2008.01.30

ああ 絶滅のメダカよ どこへ

「杉並のメダカは絶滅しました」と区の掲示板。

それを読んだお爺さん、「んにゃ、わしのところにおるよ」。

ああ しあわせの めだかが ほら 舌を出して 笑ってらあ♪

絶滅したはずの杉並メダカを発見 元中学校教諭宅

2008年01月29日06時34分

 東京都杉並区は25日、区内では絶滅したと思われていた野生のメダカが、同区南荻窪4丁目の元中学校教諭須田孫七さん(76)宅に生息していたと発表した。須田さんは「日本の宝として守っていきたい」と話している。

須田さんが中学生のころ、自宅周辺は川が流れ、水田が広がっていた。そこから第2次大戦中、防火用水のボウフラ退治にとメダカをとっていた。自宅にはトンボを育てるための小さな池があり、そこにメダカを入れていた。

 その後、周辺の川は地下水路となり、水田も住宅地に変わった。「昔の杉並にいたメダカは絶滅した」。須田さんの自宅近くの区立公園の解説板に、区はそう記した。

 昨年末、須田さんが自宅から持ち込んだメダカを都野生生物保全センターでDNA鑑定してもらったところ、純粋種の野生であることが分かったという。

なんか最初に思い浮かんだのは、とりあえず長渕剛の「とんぼ」。実際、メダカの記事なのにトンボの話も出てきているし。

それにしてもすごいなあ。76歳のお爺さんが中学生の頃にメダカを防火用水の中に入れていたってことは、60年以上ずっと防火用水の中だけで繁殖・生息していたんかあ。「井の中の蛙」ならぬ、「井の中のメダカ」。世間知らずのメダカワールド。一曲、書けそうやなあ。

とりあえず、

めーだーかーのがっこうの 担任・元教師♪

「学校の担任が元教師」って、まんまやん!

あまりに嬉しくて、ここまでは興奮して書いてしまいましたけどね。絶滅したと思っていた種が生きていた。こんな嬉しい話はないよ。須田さんの言うとおり。日本の宝として守ってほしい。

杉並区は、この小さな防火用水の中で脈々と生き続けたメダカたちが棲めるような水辺を整備するべき。

 

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Posted by 奥田健次 教育, 環境, 社会, 音楽 |

2008.01.20

ベートーベン・オーケストラ・ボンが来日。

先週から今週にかけて日本列島を北から南まで移動。

「循環器系を大切に」という年始の誓いが、早くも破れ去ろうとしとります。

今年こそは、仕事の合間にコンサートに行きたい。行けるはず。4年くらい前、仕事が終わってそのまま六本木のサントリーホールとか繰り出して、ドヴォルザークとか聴きに行く余裕があった。そのとき着ていたのはジーンズにTシャツやったけど、一人やったし常連顔で招待席に座ったので、逆に業界人と間違えられたんよね(笑)。

今年は必ず何かのコンサートに出ます! 違うわ、聴きに行きます!

創立100年で来日公演 ベートーベン・オーケストラ・ボン

2008.1.20 13:27

 ベートーベンの生地で、旧西ドイツの首都だったボンのオーケストラ、ベートーベン・オーケストラ・ボンが創立100周年のシーズンを機に来日。オール・ベートーベン・プログラムで公演する。

 2003年に音楽監督に就任したウクライナ出身のロマン・コフマンは「芸術水準は偉大な名前にふさわしいしいものでなければならない」ときっぱり。初演からちょうど200年となる交響曲第5番「運命」を取り上げる。「理想とするクオリティーの完成を目指し、現在の私たちがもっている響きに新たな色を加えたい」

 コンサートは2月1日、東京・初台の東京オペラシティ。ほかにピアノ協奏曲「皇帝」など。問い合わせはノア・チケット(電)03・5386・9999。

オール・ベートーベンですか!!

いいね! 行きたい。

でも、4月以降にして下さいよ。3月末まで忙し過ぎる。

「運命」もいいけど、「英雄」が一番好き。

今年は身体をいたわります(今のところ、口だけ)。

 

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Posted by 奥田健次 音楽 |

2007.12.27

エレキ三線(okudaモデル)その後。

最近、忙しくて三線(さんしん)を触っている暇もなし(泣)。

いまだに地元で三線の師匠も見つかってないし。といっても、見つかったところで通う暇なし。循環器系の検査結果も聞きに行けてない。

ブログも別に手間がかからんけど、メンドクサーな気分。

こういうときは、他ブログさんでうち関係のを紹介するってので手抜きします。

まずは、自分のエントリー。エレキ三線のやつね。

んで、これを購入したナビィ三線さんのブログの日記。実際、自分がどんな感じで購入するに至ったか。そのまんまですわ(苦笑)。ナビィ三線さん、師匠のかもさんやネーネーが親切に教えてくれますし、メンテなどのアフターケアもしてくれますので、三線を購入するならオススメします。

