慢した。かなり堪え忍びましたよ。「学生やスタッフのため」という役目を終えたら、この反動は恐ろしいからね。足かせが外れたら、関係者ひっくるめて蹴散らしてやる。なめんなよ。

ってなわけで、夕方に会場を去ってすぐにタクシーにて伊丹空港に移動。で、これから松山ですわ。完全無欠の超・無鉄砲な自分にはピッタリの「坊つちやん」の街。赤シャツ、野だいこ、自分には近寄るな。学界はこんな連中だらけなんで、ムカっ腹を押さえられんからな。

そうそう。無鉄砲なケンカを続けていると、夜中の再放送とか見ている仕事仲間とか「あしたのジョー、見てたら奥田先生を思い出したよ」とかメールが来る。んで、自分の闘いぶりを知る親御さんにも昨年暮れ「奥田先生はわざとご自身を逆境に追い込んでますよね。ゴローくんみたいですね」など心配して下さるもんですから、「申し訳ない」と思うわけです。んで「ところで、ゴローって誰? 稲垣吾郎?」と確認すると、「MAJORの茂野吾郎君ですよ」と。

ちょっと読んでみようと調べてみました(漫画とアニメでした)。いきなり序盤から父親との別れや母子家庭後の母親の再婚とか、そういうシチュエーションが自分と結構かぶってて(年齢やらセリフやら)、ちょっと読むだけのつもりが思わず読み続けてしまってます(苦笑)。あんなにマッチョではないけども、アグレッシブなところは親御さんの言うようにソックリ。「強い相手」とか「あんな人にケンカ売らねーだろ!」というのに偉そうにされれば、間違いなくケンカしてしまうんでね。「アホやなー、損するでぇ」と思われても仕方がない。自分、アホですもん。

Pitcher_okuda2008_1 そんなわけで(というわけでもないんですが)、研究室にあるユニフォーム(本物)を着て撮影会と相成りました。すでに〝photo album〟に設置されてます。

明日は子ども達の指導です。これが一番だわ。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと, 脱力系 |

2008.01.22

緑のたぬき? 否、緑の焼きそば!

緑の焼きそば。

ええねえ、茶そばみたいで。ソースを入れてまぜたら、また変色するんでしょ?

自分もいつか試す、試すー!!

「気持ち悪〜い」緑色の焼きそば 科学の不思議

2008年01月21日

 同志社大生が小学生に理科のおもしろさを伝える「楽しい科学実験教室」が19日、同大京田辺校地(京都府京田辺市)であった。市内の小学4〜6年の児童46人が集まり、先生役の学生14人と実験を楽しんだ。

 大学生がイベントの企画や運営を学ぶ授業の一環。3班に分かれ、ロボットを使ってモーターの動力をギアに伝える▽液体窒素でさまざまなものを凍らせる▽紫キャベツの汁で酸性とアルカリ性の違いを学ぶ——といった実験をした。

 紫キャベツと焼きそばを一緒にいためると、化学反応でそばが緑色に。子どもたちからは「気持ち悪い」「すごい」と歓声があがった。参加した市内の松井ケ丘小6年、杉木映里佳さん(12)は「理科は好きでも嫌いでもなかったけど、焼きそばが緑色になってびっくりした。家でもやってみたい」と話した。

変色といえば。忘れもしないのが小学校の時の理科の実験。

リトマス紙を使う前に、担任に「奥田君、こっちの液体にはこっちのリトマス紙を使って」と言われた。自分としては、「そんなん最初っから答えが分かってるんちゃうん? 色が変わるってんでしょ!」と思っていて、案の定、そうだった。

自分としては、赤いリトマス紙が青く変色する液体の中に、青いリトマス紙を入れたくて仕方がなかった。それをどうしても許してくれなかったんですよ、担任は。「モッタイナイ」という理由。「それに青いのをいれても変化がないから」と言われておしまい。「変化がないのをこの目で確認するのが大切なんとちゃうん?」と疑問を持ったが、「奥田君は理解の悪い子だ」みたいな評価でした。

科学ってのは疑問に思ったことを試験するのに、その試験をさせてくれなかった担任のおかげで、しばらく理科なんかキラーイになってしまった。

だから、こんな授業をやってくれる大学生がいたら嬉しかったやろうな。

自分もまた出前授業をやろうかな。高校の総合学習なんかで心理学のオモシロイ話をすると、いつも大好評なわけですよ。「犬のウンコ恐怖症を無くす方法」とか、笑える話をしましょうか。小学生向きにもアレンジできるし。幼稚園の年長さんにやると、もうバカうけ。

相変わらず、テレビ向きではないかもしれんが(笑)。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと, 教育 |

2008.01.17

「すべらない話」では文法が崩れても構わない話

話のネタ次第で、「文法のくずし」みたいなものが問題ではなくなる。

前半は「うーん」という感じでしたが、途中から「なるほどー」に変わる記事でした。神戸新聞の記事です。じっくり読んでみてつかあさい。

「体験談文法」は面白い話限定 神戸大・定延教授

 「すべらない話」という人気テレビ番組がある。お笑いタレントが体験談を語り、視聴者の爆笑を誘う番組だ。一方で現実社会ではどうでもいいような体験談を延々と聞かされて辟易(へきえき)することもある。ところが日本語では、面白くない“体験談”は文法的に語りえないのだという。“朗報”のようなその法則を明らかにした、神戸大国際文化学部の定延利之(さだのぶ としゆき)教授(言語学・コミュニケーション論)に聞いた。(武藤邦生)

 まず例文。「北京のまちって、しょっちゅうレストランがあるよね」

 違和感はないかもしれないが、この文はふつうの文法に照らせば、おかしい。

 「『しょっちゅう』『ときどき』『めったに〜ない』などは、デキゴトが起こる頻度を表す言葉なのに、レストランというモノの数を表現している」と定延教授は説明する。

 でもこうした会話は、ごく日常的に交わされている。定延教授自身、「定延なんて名字の人、めったにいないでしょう」などといわれることもあるという。

 日本語文法の盲点ともいえるこの語法こそ、定延教授のいう「体験談の文法」。レストランという「モノ」を、「北京のまちを歩くと、私の目の前にレストランがしょっちゅう現れた」という「デキゴト」(体験)に変換して話す文法だ。

 ただし、この文法はいつでも使えるわけではない。

 例えば最初の例文を少し変えて、「うちの近所って、しょっちゅうレストランがあるよね」とすると、途端にかなり不気味な文章になる。まるで、レストランが現れては消えるような…。

「北京」は○なのに、「うちの近所」は×。その理由は「“ワクワク感”が違うから」と定延教授。「体験談の文法は、面白い話限定。北京の話なら面白そうでワクワクするけれど、近所のことなんかどうでもいい」。つまり、つまらない“体験談”は文法上、語ることが許されないのだ。

 面白くない話には、モノをモノのままで話す文法、すわなちふつうの文法しか使えない。「たくさんレストランがある」のように。ふつうの文法とは「体験談の文法」と対極の「知識伝達の文法」で、「言語学はこれまで知識伝達の研究ばかり力を注いできた」という。

 定延教授は「コミュニケーションは何も知識の伝達だけで成り立っているわけではない。実際、体験談の文法は頻繁に使われているし、人の心が動かされるような場面では、体験を語ることが決定的に重要な役割を担っている」と指摘している。

(12/14 10:13)

「ワクワク感」の違いかぁ。

うん、すごく良いよね! こうなってくると、言語学からのこうした分析には、心理学(とりわけ行動分析学)のパラダイムが適用できる。スキナーの『言語行動』の枠組みで考えてみると、それこそ自分はワクワクしてしまうね。

いやあ、勉強になります。

 

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関連記事:
学会の最終日@San Diego
スキナーの心理学
     など。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 教育 |

2008.01.13

君もロボットになれる、なろう!

チュイーン、ガシャン。チュイーン、ガシャン。

のどかな地方の田畑に、こんなロボティックな音が鳴り響く。

重い米袋も楽々、農作業ロボットスーツ開発…東京農工大

 重い米袋も中腰のまま楽に持てる「ロボットスーツ」を、東京農工大の遠山茂樹教授らが開発し、9日公開した。

 農作業のとき、服の上から体に装着する。ひじや腰、ひざなど計8か所の超音波駆動モーターで人間の動きを補助し、体にかかる負担を大幅に軽くする。

 作業内容によって力の入れ具合を切り替えられるようになっており、例えば大根の収穫では、引き抜く際に大きな力が必要なひざと腰を重点的に補助。果樹の枝切りでは、腕を上げた状態で固定する。このスーツを装着すれば、20キロ・グラムの米袋を抱えたまま中腰になっても、何も持たずにイスに座っている感じだという。

 ロボットスーツは介護向けなどに開発されているが、農作業に特化したタイプは世界初という。4年後の商品化を目指しており、遠山教授は「今後は、果樹の熟度を測ったり天気を予測したりするシステムを組み込んで、農作業全体を補助するスーツを実現したい」と話している。

(2008年1月9日19時4分  読売新聞)

これはすごいね。目に浮かぶよ、ロボットスーツを身にまとった爺さんと婆さんが、畑のあちこちで大根引き抜いている姿がさあ。

夜中のテレビショッピングなんかで紹介される日も近い?

逆に、ロボットスーツを着たいがために、農業やろうとする若者が増えるとええかもしれんな。愛媛県でミカン狩りに力を発揮する「オレンジゲッターロボ IYO-MISHIMAX」とか、鍬でザクザクと畑を耕すのが専門の「墾田用ザクII」とか(笑)。

うむ。ロボットスーツには夢がある!

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2008.01.11

インドの「約束は約束カー」。

安くすれば良いってもんではないでしょうが、しかしこの社長のコメント、好き。

昨日の学研の「仕方がない地球儀」とはえらい違いやね。

インドに「28万円カー」登場、最も安い車の半額以下

 【ニューデリー=実森出】インドの大手財閥タタ・グループ傘下のタタ自動車が10日、1台10万ルピー(約28万円)の超低価格車を初めて報道陣に公開した。

 二輪車から乗用車への乗り換えが急ピッチで進むインド市場での浸透を狙う。11日からデリーのモーターショーで一般公開する。

 全長3・1メートル、幅1・5メートル、高さ1・6メートル。車名は微細さを表す「ナノ」。10万ルピーは税別、送料別の価格で、インド国内で現在、最も安い小型車の半額以下だ。発売は2008年後半になるという。

 思い切ったコスト削減のためエアコン、ラジオ、パワーウインドーなどは付いていない。ワイパーも1本、ドアミラーも運転手側だけと、装備は最小限に絞り込んだ。グループ総帥でタタ自動車会長のラタン・タタ氏は「4年前に開発に着手してから原材料価格も上昇した。多くの人がこの価格での開発は無理だと言ったが、約束は約束だ」と語った

 インドなど新興国の自動車市場で勝ち残るには、低価格車がどれだけ浸透するかがカギを握る。日産自動車・仏ルノー連合もタタを追随する形で低価格車の開発を表明している。

(2008年1月10日23時43分  読売新聞)

昨日の学研は「中国政府が輸出しないって言うから仕方ない」でしたね。

それだけに、このインドの会長の「約束は約束だ」は清々しいねえ。戦前、欧米列強によるインドや東南アジア諸国の植民地支配の解放に貢献した日本が、今や植民地支配されているような状態ですからね。アメリカにも中国・朝鮮半島に対しても謝罪外交やってるわけですから。

金よりも命よりも、もっと大切なもんがあるでしょうに。

命を懸けて日本を守ってくれた戦前の祖父らの嘆きが聞こえます。

ところで「パワーウインドーは付いていない」ってので思い出します。パワーウインドーが普及し始めた頃、自分の家の車はまだ手動でしたよ。近所の友達と一緒に、どれだけ肩や腕を動かさずに手首先だけ回して、外から見ている人があたかもパワーウインドーかと見紛うほどスムースに窓を開け閉めするか、練習したもんです(笑)。顔は井上陽水レベルですましながら手首先を一生懸命動かす姿は、水面をスイスイ動く鴨みたいなもんでしょうな。水面下では足がクルクル動いているというね。

こういうスキル、インドでも流行るんじゃないかな。何せ人が多いし、色んな人がいるやろうし、すぐに修行しそうなイメージもあるし。

しかし、28万円ならば日本の中古車で質の良いものを選んだほうが、性能も快適さも負けないでしょうねえ。だから、この「28万円カー」は日本にはあまり脅威にはならんでしょう。

会長の「約束は約束だ」というセリフが清々しかったので記事にしました。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと, 経済・政治・国際 |

2008.01.03

東北大の『オール国産定食』

面白い試み。

東北大の学生さんと生協による共催企画。

もし食料輸入がとまったら 東北大で国内生産だけの食堂メニュー

2008.1.2 17:27

 もし食料の輸入が止まったら…。そんな設定で日本の食糧自給率39%を実感してみようと、東北大の学生グループと同大生活協同組合が共催で、国内生産物だけで供給可能な1日1人2020キロカロリーの食事メニューを15、16の両日、仙台市の川内キャンパス食堂で提供する。ご飯とイモ中心のメニューは、昭和20年代後半のカロリー水準。学生らは「日本の食糧事情の危うさを体感してみたい」と話している。

 企画したのは、法学部で食糧安全保障を研究しているゼミの学生5人。昨年10月から干魃(かんばつ)などで厳しさを増す世界の食糧事情と日本の自給率の低さについて討論してきた。しかし「危ういといわれても実感がない」と議論は空転。それなら「自分たちも含め、学生や地域の人たちに広く関心を持ってもらうきっかけにしようと」と大学の生協に協力を仰ぎ、2日間だけの「日本SHOCK!フェア」を開くことにした。

 メニューは国内生産物だけで供給可能とされている1日1人2020キロカロリーを基準に、農水省が例示している基本メニュー=イラスト=を忠実に再現する予定。材料も国産にこだわるという。

 法学部2年、保理利光さん(20)は「メニューはイラストでみただけで正直食べたいとは思わないが、これではいけないとも思う。実物を前にすれば具体的な危機感となり、次の考えや行動につながると思う」と話し、ビラなどを配布してほかの学生たちにも呼びかけていくという。

 特別メニューの提供は両日とも朝昼夜各30食。問い合わせは、保理さん(電)090・8783・2962。

本当、良い企画ですな。

ご飯とイモ中心ですか。タイムスリップですな。

しかし、たった30食だけとは。自分なら『オール国産定食』を選びます。きっと好評で30食すべて売り切れるのでは? ただ、2日だけだと逆に真新しくて人気があるかもしれんが、これが1年中になると我慢しきれんのやろうな。「もし食料輸入がストップしたら」が現実になるというのは、この『オール国産定食』が毎日続くということ。

回転寿司とかも輸入食材を使わずに国内産食材だけでやったらどうなるかね。「たまご」「たまご」「たまご」「新香巻き」「たまご」「たまご」「たまご」「新香巻き」「たまご」みたいになるんやろうな。

先進国最低レベルの食糧自給率を高めましょうよ。

間違っても「食料輸入を止められぬよう輸出国に媚を売ろう」という方向性にはならないようにと願います。

 

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2007.11.25

成育医療センターでプレゼンしてきました

いやあ、面白かった。

ちょっとビックリ。行ってよかった成育医療。あの舞台で爆風ブチかましても、オーディエンスはニコニコ頷いてくださるんだもん。

シンポジウムでの話題提供。自分のお題は『携帯電話を子どもに持たせることに関する諸問題−心理学者からみた批判的考察−』でした。

自分の専門は社会学ではない。自分はあくまでも臨床家。だから、調査研究とかはやらないので、そういったデータは公的な機関のものを提示するだけ。

しかし、自分らしさは具体的な事例の紹介にある。いくつか、トンデモナイと思われるような事例を紹介した。それはそれで、調査研究では分からない生々しさが伝わるので好評だったみたい。

そのうち本を書くつもりです(といいつつ、捗らないけどね)。だって、プーチn...、じゃなかった(それは前の記事!)。忙しいんだもん。

自分のプレゼンの話はさておき。

いや、特に感動したのは自分の次の話題提供者。神山潤先生。事前に読んだレジメだけでも期待感バツグンでした。子どもと睡眠についての第一人者。

プレゼンテーションはもう最高。リサーチベースドで、スライドに次々とデータが現れては消え、現れては消え。猛スピードでしたが、朝の光の大切さ、夜の光の問題について、多くのデータに基づいて提言されました。

現代日本の夜の明るさ、子どもの睡眠時間の短さ。これが、どれほどひどいか国際比較されるところも、説得力抜群のスライド類。「ひどい」のは知っていたが、どれほどひどいのか、参加した人は視覚的に良く理解できたと思う。

某テレビ局の「愛は地球を救う」だの言いながら、24時間テレビの前の子どもを眠らせないという大人の詭弁。まったくご指摘通りです。

子どものことを守らなければならない大人が、目先の金儲けを選択してしまい、そのために子どもが犠牲になっている。うちのブログでもずっと主張していること。うちのブログ、政治家や大人の詭弁が大嫌いやからねえ。ホント、楽しかった。

神山潤先生のご著書、ぜひお読み下さい。真面目に、ホントに大切なことが書かれています。睡眠時間の短い自分には耳の痛い話でした(いつか、改善したいと思っています)。この下のスライドで紹介しています。

 

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関連記事:
隠されていたいじめ、激増するいじめ。
子どものケータイを制限する応援団
     など多数。

Posted by 奥田健次 健康・美容, 学ぶこと, 教育, 環境, 社会, 経済・政治・国際 |

2007.09.19

赤穂「忠臣蔵」検定

赤埴源蔵、礒貝十郎左衛門、潮田又之丞・・・・。

こんな感じで、赤穂四十七士の名前を諳んじておりました。元々、忠臣蔵ファンだったんですけどね。大学院修了間際、「赤穂市内の福祉施設で心理士の仕事しない?」って声をかけられて、何も考えずに「赤穂、大好きー!」と二つ返事で引き受けてしまった。タイミング良く、大河ドラマが忠臣蔵やったし。

仕事の帰りとか、赤穂城趾や大石神社、息継ぎの井戸などにひとり、遊びに行ったものだ。

「忠臣蔵」検定でござる 赤穂市で今冬、初実施

 忠臣蔵ゆかりの兵庫県赤穂市で、初の「赤穂『忠臣蔵』検定」が、今冬実施される。義士の人数にちなんで出題数は47問、開催は討ち入りムード高まる12月。試験官は義士と同じ雁木模様のハッピで臨む。受験資格はなく、吉良上野介の出身地・愛知県吉良町の人も参加大歓迎−と、全国の義士ファンに挑戦を呼びかけている。

 義士ファンに赤穂へ足を運んでもらおうと、赤穂義士会が主催。すでに「中央義士会」(本部・東京)が高度な内容の忠臣蔵通検定を実施しているが、地元・播州赤穂版は「義士に親しんでもらえる気楽な内容にしたい」という。

 市内の小・中学生が使用している副読本が検定の公式テキスト。検定は12月2日午前10時から、同市の関西福祉大で行われ、その後は赤穂城跡などを訪ねるオプショナルツアーも用意。

 赤穂義士会では「歌舞伎の『忠臣蔵』ではなく、史実の元禄赤穂事件から出題するので気をつけて」−と呼びかけている。申し込み方法やテキスト購入などの問い合わせは、事務局((電)0791・43・6848)。

(2007/09/12 02:18)

Akou2 検定を受けて一発合格してみたいけど、んな暇がありませんがなー。

赤穂で仕事していたときに購入した討ち入り装束。色は白と黒ですが、バナーの新選組と同じデザインでしょ。実際には、新選組のほうが時代がもっと後でして、新選組が赤穂浪士に倣ったんですわ。

「試験官は義士と同じ雁木模様のハッピで臨む」やって。ほな、自分は吉良上野介のコスプレで受験しようカナー。額に内匠頭に斬りつけられた傷跡もリアルに付けてさあ。

面白そう。

赤穂浪士ファンは、ぜひ受けてみて。でも、赤穂は遠いよぉ〜(笑)。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2007.09.17

大変なときに来タイですたい

自分はダイジョブでした。身内にはご心配をおかけしてスンマソン。あ、ジェンキンスさんもこちらに来られてるんですね。

タイへの出張の際は、いつも事件・事故が起こるんよ。2004年のスマトラ島沖地震直後、昨年9月のクーデター直後。今回はまたも先日のスマトラ島沖地震と今回の旅客機墜落でした。

タイ機の死者88人 格安運賃…天候不順で着陸失敗

■日本人の搭乗なし

 【バンコク=菅沢崇】タイ南部のリゾート地、プーケット国際空港で16日午後4時(日本時間同6時)ごろ、乗員乗客130人乗りの旅客機が、悪天候の中で着陸に失敗し、炎上。旅客機はタイの格安航空会社「ワン・ツー・ゴー」のMD82型機。タイ政府などによると、88人の遺体を発見し、42人の負傷者を病院に搬送したという。

 同社は、搭乗者に日本人はいないと発表。外務省も在タイ日本大使館を通じ、乗客に日本人がいないことを確認した。プーケット県の副知事は「43人を救出し、病院に搬送した」と述べた。乗客123人のうち78人がオーストラリア人やイスラエル人、英国人など外国人で、残る45人がタイ人という。

 墜落したのはバンコク・ドンムアン発プーケット行きのOG269便。豪雨の中、プーケット空港に着陸しようとして墜落し、滑走路脇の林に突っ込んだ。複数の爆発音が聞こえ、機体は2つに割れたという。生存者の一部は自力で事故機から脱出した。

 タイ航空幹部はロイター通信に「着陸時は視界が悪く、パイロットは着陸のやり直しを試みたが、バランスを崩して墜落した」と事故の状況を語った。滑走路にも水がたまっていたという。機体の炎は消し止められたが、空港は閉鎖が続いた。

 国家災害警戒センターは、管制官がインドネシア人の機長に悪天候を伝えなかったことと、機長が管制官に着陸の指示を仰がなかったことが事故の原因になった可能性があると指摘した。

 ワン・ツー・ゴーは国際便を運航するオリエント・タイ航空が出資して2003年12月に設立された。13機を保有し、バンコクと国内地方都市の間を運航している。

 プーケット島は日本人にも人気のリゾート。2004年12月に起きたスマトラ島沖地震の際、津波に襲われ、大きな被害が出た。プーケット島とその周辺で日本人28人が死亡した。

(2007/09/17 00:01)

こういうのはボムバルディアみたいな機材自体の構造上の問題と違って、パイロットの飛行時間に依存する問題でしょう。パイロットになるまでの飛行訓練時間が長いと、当然ながら経費が高くなる。格安航空会社は、こういうところの経費すら節減しようとするでしょ。

さてと。いろいろ大変ですが、気を取り直して仕事人としてしっかり仕事してきますわ。

 

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関連記事:
非ジャーナリスト宣言!(笑)
バンコクに来ています

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2007.08.12

大盛況御礼@沖縄講演

沖縄での講演、とても盛り上がりました。2日前から大雨洪水警報が出続けていたのに、参加者で会場が埋め尽くされました。わざわざ本州からこの講演に参加するために、何人かお越しになった人もおられて。なんだか恐縮っす。

Img46be5821dd15b いつも沖縄に行くと良い天気に恵まれるのですが、なぜだか今回は沖縄の歴史上でもまれな大洪水。河川のない沖縄で洪水のシーンを見るとは、タクシーのおっちゃんも驚いていましたね。車がお風呂に浸かった状態になるんですね。

これ、お馴染みの那覇市牧志の国際通りが浸水してますよ。ほんと、沖縄ではありえん光景。

講演は午前から午後まで90分を3コマ。行動分析学の基礎的なお話しと、技術的なお話しのイントロダクション。

実際のセラピーでどれくらい子どもらが変わるかってのをビデオを観てもらってイメージしていただく。まったく無発語の子どもらが、どんな風に指導して、どんな風に言葉が出るようになるのか、参加者は固唾をのんで見守っているのでしょう。

だから、子どもが発話した瞬間などは感動が伝わるようで、何度も「おおおーーーーっ!」と歓声が上がり拍手が起こりました。そういう姿勢でビデオを観られるというのは、参加者の質の高さを物語っているといえます。

後半は、特別支援教育について。特別支援教育については、技術論というよりもシステム論。教師個人の力量を高めるというより、学校としてどういった支援を進めていくのか資料を提供しつつ紹介した。沖縄で、親御さんと学校と地域の専門家がうまく特別支援教育を進めていってくれることを期待したい。

それにしても、90分の3セッションなんて「あっという間」だったでしょう。自分ももう喉がガラガラだったけども、まだまだ話し足りないところもありました。

Okinawasoba 驚いたのは、なんと今回の講演会があることを知った団体が、「沖縄そば」の屋台を開いてくれたことです。自分も今までいろんなところで講演をやってきたけれども、自分の講演を『縁日』みたいにテキ屋さんが出てくれるなんてのは初めてですよ(笑)。

この写真ね。さすがに売れないでしょうと思ったら、結構、売れたそうな。ううむ。確かに本格的な味だったからなあ。今度は「焼きとうもろこし」とかもプリーズ。

それから、会場は沖縄国際大学でした。明日、8月13日は「沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落し、日本の警察が入ることもできなかった記念日」です。あれから3年になります。講演は、その軍用ヘリがぶつかった建物の隣の棟。空から降ってくるものって、「雨」「ペンギンちゃんの帽子」「ペンギンちゃんのステッキ」「かみなりちゃん」くらいしか知らんよ。沖縄国際大のキャンパスでは、「空からヘリが降ってきた♪」なんですからね。半端やない!

Noflyzone 沖国の学生さんらも負けてない。講演の途中から、ライブが始まった。「何?」と思ったら、かなり本格的なライブ。ステッカーとか団扇をもらってきました。コンサートの名前は『NO FLY ZONE』。ラムズフェルドが普天間基地を視察したとき、 「事故が起きないほうが不思議だ」と危険性を認めたほど。「世界一危険な基地」などといわれている。

講演でお話ししている最中、何度かヘリが降ってくるんではないかと本気で思いましたよ。

とても不謹慎なので「ヘリ、ヘリ、降れ、降れ、もっと降れ〜♪」とは歌いませんでしたが、「もっと怒りを!」とは思いました。

Okikoku これは入り口の岩。岩に穴が空いている(まさか弾丸の跡?)。その左側に見える建物が、ヘリのぶつかったビル。現在は新築されています(米軍による証拠隠滅ともいう)。墜落後、ここに日本の警察は立ち入ることすらできませんでした(怒)。

講演会終了後、いろいろな方々が挨拶に来てくれました。正直、嬉しかったです。

打ち上げは近くの居酒屋『ぱいかじ』。沖国大前店です。綺麗で個室も広くて料理も色々でとても良いお店でした。ファミリーメンタルクリニックの仲俣先生、沖縄国際大学の知名先生、スタッフのみなさん、沖国OBとご一緒しました。さんざんローカルな話で盛り上がりました。自分も、「読谷村ネタ」やら「元・ポパイ」の中華料理店やら「沖縄のお墓でBBQ」やら、うちなんちゅ(沖縄人)でも知らないような話をしまくり。楽しい時間でした。

それにしても、こんなに天候が悪いところ定員オーバーするほど来ていただいて、沖縄そばの屋台まで来ていただいて、感謝・感激・ヘリ・アラレ。ん? 間違い。感謝・感激・雨・アラレ。

明日からまだ仕事なんですね、自分は。少なくとも、沖縄。晴れてよ。ビューティフルマンデーをお願いします。

【追記】
ココログからgooのブログにはなぜだかTBが通りませんので、なかまた先生のブログの記事、リンクを貼っておきます。こちらをクリックして、ご覧下さい。

【追記2】
ぱいかじでの飲み会の写真付き記事もアップされていました(苦笑)。「ふぁみめファミリー」と和気藹々。

 

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【8月講演】ABAワークショップ in 沖縄

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

2007.08.06

集中講義@愛知大学

いやあ、体力的には「もう、あきまへん」という感じだが、学生さんから伝わる熱気でサービスしまくり。

集中講義の1日目が終わって、すでに森進一ボイス。これで2W連続森進

講義を終えたあと、愛知大学の心理学実験室を見学させてもらいました。

それはもう、本当にすばらしい施設。まあ、愛知大学の学生さんからすれば自分の大学しか知らないでしょうから「当たり前」かもしれんけど。

実験施設を見せてもらう前から「硬派な心理学をやってる大学」とみていたが、予想通りだった。施設、教員共に、最高の環境ですよ(あまり褒めると、自分の本務校に何か文句言われるかも知れんが、良いものは見習うべしということで)。愛知大学心理学専攻のホームページをご覧下さい。基礎実験が充実してるでしょう!

だからでしょうね、教えやすいのなんのって。きちんと心理学の基礎を学んでいるんですよね。しかも、実験で行動を測定してきているから、行動療法の話がしやすくてありがたい。サクサクっと進みますね。

きっと学生さんらも、自分の講義を理解するにあたって、基礎で学んだ知識を応用できるイメージを掴めたんじゃないかな。まあ、そういう手応えはありましたよ。

やっぱり学問ってのは、基礎あっての応用。心理学の基礎をしっかりやらずに応用ばっかりやっても駄目だ。それは害悪だって。それをたった1日で改めて実感しましたわ。

学生さんの中には、すでにHPもブログもチェックしてくれている人もいた。基本的に初対面。初対面なのに、今日1日の話の中で、もっとも出現頻度の高かったワードはウンコでした(笑)。

「お下品ね」と言われるかも知れないが、分かりやすいんやもん。しゃーないやん。実際、学生のみなさんも自分が「ウンコする行動」で具体的な話をしてあげると、男の子も女の子も「うんうん、あるある」と納得してくれるんやもん。

ただし、人がどんなときに小林製薬の商品名を使うかって説明するときに、商品名を「ウンコ、その後で」と言い間違えると、「それ、そんなモロな商品名じゃ無いですよ、絶対に!」とお叱りを受けたですね〜(笑)。

しかし、我ながらええ授業をやったと自賛。よくまあ1限から5限まで、学生らの集中をほとんど途切れさせずに、ひきつけ続けたものだ。自己満足ではなくって、学生らに満足してもらう講義をせんといけませんわね。ただ、明日は少しゆるめてあげてもええかな。

「奥田先生は、たとえ話がうまい」とよく言われます。自分でもそう思います。ま、昨日は学会で「江戸の末期症状」なんて言ったのもそうですが、「あるある」と思わせてナンボですからね。しかも、これだけ「たとえ話」が出るのは、それだけたくさんの事例とかやってきているからでしょう。いろんな人に説明するにあたって、比喩というのは役立つものです。

まあ、明日はのんびりやりましょう。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2007.08.05

行動分析学会@立教大学(千秋楽)

埼玉での学会も最終日。異常に暑い。宿泊したホテルが最悪で、初日は空調が壊れていてまったく眠れなかった。フロントが「直しました」と言っていたくせに、嘘ばっかり。

翌日も途中から故障。部屋移動させられましたよ。「なんで壊れているの?」と聞いたら、「隣の部屋の空調の部品が欠けていて、こっち側の部屋の空調全部が調子悪いんです」だと。

通常、こういう場合はキレてあげるべきなのですが、なにせ体力・気力共にエンプティーだったので、ため息ひとつだけ。2日で120分しか寝てないよ。

それでもなるべく居眠りしないように頑張って朝から会場へ。

昨日の発表は、これ。

アスペルガー幼児の粗雑で乱暴な行動に対する介入

今日は、これ。

重度知的障害を伴う自閉症児へのPECSを応用した指導

これだけみても、うちの研究室が対象児を選ばず、知的な遅れのある子どもから遅れのない子どもまで幅広く支援しているアピールになる。今日も昨日に負けないくらい盛り上がりました。

シンポジウムも面白かった。行動分析学会でも、思いっきり「グローバルスタンダード(アメリカン・スタンダード?)」の流れが強まっているんですね。

ところが、教育研究への補助金がアメさんと日本では全然違う。とにかく、日本は金が無い。無いなかで、世界に通用する研究をやっていかなければならないから、日本の教育研究者には、そりゃあもう血の滲むような努力や工夫がいるわけです。

とりわけ行動分析家は、こんな中でも海外に負けない良質な仕事をし続ける「ストイックな武士」なのです。

日本人研究者が劣っているわけではない。圧倒的な物量攻撃に歯が立たない状況なの。で、どうするか。これまで、研究者個人でやっていた仕事を共同でやるしかない、という話になる。

自分は最後のディスカッションの時間に質問させてもらった。幕末、欧米列強が武力外交で迫ってきている状況で各藩相争っているんじゃなくて、中央に力を結集したことを例に出してみた。

所属する学会を「江戸時代末期」に喩えたのは、少々失礼な話かもしれないが。しかし、これはまあいつもの奥田流(笑)。好評だったみたい。

終わってからいろんな先生に「○○先生には岩倉具視になってもらってさあ(笑)」「やだよ、おれ襲撃されたくねえよ!」とか、「奥田先生、坂本龍馬みたいに暗殺されないようにね〜(笑)」とか、会う人、会う人から気の利いたリアクションをもらいました。結構、幕末マニアが多いのかな〜(苦笑)。

午後はカタニア先生の招待講演。4年前の国際学会で自分の研究発表を評価して下さった優しい紳士。その後、1年に1度しかお会いしないけれども、覚えていてくれました。まあ、アメリカでも自分は目立ちますからね。

カタニア先生、「強化の遅延」でみられるパフォーマンスから、ADHDの症状を説明するというものだった。オペラント貯蔵(Operant Reserve)の話やセルフコントロールの辺りなど興味深かったが時間切れ。もう少し詳しく聞いてみたかった。

その後は、いろいろ。研究関係の情報交換なり。

で、帰り際にまた「シャーペン、シャーペン、シャーペン、シャーペン」と、優しい学生さんらにしつこく囁いておきました(笑)。

さて、明日からはまた集中講義です。3日で1,350分、しゃべってきます。

追記:“photo album”に追加された写真です。2008年12月。奥田健次の教育改革ぶろぐろ部事務局より。

Ryoma1_4

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2007.08.04

行動分析学会@立教大学

立教大学に来てます。先週も東京で仕事してましたので、2週連続TOKIOということになるわけです。

といっても、キャンパスの所在地は埼玉県の新座ってところなんですね。池袋から各停に乗ってしまったせいもあって、遠かったでー。てゆーか、疲れていたからでしょう。東京駅から池袋までが遠い、遠い。ガンダーラに行くくらい遠く感じましたね。

移動疲れで持病の偏頭痛も。ロキソニンを服用して、出版社との打ち合わせも乗り切りました。

立教大学といえば「プレゼント用シャーペンが使いやすい」ので有名? ぜひともGETしてみようと受付の学生さんに聞いてみた。

自分「立教大学の名物シャーペンを分けてもらえますかねえ」
受付「卒業式でもらえるやつですか?」
自分「オープンキャンパスでもらえるやつですわ」
受付「それって、名物なんですか? 聞いたことないですけど…」
自分「そりゃあもう、使いやすいのなんのって」
受付「どこで名物になってるんですか?」
自分「詳しいことは言えないけど、日本で一二を争うシャーペンなんよ」
受付「事務に聞いてみます」
自分「えっ、真面目に?」

受付の男の子が事務に走ってくれました。ところが、残念ながら事務が閉まっているとのこと。

GETできないと思うと、余計に気になる日本一の立教シャーペン。しつこく、「なんとか手に入らんのですかねえ? O先生とかいっぱい持ってるんじゃないの?」とおねだり。「(目をつぶって)ああ、もう立教シャーペンでスラスラ書いている自分がいるわー。チュートリアル徳井ばりに妄想してしまうわー」

こんなわがままな珍客に丁寧に接してくれる受付の学生さんには頭が下がります。

受付「そんなに欲しいんですか? 笑」
自分「学会の自分の発表よりも優先的に欲しいくらいやね! 笑」
受付「じゃあ、オープンキャンパスに来て下さい!」
自分「それなりに似合うと思うけど、高校生の恰好して来るの?」
受付「十分、もらえると思いますよ 笑」
自分「今回は、噂のシャーペンをもらいに来たと言っても過言でないね」
受付「じゃ、これに送り先を書いて下さい」
自分「え? まじで送ってくれるの?」
受付「GETできるか分かりませんが、やってみます!」
自分「うわ、じゃあ5本くらいとか〜? 笑」
受付「5本希望って書いておいて下さいね」
自分「いやあ、オバチャン嬉しいわあ、5本もええなんて〜!笑」

などと、最後は遠慮知らずの関西のオバチャン状態ですわ(笑)。

自分のことを知らない学生さんも当然いるんやけど、知ってる学生さんらがこの珍客を何とか知らせようとフォローしてくれているのが微笑ましい。

学生A「O先生と一緒に本を書いておられる先生だよ」
学生B「へええ」

すんませんね、こんなワガママちゃんで(笑)。親切な学生さんに郵送料を多めに渡しておきました。「GETできなかったら、気にせずにお茶でも飲んでなー」っていうことで。

ってなわけで(?)、自分の発表はいつも通り無事終了。

研究発表のことよりも、シャーペンのことが気になるのでそっちのレポート中心のゆるゆるエントリーでした。

おしまい。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2007.07.11

イチローさんの言うとおり♪

イチローさんの言うとおり♪ イチローさんの言うとおり♪

祝・米球宴MVP!

祝・米球宴初のランニング本塁打!

イチロー選手の球宴直前のインタビューを聞いてみましょう。

7年連続球宴のイチロー、貫録の会見
(一部引用)

 常々、日本と比べ米国の野球レベルが上と思われることに「しゃくに障る」と言っていた。この日もその点を問われるとハッキリ口にした。
 イチロー「しゃくに障るんですけど、日本が一番かと言えばそうでもない。そうなっていきたいですけどね。アメリカはちょっとした謙虚さがあれば、そして日本はもうちょっと自己表現というか、主張してもいいかな。そこのバランスですよね。それが融合した時に一番のものができると思う」

プロ中のプロ。

アメリカに行った日本人の中には、自身が日本人であることを忘れて「日本はだめだ、日本人はだめだ」と言いまくる自称国際人(←嘲笑!)が少なくない。こういう人は、見ていて痛いし恥ずかしい。

イチロー選手は当然ながら一流。アメリカに行く前から一流である。そのイチロー選手がアメリカの野球を馬鹿にするわけでもなく、だからといって日本の野球を相対的に卑下するわけでもない。プロ中のプロとして、学ぶべきところは学んで自らの野球をさらに高めたいという姿勢があり、またアメリカにも日本の野球の良さを知らしめたいという思いが込められたコメントだ。

傲らない。卑下しない。こういう姿勢を、海外に留学する日本人は見習わなければならない。

察するに、イチロー選手は米球界にいても米球界に染まらないだろうし、日本球界に戻ったとしても日本球界色に染まることはないだろう。ただ、ひたすら良い野球をやりたいイチローという『生涯一職人』なのである。

最後に、日本ではサッパリで、アメリカに行ってから大当たりした岡島投手についてチクリ。もちろん、岡島投手へのハッパでもありエールでもある。

★イチローに聞く

−−岡島は「イチローさんと話したい」と言っている

 「ボクは最初は話したい、という価値観はなかった。そこにいられるだけで(充実していた)。ずいぶんと余裕ですね、岡島は」

イチローさんの言うとおり!

イチローさんの言うとおり!