自分が登場している記事。

そして、「エレキ三線奏琉(かなる)」 の製造元。

エレキ三線(okudaモデル)製作秘話(?)。

これ、自分のエレキ三線じゃあーりませんか! ホントに製造元さんにとっても初めてのカラーだったみたいで、こうやって気に入って下さっている。これが自分の作ってもらった三線なんですよ(喜)。ただ、この製造元さんの写真はオリジナル。この後にチューンナップしていただいたんですよ。だから、ボリュームのツマミは現在は2つ。

まだこのエレキ三線の存在はそれほど知られていない。名古屋のうちなんちゅ(沖縄人)に聞いても、神戸のうちなんちゅに聞いても、「そんなん、あるんですか?」ってな感じですから。沖縄の中でも、まだそれほど知られていないかも。

アンプに繋いでライブとかで使えるし、マンションとかでもボリュームを絞ったりヘッドフォンが使えたりするので、これから流行るんだと思いますね。

自分はとにかく練習する時間が欲しい。練習していた頃の様子は〝photo album〟にあります。

 

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Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

2007.11.14

エレキ三線(okudaモデル)

うちなんちゅ(沖縄人)もまだあまり知っている人は少ない。

それもそのはず。

今年の夏に出たばかりというエレキ三線(さんしん)。夏にオーダーしちまいました。「エレキ三線 奏琉(かなる)」と言います。

仕事の帰りに今回ゲット。

実はすでに9月には出来上がっていたんですけど、改造をお願いしていたんですわ。三線本体のスピーカーから音が出るんですけど、アンプにつないでエレキギターのように音を出すこともできる。でも、改造前はアンプにつないでも本体の電池が必要だったわけ。

「そりゃ、ないでしょ」とシロウトが軽い気持ちで申し上げたら、「じゃあ、マイクを2回路にしますよ」と。「そ、そんなんできるの?(ってか、出来るんなら最初からやってりゃ良かったのに!)」などとシロウトはシロウトらしく思いましたよ。

それが出来上がり。

いつものナビイ三線で購入しました。

師匠曰く、「今回の改造以降、製造元も『改造してみたらすごく良かったのでこれからはこのモデルで行きます』と気に入ってくれたんですよ」とのこと。

つまり、エレキ三線は奥田チューンモデルがスタンダードになったのです!

わーい! しかも、カラーもオーダーメイド。ラメ入りのレッドです。

仕事が終わって飛行機までの時間。

ストリートミュージシャンしてきました。撮影にお付き合い下さった親御さんたち、ありがとうございました。

おかげでCDジャケットみたいになりました(笑)。写真だけ見ると、えらく上手く演奏できるように見えますね。まだ独学の駆け出しなのに。

2007okinawa1 エレキ三線の試し弾き。北谷町の海辺にて。カンカン三線みたいでしょ。

その他は“photo album”に置いておきます。

 

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2007okinawa5

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2007okinawa4

Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

2007.11.09

Birds can dance and sing!!

オトモダチが教えてくれたサイト。

ダンサブルな曲のリズムに合っていてスゴイよ(笑)。特撮かと思ったわ。

後半、疲労からかリズムが合わなくなってきてヤケクソ気味(超カワユス)。クリックして見てみてみ〜。

May I have this dance?

 

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Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

2007.10.24

大砲でチャイコ

これ、盛り上がるんよねえ。ええなあ。行きたかったナア。

チャイコフスキーの「1812年」。

大砲の音を楽器に、陸自・朝霞訓練場で名曲コンサート

 陸上自衛隊が大砲を楽器のように使ってチャイコフスキーの名曲を演奏するコンサートが20日、東京都練馬区の朝霞訓練場で行われた。

 演奏された「大序曲1812年」は、ナポレオンのロシア侵攻などをテーマにした曲で、楽譜には大砲の音を入れる部分がある

 通常の演奏では、大太鼓やシンセサイザーで代用されているが、今回は105ミリ砲4門が空砲を鳴らして楽譜通りの演奏を実現した。

 陸自は3年前の観閲式での演奏が好評だったため、多くの人に楽しんでもらおうと今回のコンサートを開催した。今月28日の観閲式でも大砲を使って演奏する。

(2007年10月20日23時13分  読売新聞)

すばらしい。

これ、懐かしい。サンディエゴにいた頃、ホストマザーに連れて行かれたダウンタウンはマリーナ近くの野外音楽場。その日がこれ、「1812年」でした。アクロバット演奏もあって、クラシックコンサートらしからぬ、アメリカらしいコンサートやったね。

で、例の部分。空砲でもなく、シンセサイザーでもなく、太鼓でもない。なんと、打ち上げ花火でした。そりゃもう、最高に盛り上がりましたよ。フィナーレとしてはド派手な演出。花火の初っぱなの「ドーン」という音が、演奏にピッタリ合っていたんやから大したもの。ま、すぐに適当に「ドンパチ」花火大会みたいになってしまって、みんな花火のほうを見上げて拍手喝采していたけどさ。