 

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Posted by 奥田健次 スポーツ, 学ぶこと |

2007.05.31

学会の最終日@San Diego

長かった学会も最終日を迎えました。最終日ですら午後まであって、滞在先のホテルをチェックアウトした後、荷物をベルに預けて参加。

Dr. Hank Schlingerや、Dr. Janet Twymanの関係しているパネルディスカッションへ。うちの院生が「Web関係のプレゼン」と思い込んでいたが、実際には言語行動(verbal behavior)と複雑な行動(complex behavior)についての理論行動分析。

同行の院生にはサッパリだったようだが、自分には難しい内容であることに間違いないものの、しかし色々な示唆を与えられるものだった。以下、自分用の覚え書き(ハンドアウト資料なし、スライドなしだったので自分ら外国人にはキツかったっす;あ、自分は外国人なんやね)。

Skinnerの言語行動(verbal behavior)と、言語学(linguistics)の違いについて。これらは良く知られた内容。

キーワードは『文(sentence)』。これを形態的に分析するか(つまり文法などの文構造)、機能的に分析するか。

もちろん、行動分析学では機能(function)を重視する。具体的には、「話し手」と「聞き手」の相互作用から、言語行動や相手の行動がそれぞれにどのような制御をもたらすか。こうした相互に影響を与え合う、つまり「どんな刺激に、どんな反応をしているのか?」を知ることが肝心なのである。

ここまでは行動分析学では常識の範囲。

興味深かったのはハンクのプレゼン。

ハンクは自分がミュージシャンであることを例に挙げて、「ベートーベンを聴いたとき、その聴覚(auditory)刺激にどう反応しているか?」「バッハ、ショパン、ブラームスを聴いたときに、どう反応しているか?」「ビーチボーイズやビートルズを聴いたときに、どう反応しているか?」などと問うていた。ハンクの場合、「内的(private)に唄っている」とのこと。

自分もそうだ。聞いたことのない曲でも、音楽を聴いて無反応にはいられない。だから自分の場合、「〜ながら」で音楽を聴くのは苦手。自転車に乗りながらiPodなどありえない。電車に乗りながら本を読みながら音楽を聴いている連中の気が知れない。とても真似できない。音楽を聴くと、必ずどこかのパートを担当するのに集中してしまうからだ。

ここには、きっとエコー反応(echoic)、イントラバーバル(intraverbal)なども絡んでいるんだろう。ここまではまだ分かりやすい話。

しかし、難しいのは視覚(visual)刺激への反応である。具体的には、たとえば「夢」に対してどう反応しているか? これらは分析がより困難である。聴覚刺激へのエコー反応は分かるが、視覚刺激への反応は何なのか? いわゆる「表象(representation)」と呼ばれるものか? これらはまだまだ分かっていないことだ。

確かに、視覚刺激への複雑な反応様式について、キーを押すような反応を制御するような基礎実験のデータは山ほどあるけれども、夢やイメージなどの刺激への反応については何か言えるほどのデータもない。「制御」する術がないからなのか。

聴覚刺激については、ハンクのプレゼンを聞いていて面白い話を思い出した。ある歌手の話によると、「のどを休ませなければならないときは、歌ってはいけないのはもちろん、曲を聞いてもいけない」とのこと。「曲を聞くだけでも、自動的にのどが歌ってしまう」のだとか。ハンクの話を聞いた後、この歌手の話もまんざらではないなと思った。

とても興味深く聞けた。複雑な行動をどう分析するのか、考えるよすが(food for thought)となった。

以上、覚え書き。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2007.05.30

シンポジウム、その他。

国際学会で参加したシンポジウム。自閉症児の感情行動について。

なかなか面白かったし、自分の仕事関係でもちょっとしたヒントを思いついたので、参加して良かった。

以下、自分用の覚え書き。最後のほうは、とあるミュージシャンと再会した話になるんやけどね(笑)。

自閉症の子どもは、社会的な行動に問題を持っている。社会的な行動には、色々なものが含まれ、その範囲はとても広い。

そのうち、感情行動と呼ばれるものを指導できるか。効果的な指導プログラムはどんなものか。

今回のシンポジストの研究発表の一つでは、「言語的なもの(verbal)」、「顔の表情(non-verbal)」、「声のイントネーション(non-verbal)」の3つを行動レベルで定義して扱っていた。

ハンドアウト資料が無かったので、自分の汚いメモだけだから不正確かもしれないが。4つの感情行動が、標的行動として選定されていた。

「馬鹿馬鹿しい」「興奮」「感謝」「同情」だったと思う。

具体的には、先生が「冷蔵庫の中にパンダを入れてきたよ」と言ったとき、子どもは「馬鹿馬鹿しい」というセリフと表情をすることが求められる。他にも先生に「好きなほうをあげるよ」と言われて、感謝の言動をする。先生に「私は調子が悪い」と言われたら、「お気の毒に」と言う。まあ、こんな感じ(例は勝手に作っています)。

指導方法は、モデルの提示、スクリプトフェイディング(台本を読ませ、そのうち台本が無くても出来るようにする方法)、シェイピング(行動形成)など。データをみれば、明らかに子どもの言動が指導前と比べて改善しているのが分かる。

もう1つの研究でも同じような実験研究が紹介された。

しかし、どうも両方ともかなり不自然である。そう感じるのは自分が日本人だからかな、と思っていた。日本人はあまり気持ちを表情に出さないし、表情に出し過ぎるのは良くないような文化がある。

でも、指定討論(シンポジストの発表を受けて議論の口火を切る人)のDr.シュリンガーもこれらの研究を評価をした上で、「もっと自然な方法では出来ないのか」というような指摘をしていた。

自分も終わってから、発表者のところに言って質問。1つは、「指導手続きでerror correctionってのがあるけど、具体的にはどうやってやるの? 自閉症の子どもの顔を触るの? 触覚過敏があるから難しいんじゃない?」と聞いてみた。発表者は「Least to Most プロンプトを使っているから、問題ないよ」と答えてくれたけど、これって答えになってないよね。「だからさ、口元を触ったり眉毛を触ったりするんでしょ? 少しずつって言うけど触るのを少しずつってどうやるの?」→「こうやるのよ(と自分の口を触ってた)」。2つ目の質問は、「なんでさあ、たったこれだけの指導に6か月から24か月もかかるの?」と。発表者は「いろいろそれぞれ事情があって・・・」というところで、Dr.ハンク・シュリンガーが挨拶に来てくれた(発表者は自分を学生と思ってたんやろね、きちんと応答せずに終わってしまったよ)。

Sandiego11_1 ハンクは今回の国際学会の1か月前、いきなり自分にメールを送ってきたんよね。いろんな論文を探していて、たまたま自分の論文(日本語論文だがアブストラクトは英語なので検索にひっかかる)を見つけたようで、それに関する資料を送ってくれってなお願いメール。ハンクには3年前に同学会で発表したときに指定討論をしてもらっていたけど、メールでは初めてだったのでビックリした。

でまあ、また資料は送りますよなんて話をしました。

実はこのハンク、ミュージシャンでもあるんよね。そして、自分がホームページをリニューアルするときに業者に参考ホームページとして紹介したのが、ハンクのホームページだったわけ。ハンクのホームページには、確かアカデミックなことは書いてなかったっけ。ひたすら音楽のことしか書いてなかったっけ。

ハンクのホームページはこちら。その名も、ハンクシュリンガー・ドット・コム。トップページを開いてしばらく静かにお待ち下さい。忘れた頃に、ハンクの音楽が流れ始めます。

http://www.hankschlinger.com/

 

んで、こっちが自分のホームページ。その名も、ケンジオクダ・ドット・コム。トップページを開くとすぐにムービーが始まり、直後に音楽が始まります。ただし、自分のはウェブから購入した曲。

http://www.kenjiokuda.com/

 

職場で見ている人は音にご注意下さい。

あーあ、このエントリー、途中から完全に脱線してしまってるよ(苦笑)。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

2007.05.29

研究発表を終えました。

今度は仕事のシーンをアップしておきましょ。

ポスターセッションはおかげさまで今回も盛況でした。ハンドアウト資料も20部用意していたのですが、前半30分ほどで無くなってしまいました。

研究内容についてはここでは書きませんが、まあこんな感じですよっていう。

Sandiego6 最初はお客様もちょっとずつ。

データの説明は簡単です。しかし、教示内容やらについては、実際には日本語を使っているのでそれを英語に置き換えて説明するのに困難を感じます。日本語はあまり主語を使いませんからね。

ポスターセッションには、毎回、母国語が英語でない方がたくさん来られます。お互いに第二言語でお話しすることになるわけですが、逆に妙に英語が母国語のアメリカ人よりも分かりやすかったりします。

Sandiego7 DVDを使って指導手続きを解説。これはかなり親切なプレゼンテーション。

技術大国日本、ここにあり。

 

 




Sandiego8 だんだん人が集まってきた。

自分の胸には今年も『SABA DONOR』のリボンが。行動分析学を学ぶ学生さんのための財政援助をしてますよっていう証し。

正直、昨年は自分の手違いでウェブからクレジットカード払いをしてしまったんですわ(ほんの僅かですけど)。「去年は手違いだったので今年から払いません」というのも何だかなあということで、今年からは自発的にドナーになっています。

しかし、アメリカに来ると余計に学生さんと間違えられるんですね。今回も初対面のアメリカ人が自分のことを完全に学生と思い込んで話しかけてきたところ、現地の日本人が「彼はプロフェッサーよ」と耳打ちし、「エエーーーーーーッ!」ってな具合。

ただでさえ若く見える日本人。とりわけ、自分の血筋では仕方がない。

Sandiego9_1
中盤から人の波が押し寄せてきました。

日本人の学生さんや若手臨床家もたくさん来てくれました。

さんくす!




 

Sandiego10_1 発表終了時間が過ぎても、ずっと待ってくれていたお客様が来てくれました。ありがたや、ありがたや。

ってなわけで、自分の発表はこれにて一件落着。

後は、いろんなセッションを回って質問しまくりますわ。気楽なもんですよ。

アメリカ人の大学院生や臨床家とかにも色々とアドバイスしてあげるんだけど、どうも学生に見られているんだろうね。ちょっと聞く姿勢がイマイチって感じがする。貫禄がないんやろうねえ。早く白髪の爺さんになりたいなあ。

来年はまたシカゴ。

参加しようかなあ、どうしようかなあ。電子チップ内蔵の新パスポートで渡米するのは嫌だナァ。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2007.05.26

サンディエゴに出張してます

毎年恒例。今年もABA(国際行動分析学会)に参加です。

今年の開催地はSan Diego。少し生活していたことのある土地なので、そこに行って自分の研究発表をするというのは、ちょっと感慨深いですね。

サンフランシスコに到着。こんな感じ。

2007sfo 
ほら、とうとうスーツケースなし。いつも全国を回っている「機内持ち込み可」サイズのコロコロに、2つの鞄を載せただけ。

下着類は、ホテルの洗面所で、アライグマのように洗っております。

サンディエゴでの1泊目、ゆっくり時差ぼけを治すために、こっちの夜更けまでフラフラになりながら仕事してました。もう30時間以上、寝てない。

なのに、こっち時間の朝5時に、普段まずかかってこない「偉い先生」から携帯電話を鳴らされて、起こされました。しかも間違い電話だったようで。。

気を取り直して、もうひと寝しようとしましたが、今度は、昔お世話になったホストマザーから「ウェルカム、ケンジ!」の電話が・・・・。

電話で起こされると、日本語ですら何を喋ってるのか自分でも分からないのに、いきなり英語で朝から電話で会話。ハイテンションなホストマザーは「今夜、会って遊ぼうねー!」「何時、何時?」「どこで、どうやって?」ってな感じ。ありがたやー(涙)。

低血圧の自分が必死で書いたメモは、象形文字みたいになっとりますわ。

毎年、ABAの初日はボロボロになっちまってます。

まあ、とにかく初日は1年ぶりの人たちに挨拶回り。始動するのは2日目からでござる。

 

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西海岸に移動しました
サンフランシスコ講和会議

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 脱力系 |

2006.11.19

「オランダ軍、捕虜虐待」と聞いて思い出すこと。

読売新聞の「イラク人捕虜、オランダ軍も拷問か」という記事。これに反応せざるをえない自分がいる。前田利貴陸軍大尉のこと。

イラク人捕虜、オランダ軍も拷問か…総選挙に波紋も
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20061118id23.htm

 【アムステルダム=林路郎】22日に総選挙を控えたオランダで、昨年3月までイラク南部に駐留したオランダ軍の情報担当者が、身柄を拘束したイラク人捕虜から情報を引き出す目的で拷問を加えていた疑惑が表面化した
 オランダ紙フォルクス・クラントが17日、国防省の内部メモを基に報じたもの。03年11月、ムサンナ県に駐留していた複数の軍情報担当者が捕虜数十人をサマワの連合軍暫定当局(CPA=当時)施設で聴取した際、▽目隠しをさせてから急に非常に明るい照明にさらす▽眠らないようホースで水をかける▽不快な高音を大音量で聞かせる——などしたという疑惑だ。
 軍規にある法律顧問の同席義務も守られなかったという。
 カンプ国防相は17日、記者団に、そうした行為を同省が把握していたことを認めつつ、「処罰に相当する事実は見当たらなかった」と説明した。バルケネンデ首相は再調査を指示している。
(以下、略)
(2006年11月18日23時10分  読売新聞)

この記事の「オランダ軍」「捕虜虐待」という言葉に即座に想起してしまうのが、前田利貴陸軍大尉の『戦死』である。昭和20年8月15日の『終戦』後も、実際には昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効するまで戦争状態は続いていた。つまり、8月15日なんてのは終戦日でもなんでもない。

少し長いけど、中学生や主婦の読者も、以下をじっくり読んで下さい。決して、ナナメ読みせず、じっくりと。小林よしのりさんのマンガでも紹介されていた。

山野ゆきよしメルマガさんの、『前田利貴とインドネシア独立』より。

 昭和20年8月15日のポツダム宣言受諾。その宣言に基づき、敗戦国日本をターゲットにした戦争犯罪裁判が行われた。

 ところで、一般に、A級戦犯及びBC級戦犯とよくいわれているが、私たち日本人は、それらを、被告とされた人物の階級を指した序列を表すものと思い込みがちであるが、決してそうではない。

 ABCとは、日本より早くに準備された、ドイツのニュールンベルグ裁判における戦争犯罪の規定に由来している。

 すなわち、大まかにいって、A項目「平和に対する罪」、B項目「戦争法規及び慣習の違反」、C項目「捕虜の虐待を含む人道に対する罪」、それぞれを表わすABCなのである。
 よって、正確には、A級戦犯ではなく、A項目戦犯容疑者というべきであろう。ABCという順番が、階級好きの日本人の性向にあってか、いつの間にか、A級戦犯、BC級戦犯という誤解を招きがちな表記が一般化していった。
 結果的には、A項目戦犯容疑者とは、指導的立場にある高位高官の人物が多く、BC項目戦犯容疑者とは、戦争の現場における直接の指揮者、責任者、執行者等の人物が多くなり、尚一層、その印象が強まってしまったようだ。

 ちなみに、A項目の「平和に対する罪」なる概念は、この裁判のために急遽作り上げられた考え方である。しかしながら、言ってしまえば、戦争それ自体が、「平和に対する罪」そのものであり、そのような罪状名を作り上げてしまうと、それで全てが完結してしまう。裁判を行う意味をなさないのではないだろうか。

 さらに言えば、日本を裁いた連合国側には、リアルタイムで北方四島と北海道を侵略中で、しかも、日本軍兵士数十万人をシベリアに抑留し、強制労働させている真っ最中であったソ連(現ロシア)までが裁判官として加わっていたことや、この後述べるが、日本の敗戦後すぐに、独立宣言をしたインドネシア占領に乗り出したイギリスなどに、「平和に対する罪」などと言って責められたということでは、全くもって、たまったものではない。

 さて、BC級戦犯容疑者裁判である。

 これらはアメリカ、イギリス、オーストラリアなど7カ国が主宰国となり、国内外の49の裁判所でほとんど非公開で行われた。5,700人が捕虜虐待や民間人殺戮などの戦争法規違反に問われ、920人が処刑されたという。
 BC級戦犯裁判も、東京裁判同様に、首を傾げたくなる内容も多かった。元捕虜の証言などを手がかりに犯人捜しが行われたが、身に覚えのない容疑で逮捕され、処刑された「戦犯」も少なからずいたようである。また、イギリスやオーストラリア、オランダのように、日本軍の捕虜になった者を裁判官に選び、報復的な処置を前提にしたり、罪状調査、陳述などを省略するもの、通訳のつかなかったりしたものも多数あった。中には、法廷では本人に陳述の機会すら与えられないケースもあり、いきおい、感情的な判決も多かったと思われる。

 さて、BC級戦犯裁判について書かれた書物をいくつか読んでみると、インドネシアに再侵略したオランダの軍事裁判が、もっとも粗暴であったと書かれたものが多い。

 日本とオランダとの戦闘行動は僅か9日間に過ぎず、よって、捕虜や一般市民の受けた人的被害は、他の連合諸国に比べても、最も軽微なものであった。
 それなのに、なぜ、戦犯に問われた数とその量刑とは、他とは比較にならないほど重酷なものであったのか。

 その理由の一つとしてあげられるのは、オランダの「プライド」であろう。

 オランダ本国が、既にヨーロッパ前線において、ドイツとの戦いに疲弊している間隙を縫って、インドネシアが日本に奪われてしまったという「怨み」。また、日本敗戦後も、オランダ自らインドネシアを奪い返したのではなく、イギリス軍が上陸し、日本の武装解除をしてから、オランダが譲り受けたという「屈辱」。

 もう一つの大きな理由は、オランダが再びインドネシアに上陸した際の、インドネシア独立共和国との闘争、さらには、そのインドネシア独立に、日本兵が大きく力を貸していたという事実があげられる。

 このテーマは長くなるので、ここではこれ以上触れないが、日本人として、是非知っておかなければいけない事実である。

 それらを全て受けての、「前田利貴陸軍大尉」である。

—————

 インドネシアのティモール島クーパン収容所で行われた裁判において、昭和23年4月29日に、前田利貴陸軍大尉が死刑を宣告された。

 前田利貴は、加賀藩主前田家の末裔で、正確に言うと、第13代藩主前田斉泰(なりやす)の玄孫(孫の子供)にあたる。彼の父親は華族でもあり、彼自身は、学習院高等科から法政大学に入り、卒業後は、三井物産に勤めていた。馬術が得意で、幻の東京オリンピックの候補選手でもあった。

 前田の罪状は、ティモール島及びサウ島で逮捕した捕虜に拷問を加え、死に至らしめたということである。
 もちろん、それらは、前田の預かり知らぬことであり、むしろ、裁判においては、原住民特にサウ島民の多くが、「最後の公判の時まで、私の為に有利な証言をして呉れた」(『世紀の遺書』より。以下、引用は全て同書より)ことからも明らかなように、「サウ島警備隊長時代の至誠が天にも通じている」仕事ぶりであった。

 これは、前田の毛並みの良さが、予め、オランダ当局に目をつけられていたことに起因する罪状であったようだ。本人も、これまでの処遇から、その点は充分覚悟していて、「今日あるを予期し前以て遺髪を送った次第」と認(したた)めている。

 前田の育ちの良さ、教育の深さは、この遺書の中からでも自然、感じられてくる。

 前田とともに処刑された、穴井秀雄兵長が、「昔の楽しかった思ひ出にふけると死ぬのがいやになる」と言うが、前田の場合は、「将来の希望を胸にうかべた時一番死ぬのが嫌になる」と述べている件からも、充分、彼の性向が窺うことができる。

 やや長いが、前田の人格を端的に表わす部分を遺書から引用する。

 「兄(前田の遺書は、弟妹に宛てたものである)が死の判決を割合に平然と受けることが出来たのは、之全く御両親の御教養の賜に外ならず、之を見ても我々の御両親は我々が知らぬ間に人間最大の修養をちやんとして居て下さつたのだ。(中略)今となつては其の高恩を何一つ御報いすることが出来ないのは慙愧に耐へない。故に皆は是非兄に代わつて御両親を大切に孝養を尽くしてください」

 さて、前田に対してだけではなく、インドネシアに置ける日本人捕虜への虐待は、猖獗を極めたものであった。

 捕虜たちは、犬や猫の物真似をさせられたり、夜中に、突然起こされ、コンクリートの上に二時間も座らせられて、罵詈雑言を浴びせられたり、日本人同士の殴り合いをさせられたり、床の上にばら撒いた飯粒を這いつくばって食べさせられたり等々、「彼らが我々のことを事件に取りあげている以上の虐待を重ねて」受け、捕虜たちは半死半生となった。
 しかし、捕虜たちは、「『我々はどうせ死ぬのだ。この虐待は我々一身に引き受け(中略)同胞の人に少しでも虐待の及ばぬように!』と申し合わせ神に祈っている次第です」と励ましあっていた。

 そんな中でも、前田は最後まで誇りを失わなかった。死の前日に、残る捕虜たちに世話になったお礼の手紙を書き、「私の希望として検事に申し出たこと」として、次のように書いている。

 「1.目かくしをせぬ事
  2.手を縛らぬ事
  3.国歌奉唱、陛下の万歳三唱
  4.古武士の髪に香をたき込んだのに習い香水一ビン(之は死体を処理するものに対する私個人の心づかいであります)
  5.遺書遺髪の送付
     以上全部承認」

 処刑前夜、前田は、ともに死ぬことになる穴井に対し、こまごまと注意を与えていたという。

 「穴井君。左のポケットの上に白布で丸く縫いつけましたか」
 「はい。明るいうちにつけておきました」
 「白い丸が心臓のところにあたる。明日は早いから目標をつけて置かぬと弾が当たりそこなったら長く苦しむだけだからね。発つ時は、毛布を忘れないように持って行きましょう。死んだら毛布に包んでもらうのです。砂や石が直接顔に当たって、ちょっと考えるといやな気がするからね」

 翌朝早く、二人は書き置いたとおりの手順と態度で銃殺された。大きな声で歌も歌い、二人何か言葉を交わして、静かな笑い声をあげた直後、銃撃音が響いたという。

 その時、昭和23年9月9日午前5時45分。

 さすがの監視兵たちも、この歌声と笑い声の最期には、恐れと驚きを感じたらしい。あれほど続いていた収容所内での虐待が、その時以来、すっかりやんでしまったという。

 「『我々はどうせ死ぬのだ。この虐待は我々一身に引き受け(中略)同胞の人に少しでも虐待の及ばぬように!』と申し合わせ神に祈っている」

 彼らの祈りは、神に通じたのである。

ところで、よく「あの戦争(大東亜戦争)の総括をやらなけりゃ」とか言ってる人がいるだろう。「早くやんないと、あの戦争を知ってる人がいるうちに!」とか言ってる人。田原総一郎さんが代表的かな。何を言ってるんだろうか。田原さんのこういう論調って、「おれはあの戦争を知ってるんだ、知らないお前らが何を言う!」と言わんばかりで幼稚すぎる。「知ってる」ってアンタ、ポツダム宣言受諾のときに何歳よ。少年田原が何を知ってるっていうのか。