本物の大砲を使った楽譜通りの演奏なんて、自衛隊でしか出来ないんやからなあ。うらやましい。いつか必ず聞きに行く。

それにしても、サンディエゴの大規模山火事が心配。後で、ホストマザーほか友人に連絡してみよう。

久々の音楽ネタでした。

 

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Posted by 奥田健次 音楽 |

2007.09.06

世界三大テノール、パヴァロッティの訃報

久々に音楽関連。

でも、訃報だよ。

世界的テノール歌手、パバロッティさん死去

 AP通信は6日、イタリア北部モデナの自宅で療養中の世界的テノール歌手、ルチアーノ・パバロッティさん(71)が死去したと報じた。同氏のマネジャーの話として伝えた。ANSA通信によると、パバロッティさんは病状が悪化し、この数日の間に何度か意識不明に陥っていた。

 ロイター通信によると、パバロッティさんは腎不全を起こし、パバロッティさんに寄り添おうと家族や友人らが既にモデナの自宅に集まっていた。

 パバロッティさんは昨年7月に膵臓(すいぞう)がんの摘出手術に成功したが、発熱のため先月、モデナの病院に入院。先月末に「症状が安定したため」としてモデナの自宅に戻っていた。(共同)

(2007/09/06 13:52)

カレーラス、ドミンゴ、パヴァロッティ。『世界三大テノール』の一人がこの世を去った。

CD、聞いてみようかな。

 

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Posted by 奥田健次 音楽 |

2007.08.18

おしりかじり虫

『だんご3きょうだい』以来のヒットになりそうだとか。

おしりかじり虫

「おしりかじり虫」が日本を元気にする!?

NHK『みんなのうた』で放送中の「おしりかじり虫」が今話題となっている。親しみやすいキャラクターと、1度聴いたら耳から離れないメロディ、そして愉快な振り付けのダンスシーンが、6月に放送開始後、園児や小学生に加え、大人にも評判だという。

 「おしりかじり虫」は、身長25cmの妖精。次から次へと都会の疲れた、元気のない他人のおしりをかじって回り、かじられた人を元気にするというもの。

 作者のうるまでるびさんは「バブル崩壊後、人々は疲れてしまい、誰しもが“癒し”に走ったけれど、そろそろ疲れることに疲れてきて、いい加減に元気を出そうかなという時期に来ている。おしりかじり虫はそんな時代にマッチしたのだと思う」とこの人気を分析する。

 また、「おしりかじり虫」のCDが7月27日(金)にリリースされたが、メーカーの在庫切れを起こすヒットになっているほか、以前NHK『みんなのうた』にて放送された、宇多田ヒカルの人気ソング「ぼくはくま」のダウンロード数を超えるなど、その人気は本物。

 これをうけて8月、9月に再放送も決定。8月14日(火)には名古屋でイベントも予定されているなど、疲れた現代を元気にしてくれる「おしりかじり虫」にますます注目が集まりそうだ。

闘魂注入のアントニオ猪木的効果なのか。

おしりをかじってもらえれば元気になるんなら、かじっておくれやすー(笑)。

んー。それでも自分はやっぱり『だんご3きょうだい』のほうかな。シュールでストーリー性もあるからねえ。DVDも買っちゃったほどよ。

しかしまあ商売上手。子どもは「おしり」とか好きやからねえ。んで、大人にもウケるように工夫してある。じっくり聴いてみるわ。

youtubeにあった。視聴したい方は、クリック

 

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Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

2007.08.02

阿久悠さんを偲んで

作詞家の阿久悠(あく ゆう)さんが亡くなった。昭和の日本歌謡界で間違いなくナンバーワンの作詞家だった。

大人に囲まれて育った自分は、小学校の頃から大人を喜ばすために、いろんな歌謡曲を歌っていたんよね。当時は歌詞の意味も分からなかったけども。調べてみたら「これも作詞・阿久悠かよ!」という驚きばかり。

故人を偲んで、いろいろ拾い集めてみました。

一緒に仕事をしている作曲家も、これまた良い曲を付けているんですがね。やっぱり、阿久悠さんの歌詞は「歌いやすい、覚えやすい、忘れにくい」といえるんじゃないでしょうか。

以下、下線の付いた曲名をクリックしたら、youtubeで視聴できるようにしました。

石川さゆり「津軽海峡・冬景色」。(名曲中の名曲:♪上野発の夜行列車 おりた時から〜)

沢田研二「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」。(幼い頃、真似をして帽子を斜めにかぶって投げてました)

杉田かおる「鳥の詩」。(歌手が「こんな人だった」けど、良い曲だから今でも評価は高い)

西田敏行「もしもピアノが弾けたなら」。(♪もしもピアノが弾けたなら〜)

ピンクレディー「UFO」「透明人間」など。(阿久悠さんが、ピンクレディーを大ブレイクさせたと言ってよいでしょう)。

都はるみ「北の宿から」。(♪あなた変わりはないですか 日毎寒さがつのります 着てはもらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます)