「生き証人がいる間に」ってのを協調するなら、じゃあ、誰も戊辰戦争のことを語ることはできないじゃないか。

「生きているうちに」って言わなきゃならんのはな、それは北朝鮮に拉致された日本人を待つ家族のためにだろう。それから、北方領土で暮らしていた日本人が生きているうちに再び故郷の土を踏ませてあげたいと。こういう時に使うもの。偏向ジャーナリストごときが「知ってる人間が集まって、総括だ!」なんて叫ぶのは、まったくおこがましいことだ。

自分は少なくとも、中学や高校時代、この前田大尉のことを教えてもらわなかった。『北のひめゆり』のことも、知らなかった。いずれも成人してから後に知った話だ。日本人でありながら。恥ずかしい。

今を生きている子どもらに、これからを生きる日本人のために、そういう祖父や先祖がいたことを伝えなきゃならんよ。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.11.08

すげえ! 回転する錯視図形だよ。

たまには心理学ネタ。錯視図形ってご存じ? ミューラーリヤーの矢羽根の錯視とか見たことあると思います。長さや大きさが同じなのに違って見えたり、直線が曲がって見えたりする図形のことです。北岡教授の錯視図形は、回転して見える図形。部屋に飾っておこうかな、いや病気になるかもしれんからやめとこう。

円模様が回転して見える 立命館大教授、錯視研究で受賞http://www.asahi.com/national/update/1108/OSK200611080024.html
2006年11月08日13時40分

 直線なのに曲がって見えたり、四角形が揺れて見えたりする視角の錯覚(錯視)の研究で、北岡明佳・立命館大教授(知覚心理学)が7日、色に関連した科学や芸術の研究に貢献した人に贈られる「ロレアル 色の科学と芸術賞」の金賞に選ばれた。
 北岡教授は円模様がとぐろを巻く蛇のように回転して見える図形など、約10年の研究で錯視の基本図形を多数発見し、1000種以上の錯視デザインを作った。錯視は脳神経の一部が誤作動して起きると考えられており、青と黄色など特定の色の組み合わせで起きやすくなるという。
 賞は仏の化粧品会社ロレアルグループの拠出金で97年に創設した。北岡教授の錯視デザインはホームページで公開している。

Rotsnake_1 北岡教授のホームページはこちらをクリック。車酔いする人は、見ないほうがよいかもです。うおぉぉぉ。回って、回って、回って、回〜るぅぅぅぅ〜。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.10.13

里親について考えてほしい

日本の児童虐待に対する取り組みは最低である。多くの専門家の危機感の無さも問題だが、自分は法整備の問題が大きいと学会等で主張してきた。そして、別の問題として自分が指摘してきたのが『里親不足』である。自分としては甚だ悔しいが、アメリカの国として子どもを守るの精神と比べると、日本は全然ダメな現状である。

マドンナ、アフリカの男の子を養子に
http://www.sanspo.com/sokuho/1012sokuho005.html

 米人気歌手マドンナが10日、アフリカ南部マラウイの男児(1)を養子縁組する申請をした。女性・児童省の高官が11日、共同通信に語った。
 高官によると、男児の母親は出産直後に死亡。父親は生存しているが、男児を養う経済力がなく、孤児施設に預けていた。
 マラウイの法律は、養子縁組の際、子どもとともに1年半、マラウイに滞在するよう里親候補に義務付けているが、マドンナには、例外措置が認められる可能性が高いとみられている。
 マドンナは4日からマラウイに滞在中。「男児を希望」との要望を受けた同国政府側があらかじめ“養子候補”を選考、マドンナはその中から選んだという。
 マラウイなどサハラ砂漠以南のアフリカは、エイズ禍が深刻。マドンナはマラウイの孤児支援のため300万ドル(約3億6000万円)以上を集めたいと表明していた。(共同)

またマドンナですよ。自分はマドンナのことは、携帯電話のことで取り上げたものだから、改めて敬服するのである。

日本人は、わが子の子育てを終えたら、孫遊び。または、ペットを飼う。こんな感じ。欧米人は、血の繋がらない孤児を引き取って里親になろうとする人が多い。国際比較調査でも歴然の差である。

「里親不足と児童虐待にどういう関係があんの?」って言う人は、もう少し勉強して下さい。ドキュメンタリー番組とか本とか読んでいても、何も見えて来ないよ。特に、アメリカの虐待予防の論文なんかを読むと、そもそもの発想が日本とは違うんやから。この話を、児童相談所や鑑別所他、法務省関係の人にしても「ぽか〜ん」ってしていて、まったくどうにも思考停止状態にみえる。

勉強したい人は、まずはこれだけでも読んでみて。多分、他に類を見ないであろう視点から書いたものなので、虐待に取り組んでいる人はちゃんと引用できるほど読みこなしていただきたい。

奥田健次(2001)子どもへの虐待に対する積極的対応のために−応用行動分析学による支援の可能性−.犯罪心理学研究, 39, 188-191.

「abuse2001.pdf」をダウンロード

もう6年も前に書いたものか。予想通り、世の中、全然良くなっていない。

残念ながら、世の中で頭が良いと言われている人が実は全然ダメダメな奴らばかりなので、これからも悪くなるだろうと溜め息が出る。自分のようなアホな暴れ馬ひとりの力では、駄目なんですよ。

最後に、自分の親友(かなり年上の親友だが)たるアメリカ人のことを紹介しよう。彼は宣教師。里親になろうと、孤児院を何度も訪ねていた。孤児院には、たくさんの孤児がいた。その中から、一人だけ選ばなければならない。元気そうな子、聡明そうな子、明るく活発な子、愛嬌のある子。色んな子どもがいる。彼が選んだ子は、そのいずれの子でもなかった。一番、みすぼらしい服を着て、愛嬌も無いきかん坊で、孤児院でも問題児と言われた男の子の親になることに決めたのだ。これは実話である。彼の息子はすでに成人している。もちろん、思春期は激しく彼に反抗したときもあった。

自分は、これこそ『本物の子育て』ではないかと思っている。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと, 教育, 社会 |

2006.10.08

キリンをケースに入れよ【プロジェクトX2】

あはは。たまには面白い記事でも。「キリンがケースに入らない」って。キリンビールのケースを思い浮かべたでしょ? 違うんですよねぇ。本物のキリンさんのお話です(笑)。

キリンがケース入り「拒否」、引っ越し難航 円山動物園
http://www.asahi.com/science/news/TKY200610050323.html
2006年10月06日

 札幌市円山動物園の雄のマサイキリン「シゲジロウ」が和歌山県の観光施設に貸し出されることになったが、輸送用のケースに入ることを1週間近く拒み続けている。
 無理やり押し込むとおびえるため、中にえさを入れて自分から入るのを待っているが、なかなか近づこうとしない。そのえさを母親が食べてしまうことも。
 背丈は3メートルだが、1歳8カ月の子ども。もともと警戒心の強い動物で、職員は「今月中に運べるかどうか……」と首を長くして待っている

10010440063 自分は動物使いではないけれども、中に入れる方法を知ってるよ。

アメリカのことわざやったかな。「馬を水辺に連れてくるのは簡単だが、水を飲ませるのは難しい」ってあるでしょ。つまり、『動機づけ(motivation)』のコントロールは簡単じゃないよって話ね。実際、こうしたことわざはビジネス業界でも教育現場でも使われることがある。

だが、自分の専門の行動分析学。『確立操作(establishing operation)』とか『状況事象(setting events)』という操作的な概念がある。これを使えば、動機づけもコントロールできる。また、恐怖心については行動療法が使える。あとは、具体的な事象に落とすだけ。トゥレットな自分は、またもポンポン泉が湧くようにキリンさんをケースに入れるためのアイディアが浮かびましたよ。

以下、自分がいつも言ってること。さっきの馬の話ね(どこかで聞いた話を、奥田流にアレンジしたストーリーです)。

むかしむかし、ある王様の国に優秀な駿馬がおりました。でも、この馬はわがままでお城の中の水を飲もうとしません。困り果てた王様は、大臣にこう言いました。「国中の学者を集めて、この馬にお城の水を飲ませたら、黄金をあげよう」。大臣はさっそくおふれを出しました。やがて国中から学者がやってきました。学者はあの手この手で馬に水を飲ませようとしました。水の中に砂糖を入れたり、音楽を聴かせてみたり、別の馬に水を飲ませるところを見せてみたり。ところが、何をやっても馬は水を飲もうとしませんでした。学者たちは肩を落として帰っていきました。王様はすっかり呆れてしまいました。すると水場の前で、とつぜん少年が「そんなの簡単だよ!」と言い出しました。大臣たちは追い返そうとしましたが、王様が遊び心に「まあ、やらせてみてはどうだ」と少年の申し出を許しました。少年は「まかせて!」と言って馬に飛び乗りました。少年はさっそく馬を城外まで走らせました。そのまま日が暮れるまで休まず城の回りを走り続けました。日が暮れた頃、走り続けて疲れ果てた馬に乗った少年は城の水場に戻ってきました。少年は馬から降りて、馬を水場に引いていきました。すると、馬は何もしなくても水場の水をたくさん飲んでくれました。大臣の中には、「そんな方法は卑怯だ!」と少年を罵る者もいましたが、王様は深く感心してこう言いました。「少年よ、あっぱれ見事じゃ。そういう方法があったとはな。よし、そなたに黄金をくれようぞ」。少年はこう答えました。「王様、黄金よりもこの馬を下さい。こんな働き者の馬は他にはいませんから」。王様は少年の望むとおり、この駿馬を少年に与えました。

こんなお話しです。

あ、ただね。このキリンの場合。「走らせろ」「ケースの中に餌(水)を入れよ」なんて考えていないよ。そう思いついた人はまだまだ初心者。奥田流ならば、もうちょっと別の方法がある。自分なら1週間もかかりません(キッパリ)。「行動上の問題で、解決できない問題はない」と、さらっと言っておきます。

円山動物園さん、本当に困ったら連絡下さい。いくつかアイディアを提供しますから。キリンさんの体を傷つけず、ケースに入れる方法は確実にあります。うまくいったからって少年のように「キリンを下さい」とは言いませんので。

うまくいったら、「キリンさんが好きです、でもゾウさんのほうがもっと好きです」って言わせてもらいます(笑)。

記者さん、今回はなかなか面白い記事でした。

【追記】リスザル日記さんとこの画像、こちらでも使わせてもらいました。
トラックバック、ありがとうございました。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.09.25

やっぱり学校を作りたい!

バンコクに来ていると日本語放送はNHKしかない。再放送ばかりだが、たまたま付けていると感動的なものに出会うこともある。最近の世論に反して(笑)、NHKにも素晴らしい番組もあるよと言っておきたい。長野県須坂高等学校の『りんどう祭(竜胆祭)』。

にんげんドキュメント
天突く龍を作れ 〜長野 須坂高校文化祭〜

これなんだよね。自分が普段から「いじめの解決は『大河ドラマ』を作成するような作業だ」と言っていること(『いじめのある現場で解決する策がある』)。そして、学校に提案していることだ。

同校で40年も続いている『りんどう祭』という伝統的な文化祭。巨大な龍を制作するのだ。生徒達は半年間かけてその日のために巨大な龍を作っていく。大学受験を控えた3年生までもが、早朝から放課後までに空き時間を作って張り子の龍の制作作業に打ち込んでいるのだ。

当然だが簡単に出来るものではない。完成日までの時間がない。自分の担当パーツが1つでも欠けると龍は完成しない。だからこそ、焦りや苛立ちが強くなるし、仲間同士のぶつかり合いもある。部活や勉強との両立に葛藤する生徒。高校生の前に立ちはだかる巨大な龍は、あまりにも思春期の若者にとって厳しい試練だといえるだろう。

作業から半年。ここからは『儀式』である。ハイテクや合理性の世の中では味わうことのできないシーンを、高校生達は真剣に真面目に描き出していく。

『建立(こんりゅう)』という儀式では、生徒達が手分けして作った龍のパーツを一つずつ起こしていき、組み立てていかなければならない。龍をしっかり支えるために、骨組みは材木で出来ている。張り子の紙や塗料の重さも半端ではない。リーダーの「建立!」という掛け声に合わせて、男子生徒らが壊さないように慎重にロープを引っ張ってパーツを起こしていく。見るからに、かなり重そうである。

女子生徒達は『竜胆祭賛歌』を歌い踊りながら、男子生徒らの作業を鼓舞するのだ。眠れる巨大な龍は、こうして若者の掛け声と歌と祈りの中、命を吹き込まれていく。グラウンドに高くそびえる龍。半年かけて皆で手分けして作った龍が一つになった瞬間だ。それまで対立していたような生徒同士も、ごく自然に互いに抱擁して喜びを分かち合う。皆、熱い涙を流している。

感動した生徒達は、完成した龍の体にメッセージを書き込む。半年前までは、ただの『学校行事』に過ぎなかったのだろう。しかし、気が付くと皆で作り上げた龍に対する『愛着』が強く芽生えているのだ。

だが、儀式はこれで終わりではない。文化祭の終わりに、この龍を解体しなければならないのだ。リーダーが声を詰まらせながら感謝の気持ちを皆に伝え、最後の掛け声と共に生徒らは一斉にロープを引っ張る。今度はゆっくりではない。一気に倒してしまうのだ。あれだけ建立するまで苦労した龍は、もろくも倒され命尽きてしまうのだ。

最近の若者のことだから、一斉に倒したら倒したで喝采するのだろうか。否。皆、すぐに倒れた龍のもとに駆け寄り、泣いているのだ。もう言葉すら無く、ただ泣くばかり。時間までに解体しなければならない。号泣しながら、龍のうろこを剥がしている。中には、解体作業もできないほどに泣き崩れている女子もいる。やさしく慰め励ましながら、解体作業に参加させる友もいる。無情に見えるが、骨組みをチェーンソーで小さく切っていく男の姿もある。

巨大な龍の亡骸は、一所に集められた。何も知らない自分は、トラックで運ばれて行くのだろうかと思ってしまった。だが、そんな考えは儀式には合わないものだということがすぐに分かった。弓道部の生徒数名が登場したのだ。長い矢の先には炎。火矢である。掛け声と共に一斉に火矢が放たれ、龍の亡骸に到達する。火柱は高く燃え盛り、『りんどう祭』の本当のクライマックスを迎えることになる。

自分は不覚にも何度か泣いてしまった。こういうドラマを作ることができるなら、いじめなんか無くなるだろう。逆に言えば、これほどのドラマを作らなければ、いじめは無くならない。

それにしても、長野県の教育はすごいなあと学生の頃から思っていた。学生の時に見たドキュメントのこと。それもNHKだったと思うが。確か、小学生が1年かけてヤギを飼育する。ところが、最後の最後で『お別れの時』がやってくる。ただ、お別れするのではない。食肉処理場(と畜場)に連れて行かれると教師から説明される。当然、小学生達は「かわいそうだ」と言って泣いてしまう。普段、何気なく食事している(そして食べ残ししている)けれども、こうした経験によって『食物とは何か』ということを肌で感じることになるだろう。実験授業のドキュメントだった。これも確か長野県での取り組みだったと思う。この取り組みの話なんかも、自分はある教育委員会で提案したこともある。すごく嫌な顔をされたが。

その後、この取り組みはどうなったのだろうか。

『りんどう祭』にしても、保護者の中には「うちの息子にはそんな時間よりも大学受験のための勉強の時間が大切です」と言う人がいるのではなかろうか。それでも、40年も伝統を守ってきた学校はすばらしい。塾や大学では決して学べないことがあるのだ。『青春』という一言では語りきれないものがある。

自分はそういう学校を作りたいなあ。うらやましいなあ。いつも言っていることだが、そういう学校を経営させてもらえるならば、いつでも大学教員なんて辞めちまいます(本気です)。

 

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関連記事:いじめのある現場で解決する策がある
      など。

Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 学ぶこと, 教育 |

2006.09.20

国立菊池病院でのお仕事。

熊本県の国立病院機構菊池病院に来ました。2日に渡って自分の専門である応用行動分析学の基礎について、講義と演習を行うため。いつも敬服するのは、ここに集う医師や看護師、心理士の多くの熱心さだ。何せ、医師までもがこんな暴れん坊の自分の話を聞こうというのだから。

こちらのほうには、もう3年連続でお招きいただいている。精神科医の原井宏明先生は、自分には日本で数えるほどしかいない『治せる精神科医』。権威主義ばっかりで治せない精神科医は吐いて捨てるほどいるが(笑)、原井先生はあらゆる面で他とは違う。

最初の出会いなんぞ、周囲が心配するかのような学会でのバトル。通常ならば、お互いに遺恨を残すようなバトルではあったが、こちらもデータを堂々見せるしセラピーVTRなんかも見せているうちに、いつしか数少ない『分かり合える関係(?)』になったような気もする。

原井先生は、自分が年下だろうと医師でなかろうと、自分の仕事からでも何か学ぼうとされるし、自分は自分で原井先生に会うときは「原井先生をうならせてみようか」なんて思うものだから、やはり奇妙な付き合い方だ。自分の仕事について、たとえ年配のお偉い先生から評価されてもあまり嬉しくない(どころか、腹が立つこともある)。「お前ごときに何が分かっとるねん」という心境だ。同じ話を、原井先生もしていたことを思い出す。

だからこそ、余計に『(自分の仕事の細部まで)分かってくれる人』との会話は楽しいものだ。今日もそれぞれの治療場面を見学し合いました。いやあ、そりゃあもうワクワクしましたよ(ニューヨークで公開したとき以来かな、この感覚は)。細かいところまで分かって下さる先生の前でセラピーやるなんて、セラピスト冥利に尽きるね。そして、見るのもまた勉強になる。原井先生のところで仕事している人は、さぞ勉強になるやろうなあ。

学会とか研究会なんかで、それぞれの持ち事例を披露し合えるような関係は少ない。たいてい、こっちが一方的に自分の事例を紹介するか、他人の事例にコメントするかなので面白くない。原井先生とは、たくさん困難な事例もレアな事例も持っている者同士なので、必然的に会話の興味が尽きない。「まったくそうだね」と原井先生。

『ブラックジャック同盟』とでも呼ぼうか、自分がお付き合いしている医師は数少ないが、実力で世界に通じる人ばかりやからね。その代わり、みなさん強烈すぎるキャラです(もちろん、自分も;笑)。そして、当然ながら忙しすぎて、もっと大きな仕事があるのに時間がないというのも共通の問題だろう。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.09.03

行動分析学会の千秋楽。

今日はもう1件の発表。千秋楽なので閑散としてるかなと思ったが、それでも盛況だった。

今日のメインは招待講演、Alan Silberberg先生のお話。あんまり専門分野のことをブログに書くと、一般の読者が遠のいてしまうので、感想だけ。

Silberberg先生の専門分野は、実験的行動分析と行動経済学である。今回の講演のタイトルは“Reflex Strength Viewed from an Economic Perspective(経済的視点から見た反射強度”。

ヒトを含む動物が学習した行動の強さを測定する尺度について、行動経済学ではこんな方法がありまっせ的な内容だった。一般読者用に書くとすれば、たとえば煙草を吸う人でも喫煙行動はさまざま。何時間に1本吸うかとか、煙草が無いときに何日かけて買いに行くのか(その日のうちに買いに行く、翌日に買うことにする、来週買う、etc.)とか、行動の速度や頻度、煙草の好子としての価値などを客観的に測定することができる。

んで、この強度は測定できるだけじゃなくって、予測と制御も可能。

こうした基礎研究には、臨床への応用のためのヒントが隠されているもの。臨床的には、煙草やドラッグを断ち切るための環境条件も見えてきそうだし、発達障害児への指導にも役立ちそう。

直感的に閃いたことを書いておこう。

高機能自閉症の子どもにトークンエコノミー法でゲームソフトを買い与えるばっかりでなく、使い古したゲームソフトをリサイクルショップに売りに行くなんてことは出来ないだろうか。買い集めてばかりいると、家の中がゲームソフトだらけになってしまう。「ゲームソフトを数本売らなければ、新しいゲームソフトは買えない」条件を設けると、果たしてこうした下取り売買行動が自発するのだろうか。下取り売買行動が成立するための条件について、臨床研究を行ってみるのも面白そうだ。

なんてネタを、ブログに書いてしまった(笑)。素早い読者(研究者)は試してみますか? 「すでに論文になってまっせ」ってな情報があるならば、教えておくんなまし。

おわりに。主催校の関西学院大スタッフの皆様、お疲れ様&ありがとうございました。きっとお疲れのことでしょう。美味しいお酒を飲んで下さい。

200609030951000 何が気に入ったって? そりゃあ、これでしょ。『おしぼりサービス』。グリーン車みたいじゃん。毎日、よく冷えたおしぼりが嬉しかった。まさに、GJ! ちょっとやってみた『おしぼり王子』(爆)。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

行動分析学会の2日目。

今日は発表してきました。ま、学会発表くらいは会員ならば誰でも出来るので、大したことではありません。「こんなんやりましたけど、どないでっか?」的なね、やっぱり独りよがりの仕事はしたくないからさ。