八代亜紀「舟唄」。(代表作ですね:♪お酒はぬるめの燗がいい 肴はあぶったイカでいい〜〜しみじみ飲めば しみじみと〜)

山本リンダ「どうにもとまらない」「狙いうち」。(自分には懐メロだが、耳に残る曲)

他にもたくさん。5,000曲以上あるんやって。アニメソングもすごい。「宇宙戦艦ヤマト」もそうやったのか〜。「真っ赤なスカーフ」とか好きな挿入歌やったな。「ウルトラマンタロウ」もかー。「デビルマン」の主題歌もエンディングも。最近では「名探偵コナン」もだって。え? 「ピンポンパン体操」も? 本当に偉大な作詞家やったんやね、こうして並べ立ててみると。

阿久悠さん、兵庫県出身ですよ。1993年からの選抜高等学校野球大会(センバツ)の大会歌、「今ありて」。作曲は谷村新司さん。地元・兵庫県ではこういう「歌い継がれる音楽」というのを大切にしているんですね。

「球児賛歌」響かせ50年 神戸山手女子高
2004/03/22(神戸新聞)

西宮市の甲子園球場で二十三日、選抜高校野球大会が開幕する。大会歌の合唱で開会式に花を添えてきた神戸山手女子高校(神戸市中央区)。今大会で参加五十年を迎える。野球の強豪校でもかなわない“五十回連続出場”。「球春」を伝えて半世紀、卒業した祖母や母らに続いて念願の甲子園の土を踏む生徒もおり、「歌声で球児を励ましたい」と張り切っている。(金川篤)

 初参加は一九五五年の第二十七回大会。当時の勝本鼎(てい)一校長=故人=が大会主催者と親しかったことから、出演が決まった。

現在の大会歌は、阿久悠さん作詞、谷村新司さん作曲による「今ありて」。合唱の練習は二月下旬に始まり、「芝の緑を思い浮かべて」「一つ一つの言葉を大事に」などと、音楽科主任の矢野正文教諭(61)から厳しい声が飛ぶ。

 今年は普通科二年と音楽科一、二年の約二百四十人が参加。うち約四十人は、親せきが過去に甲子園に立った。

 普通科二年の木村衣佐さん(17)=同市中央区=は、五十年前のメンバーの孫として初めて参加する。祖母は木村さんが小学五年の時に亡くなったが、「本番では、優しかったおばあちゃんを思い出すと思う。負けないよう一生懸命歌います」。

 同校では、週に一度の「全校コーラス」の時間がある。生徒にとって大会歌は大切な思い出で、同窓会などで歌われることも多い。三十年以上、指導に当たってきた矢野教諭は「音楽を通して、生徒に調和を重んじることを伝えてきた。長年、球児の活躍を裏方で支えてこられてうれしく思う」と話している。

みんな、歌というものはそれぞれに思い出として残るもの。阿久悠さんの詩も、歌い継がれていくことでしょう。

阿久悠さんの詩は、今どきのみたいに「テキトーに横文字並べりゃカッコつく」みたいなんじゃないよね。横文字を使っても「音韻づかい」まで心配りがなされていて、意味のない言葉は使わない感じなのが好きです。

最後はこれ。あんまり昭和の曲を知っていると「何歳?」とか言われそうなんですが、阿久悠さんの歌詞なら幼児も口ずさむという証拠youtube。

和田アキ子「あの鐘を鳴らすのはあなた」

上のリンクをクリックしてみてね。「あの鐘を鳴らすのはあなた〜♪」と熱唱する女の子はすごい。

 

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Posted by 奥田健次 社会, 音楽 |

2007.07.15

『世界の山ちゃん』とは、山田耕筰のことでしょ。

『お宝』だよね。いや、よくある我が家に伝わるお宝鑑定の『お宝』じゃなくって。

世界の山田耕筰だよ。「赤とんぼ」はEUとかでも歌われてるんやで。こうした大作曲家の作品が見つかるってのは、世界的にも喜ばしいニュースじゃないかな。我が家のお宝じゃなくって、『世界のお宝』やね。

熊本市内のおばあちゃんが偶然みつけたんやって。

山田耕筰の楽譜見つかる 早世した、めい悼み作曲

 「赤とんぼ」などの名曲で知られる作曲家、山田耕筰(1886〜1965年)が、18歳で世を去っためいをしのんで1941年3月に作曲した「母の手に」という歌の楽譜が熊本市内で見つかった。

 同年2月に結核で死去した阿部真理子さんが、母親(耕筰の姉)の優しさを詠んだ短歌「ははの手に かみをまかせて 目つむれば わがさいはひの ひしと身に泌(し)む」に、耕筰が曲を付けた作品。一般にはほとんど知られていない。

 楽譜は耕筰の遠縁にあたる熊本市の竹下久子さん(74)方で、引っ越し荷物の整理中に偶然出てきた。真理子さんの追悼式でこの曲が披露された際に、久子さんの父親がもらってきたらしい。

 久子さんは「気持ちを和ませる優しい曲。包み込むようなメロディーに、耕筰のめいを悼む気持ちが表れています」と話している。

(2007/07/14 09:24)

聴いてみたいね。きっとすごく良い曲なんやろうな。

自分の出身高校の校歌も山田耕筰さんやった。西宮市の市歌も山田耕筰さん。その他、数多くの学校歌を作曲されておられるので、音楽に関心のない人でも「えっ? うちの学校の校歌も山田耕筰やったの?」なんてことがあるんとちゃうかな。

作曲家だけあって(?)、波瀾万丈な人生を送っている。

山田耕筰(やまだ こうさく、男性、1886年6月9日 - 1965年12月29日)は、日本の作曲家、指揮者。

日本語の抑揚を活かしたメロディーで多くの作品を残した。日本初の管弦楽団を造るなど日本において西洋音楽の普及に努めた。また、ニューヨークのカーネギー・ホールで自作の管弦楽曲を演奏、ベルリン・フィルやレニングラード・フィル等を指揮するなど国際的にも活動、欧米でも名前を知られた最初の日本人音楽家でもある。あまり知られていないが、軍歌の作曲も多く手がけている。

冒頭でも言ったとおり、世界的にも有名な作曲家なんですよ、山田耕筰は。

東京都本郷の医師でキリスト教伝道者の父の下に生まれる。少年時代、義兄の宣教師エドワード・ガントレット(Edward Gauntlett,1868-1956)に西洋音楽の手ほどきをうける。岡山の養忠学校や関西学院中等部、同本科中退を経て東京音楽学校予科入学、1908年、東京音楽学校(現・東京藝術大学)声楽科を卒業。

1910年から3年間、三菱財閥の総帥岩崎小弥太の援助を受けてドイツ・ベルリン音楽学校作曲科に留学し、マックス・ブルッフなどに学ぶ。ベルリン時代の1912年には日本人初の交響曲『かちどきと平和』を作曲した。

へええ。時代的な背景もあったんでしょうが、ドイツで影響を受けたんやね。つづき。

帰国の後、1914年には岩崎が1910年に組織した東京フィルハーモニー会の管弦楽部首席指揮者を任されるが、自身の恋愛問題により岩崎が激怒し、資金源を断たれて翌年解散する羽目となる。1917年には渡米し、カーネギーホールで自作を中心にした演奏会を開く。1920年12月には帝国劇場においてリヒャルト・ワーグナーの「タンホイザー」の一部などを日本初演。1924年には近衛秀麿と共にハルビンのオーケストラ楽員と日本人楽員を交えたオーケストラの演奏会「日露交歓交響管弦楽演奏会」を主宰、これを母体に近衛と日本交響楽協会を設立。現在のNHK交響楽団の前身であるが、不明朗経理を理由に内紛が勃発。黒柳徹子の父・黒柳守綱ら4名を残し大部分の楽員は近衛と行動をともにしたため、山田派は崩壊した。(以下、略)

時代が時代とはいえ、なかなか大変やったんやろうね。それにしても、山田耕筰といえば古い作曲家のようなイメージがあるけども、日露戦争後に活躍した人なのに没年が1965年ということでしょ? ということは、現代人には『生きている山田耕筰』の記憶がまだ十分残っているってことやんか。すごいよね。

こういう語り継がれること、歌い継がれることっていうのを想像してみるのは大切なことやと思うよ。歴史の勉強って、こういうことじゃないかな。

それにしても今回のニュース。モーツァルト(であるらしい)の楽譜が見つかったのと同じように、とても嬉しい話ですね。

早く聴いてみたいですわ。

 

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Posted by 奥田健次 音楽 |

2006.10.19

ドゥ・メストレ

ハープの音色に弱い自分。どうも、母の胎内にいるような感覚がするのだ。ピアノ弾いてたから、お腹の中にはハープのような音になって聞こえていたのかしら。

いや、実際に胎児に届く音はそんなものではないそうだが。

クーデターの喧しいバンコクで仕事をしていたときのことなんやけどね、ホテルでは夜中もBS2かなんかでNHKが見られる。

スラッとした男性がハープを奏でている。その音色に思わずパソコン作業を止めてしまった。ドビュッシーの『月の光』を、ハープで演奏してるんだよ。信じられないほど、美しかった。ピアノとは全然違うのだ。

番組終了後に分かったのだが、演奏者はメストレという若きハーピスト。近頃、日本でのコンサートの模様を収録した番組だったようだ。次の日もまた同じ番組をやっていたのだが、またまた見てしまった。どうもバンコクでは同じ放送を何度もやるようだ。あの、『りんどう祭』もそうなんかな。