寂しいことは、もう誰からも教えてもらえないということ。こっちが効率的に自分の仕事を伝えるのに専念するだけ。んでも、ただ伝えるだけで終わるのではなくって、相手の反応を見ながら伝えると、結構、自分の考えが明確になるんよね。「ああ、俺ってこういう仕事をやってたんだ」という発見だったり再確認だったり。そういう『学び』をしているようなもんですよ。「教えてもらおうなんて甘えるな!」ってなもんやろうね。

これって、やっぱ大事なこっちゃなと思う。

今日のシンポジウムは、こちら。

学校支援において連携や協働を進めるために、『行動コンサルテーション』はいかに役に立つか−わが国への適用の現状と課題−

話題提供は、野呂文行先生(筑波大)、加藤哲文先生(上越教育大)、米山直樹先生(関西学院大)であった。お馴染みの顔触れであるが、それぞれ明快な切り口で『行動コンサルテーション』の実際の営みを示して下さった。

指定討論は、神村栄一先生(新潟大)、松見淳子先生(関西学院大)であった。神村先生は、教育相談のフィールドで行動分析学研究者がどんな戦略(政治)をもって進めていくか指摘された。また、松見先生の討論で印象に残ったのは、話題提供者らが紹介したアメリカのモデル(Berganモデル)は「学校内に常勤の専門家がいることを前提にしたものであって、日本のスクールカウンセラーや巡回相談員はほとんどの場合、常勤ではない」という指摘であった。確かに、週1日勤務の心理士と毎日勤務の心理士とでは全然違う。これは単に量的な問題だけではないだろう。毎日勤務の心理士だと『同じ船の乗組員』という目で見られるからだ。

質疑応答では、多少、場を盛り上げるために質問してみた。

今回の話題提供では、すべて大学教員という肩書きでコンサルタントとしてコンサルティ(学校教員など)にコンサルテーションを行う話ばかりだと。でも、教育相談に従事している圧倒的多数は、(大学教員でない)スクールカウンセラーなり、教育委員会の主事とかなのだから、社会的要請としてはその圧倒的多数の専門家が『行動コンサルテーション』を出来るようにすることではないか。つまり、行動コンサルタント養成に着手することが大学教員の目指すべき仕事でないかと。

それこそ、有識者の立場を社会のために利用して、市町村や県の教育委員会に働きかけることからスタートせなあかんのちゃうかと。ちなみに、特別支援教育のほうではそれが出来ているよ。こんな自分のような有識者でない人間でも、ある教育委員会に「特別支援教育コーディネーター養成講座」をやるべきでしょうと企画を持ちかけたら、一発で採用された実績がある。ま、名称は「養成講座」から「研修講座」に変更させられたけどね。

神村先生の戦略の話や、松見先生がされている学校や教育委員会での仕事などが、自分の質問したことに関連しているのかもしれない。

いろいろ質問した自分が、じゃあそういう仕事が出来るかというと出来ないし、自分の趣味じゃない。ただし、自分はスクールカウンセラーはやってない。面白くないからね。やっぱり、特別支援教育のほうが教育委員会の対応が良いように思う。ギャラはビックリするくらい安いけれども、確かにやりがいがあるね。

「大学教員がいつまでもスクールカウンセラーをやってんじゃねえよ!」と(までは発言していない)。ちょっとはそう思ってるかもしれんけどね(笑)。いや、もちろん今回の話題提供の先生方のような行動分析家が、スクールカウンセリングの現場でデータを取り続けている限りにおいては、それはもうジャンジャンやるべきだと思っています。データをある程度集めたら、それをどのように社会のために利用するか。こういう戦略はしっかり持っとかないといかんでしょうと思いました。

データも取らずにスクールカウンセラーやってる大学教員は、行動分析家でもNGだわさ。ってか、行動分析家としては当然失格やろうね。

ちょっと過激すぎましたかね(苦笑)。

いや、懇親会で小野浩一先生(駒澤大)から「奥田君、だめだよ『自分も出来てないんですけどね』なんて言っちゃあ(笑)」って言われちゃいました。

あくまでも過激なのを期待されるんですよね、小野センセ。。そりゃ、あきまへんですわぁ(苦笑)。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.09.01

行動分析学会の1日目。

オープニングの今田寛先生のご講演から参加してきた。まあ、いつも変わらず気持ち良いほど辛口で、自分は大好き。そういえば、昔ピアスしている女子学生に「親からもらった体に傷を付けるな! イヤリングにしろ!」と叱ったという逸話を聞いたことがある。うーむ、自分はやっぱ似ているのかも(苦笑)。

『わが国の心理学教育を考える』というタイトルで、30分の短い話だった。

関学の若い学生さんにとっては伝説の人、古武弥正先生の「基礎あっての応用じゃ!」というスローガンを紹介され、アメリカの心理学教育の変遷を紹介された。自分流に要約すれば、「簡単には(基礎の無い)臨床心理教育を認めない」という徹底したフィロソフィーが、1960年代までのアメリカにはあった。

ところが、60年代の反体制運動の潮流の中で、少しずつ臨床心理の教育路線が確立されていく。しかし、それでもその過程では徹底した議論があったという。

一方、日本では日本臨床心理士資格認定協会が『臨床心理士』を1988年にスタートさせてしまって一大勢力となったため、日本心理学会が慌てて1990年に『認定心理士』をスタートさせた。そして、大学設置基準が大綱化されたのが1991年だった。『臨床心理士』の後追いという逆転の歴史は、ご自分のことも含めて心理学基礎分野の怠慢だったと、先生は指摘された。つまり、日本の『臨床心理士』は、心理学の基礎分野との徹底した議論もなくスタートしたものなのである。

もう一つ、今田先生の気持ちよいご発言。先生が「産業界の規制緩和の教育界への影響」を指摘され、自由競争と市場原理主義が、心理学を学ぶ学生を「モノ」のようにした。「2000〜2003までの4年間に54の心理学関係学科が認可」され、これらの入学定員は5,000人にも及ぶ。文科省の大学設置の委員として関わっておられた今田先生は、当然ながらそうした「売れれば何でも良い」的な市場原理主義に抵抗されたようで、特に「臨床心理学部」の設置には断固として反対され、その名称では認可させなかった。「基礎なき応用」はいかん、という徹底した姿勢には共感するところ大であるし、市場原理主義によって「思想の欠如」を招くという見方にも大賛成。

シンポジウム『テクノロジーと行動分析』も面白かった。あまり沢山書けないので、「へぇ」と思ったことだけメモ。インストラクショナルデザインの話題提供の中で、「“e-Learning”はもう古くなってて、最近では“Blended Learning”とか“Technology Enhanced Learning”といって、対面授業の改善の方向性に向いている」ということだ。まさに「へぇ」である(良い意味で)。やはり「“Face to Face”が教育の基本でしょう」と考えている自分は、「ほらね、戻るべきところに帰結したよ」と思った。シンポジウム全体としては、打ち合わせが不十分だったのか、質疑の時間も無く、盛り上がらなかったのが残念だった。本来ならば、絶対に盛り上がるはずの企画だったのに、ちょっと『MOTTAINAI』感あり。

公開講演『もっとペンギンを知るための行動分析学』というタイトルで、眞邊一近先生のプレゼンだった。これは、6月のアトランタのときに当ブログで紹介した内容のものであった。

ペンギンを被験体にした行動実験自体が初めてのことなので、「そもそもペンギンは動物行動学的にどういう能力があるのか、どういう制限があるのか」ということから明らかにしなければならない。その作業が、自分のように発達障害臨床をやっている者にとってもヒントだらけであり、共通する作業や現象もいくつか発見することができた。特に「ITI中の反応が無くならないという問題」の分析と対処法は、臨床で通じるよなと思った(一般の読者の皆様にはゴメンナサイ)。んで、「同じケープペンギンという種でも、ペンギン個体それぞれで違うところもある」という話も、「うーん、そうだよなあ、同じだよなあ」と思った次第。

フロアから質問させていただいたが、こうした研究で行動科学のテクノロジーも発展する可能性もあるが、それ以上に今回のタイトル通り「ペンギンという種のことをもっと知る」ことができるだろう。行動分析学に留まらず、関連分野に与える新しい知見も出てきそうで、発展が楽しみ。近い将来、八景島シーパラダイスで、定番のイルカやアザラシばかりでなく、トレーニングを受けた芸達者なペンギンがどんどん見られるのも楽しみ。そのうち、クールミントガムの実写CMなんかも出来るかも。

おっと、昨日のエントリーもプリンスホテルの話につながっちゃった。この八景島シーパラダイスもプリンスホテル系じゃん。奇遇だねえ。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.08.21

早実、斎藤佑樹君に学ぶ。

早稲田実業が熱戦の末、夏の大会初制覇。バタバタ移動している最中、空港のロビーで斎藤佑樹投手のインタビューをちらっと見た。後でネットで斎藤投手が残したコメントをチェックした。はっきり言って、すばらしい。

早実が2日間の死闘制し、悲願初V!駒苫は夏3連覇逃す
http://www.sanspo.com/sokuho/0821sokuho018.html

第88回全国高校野球選手権大会最終日は21日、兵庫県西宮市の甲子園球場で前日に延長十五回引き分けとなった駒大苫小牧(南北海道)−早実(西東京)の決勝再試合を行い、早実が4−3で勝ち、1915年の第1回大会から通算27度目の出場、3度目の決勝進出で悲願の全国制覇を果たした。早実は春の選抜大会では、57年に王貞治・現ソフトバンク監督を擁して優勝している。

★早実・斎藤3連覇止めた−クールな右腕、初Vに涙

先輩たちの思いを背負って投げた144キロの直球だった。斎藤の夏の甲子園通算948球目。田中のバットが空を切り、2日間にわたる激闘に幕が下りた。クールで鳴らす男も、さすがに涙をこらえられない。「今までで一番うれしい」。おえつで言葉になっていなかったが、確かにそう言った。

本当に4日連投なのか。そう思わせるほどの投球だった。次々と140キロ以上の直球を投げ込み、スライダーの切れも前日と変わらない。「疲れはあったけれど、最後は気持ちでした」。九回に中沢に2点本塁打を浴びて1点差に迫られると、スタンド全体が騒然とした。しかし、マウンドに集まった内野手とともに空を見詰め、落ち着きを取り戻した。

「先輩の思いが斎藤に乗り移っていたようだった。斎藤を支えるチームメートも想像以上だった」。和泉監督の目は潤んでいた。そんな恩師にエースは「ここまで成長できたのは監督のおかげ。勝ったことよりも、監督に優勝させてあげたことの方が…」と、泣かせるセリフを口にした

もうひとつ。

熱投Vの早実斎藤が涙/夏の甲子園
http://highschool.nikkansports.com/2006/koshien/news/f-hb-tp1-20060821-0008.html
「うれしい。仲間を信じ、部員全員を信じマウンドを守ってきました。みんなに感謝したい」。

複数エースでローテーションして投げたのではない。斎藤投手が4日連投したわけだ。ややもすると現代的に「自分のお陰だ、自分が強いからだ」と言ってしまいがちなシチュエーションにもかかわらず、こんなコメントを残した斎藤投手は、「仲間とは何か」「コミュニティーとは何か」「社会とは何か」「歴史や伝統とは何か」、ということを良く分かっている生徒なのだ。知識として分かっているという意味ではない。そういうタテやヨコの中におかれた自分を『繋がりある存在』として感じ、自然に周囲の人の繋がりまで身にまとっているのだろう。自分は自分一人のものではないということを。

スポーツに打ちこむ若者から、学ぶこともたくさんある。

駒大苫小牧も、試合には敗れたが、最後まで見事だった。

 

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Posted by 奥田健次 スポーツ, 学ぶこと |

2006.07.31

【復刻】東條英機宣誓供述書

週末、新幹線移動の際に書店で見つけた新刊。新刊といっても、本当は昭和23年に発行されたものである。本書は、占領軍GHQの発禁本第1号とされていたためだ。

東條英機の孫娘、東條由布子さんによって編集され、ようやく広く日の目を見ることとなった。

さっそく『編者まえがき』を読んだ。GHQによる徹底した情報統制を乗り越え、運命的な巡り合わせで、発禁となった初版本を由布子さんが手にすることができたという。

『編者まえがき』より引用する。

 この本を読み進むにつれ、私はつくづく祖父の「勇気」に感じ入りました。あれだけの四面楚歌の状況の中で、しかも国際裁判の法廷という場で、日本国の立場を正々堂々と主張していたということが、改めて分かったからです。
「断じて日本は侵略戦争をしたのではありません、自衛戦争をしたのであります」
 私はこれぞ本物の軍人魂、これぞ日本人だと感じました。死を覚悟していたからこそ、これだけのことが言えたのでしょう。

同じく『編者まえがき』より。

 戦後、日本は連合軍の政策にすっかり洗脳されてしまいました。日本が行った戦争を「侵略戦争」であったと刷り込まれた上に、GHQの検閲により「自衛戦争」という主張は掻き消されていました。日本人は目も耳も塞がれていたのです。占領中はまだしもサンフランシスコ講和条約が発効した昭和二十七年以降も、日本の政府や政治家たちは、連合軍によって押しつけられた「歴史認識」を修正しようとはせず、国民の再啓蒙をまったくといっていいほど行いませんでした。多くの国民が、心の底で誇りを求めていたのにもかかわらず−。

今、東條英機宣誓供述書(全文)を読み進めているが、「メモ魔」と呼ばれた東條の詳細な記録に驚くばかりである。

そして何よりも、これは当時の日本のおかれていた状況がつぶさに分かる一級の記録であり、だからこそGHQは供述書の内容について論理的に反論することを避け(反論できるわけもなく)、発禁本としたのだ

発禁第1号とされた本書なのだから、読者は虚心坦懐に読まなければならない。戦後、植え付けられてきた知識やイメージを一時的に脇に置いて、本書を手にするべきだろう。

自分の死を覚悟していた東條は、決して東京裁判で、自分自身を護ろうとしたのではない。天皇と、日本を護ることに命を懸けたのだ。

こんな東條を、日本人が戦後60年間ずっと『極悪人』と決めつけたままでよいわけがない。反戦平和の左翼が、東條他いわゆる『A級戦犯』を犯罪者と言い続けるならば、そんな人間の望む平和など『偽善者の戯言』に過ぎない。片方で「平和、平和」と言いながら、片方で自己弁護をしなかった男に石を投げ続けているだけだ。自分の幼稚さに気付けないほど幼稚な姿である。

GHQの民間情報教育局によるWGIP(戦争についての罪悪感を日本人に刷り込む計画)による洗脳から、まず目を覚ますこと。アメリカはじめ戦勝国のリンチ裁判を全面否定すること。まずは、ここから始めようではないか。自分も、大学生の頃までは何も知らず、命懸けで日本を護ってくれた方々に対して悪い人達だとレッテルを貼ってしまっていた。本当に申し訳ない気持ちである。ごめんなさい。

本書は書店で発売中。小林よしのり氏推薦の帯が目立つので、すぐに見つかるだろう。

【追記】本書の初版は1年前になっていて、今回書店で見つけたのは第7刷だった。『いわゆるA級戦犯』が売れたので、再注目されたということなのだろう。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.07.16

白洲次郎に会いに行く

学校の歴史では教えてもらえなかった、カッコいい日本人。白洲次郎。今度、特番があるそうだ。

白洲次郎にゆかりのある人たちを、さんまさんが訪ねて回るそうだ。

TBS系ってことで、どんな番組になるのか目が離せない。少なくとも、文庫も読んでね。

明石家さんま痛快ニッポン男子スペシャル“白洲次郎に会いに行く” 

7月19日(水) 23:55~25:20 TBSテレビGコード(8479529)

「幼稚な正義感」って良いね。自分の生き方に照らし合わせてみても、ぴったり嵌まる言葉だわ。自分も今、白洲次郎の生き方を勉強中。若い世代に伝えなきゃならん。

今の日本を見てごらん。本当に「プリンシプル(ゆずっちゃいけない原理原則)がない」。教育も、子育てもそうだ。これ、かなりまずい状況なんだよ。大人にプリンシプルがないから、そりゃあ子どもはもう統制効かんのは当たり前。

こんな日本だからこそ、白洲次郎の生き方に学ばなければいけない。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.07.07

いわゆる「A級戦犯」〜木村兵太郎の遺言〜

小林よしのり氏の『いわゆるA級戦犯』。一気に読破した。思わず涙が出てしまった話を。

木村兵太郎。絞首刑となった「A級戦犯」7人のうちの一人である。この7人の中では、もっとも無名な人物であった。

アメリカはどうしても「平和に対する罪」「人道に対する罪」という事後法で、日本人の当時のリーダーを裁きたかったのだ。しかし、大東亜戦争に通常の戦争犯罪があったとしても、ナチスドイツがやったホロコーストのような組織的な人種迫害など、日本はまったくやっていない。そもそもホロコーストは戦争犯罪ではなく、国家的凶悪犯罪だ。こんなものと大東亜戦争を一緒にすること自体、無理なのだ。

木村兵太郎は、終戦時、ビルマ派遣軍司令官という立場であった。大東亜戦争の開戦時に、東条英機陸軍大臣の下で陸軍次官だったことから、連合国に目を付けられた。

実直な性格だった木村は、陸軍省においても目立つ存在ではなく、お飾りのような存在だったという。

新聞記者など周囲が「木村兵太郎は絶対大丈夫だ」と言うので、木村夫人もそのように安心していたが、木村本人は「はじめから結論はついている裁判だ」「判決後には会いたくないと思っている」と言って、判決前日の面会に子どもを連れてこなかった夫人を叱った。

翌日。木村本人が看破していたとおり、判決は死刑。

以下、引用しよう。

木村には当時20歳の娘と18歳の息子がいた。死刑判決の後、息子が送った手紙には「父上は軍人として一生を祖国に捧げられ、そして私はこの世に、或いは偶然に又或いは一つの必然性のうちに父上の子として生をうけたのであり、しかもそれを無上の幸福と考えて居ります」という思いが綴られ、さらにこう書かれていた。

「昨日母上突然帰宅されました。母上もおやつれになってお気の毒です。御覚悟の上でしょうが、少し周囲の楽観が結果に対する衝撃を大きくしたのではないでしょうか。先日かくあるべきことを慮って母上に申し上げたのでしたが、不幸にしてその言が本当になろうとは。
 最後の面会の件、父上からお断りのようですが、後々の思いのこり多いことは苦になりますし、一度お会いしたく思います」

 木村はこの手紙に涙し、その翌日家族は面会を果たした。

 数日後、クリスチャンである木村の娘は教誨師の花山信勝に「私がキリスト教を信じているために、お父さんが仏教で往かれる気持ちから、気兼ねでもしてお言葉を遺されないのではないかと気遣っていますが、その点は、どうかご遠慮なしにお教えを遺していただきたい」と言付けを頼んだ。

 そして木村は、このような遺言を娘に遺した。

「……いつまでもあると思うな親と金、ないと思うな運と災難。百合子は朗らかな美しい笑の中心として常に家の中を、まず朝起きてから一番はじめに直ちに春風を吹かせ、一同を朗らかにしてくれ。愛は万事に勝つ、敬は秩序を保つ、礼は世界を飾る花輪なり。信は力なり。ものは貧しくとも、常に心を豊かにせよ。愚痴は曇る、感謝は晴れる。何事も心の持ちよう一つ。心こそ一番大事である。国の礎は家、家の礎は女である。家を整うるには、針箱の整理から始めて、家内中を整頓する、そして家事万端に。かくして心の整理ができて、清い生活ができる……」

息子が父に伝えた気持ち、それを受け取ったときの木村の心情。父に対する娘の心遣い、それを受け取ったときの木村の心情。そして、木村が遺した娘への言葉、それを受け取った娘の心情。死を前にした親子の情愛に、涙を禁じ得ない。

戦勝国によって一方的な汚名を着せられ、まったくのえん罪であるにもかかわらず、最後まで証言台に立って弁明しなかった木村兵太郎。木村はこうして「戦死」したのである。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.06.06

南極物語〜Eight Below〜

昨日、日本に帰国。映画があまり好きでない自分なのだが、機内映画にどんなものがあるのか見てみたら、『南極物語』とあるではないか。懐かしい。

さっそく再生してみるが、これって子どもの頃に見たタロとジロの『南極物語』(1983年)のリメイクやんけ。オリジナルの日本で製作された『南極物語』を知らない若い読者も少なくないだろう。このストーリーは実話なのである。

こちらのサイトから予告編をご覧頂きたい(『南極物語』)。あかんわ、予告編だけでも泣けてくる。

子どもの頃、映画館でボロボロに泣いてしまい、それからタロジロファンになった自分は、タロとジロのイラストを描いたり本を集めたり、宝塚ファミリーランドにタロとジロがやって来たときには追っかけにも行った。

もう大人なんで泣かんやろうし、飛行機の中で泣くのも情けない。よっしゃ、アメリカさんが作った『Eight Below(南極物語)』と、日本のオリジナル『南極物語』との違いを、分析的に比較して観てやろうではないか。

しかし、もうあかん。前半の、犬ぞりのシーンだけで、いろいろ思い出してしまって泣けてくる。取り残された犬たちが、なんだか助け合いながら過酷な条件で生き延びていく姿にも感動。すでに涙が。

そして、感動の再開シーンでは分かっちゃいるけどボロボロ泣いてしまった。子どもの頃は映画館。大人になってからは機内でボロボロに。あんまし、自分って昔から変わってへんやんか。どうも、自分は動物沙汰の映画に弱いようだ。『ドン松五郎』でも泣いたしね。下手すると『子猫物語』でも泣くかもしれない。恋愛ものとかは全然興味ないねんけどな。

忠誠とか忠孝。自分の好きなテーマだ。

DVD、買おうっと。ついでに、昔懐かしい日本製作のオリジナル『南極物語』も買っておこうっと。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.06.05

サンフランシスコ講和会議

帰国する最後の日は、サンフランシスコ。何度も滞在しているのだが、どうしても一度、行っておきたい場所があった。

Operahouse_1 オペラハウス。正式名は戦没者追悼記念オペラハウス(War Memorial Opera House)である。

1951年9月に講和会議が行われた場所である。ポツダム宣言を受諾し降伏文書に署名した1945年から、6年かけた後に日本の主権を連合国に承認させた場所(ただし、沖縄の復帰は置き去りにされたままの主権回復だったが)。

日本は本当に主権を回復したのか? 日本は本当に独立国なのか? 連合国によるリンチ裁判(東京裁判)によって「戦死」した先人に、自分らは堂々と顔を合わせることができるのか? 『物理的な主権回復』だけで満足していて、『精神的な主権回復』が実現していないのではないか?

Operahouse_2_1 こんなことを思い、オペラハウスの前でしばし佇む。

講和会議から55年。55年前にこの場に臨んだ(臨むこともできなかった)先人達の心中を察すると胸が痛み、言葉が出なかった。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.06.02

ABA2006参加記(7)

アトランタでの学会も無事終了。それなりに良い刺激を受けることはできた。総括。

まず、今大会、行動分析学の学会にしては会場内の場所表示など弁別刺激(手がかり刺激)が少なすぎて困惑した。ホテル側の要請だったのだろうか、とにかく会場が二つの建物に別れていて難しい場所移動なのに、矢印の一つすら見かけなかった。

それから、会場の部屋割りにも問題があったのではないか。同じ時間帯に、小さな会議室には聴衆で溢れかえり、地べたに座っての参加、廊下から覗いての参加などということが、2回はあった。一方で、あきらめて隣の大きな会場を覗いてみると、ガラガラに空いていた。事前に予測できないものなのだろうか。

内容についてだが、今大会の自閉症・発達障害系の発表では、やたらと“Video Modeling”法が目立った。昨年は、PECSが目立っていた。どうも、毎年ブームというかトレンドがあるのかもしれない。しかしながら、“Video Modeling”について行動分析学的に詳細な分析が出来ているかといえば、ほとんどの研究でそれが曖昧なままだったように思われる。あまり質の高い研究ではなく、実践としてもそれほどインパクトは無かった。

200605311218000 もっとアメリカの学生さん達には、ラディカルな視点から行動分析学の基礎を再学習していただきたい。あ、ちなみに自分は今回「SABA DONOR」なんだわ(リボン付きの名札がカックイー)。「SABAの助成金を受けている学生よ、しっかりしろ!」の一言ぐらい、言っても構わんだろう。

 

200605311219000 最後に。自分は初日からペリエを買いまくって、会場でも酒飲みのようにペリエ瓶を持ち歩いていたのだが、3日目にして売り切れた。これは、自分の宣伝効果ではないかと思っている。ペリエ代理店は、少しばかりの謝意を示してほしい(笑)。

さあ、来年の学会はSan Diegoだ。自分のセカンドタウン。必ず発表しようと思っている。

 

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“すぎ”だらけ(too muchなアメリカン)
ボーイング777の機内より
いざ、アトランタへ。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

2006.06.01

ABA2006参加記(6)

今回のシンポジウムは、アメリカのHeadsprout社が中心メンバーのものだった。

自分はもう何度か彼らのシンポジウムに参加しているのだが、今回が初めての大学院生もいたので、一緒に参加してきた。

シンポジウムの内容についてあまりここで書いても一般読者には興味のないことかもしれないので、Headsproutの仕事について紹介することにしよう。

現在、アメリカの教育的危機の一つに、アメリカの子どもの約40%が読み書きの問題を持っていることが挙げられている。これは、National Center for Learning Disabilitiesによって2001年に報告されたことである。

これだけの問題があるのは、英語がアルファベット26文字の組み合わせによって発音が異なるという言語の構造上の特徴に起因するのであろうが、他にも経済的な格差とそれが生み出す教育格差などの社会構造も関係しているのかもしれない。

問題の原因はともかく。Headsproutはこうした喫緊の社会的課題に応えるために行動分析学者数名が起業したベンチャー企業である。つまり、Headsproutは、アメリカの子どもに効果的に「読み」のパフォーマンスを高めることにコミットした会社というわけだ。ここでの「読み」とは、テキストを読む“reading”と、文脈や内容を理解する“comprehension”の両方が含まれている。

Headsproutの「読み」指導プログラム(Early Reading)は、サイエンスベースドでありリサーチベースドである。つまり、実験的に立証された効果的な指導方法がこのプログラムの随所に盛り込まれており、よくある作りっぱなしの教材開発会社とは発想も方法も違っている。

また、子どもはオンラインで学習を進めていくのだが、子どもがあるエピソード(課題)で正解したり間違ったり、答えるのに時間がかかったりしたことは、すべて個別データとなって収集されていく。あるエピソードでは、学習がスムーズな子どもとそうでない子どもとのスコアの幅が大きすぎるといった場合、そのエピソードはバージョンアップされ、こうした幅が少なくなるまで改訂されていく。

詳細な個別データを見せてもらったことがある。確かに、10万人の学習者がいれば10万人のデータ、1万の教室のデータがあれば1万の教室のデータという感じで、学習者の達成過程がよく分かる。

教材に子どもを合わせるのではなく、子どもに教材を合わせていくというスタンス。良き臨床家のスタイルを、企業で実践しているというわけだ

必然的に大きな成果を上げており、教育局や第三者機関などから表彰されたりしている。

今回のシンポジウムは、自分は教材開発に関心のある大学院生を連れていた関係で参加したのだが、自分にとって真新しい話はあまりなかった。院生にとっては刺激的な内容であったと思う。

思わず笑っちゃったのは、このEarly Readingを導入している小学校の登校シーン。スクールバスの中身を改造していて、みんながブースの中のパソコンに向かってEarly Readingをやっていた。やらされているというのではなく、教材自体が楽しいので進んでやっている感じだ。バスの中でゲームボーイで遊んでいる感覚なのだろう。

自分の『関西んぐりっしゅ』も、Early Readingでスキルアップしてもらおうかと本気で考えたりして(笑)。

Vice President の Janet Twyman とは、今回は挨拶程度しか話はできなかったが、こちらの仕事もまた見せられるように精進しなければならない(遅々とした歩みだが)。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

2006.05.31

ABA2006参加記(5)

日本大学の眞邊一近先生のポスター発表。たくさんの注目を浴びていた。なんてったって、ペンギンでっせ。ペンギンはみんなのアイドルとちゃいますか?

今回、ペンギンのオペラント条件づけの実験を、横浜にある八景島シーパラダイスという動物園の協力を得て行っておられ、その成果を発表されていた。眞邊先生といえば、セキセイインコの鳴きわけを教えた実験行動分析家である。

Penguin ペンギンを対象にスキナー箱を使ってオペラント条件づけの実験を行ったのは、世界初の試みだそうだ。

次から次へとポスターの回りに人が集まっていた。なお良かったのは、VTRを持ってきておられたこと。このVTR再生戦術は、昨年、3年前に自分も行っており、実験データの掲示にならんで効果的なプレゼンテーションとなる(去年、電源が借りられなくて往生したが)。

自分もVTRを拝見したが、ペンギンが自分からエレベーターを降りて、廊下を歩いて実験室に入り、自分で体重計の上に乗り、自分からスキナー箱の中に入っていくのを目の当たりにした。ドアを開けているのはもちろん人間なのだが、実験室までの長い距離をペンギン自らが先導して歩いている。

ちなみに、眞邊先生のホームページから、このペンギンのオペラント条件づけの動画を見ることができる。

最初は、画面をつつく行動をシェイピング

続いて、黒い■をつつく行動のみ強化

黒い■をつついた瞬間に鳴る「カッチン」という音は、クリッカーと呼ばれる合図音である。このクリッカートレーニングは、最近では家庭用犬などのトレーニングなどで多用されている。

それから、エレベーターから実験箱までの移動

今のところ実験ベースでやらせていただいているそうなのだが、自分は「商業ベースというか動物園側のニーズはエンターテイメントでしょうから、今後、そういうニーズに応えていく予定はあるんですか?」と聞いてみた。眞邊先生の答えはイエス。つまり、近い将来、この八景島シーパラダイスでペンギンショーを見ることができるということ。

ペンギンマニアにはたまらないニュースだ。うーん、クールミント

クリッカートレーニングの解説書やビデオを紹介しておく。すごく簡単に、だれでも家庭犬のトレーニングが開始できる。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.05.30

ABA2006参加記(4)

またまたシンポジウムに参加。これまた自分の専門分野。

『心の理論(theory of mind)』ね。ただし、このトピックを扱う場合、研究者のお里が知れるっていう部分がある。

今回のシンポジウムのカテゴリーが『自閉症』『実験的分析』となっていたので、大いに期待していった自分が間違いだった。ちなみに、この連中もハンドアウト無し。なんなんだろうね、不親切な話だ。

まずは、企画者によるプレゼンテーション。これは、単に行動分析学の立場から自閉症の『心の理論』論を批判するといった内容である。前提として「行動分析学の立場からまだ批評がされていない」みたいなことを言っていたけど、そんなことはないだろう。

自分は山ほどやってきたよ、そんなこと。論評だけでも、これぐらい。

奥田健次・井上雅彦(2000).自閉症児への「心の理論」指導研究に関する行動分析学的検討−誤信課題の刺激性制御と般化−.心理学評論, 43(3), 427-442.

奥田健次(2001).認知発達と言語行動:「心の理論」研究から. 日本行動分析学会(編), 浅野俊夫・山本淳一(編),ことばと行動:言語の基礎から臨床まで(pp. 189-210). ブレーン出版.

奥田健次(2004).「心の理論」、なにができるのか.吉備国際大学臨床心理相談研究所紀要, 1, 17-23.

まあ、どなたかが言っていたことだが、「英語で書いてよ」って。そうだね、英語で書かなきゃいかんよな。それって、公用語だからって訳ではないよ。英語論文しか目を通さない君たちのために、仕方がないから書いてやるしかねえかって話(笑)。なんとか時間を作って書くしかねえな。

話を戻そう。この最初の発表者は、『心の理論』を『視点取得』と位置づけて理論分析している。これって、まったく自分の論評と同じではないか。この発表者に寄れば、3つの視点取得があって、『言語的視点取得(verbal perspective taking)』『感情的視点取得(emotional perspective taking)』『知覚的視点取得(perceptual perspective taking)』が、さらっと説明されただけ。

2番目の発表者については、実験をやったようだが結果は文章でしか提示されていない。グラフが無いのだ。おまけにハンドアウトも無いから、お話しにならない。内容については『心の理論』というよりも、自閉症論についてという感じであった。

3番目の発表者が一番ましだった。聴覚刺激(20dB、40dB、60dB)に対する定位反応(orient responses)から、自閉症児と健常発達児との差違を見出すような実験デザインであった。データもグラフで表示されていた。また、馴化(habituation)に注目した実験デザインも面白いなとは思う。ただし、結論が面白くもなんともない。討論も全然、面白くなかったから、眠りの境地だった。

要するに、自閉症児は健常発達児と比べて異なった反応パターンを示すということを明らかにしただけ。そこから、「馴化に障害がある(impaired)」とか、「刺激に対する反応が弱い」、「オペラント/レスポンデント学習に問題がある」、
「社会的刺激に対するinsensitivity」、「知覚的な偏好がstereotypyを生み出している」などと結論づけたところで、それがどうしたという印象しか残らない。それは、自閉症と診断されるに至る行動群を持つ子どもがいるわけだから、そういう実験計画を立てれば差違がでるのは当然のこと。

それが何か特効薬の開発にでも繋がるならば、一定の意味もあるかもしれないが、ほとんどの研究が「やっぱ、自閉症の子どもって健常児と違うよね」で終わってないか? これは、アメリカに限らず日本も含めた世界各国の自閉症研究者の特徴なのかもしれない。

ちょうど5年前に、自分はこんな辛口論評(「心の理論」研究に対する批判論文)をホームページに書いている。時代は何も変わっちゃいない。

もう『自閉症論』なんかのシンポジウムには行かないようにしよう。ストレスと怒りが貯まるだけだ。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

ABA2006参加記(3)

今日は自分の専門分野に近いポスター発表を見に行く。

Aba2006_3 面識のない研究グループだが、さっそく質問してみる。

自閉症児の『共同注視(joint attention)』についての研究。アセスメントと指導の両方の発表があった。いずれもデータを出してはいるものの、もう少し手続きを明確にしてほしかった。

少なくとも、この手の実験研究においては、セッティングについては図示するのが当然ではないか。どこに、実験者と子どもが座っていて、提示されるアイテムはどの位置、カメラはどの位置ということが分からなければ、リプリケーションも出来ない。

Aba2006_4 この点について訪ねると、口頭での説明が始まる。だから、それが不十分だからってセッティングを図示するように求めるとレジメの裏に書いてくれた。

この手の研究ならば、日本の研究者においても、実験条件や結果をクリアに出していると思う。例えば、以下の研究などがその一例。

山本淳一(1996).自閉症児における前言語的行動の成立条件:共同注視、指さし、リファレンシャル・ルッキングの行動分析.文部省科学研究費補助金重点領域研究(認知・言語の成立2),41-52.

Tsuchiya, R., & Yamamoto, J. (2001) . An experimental study investigating the conditions for establishing joint attention and declarative communication in children with autism, Japanese Journal of  Special  Education, 38(6), 33-49.

行動分析学以外の立場でも、以下のようなものがある。

Matsuzawa, M. & Shimojo, S. (1997).  Infants fast saccades in the gap paradigm and development of visual attention. Infant Behavior and Development, 20, 449-455.

Matsuzawa, M. (2001). Development of target-selection process in generation of saccadic eye movements in infants. Perceptual and Motor Skills, 93, 115-123.

これらって、実はね、今から3年前の日本発達心理学会で自分が企画したラウンドテーブルのトピックなのだ。我ながら、なかなか硬派な企画をしたものだと思っている。

いつか、このラウンドテーブルをそのままアメリカに持ち込んでみたいものだ。日本の発達心理学者の大半が軟派なデータしか出さない(出せない)でいるが、乳幼児を対象にした発達研究では、かなり硬派でしっかりした実験研究も多いのである。もちろん、行動分析学研究者の仕事が硬派だってことは言うまでもない。

Aba2006_5 それにしても、この写真。なんだか喧嘩してるみたいに見えなくもないが、そうではなくって(笑)、「子どもの視線をレコードするのは難しいことでしょう、どうやってやったの?」なんて質問しているところだと思う(ペリエ、片手に)。

 

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関連記事:
ABA2006参加記(2)
ABA2006参加記(1)

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

2006.05.29

ABA2006参加記(1)

初日はのんびりと思っていたが、結局、真面目にペリエ片手にシンポジウムに出てしまった。いきなりだが、アメリカらしい典型的な良い部分と悪い部分がはっきり出ていたシンポジウムであった。

“Teach Town”という自閉症児へのCAI(コンピュータ支援教育)の会社主体のシンポジウム。

アメリカでは、こうした企業が研究発表するケースは日常茶飯事であり、それなりの品質保持と企業PRが目的なのであろう。これ自体、決して悪いことではない。

しかし、内容に関しては今イチだった。不親切なことにハンドアウト資料も企業のチラシ1枚と、印刷中の研究論文のコピーだけ。他の会場の盛況ぶりと比較しても、大きな会場を借りている割に、さっぱりの客入りだった。

この企業から最初のプレゼンをした女性は、コンピュータを指導に使う利点として、次のようなことを挙げている(といっても、資料がないので参加した自分の速記メモ頼りだが)。

教材を減らすことができる。
厳密なデータを収集できる。
スタッフトレーニングが容易である。
トリートメントにかかるコストを減らす。
多くの子どもにとって動機づけを高める。
獲得を促進する。
すぐに試行を提示できる。
般化。
即時強化。

上記のことは、確かにその通りであろう。

しかし、つまるところ『便利でお手軽』ということを売りにしているのであって、職人たる自分の方向性とは異なっている。発表者は「教室を走り回る子どもがいて、教師が『ナンシー、ナンシー、ナンシー、こっちきて座って、ナンシー、ナンシー!』と呼びかけて大変だけど、コンピュータを使えば、じっと座ってくれる」みたいなことを言っていた。

確かに、大学での学生指導をやっているときに、学生が教材の準備にちょっとでももたついていると、その隙に子どもが離席するなんてことはよくあること。アメリカでは、だからコンピュータを使う。だが、自分は学生に「もたもたするな」「子どもを叱るな、もたもた準備しているお前が悪いのだ」「エスケープされるのを待つんじゃなくて、こっちから準備ができるまで離席を許すように」などと指導している。そして、パソコンの前での学習では動機づけが高い、その利点を活用しようというアメリカ的発想。自分は違う。「自閉症の子どもに好かれるセラピストになれ!」くらいのことを、学生らには指導しているのだ。理論は同じでも、方向性が違うのだ。

後は提示されたデータ(Pre-Post Test)について。事前テストで平均60%の正答率だったのが、事後テストで約90%に上がっている。しかし、事前テストの正答率が60%と考えると、これはあまり驚くべき変化ではない。最初からある程度のコンピュータスキル(少なくとも着席しての課題従事スキル)があったのではないか、との疑問を持った。

この疑問は、次の発表者によって裏付けられた。次の発表者は、大学教員の立場からこの“Teach Townプログラム”と“教師による指導”との比較研究を行った結果のプレゼンだった。結果は、確かに“Teach Town”で一定の効果もあったが、参加児の中には“Teach Town”が効果的でない子どももいることを示していた。今後の課題の一つに『どんな子どもが“Teach Town”に合うのか?』としていた。ちなみに、この発表者はこのシンポジウムの指定討論者でもある。

一応、フェアな討論もあった。しかし、シンポジウムの企画者でもあり最初の発表者でもある女性は、この企業代表ということもあって、効果的なことを強くアピールしていた。ちょっとクーラーが寒く感じてしまった。

自分が相手にしている年少の自閉症児をみれば、コンピュータに向かうことができるまでにある程度のトレーニングが必要だということ。つまり、CAIは結構なことだが、その指導を開始するためのレディネスが問われなければならない。この辺りの議論が不足していたことが残念である。

自分の好みで言わせてもらうならば、やはり何でも『お手軽、便利』というのは嫌いである。アメリカ社会では、色んな人が教師・セラピストをしている。教育レベルの高い人もいれば、そうでない人もいる。人種も母国語もさまざま。だから、マニュアルが必要な社会というわけだ。こういう社会で作られた資格は、したがって『最低限の品質保証』的な意味合いが強いといえる。戦後、アメリカを模倣し過ぎた日本でも、資格は『最低限の品質保証』の色彩が強い。自分は、そんなアメリカの資格なんか要らない。日本の資格も要らない。

自分が共感するのはドイツのマイスター制度である。パン職人になるにしても、6年間の修行が必要だという。6年だよ。医者と同じだ。

残念なことに、日本はアメリカ化するばかりで合理化社会に転じてしまった。NHKの『プロジェクトX』が最後の望みだったのだが、この番組も終了してしまったのも時代の流れか? 早く『プロジェクトX2』が始まることを願っている。

自分としては、あえて時代の流れに逆行して合理主義一辺倒を否定し、マイスター制度に倣っていこうと思う。ただし、職人といっても「黙って見てろ、技を盗め」などと言ったことはない。きちんと、理論の説明はするしデータに基づいて指導している。データに基づく職人たれ、である。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

2006.05.26

いざ、アトランタへ。

本日より米国はアトランタに出かけます。

ここのところ毎年参加&研究発表している国際行動分析学会年次大会が、彼の地で開かれるからだ。

西海岸の一部しか知らない自分にとっては、こうした機会でもなきゃ新しい場所に出向かんし。

昨日、学生との最後の晩餐のときの会話。

学生「先生、マフィアに殺されないように気を付けて下さいよ」
自分「気を付けようもあらへんわな」
学生「普段からアメリカバッシングしているから心配です」
自分「おお、マジで暗殺されるかもな(笑)」
学生「ホント、気を付けて下さいね」
自分「まあ、人間、殺される時は殺されるもんや」