日本でもまた放送してくれないかな。

DVDを買おうかな。探したけど、まだ日本では出していないみたい、CDも。そのうち出るやろうね。

『のだめカンタービレ』とか、クラシックが多少なりとも注目されているのが嬉しいね。『のだめ〜』のドラマは見ていないけど。

 

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関連記事:
やっぱり学校を作りたい!
非ジャーナリスト宣言!(笑)

Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

2006.10.06

芸術の秋、三線を真面目に始めました。

むっちゃ、すごい。その後、カンカン三線で3日ほど練習したら曲の最後まで弾けるようになったよ。『イラヨイ月夜浜』からスタートしたんやけど。4日目、合皮物やけども本物の三線を買いました。

ショップで試し弾きしてると、三線弾きのおばさんが、

「上手に弾けるね」と言うので、

「まだカンカラで独学の3日目です」と打ち明ける。

「カンカン3日でそんなに弾けるの!? おばさんそのうち越されるね」と驚かれたよ。

自分でも「すごいなー(三線って)」と思ったのが、般化(Generalization)するんよね。三線用の楽譜(『工工四』と言う)を見ただけで、初見の曲もある程度演奏できるのが驚き。かなり合理的な楽器なのかもしれん。『島人ぬ宝』『涙そうそう』も、結構弾けるようになってきた。『仰げば尊し』とか『大きな古時計』とかも余裕。

やはり、先祖からの遺伝(歌舞音楽の才能のあったある武将です)と環境のお陰ですかね(笑)。ネーネーズの曲とか『安里屋ユンタ』も練習しなきゃいかんね。ただ、三線といえば弾き語りなのだそうだが、それはとても無理。もっと昔からやっておくべきだった。

つい先日、甥っ子と遊んだときのことだが、2歳にして島唄を気に入ったそうな。なにやら「いーやーさーさー」という掛け声が出来るようになったと。BEGINの『島人ぬ宝』かなと思って、パソコンに入っている『島人ぬ宝』を再生すると、いや見事に曲に合わせて「いーやーさーさー♪」って歌うんよね。リズム感が完璧。裏で入るリズムにもピッタリ合わせて掛け声を入れてる。

しかも、同じメロでも掛け声のあるところと無いところがあって、それも完璧に歌い分けていた(こっちが間違えたのに)。真面目にすごい。親バカならぬ叔父バカかもしれないが、島唄が合っているのかもしれない。

今度、三線を持って会いに行こうっと。自分の演奏で島唄セッションや。大問題は「いつ練習するか」だ。やっぱり仕事が停滞したときしかないな。原稿書きが停滞したときに無理するよりも、頭をリフレッシュしたほうが生産的だったりする。

私的エントリでした。

 

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関連記事:
フライトまでのひとときに。
ライブハウス島唄
ネーネーズ
カラハーイ

Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

2006.09.11

フライトまでのひとときに。

週末の沖縄での仕事のあと、飛行機までの時間に那覇国際通りの『ナビィ三線』で初めて三線(さんしん)を習ってきました。

ずっと昔に『カンカラ三線』は買ったものの、やはり師匠なしには何もできません。研究室の飾り物になってました。

対応してくれた師匠の兄さん、三線の構え方と持ち方を指南してくれると、さっそく弦をつまびく練習。やっぱり、良い音だ。皇孫殿下をご出産された秋篠宮妃紀子殿下の入院中にお見舞いされた美智子皇后陛下が、紀子妃殿下に三線をお贈りなされたそうだ。紀子妃殿下は学生時代、琉球舞踊や沖縄の歴史に関心を持たれていた。三線の柔らかい音は、胎児にも良いとのこと(ご出産支えた「トマトジュース」…胎教には「三線」)。

Sanshin06 さて、師匠との練習っと。『涙そうそう』練習スタート。三線の独特の楽譜を見ながら、少しずつ進めてみる。どうも右手が必死になると左手の位置がおかしくなってしまうし、構えも悪くなってしまう。この写真を見ても、姿勢が悪すぎる(沈)。

でもね。なんとか最後まで辿り着くことはできた。いろいろ聞いてみると、師匠はもともとバイオリンが専門だって。だから、三線もバイオリンっぽい奏法で弾いちゃってるみたい。ピチカート奏法とかやってたし。あ、そうだ。沖縄とバイオリンといえば、年末まで恒例の太郎さんツアー。今年は10月に沖縄でコンサートに行くとのこと。

さてさて自分は、調子に乗って『イラヨイ月夜浜』をトライさせてもらった。最初、「無茶かなー」と思いつつ、やってみると結構、前に進むのよね。師匠が中国の胡弓の説明をしているのをそっちのけで、自分は『イラヨイ月夜浜』を練習しまくり(笑)。まだまだ下手くそだが、フィーリングとしては最高だ。やっぱりプロに教えてもらうのは良いことだねえ。でも一番フィーリングが良かったのは、師匠の三線にあわせてこっちは歌うだけー(苦笑)。まあ、そんなこと言わずに弾き歌いもできるように練習せないかんよね。