何気ない、いつもの会話なのだが、後からふと気が付いたことが。

普通「人間、死ぬときゃ死ぬからな」と言うべきところ、自分はなんと「人間、殺される時は殺されるからな」なんて言っている。

本気でそう考えているから自然に出た言葉なのだ。何度か危険な目に遭っているし。

アメリカって「ウェルカム」などと言いつつ、9・11から後、入国するときに顔写真を撮られて、なおかつ指紋まで取られるようになった。それで「ウェルカム」かよって(笑)。

今回はオフ日が少ないが、それなりに楽しんでくるつもり。大学院生も1名同行するので、ほとんどツアコンかもしれんな。あ、日の丸、持ってくるの忘れた(笑)。

現地のホテルに着いたら、何事もなかったように何か記事を書く予定。

面白いエピソードは、、、書けないか。面白すぎると書けないので、ほどほどのものがええわな。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.04.20

困った子どもとのかかわり方

先日、ある親御さんから「保育士や学校の先生に読んでもらいたい行動分析学の入門書は無いですか」と質問された。

自分は迷わず、河合伊六(著)『困った子どもとのかかわり方−行動分析による新しい保育・教育』川島書店 をお薦めした。

これは現場の実践者には、間違いなく読みやすい教科書である。言うことを聞かない子ども、ことばの遅れのある子ども、不登校の子ども、さらには「キレる」子どものことなど、最近よく出会う(目に浮かぶ)事例を取り上げつつ、行動分析学(Behavior Analysis)の基礎原理を学ぶことができるからである。

行動分析学では、いわゆる「問題行動」を起こしている子どもを目の前にしても、問題の原因を子どものせいにしない。子どもの内的要因に原因帰属させず、徹底的に環境との相互作用に焦点を当て、そこにアプローチするのが特徴である。

内的要因とは、たとえば「ストレス」とか「攻撃性」「衝動性」「認識」「依存心」「責任感」「やる気」「向上心」などなど。これらは、『仮説構成概念』といって「ありそうだが、どこにもないもの」なのだ。「どこにもないもの」を、「強い」「高い」だの「不足している」「未熟」などと論じたところで、何の役にも立たない。時間の無駄だ。時間の無駄どころか、害のある場合すらある。「思い込み」は間違いを生みやすい。

だが、世の中ではこうした仮説構成概念を用いた評論が横行している。教育の専門家ですら、そうである。マスコミに出てくる知識人だろうと、学術大会に来ている著名な教育学者であろうと、世間で行われている自由な評論と大差はない。自分が、『居酒屋のおっさん話』と呼ぶゆえんである。

この仮説構成概念が、さも「あるかのように感じる」のは、ある種の行動の頻度が多すぎたり少なすぎたりする特徴を持つからだ。その特徴を、仮説構成概念で説明する(レッテルを貼る)のが、人間の習慣になっているだけだ。学術的な根拠を知りたい人は、『ことばと行動−言語の基礎から臨床まで』の拙稿を一読いただきたい。

行動分析学(または徹底的行動主義)では、こうした仮説構成概念を用いて行動の原因を説明することを避ける。思い込みによる解釈を徹底して排除する。その代わりに、科学的に洗練された実験方法を用いて、ある行動とそれに影響を与える環境因子の因果関係を探りながら、応用の分野(教育や福祉など)では問題の解決に役立つ手立て(変数)を明らかにしていく

やや、小難しいことを書いてしまったかもしれない。だが、本書『困ったこどもとのかかわり方』は上記のような行動分析学からの視点を、うまく織り交ぜている。

数年前、著者の河合伊六先生と学会で直接お会いした際、この本のことについて話をすることがあった。自分は「分かりやすい良い本なので、保育研修とかで教科書として使っています」と報告した。すると河合先生は開口一番、「あの本、タイトルを失敗しました」と仰った。「『困った子ども』じゃなくて、『困った教師・親』なんだよね」というようなことを言っておられた。さらに言えば、『困った教師・親』でもなく、『困った相互作用』ということだったのだろう。それにしても、河合先生はもう大御所も大御所なのだが、ビックリするほど柔軟かつブレないお方である。自分のような小御所も、こうした「柔軟かつブレない姿勢」を理想としている。

河合先生の意図を推し量って、奥田流に本書のタイトルを書き換えるとすれば、『いわゆる「困った子」と呼ばれる子どもとのかかわり方』で良いのではないだろうか。実際に、家庭や教育現場では、親や教師が主観的に「困った」と感じることがあるのは事実なのだから。

いずれにしても、本書が悩める親・保育士・教師にとって助けとなる部分は大きいと、今なお考えている。行動分析学を知らない人にとっては、きっと「目からウロコ」となるはずだ。

 

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関連記事:
殴る小学生と殴られる大人
文学的表現で不登校をごまかすな
子どもを上手く育てるために
子どもはストレスに強いのだ
教育の常識は非常識
    など多数。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 教育 |

2006.04.12

二夜連続なり…

まあ、ひどいもんやね。昨夜の記事に続いて。今まで研究室で1日徹夜ってのはあったけど、2日連続ってのは初めてかもしれんな。

Ashi0
不便やから、スリッパを購入。『枕っち』が簡易ベッドの上から覗いてる。

 
 
 
 
 
 

Ashi1  
タオルケットの先から素足が(昨晩の状態)。昨晩、めちゃ寒かった。せやから自宅に毛布を取りに帰ってなあ。『ナマ足フェチ』にはたまらん1枚ですかね(自分、アホですわ )。

 
 
 
 
 

Ashi2_1  
そんなわけで毛布。これで少しは快適、か? いや、喘息が悪くなる一方ですわ。

 
 
 
 
 
 
 

なんだかな、「過労死記録ブログ」になってきたかもしれんな(苦笑)。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.04.11

とにかく今年度は…

超、忙しい。簡易ベッドをポケットマネーで購入。ほぼ毎週、研究室で寝泊まりせなあかん。

「たまに」やったら過去にもちょくちょくあったけど。毎週やからね。ちょっと、いま喘息が出てるしな。

ま、このところ依頼原稿も貯まってるし。仕事ははかどるやろうな。

せやけど、このまま過労死か(笑)。

Bed000 
 折りたたんだ状態。

 
 
 
 
 
 
 

Bed001  
 寝かせた状態。

 
 
 
 
 
 
 

Bed002  
 ハイ、おやすみ。
(撮影&枕ゲット:自分)


 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.04.10

整備士OBが若手に技術伝承することに。

今さらながらではあるが、まさに「技術伝承」の必要性を認めざるを得なくなったのだろう。

日航は、これまで合理化に過ぎたようだ。

日航:整備士OBを再雇用 若手と組み技術伝承
http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/kigyou/news/20060409k0000m020103000c.html

 日本航空(JAL)は60歳で定年退職する整備士OBらの再雇用制度を、新経営陣が発足する6月以降、本格的に導入する方針を明らかにした。OBと若手整備士の2人で整備作業に従事させ、ベテランの技術を伝承するとともに整備ミスを防ぐ体制を築く。運航トラブルや、グループ役員が代表取締役3人の退陣を求めた内紛で揺れるJALは早期に安全対策を確立させ、利用者の信頼を取り戻したい考えだ。
 JALでは3月下旬、整備士がMD87型機の点検期限を見過ごした上、問題発覚後も手抜き検査で済ませて再運航していたことが発覚。国土交通省に今月5日提出した再発防止策では、重要な整備については複数人数での作業を徹底させる方針を盛り込んだ。
 整備体制強化のため、JALは07年度に技術系の採用を従来の約15人から四十数人に大幅増加する方針だが、機体などの整備には長年培った技術や経験が欠かせない
 一方、「団塊の世代」の整備士らが大量に退職することや、改正された「高齢者等の雇用の安定等に関する法律」(4月施行)で65歳までの継続雇用制度の導入が義務化されることを念頭に、05年11月に再雇用を促す「JALグループシニアセンター」を設立した。新経営体制の発足を機に、整備士OBを中心にベテランの再活用を積極的に図り、若手に技術や経験を伝えていく考えだ。
 再雇用を希望する55歳以上の整備士やパイロットなどの運航乗務員らにセンターに登録してもらい、定年後も65歳まで整備や運航の現場で再雇用する。ある役員は「一連の運航トラブルに対するベテランの危機感が募っており、再雇用への反応は強い」と期待している。【瀬尾忠義、小倉祥徳】
毎日新聞 2006年4月9日 3時00分

マニュアルさえあれば誰でもできる。だから、整備士も人員削減、欠員補充無し。こうした傲慢な考え方が、整備士の世代の偏りを生みだし、技術伝承の停滞を引き起こしてきた。

一度失われたものを取り戻すのは至難である。ベテラン整備士から若手への伝達がスムーズにいくかどうか。世代間のコミュニケーションがうまくいかなければ、期待通りの結果を得ることは困難だ。

日航のこうした姿をみて、他の企業は学ばなければならない。一度途切れた技術を伝承することは困難である、と

 

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関連記事:
ボンバルディアを排除せよ
欠陥だらけの航空機
日本航空グループがまたも。
多発する飛行機事故
    など。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.03.18

高機能自閉症の高校生バスケット選手が大活躍

久々に泣いたよ。

ミラクルプレーで話題の高校生バスケット選手にハリウッドが映画化権争い
http://abcdane.net/blog/archives/200603/basket_waterboy.html

basket_waterboy 2週間ほど前に、米国ニューヨーク州の高校で4分間に20得点を挙げるミラクルプレーをした高校生にオリンピック以上の注目が集まったが、映画業界ではこの高校生の感動のストーリーを映画化しようと火花を散らしていると言う。

ミラクルプレーを連発した高校3年生のジェイソン・マクエルウィン(Jason McElwain)君は、高校の地元の大会の最後の試合で、最後の4分間に登場した。ジェイソン君にとって公式戦出場はこれが最初で最後。今までジェイソン君は、選手としてではなくマネージャーとして選手に水をあげたり、ボール拾いをしたりでチームに貢献していたのだった。

最後の4分間に投入されたジェイソン君が放った最初のシュートはリングすらかすめないエアボールだった。しかし、その後に6本の3ポイントショートを決める芸術的なプレーで20得点をあげ、試合が終了すると生徒がコートにかけより全員でジェイソン君を胴上げするシーンが感動を呼んだ。

実はジェイソン君は自閉症で、選手たちが練習を終えた後にひとりで体育館に残り、シュート練習をしていた努力が実った20得点だった。

ジェイソン君は、NBA選手でT-MACと呼ばれるTracy McGrady(トレイシー・マクグラディ)にあやかって、J-Macとも呼ばれているが、このジェイソン君にハリウッドが目を付けた。

ディズニーやワーナーといった大手を含めて、25のプロダクションがジェイソン君の両親に映画化交渉の話を持ちかけていると言う。

学校でも友達の多いジェイソン君は「僕は他の人たちとそんなに違わないし、自閉症であることを気にしていない。ただ、僕がそうであるだけということ。他の自閉症たちの人に言いたいのは、がんばって夢を持ち続けていれば、チャンスは訪れ、きっと夢は叶うということ」と話している。

ふだんは雑用係だったジェイソン君のことを現代のリアルウォーターボーイと呼んだりしているニュースキャスターも居ましたが。

とにかく、ジェイソン君のミラクルプレーに全米が驚愕して話題になって、その後のインタビューなどで実はジェイソン君が自閉症だった…といったことが伝わったという感じでしょうかね。

上記の記事のサイトに、そのドキュメントのVTRがあるのでご覧頂きたい(クリック)。ジェイソン君本人もインタビューに答えている。

この記事を読んで、自分は率直に次のようなことを思った。

何か一つのことを不満を言わずに続けること。簡単なようで、これほど難しいことはない。

またしても自閉症の子どもから大切なことを教えられた。

 

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関連記事:
ミサイルのようなロッカー
転んでもタダで起きない
    など。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

職人との交わり

職人は気むずかしい。と、言われている。

これ、自分のこと。

確かにそう思う。

今日は沖縄で同じような職人と交わる時間があった。ブログでも相互にTBで交流のあるファミリーメンタルクリニックの院長、なかまた先生。なかまた先生と、先生と一緒にお仕事をされている先生(ご本人に承諾を得ていなかったので実名は控えました)。

それぞれ違う立場で積み重ねてきた経験を話し合うと、細かな部分で同じようなことを考えたり、同じようなことを感じたりしているものだと思った。その細かさたるや、どうも職人同士でしか分かり合えない部分もあるのだろう。途中から周囲の興味・関心を忘れて細かな会話をしてしまった。どの世界でも、職人同士は気が合うものなのかもしれない。

ちなみに、あえて『職人』と言っているが、自分は科学的な立場で仕事をしているので、自分がやっている技法についてはすべて説明可能である。

自分では『王道』だと思っている技法も、世の中では『邪道』とみられることが多い。だがそれは「世の中でやっていることが間違っているからだ」と、堂々と言えてしまう自分がいる。だからといって、自分のやり方がすべてだとは考えていない。王道でも邪道でも甲州街道でもいいから、とにかくクライアントが良くなればいい。ただし、品質を保障するために、やはりどんな方法でも説明可能(反復可能)でなければならない。

もう一つ感じたこと。職人って仕事バカのように思われがちだが、仕事以外で何か仕事の価値に匹敵する『大好きな遊び』を持っていること。そういう余裕がまた生産的な仕事を生み出す秘訣なのだろう。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.02.09

ブログ内検索が!

すごいゼ!

ブログ師匠の島宗先生の記事を読んで。「お奨めです」ってんで真似してみようかなって。暴想さんのスクリプト。

試してみたけど自分のブログが『上級向けテンプレート』になっていない部分で見事にコケてしまった。

そこら辺りから諦めずいじってみたら。デキタヨ!! 30分ほどで。

今までの検索時間がリヤカーだとすれば、今度のは新幹線レベル。無茶苦茶、便利になりました。右サイドバーの上にある、ボックスに適当な単語を入れると、過去記事を一挙に検索してくれる。例えば、「牛」と入れて検索してみると一瞬にして過去記事を検索しちゃう。凄すぎるよ。

ちょっと気に入らないのは、右上に配置したら本当に右上にぴったり貼り付いてしまったこと。新選組の写真の下に、もう少しサイドバーのスペースが欲しいのだが、どうやったらよいのか分からない。詳しい方、誰か教えて下さい。(単なるブラウザの表示の差だったようです。Firefoxがあんまし恰好良くなかっただけでした)。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.01.20

竹田恒泰氏のご著書

あまりに拙速だ。

なぜ今、皇室典範改正なのか。どちらかというと、有識者メンバー構成に対する疑問や、改正の方向性に対する反対意見が、当事者から出始めているというのに。

「皇室典範改正、通常国会で成立を」首相
http://www.asahi.com/politics/update/0119/005.html
2006年01月19日20時36分(asahi.com)

 小泉首相は19日、女性天皇や母方だけに天皇の血筋を引く女系天皇を容認する皇室典範改正案について、「有識者のみなさんが結論を出してくれたので、その結論に沿って法案を提出して、議論をして成立を期します」と述べ、20日召集の通常国会で成立を図る考えを明らかにした。首相官邸で記者団の質問に答えた。自民党内には改正案に反対する意見や国会提出の先送りを求める声も出始めており、党内調整が今後の焦点となる。
 また、安倍官房長官も19日の記者会見で「(皇室典範)有識者会議の結論は重く受け止めながら、法案作成作業にあたっている」と強調。同会議が報告した「女性・女系天皇の容認」「第1子優先」を改正案に反映する考えに変わりないことを改めて強調した。
 皇室典範改正をめぐっては、自民党の支持団体の神道政治連盟が同日、改正に反対する集会を都内で開催。党本部で「拙速な改正案の国会上程に断固反対する」とする首相あての要望書を武部勤幹事長に渡した。

当事者でもあり、有識者でもある寛仁親王殿下のご見解や、明治天皇の玄孫であられる竹田恒泰氏の最近のご著書にみられる見解など、あくまで黙殺しようとするとは、何たる節操のない政府だ。

宮内庁は、皇族が政治的発言を控えることを求めているが、自分はこのこと自体が間違っていると認識している。皇室典範改正の問題を、政治的問題にするなと言いたい。

これは日本の歴史や伝統、自分の祖父母、そのまた祖父達が大切にしてきた日本人の『心の問題』なのだ。それを、いま現在の世代の人間が身勝手な評論を行って、雰囲気だけで結論を急ぐ。なんたる愚かさだろうか。

戦後のアメリカ占領軍(GHQ)政策によって、皇族の身分を離れることになった竹田宮家。この竹田家出身の竹田恒泰氏のご著書を読んだ。

なんと清々しかったことか。自分にも、祖父やその祖父、そして日本を思う気持ちは強いという自覚があったが、自分のような者の思いの如きは、旧皇族の方々の思いの大きさとはまったく比にならないものであることを実感した。比べること自体、甚だ畏れ多いことなのだが、それを実感せざるを得ない内容だったのだ。宮家の方々を、ごく自然に敬う気持ちの源が分かった気がする。

何かを敬う自然な気持ちが失われたら、そのような社会は荒廃してしまうのだ。そして、今、すでにこの国がそのように傾いてしまっているではないか。

竹田氏の思いに耳を傾けよ。

韓流などといって踊らされている女性達。竹田氏の著書を読んでみなさい。覚悟や使命感を持った人間に秘められた麗しさを感じることだろう。著者は、昭和50年生まれであるが、同性の自分から見ても魅力を感じる不思議な間(オーラとでもいうべき)を持っておられる。

「女系天皇」と「女性天皇」の違いすら分かっていない人。自分の子や孫に愛され、尊敬されたいと思う人。そういう人は、小泉内閣を支持するべきではない。『日本人の心』を大切に考えておられる旧皇族に対して不敬の限りを尽くしているからだ。すなわち、小泉首相は日本の心を捨て去ろうとしているのだ。

何より、まずは竹田氏のご著書を読んで頂きたい。

 

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関連記事:宮内庁の愚かさ 
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関連記事:有識者を信じるなかれ

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 経済・政治・国際 |

2005.12.30

こだわりのヘアカット

この数か月、忙しくて散髪も行けなかった。

今日こそ、仕事の合間に新幹線に乗って移動し、宝塚へ移動。すぐにカットしてもらって、伊丹空港から羽田へ。散髪だけのために、新幹線と飛行機を使ってしまった自分。

こんな自分には、散髪についてかなり変わった遍歴がある。

小さい頃、祖父の森造じいさんが孫の散髪を趣味にしていたので、祖父のところに行っては散髪されていた

散髪屋さんに行くとお金を払うのだが、祖父に散髪してもらうとおこづかいがもらえた。はさみから剃刀まで、本格的な道具を揃えていた。

祖父が体を悪くしてからは色んな理容室に行った。親のオーダーは「スポーツ刈り」もしくは「坊ちゃん刈り」。いずれも気に入らなかった。中学生になって、野球部の時は当然「丸刈り」だった。

野球部を辞めてから、自分の気に入る理容室を見つけようと探し歩いたが満足できなかった。満足していないくせに、店員さんに「こんな感じでどう?」と言われると、「いいですね」と言ってしまう自分が嫌になってきた。

それから先、とにかく一度行った理容室や美容室には二度と行かないようにした。近所に行くところが無くなると、わざわざ電車に乗って1時間かけて、初めてのお店を訪ね歩いた。普通の人なら、ある程度同じ所に通うのだろうが、自分は出張先でも理容室を訪ね歩いた。それでも、一度たりとも満足できないままに最後には「いいですね」と嘘を言う自分。「いいですね」といいながら、急いで家に帰ってシャワーでセットし直すほど気に入らなかった。

社会人になって、深夜の通販を見て「これだ」と思って購入したものがある。それは、掃除機の先に芝刈り機のようなものを付けて自分でカットするやつ。刈られた髪がそのまま掃除機に吸い込まれるので掃除要らずというスグレモノ。これなら「いいですね」と自分で本当に思うまで、自己責任でカットし続ければいい。自分はこれを5年続けた。

当然ながら、ショートヘアになるし、結局は虎刈りになることも多く、最後には「ええいっ」とバリカンに持ち替えて丸刈りにしてしまう。

当時の職場でも、いきなり丸刈りにしてくる自分を学生らはどんな目でみていたことか。

それが、2年前に雑誌の撮影があって、『芝刈り機』ではどうしてもマズイだろうということで、きちんとした店に行くことにした。「どうせ、満足できないけども芝刈りよりはエエやろ」という諦めモードで。で、やっぱり最初の店員さんはイマイチだった。数か月後、また同じ店に行ったが担当がFさんに変わった。

なぜか、やたら上手い仕上がりだった。まあ、でもたまたまだろう。

数か月後、また最初の時の店員さん。やっぱり、イマイチ。ここで「もしかしたらFさんって何かが違うのかも?」と初めて思った。

そこで数か月後、自分が「やたら上手い」と思ったFさんを指名してみた。それで、カットしてもらうと「やっぱり上手い」。というか、自分が想像しているよりもいい感じに切ってくれて仕上げてくれる

それからというもの、自分はFさんにしか切ってもらえなくなったのだ。何せ、20数年かけて探してきて、満足できる仕事をしてくれたのは彼しかいないのだ。

いろいろ話を聞いているうちに、すぐに納得できた。Fさんはすでに高い技術を持っているにもかかわらず、今でも自腹であちこち出かけて勉強しているというのだ。一流のピアニストでも、毎日、ピアノに触っているという。1日くらい弾かなくても大丈夫なのだろうが、それでも練習を続けている。職人とはそういうものなのだ。

自分はいつも言っているように(『商人根性より職人魂を』)、減りつつある職人を大切にしたいと思っている。そして、自分も職人であり続けたい。

実家の親は、自分が『芝刈り機』で散髪していた時には「ちゃんと美容室に行きなさい」と注文を付けていた。それが今では、散髪だけのために宝塚まで移動すると「わざわざ宝塚まで帰ってこなくても地元にいくらでもあるでしょう」と言う。親というのはこんなもの。

しかし、自分に必要なのは洗練された職人の技術のみである。

takarazuka宝塚にて。そして伊丹空港へ移動。

 
 
 
 
 
 
 

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.12.28

スキナーの心理学

心理学や関連諸科学を勉強している人にはお薦めの訳書が出た。

監訳者は自分の恩師、佐久間徹先生。

佐久間先生は、暴れん坊な自分がこの業界に入る際に、一から教えて下さった先生である。

先生がおられた大学の学生ではないのに、研究室やクリニック、夜の研究会などにひたすら通い続けた自分を、熱心に教えて下さった。自分は水を得た魚のように、毎晩、英米の文献を翻訳しまくった。その後、佐久間先生の下で切磋琢磨している若手たち(弟弟子になるのか?)が訳出に加わっていて頼もしい限りだ。

今回の翻訳書は、自分も原著を『amazon.com』で購入して読んでいたものだった。読みやすい英文だったように記憶している。内容については、ある程度、行動分析学の入門書を読んでからのほうが理解を深めやすいだろう。

skinnerスキナー(Skinner, B. F., 1904-1990)の行動主義心理学は、古いもののように思われがちではあるが、そうではない。スキナーの言語行動論と、それ以降の行動分析家による研究の積み重ねによって、いわゆる『思考』や『推論』のような複雑な行動も分析可能となり、予測と制御のためのメカニズムも実験的に明らかにされつつある。

何より、応用分野(例えば、発達障害児の言語獲得や、組織行動マネジメントなど)において大きな貢献をしているのである。

巻末にある行動分析関係図書のリストも役に立つと思う。

入門書を読み終えた人には、ぜひ手にして欲しい一冊だ。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.12.14

またまた原稿執筆中。

いつも沢山の訪問、ありがとうございます。

ついこの前、脱稿したばかりなのに。またもや別の原稿締め切りに追われています。こうやって一生、締め切りに追われる生活が続くのもまた愉しいことかもしれません。

大学で仕事をしつつ、先週から寒い北国、週末は沖縄まで飛び回り、合間合間に原稿を書いています。そんなわけで、担当者さん。大目に見て下さいね。

ブログへの投稿は束の間、休みます。『りょうま』のことは事務局に任せています。マハロっ。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.12.12

皇族たちの真実

旧皇族の方の言葉にこそ重みがある。

当事者であるからだ。へっぽこ有識者なんぞ、ただの部外者。

本日、満を持しての出版。『語られなかった皇族たちの真実』。

著者の竹田恒泰氏は、旧皇族・竹田家の男性である。すなわち、皇統でいう男系の男性なのである。

左巻きな人々は、また何か難癖を付けるのだろう。美智子さまや雅子さまが民間から皇族に入られたことにある種の同情を示しておきながら、旧皇族が皇籍復帰することには「国民の理解と支持を得ることは難しい」というのは論理的に矛盾している。

どんな言葉を並べようと、左翼は所詮、近現代の思想で歴史を裁くような自己中心的歴史観に浸っているだけだ。そして、彼らの脆弱さは自己の論理の誤りを認められず、さらなる論理で補完し続けるところにある。最後に残るのは、重箱の隅をつつくような論理。「旧皇族の復帰は財政を圧迫する」「2,600年なんて神話じゃねえか、1,600年でしょ」「すでに(昔の政変で)途切れてるんじゃねえの?」「ミトコンドリアが大事だ」とか。こんなものは論理ではなく、噴飯ものの屁理屈である。

竹田氏はこの著書において、皇族に復帰する「覚悟」を表明されているようだ。「願望」ではない。「覚悟」なのである。美智子さまや雅子さまが皇室に嫁がれたときにも「覚悟」があったろう。だが、竹田氏は旧皇族である。皇室に復帰される必然性は高いのだ。それでも、美智子さまや雅子さまとは違う意味での「覚悟」が必要であろうし、ご本人が仰ることに大きな価値がある。

先に「女系」天皇容認に対する疑問を投げかけられた寛仁親王さまをはじめ、皇室の将来について当事者の声に耳を傾けずにいるのはフェアでない。

自分もすぐに購入し、読んでみることにする。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 経済・政治・国際 |

2005.12.06

最近、武闘派(笑)。

同業者と思われる方から、当ブログを紹介していただいた。

山梨臨床心理と武術の研究所の記事である(「最近、社会派」)。

--以下、引用。

 そこで、最近私が社会勉強のために巡回しているブログ、HPを紹介させていただきます。

奥田健次の教育改革ぶろぐろ部
  行動分析家、行動療法家の奥田健次先生のブログ。私はメンタリティー的には、行動療法的なものが合うのですが、奥田先生の歯に衣を着せぬ直言に、感じては いてもうまくいえないことがさっぱりと晴れる気がして、いつも深く納得しています。反小泉心理学者の急先鋒ですね。歴史的にアグレッシブな行動科学者の系 譜を見事に継いでおられます。
 それに先生の新撰組のコスプレ姿も良いですね。いつか僕も真田幸村の甲冑でも着てブログに載せてみようかな。

--以上、引用終わり。

著者の先生のプロフィールを拝見すると、臨床心理学だけではなく武術の研究をされているようだ。

自分は心理臨床オタクな人間には山ほど出会って嫌な思いをしてきた。

一方、臨床家でも味があるなと思う人は、必ず何か心理学以外の「道」にあって「道」を探求しておられる気がする。そして、そうあるべきだと思っている。合気道でも、茶道でもよい。

求道者たちは年齢の上下や立場の上下など関係なく、ただひたすら学び続けているのだ。そういう意味では、大学などの組織で年齢や立場の上下、学閥などがある世界では、所詮は趣味レベルの人間ばかりで埋め尽くされているといえよう。

そういうわけで、自分はもうこの業界では異端者のようであるが、これからも「道」を極めていきたい。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.12.04

久しぶりの講演

今週は珍しく講演が2回もあった。岐阜と岡山。

数年前ならザラだが、過去の記事にも書いたように、最近はほとんど講演をお断りしているので、久しぶりである。

いずれも熱心な現場の先生の要請に断り切れずに承諾した仕事だ。でも、行ってよかったと思う。一生懸命、話を聞いて下さる教師には頭の下がる思いである。こちらも学ぶことがあるし、エネルギーをいただいている。

特別支援教育はチームワークが大切だ。こういう明るく熱心な教師とチームを組むのは、なんと心強いことか。

自分は、講演の時にも断っていることだが、最近しばしば『100歳のじーさん』が憑依する。つい過激なことを言ってしまうのだが、おおむね大きな懐で受け入れてくれているようで感謝一杯の気持ちだ。

仕方ないのだ、この過激さは。それだけ、実際に大変な現場で臨床活動しているのだから。そもそも、自分を演者として招く現場って、こんな過激なのを求めているでしょう? 触れられたくない現場は呼ばないだろうし。

でも過激なことを言っても、きちんとホテルに帰ったら一人、反省しているけど。意外と反省するタイプなのよ。いや、本当に。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

2005.11.24

脱稿。

ようやく原稿を書き終えた。実は、締め切りを4日ほど過ぎてしまっていたのだ。編集者さん、関係者の皆さんには大変、ご迷惑をおかけしました。深くお詫び致します。

その間、コンサートに行ったり、可愛い甥っ子会いに行ったり、遊んでいたかのような印象がありますが、ホテルで、空港のラウンジで、新幹線の中で、原稿を書いていました。で、昨日から14時間ぶっ通しでラストスパート。最後は脳内麻薬が噴出して、ライターズ・ハイ状態。気持ちよかった。

それにしても、自分は段々、締め切りが守れなくなってきている。これは良くない。遅筆は嫌いだ。セルフマネジメントを見直す必要アリ。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.11.21

教科書執筆中につき

ただいま重要な原稿の締め切り直前。

追い込みをかけなければならない。ってか、追い込まれてるのは自分ってか。

ブログの管理はしばらく事務局に任せておいて、自分は執筆活動にいそしみます。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.11.18

脳科学に、チョット待った。

最近の学問領域で、急速な進歩を遂げているのが脳科学である。

科学の発展のお陰で、脳の働きが解明されつつあるのだ。そして、これと同時にありとあらゆる分野−例えば、医学、リハビリテーション、工学、スポーツ、心理学、教育学、哲学など−で、脳科学が取り入れられてきた。脳科学ブームといえるだろう。

脳科学の良いところは、説明の節約性の高さである。人間の複雑な行動を、いとも簡単なフレーズで説明できるのである。たとえば、特定の場面でキレやすい子どもについて「脳内のドーパミンが不足している」と説明。非常に分かりやすいものである。

もう一つは、メタファーがフィットしやすい。たとえば、「あいつを殴ったのは脳が指令を与えたから」と言う。「指令を与える」とは第三者が自分に指 示・命令を出すことだが、あたかも自分の脳が上官で、それに従う下士官たる自分がいるという説明なのである。1つの体の中に、命令する側と命令される側が存 在するような説明だ。

説明の節約性が高いと、われわれは「なるほど」と、つい納得してしまいがちだ。しかも、最近の日本人は横文字に弱い。カタカナ語を使い回すと格好良いと思い込んでしまうところがある。脳科学は、カタカナダラケナノダ。

だが、われわれに必要なことは節約的な説明なのだろうか。節約性の高い説明の短所は、ややもすれば循環論に陥りがちな点にある。

たとえば、「授業中、すぐに立ち歩いてしまうのはどうして?」→「ノルアドレナリンが不足しているから」 →「ノルアドレナリンが不足しているって、どうして分かるの?」→「だって、すぐに立ち歩いちゃうでしょ」・・・。脳科学の説明だけでは、すぐに問題解決 というわけにはいかない

少なくとも、問題解決という観点からは、説明の節約性よりも他に大切なことがある。

それは取りも直さず、どんな場面でどういう行動が生じやすいか、どういう条件でその行動が増えたり減ったりするかという知見であろう。つまり、行動科学が標榜していること、すなわち行動の予測と制御こそ問題解決の観点から有用なのである。

行動分析学(Behavior Analysis)は、表面に現れている行動しか研究対象にしていないと、未だに誤解されていることが多い。行動分析学では、脳の働きや遺伝要因などを否定していない。いわゆる心の動き−意識、思考、欲求、記憶、推論など−が、目に見えないものであっても、行動として扱っているのだ。

だが、それらを行動の原因の説明に用いることは避けている。だって、行動の説明を、その行動のレッテルで説明しても仕方がないでしょう。「すぐに殴るのは攻撃性が高いから」「攻撃性が高いからすぐに殴る」。ほら、循環論。実用的でない。

とても読みやすい入門書が出版された。新書なのでスラスラ読める。行動分析学の「なるほど」は脳科学とはチョット違って、「なるほど、使える」である。行動分析学を知らない人も、一読されることをお薦めする。きっと、新しい発見があるだろう。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.11.13

学部ゼミ2005

学部ゼミの卒業アルバム用。

なんだかなあ。自分が新選組って言ったら、盛り上がっちゃって。

学生達も浴衣着るってさ。みんな、こういうの好きなんやね(笑)。
2005zemi
普段は、ビシバシ厳しい指導をしていますよ。

さあ、卒論、がんばろうぜ! 臨床、楽しもうぜ!
就職活動、ふんばろうぜ!!

  

おまけ。コスモス像の前でご乱心の自分(笑)。

2005zemi1

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.09.15

集中講義の夏、終わる。

この夏、集中講義の嵐であった。自分の大学では3科目(60コマ)、別の大学で15コマ、計75コマギネスものかもしれない。喉がガラガラになる。

学生も頑張らなければならないが、こちらには常に倒れてはいけないという緊張感がある。この緊張感のお陰で、なんとか乗り越えることができた。

途中、台風のせいで1日延期によって予定変更を余儀なくされたのには閉口したが。

とにかく忙しくて、他にやらなければいけない仕事にほとんど手が付けられなかった。それでもなんとか、各地の教育相談は減らさずに実施している。流れで海外にも出張セラピーに出かけた。その移動距離たるや、選挙の遊説で動いていた小泉だろうと岡田だろうと負けはしまい。

しかしながら、近年とみに体力面で自信を無くしている。また忘れ物もひどくなってきた。相変わらず記憶力は良いのだが、小物忘れがひどい。携帯の充電器、パソコンの液晶プロジェクタ接続プラグ、研究室の鍵など。

無意識でポイッと置いてしまう物を忘れるようだ。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.09.07

スティーブ・ジョブス

友人からちょっといい話を転送してもらった。

アップルコンピュータの創設者、スティーブ・ジョブス氏のスピーチだ。読んでみると、所々、氏の言葉が胸に響く。自分も共感するところが多かった。特に、死を考えることで人生に重要な決断ができるという部分。

自分も毎日、自分の生を終えることを意識しながら生活をしている。つまり、死を身近なものとして生活しているのだ。

そして、ジョブス氏の生い立ち。大した学歴もない自分と似ているところもあって、これもまた共感できた。自分も養子縁組の子だし。

ブログの記事としては少し長いかもしれないが、ぜひゆっくり読んで欲しい。

引用元はPLANet blog.

--以下、引用。

アップルコンピュータ創立
CEOのスティーブ・ジョブス氏のスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ

PART  1   BIRTH
 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。
 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。
 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。
 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたの で、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの 土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が 行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。
 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわ けです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さ すがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

               ◆◇◆

PART  2   COLLEGE DROP-OUT
 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選 んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せな くなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分 はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。
 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修 科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。
 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもら えるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシ にありつける、これが無茶苦茶旨くてね。
 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。
 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

               ◆◇◆

PART  3   CONNECTING DOTS
 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひ とつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。 そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。
 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必 要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったん ですね。
 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コン ピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したの は、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。
 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単 なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。
 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。
 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
 もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、こ れほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信 じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくこと ができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

               ◆◇◆

PART  4   FIRED FROM APPLE
 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。
 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でし た。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出し うる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。
 自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として 会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終 わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐さ れたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。
 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自 分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪の かたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで 一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。
 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気 持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。
 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者である ことの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた 一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。
 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。
 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。
 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必 要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずに やってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。 それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ 一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなん ですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴 らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

               ◆◇◆

PART  5   ABOUT DEATH
 3つ目は、死に関するお話です。
 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈 な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人 生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要 があるなと、そう悟るわけです。
 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かり となってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういっ たものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死 ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。
 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。
              
 ◆◇◆

PART  6   DIAGNOSED WITH CANCER
 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。
 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治 医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。
 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった 数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、 ということです。
 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんです ね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からな かったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれ は、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。
 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。
 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を 持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。 にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだから、そういうこ とになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きも のを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くな い将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。
 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の 人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の 内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でい い。

               ◆◇◆

PART  7   STAY HUNGRY, STAY FOOLISH
 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。
 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及 する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出さ れたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でし た。
 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。
 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真で す。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stayfoolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」
 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

  Stay hungry, stay foolish.
 ご清聴ありがとうございました。

the Stanford University Commencement address by Steve Jobs CEO, Apple Computer CEO, Pixar Animation Studios
翻訳 市村佐登美
satomi@mediaexpress.org

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.09.03

番長賛歌

自分が中学校の頃、体罰は日常茶飯事だった。自分も「そこまで殴るか?」というくらい殴られた。こっちが悪い場合がほとんどだが、それにしても「そこまで殴るか?」である。

ある先生などは、どうやら生徒が倒れるまで殴ることにしていたようだ。自分はその法則に気付くのが遅く、5発ほど喰らってから倒れていた。隣の奴は、1発で倒れていたから、なかなか賢い奴だ。

それから、自分は第二次ベビーブームの世代なので、教室はぎっしり満杯。いじめも激しかった。中学1年のとき、自分は体重が45キロしかなく、持ち上げたり投げたりしやすいので、よくプロレス技をかけられたりした。1対8とかで、抵抗すれば損をする。

中学2年の頃、またいじめがあった。多数で来られたら、最初から抵抗はしなかった。

ある日、いじめのメンバーの一人が、自分を屋上に連れて行った。そこで「なにをカッコつけとるねん」と因縁をふっかけられたのだ。ここは1対1。自分は大きく息を吸い込んで 「ワレ、なめとったら、いてまうぞ!!」とかましてやった。そいつは意外な態度に驚いて「いや、もういいから」と引いたので、「お前な あ、今度、ようけ(沢山)で来て、ナメたことしたら、一人の時に半殺しにしたるぞ」とダメ押ししておいた。

その後、自分に対するいじめはほとんど無かったし、あってもこの屋上男は黙ってみているだけだった。

中学3年になって、すべてが変わった。自分の名字に近い名前の男が、地域で最強の番長で、初めて一緒のクラス、しかも隣同士になってしまったのだ。なぜか自分はこの番長に可愛がられた。

たとえば、マラソン大会。自分は一生懸命まじめに走っても、肺活量の低さから、いつも最下位争い。でも、番長は違う。本当は走れるくせに、わざと最下位にな ろうとするのだ。ちなみに、自分の中学校のウリの一つが、マラソンに力を入れていることだった。

自分が小銭を少し用意しておいて、靴下に隠しておき、番長と折り返し地点を過ぎたあと、自販機でジュースを購入した。番長と 一緒に水分補給。番長はこういう意外性やら機転が利くのやらが好きなのだ。ゴール寸前、校庭のトラックに戻る前、番長は「お前が先に行け」と合図する。自分は「ハヒー、ハヒー」言いながら大 袈裟にゴール。それに続いて、番長は両手を振りながら、歩いてトラックを一周し、最下位でゴール。見事な絵だった。

ある日の全体朝礼。校長の話があまりに退屈で長い。自分は番長に話しかけ、いつものように笑わせていた。後ろのほうだったのに、それを目ざとく見つけた体罰バリバリ体育教師が、 校長のアリガタイお話を遮って「おりゃー、お前!! 何やっとんじゃ、出てこーーーい!!」と怒鳴る。全学年、全教員、そして校長も凍り付く。自分は「また殴られる んかいな」と、前に出ようとした刹那、番長が「なんじゃーーーーい!!」と言いながら、その体罰教師のところまで出ていった。体罰教師にしたら『いや、お 前とちゃうねんけど』という感じか。

番長の態度に体罰教師もひるまず胸ぐらを掴む。番長も体罰教師の胸ぐらを掴み返す。修羅場だ。

体罰教師「ちゃんとせえっ!!」
番長「やったるわいっ!!」
体罰教師「分かっとんか!!」
番長「分かっとーわ!!」
体罰教師「よし」
番長「おう」

番長は、全校生徒が恐れる体罰教師を相手に一歩も引かず、また男を上げた。

この番長、弱い者をいじめることは決してなかった。だから、自分も番長と仲良くなったからといって、これまでいじめてきた奴らに仕返しをしようと考える こともなかった。番長はいつも自分より強い存在に向かっていくのが好きなようだ。アンタッチャブルなものに、やたら触ろうとする。自分はこの番長の影響を受けすぎ た。

退屈な授業で、自分は突然「あーー、ウンコしたくなってきたーー」と言って爆笑させた。担任に叱られると「ウンコしたくなって、何が悪いねん」と言ってみたり。無茶苦茶な生徒だった。

番長と一緒に学校をさぼって、坂道で一緒に缶チューハイを飲んでゲロを吐いたり。適当にコークハイを作って悪酔いしたり。無茶なことをやったものだ。当然ながら、番長との出会いで、成績は下がっていった。それでも、この番長の姿勢から学ぶことも多かった。

それにしても、この番長が教師に立ち向かっているとき、校内のいじめが無かったように思う。お坊ちゃん、お嬢ちゃんには分からないことかもしれないが。

今どき、こんな番長っているのだろうか。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 教育 |