ってなわけで、『涙そうそう』と『イラヨイ月夜浜』などが入った楽譜と、バチを買って帰った。また研究室で寝泊まりする日なんかに、気分転換で練習してみようっと。

国際通りに行ったら、『ナビィ三線』に寄ってみてみ。三線を無料で教えてくれます。フライトまでの短い時間でしたが、お世話になった皆様に感謝。

 

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Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

2006.06.11

ライブハウス島唄

仕事の後、行ってきました。ライブハウス島唄。

5か月ぶりかな、ネーネーズのライブ(過去の記事『ネーネーズ』)。

Syuu_2 前回は突然の誕生祝いをしてもらったり。今回はラストステージまでお客さんがいっぱいだった。

CDアルバム『愁』も買ってたし、何曲かは同じ曲だったので、少しくらいは口ずさむことが出来たかも。同じアーティストのライブに繰り返し行くってのはいいね。楽しみ方が段々、分かってくるでしょ。


 
 

200606nenes_1 それにしても、今回の客はノリノリだった。2ndステージ後、流れで撮影会になってしまって、ステージの前が黒山の人だかり。ネーネーズTシャツを買った女の子が背中にサインしてもらっている(笑)。微笑ましいね。

びっくりしたのは、ラストステージのMCで、ネーネたちが自分らを見つけて、「お帰りなさい、前回はいつでした?」って。ほとんど毎日、ライブやってるのに覚えてくれていたのですね。確かに、誕生日のお祝いしてもらったし、必殺の火消しパフォーマンスも見せたりしたけどもさ(笑)。また行きたいね。もっとCD聴いて、歌の練習しておこう。

すごいなと思うのは、なんだっけ三枚肉? じゃなかった、三枚の板からなるカスタネットのような琉球楽器。あれは相当な練習がいるんやろうな。

ホント、最後は自然にアンコールまでいけたし楽しいライブだった。沖縄に行ったら、ぜひ宜野湾市のライブハウス島唄へ行ってみて。那覇から近いよ。

 

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Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

2006.02.28

モーツァルト・イヤー

モーツァルト生誕250周年。各地でモツ・フィーバーのようだ。

先日、仕事の合間にオペラ『魔笛』を鑑賞してきた。

『魔笛』を観るのは20年近くぶり。

当時の自分にはストーリーは十分理解できなかったが、ただ音楽の美しさやパパゲーノのコミカルな演技に魅了されたことだけは間違いない。その20年前、自分の身内がタクトを振っていた。今回はまた自分の身内だが、主役として舞台の上に立っていた。

ただのライブでも緊張するが、身内が出ているとそれはさらに倍増してしまう。途中、過呼吸になりかけて危なかった。それにしても、ひいき目なしに素晴らしいステージだった。キャストの歌も、オケの演奏も、若々しさと力強さが気持ちよくブレンドされていた。舞台演出もシンプルではあったが、逆にそのシンプルさの中での細やかな表現に説得力があった。ホリゾントなど照明の使い方も見事だった。

うちの家族は一家揃ってモーツァルトマニア。映画『アマデウス』も何度も観た。

それこそ、10年くらい前だったか。実家で兄弟がそろった時。尊敬する兄がピアノ伴奏、妹がソプラノ、母がアルト、弟がテノール、自分がバスで、いきなりレクイエム『リコルダーレ』の四重唱を合わせたことがある。

今年の自分の目標。どこかモツレクをやる合唱団に潜り込むこと(笑)。忙しいので、ゲネプロからの参加でもよければ声をかけて下さい。ラテン語の歌詞、ほとんど暗譜しておりますので。「なめるな!」とか言わないで。音楽を楽しみたいだけなのです。ぜひに!

 

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Posted by 奥田健次 音楽 |

2006.02.15

ミサイルのようなロッカー

ブログやってると、いろんな仲間から「記事にして下さい」という要望も寄せられる。

今回はアスペルガー症候群と診断されたロッカーを紹介しよう。

ヴァインズのクレイグ、自閉症の一種と診断
http://www.barks.jp/news/?id=1000003844
2004-11-22 バークス

度重なるトラブルでバンド活動を事実上、休止しているザ・ヴァインズだが、マネージャーはバンド解散の噂を否定している。ヴァインズはこの夏、メンバー間の争いが絶えず、予定していた全米ツアーをキャンセル。また新たに、フロントマンのクレイグ・ニコルズがアスペルガー症候群を患っていることも明らかになった。

これは、11月19日にオーストラリアで開かれた公判で明かされたもの。ニコルズは、カメラマンへ暴行をはたらいた容疑で起訴されていた。この裁判の中で、彼が最近、自閉症の一種であるアスペルガー症候群だと診断されていたことが明らかになった。

バンドのマネージメントは、ニコルズの病状について公式サイトthevines.comにこう声明を発表している。「この半年は、バンドやその周りのv

しかしながら、ニコルズは彼の愛する音楽活動に戻ることを望んでおり、バンドの解散はあり得ないと説明している。「バンドは解散していません。クレイグは、ザ・ヴァインズとして曲を書いたりレコーディングするという作業に戻るのを楽しみにしています。それが彼の愛することであり、生きる証なのです」

アスペルガー症候群は、心の病気ではなく、脳の特性が原因で起きる発達障害の1つであると言われている。一見、ごく普通に見えるため、理解されにくく、その言動から単なる我がままや怠け者と誤解を招くことが多々あるという。

5月にシドニーで行なわれたコンサートの途中でカメラマンを蹴り、そのカメラの壊した容疑で起訴されていたニコルズだが、この日の公判で無罪を言い渡されている。

Ako Suzuki, London

ちなみに、アスペルガー症候群をもつ人は300人に1人、あるいは研究者によってはもう少し多いとされている。満員電車1両に1人いるようなもので、誰もが出会ったことのある人達である。知的な遅れはなく、逆に突出した能力を持っていることが多いため、施設に隔離されることなく地域社会で通常の生活を営んでいる。ただ、社会性やコミュニケーションに困難性を持っているのが特徴だ。

The_Vines さて、このニコルズ君。ライブ中に本気で喧嘩してしまったり、ライブ自体をキャンセルしてしまったり。来日したときのライブでもメンバーと噛み合わず、途中でメンバーや客にブチ切れてしまったり。聞くところによると、コーラとマクドナルドが大好きで、コーラを好きなだけ飲みたいからマクドナルドでアルバイトしたこともあるそうだ。

とうとう、カメラマンへの暴行で起訴されてしまったわけだ。その後、アスペルガー症候群と診断されるというパターンであった。

アスペルガー症候群と診断されるのが早ければ早いほど、本人にとっても周囲にとっても理解が進みやすい。また、早期の援助も可能である。最近では、この症候群についての理解が進んだため、早期診断がなされるようになってきた。

教育現場でも特別支援教育が推進されつつあり、アスペルガー症候群の子どもにも一人ひとりの特性に応じた教育支援が保障されつつある。

自分のところにも、アスペルガー症候群の診断を受けた子ども達が、たくさん相談にやってくる。初診時、年少の子どもで4、5歳、大きい子どもでは中学生や高校生である。今のところ、小学校入学後に診断される子どもがほとんどだ。欲をいえば4、5歳で診断を受けて相談に来てもらえると、予後の見通しの良い支援を提供しやすい。小学校高学年以降になって初診でこられても、月1回や週1回程度の支援では心許ない。

彼(彼女)らの社会性やコミュニケーションの困難を克服するためには、本人だけでなく周囲の対応の仕方も重要になってくるのだ。

このロックバンド【The Vines】。最初からアスペルガー症候群だってことが分かっていたなら、逮捕されることはなかっただろう。どういう意味か? 自分なら、最初から壊しても良いカメラをプロレスラー(サクラ)に持たせておき、納得いくまで壊させる。それを計画的に演出として行ってしまえば問題はなかったのだ。アーティストには色んな演出が付きものだろう。破壊大好きアスペっ子には、破壊の演出を用意しておいてあげましょう。演出以外の破壊をしてしまった場合には、しっかり相応の償いをさせれば良いのだ。

ASROC_SUM  
アスペルガーのロッカー。略すと、アスロック。イージス艦に搭載されているミサイルの名前と同じである。

アスペルガー症候群について、10歳の少年が自分で書いた本をご覧いただきたい。関心の無かった人にとって、アスペルガー症候群の子どもの特徴や能力の高さ、そして早期診断と早期支援の重要性を理解して頂くには良書だろう。

 

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Posted by 奥田健次 特別支援教育, 音楽 |

2006.02.10

ネーネーズ

驚きました。ちょっと前のことなのだけど。

いつものように仕事を終えた後、宜野湾にある『ライブハウス島唄』に連れて行ってもらいました。

nenes ここは知名定男とネーネーズの本拠地。その日はネーネーズのライブだったさ。

1stステージ前から1番前のテーブルに陣取って、『ちゃんぷるー』やら『ひらやーち』などを食べていました。

ライブの中盤、いきなりネーネーズMCが「今日はお誕生日のお客様がおられます!!」と言うんですね。「誰やろ?」と思っていたら。「おくだせんせぇ! どこですかぁー?」と叫ぶわけ。

[えーっ、おれかよ?][聞いてねーよぉ]

って感じ。自分「しにしかむー(びっくりした)!」って言ったら、ネーネーズが「うちなんちゅ?」って聞くので、「しまないちゃーダヨ」って答えたさ。

スタッフがバースデーケーキを持ってきてくれてさ。ネーネーズの三線と生唄、客席のみなさまで「Happy Birthday to You」を歌っていただきました。自分、こんなのスゴイ苦手なんですけど(汗)。

曲の後にローソクの火を吹き消すでしょ。みんなが固唾を飲んで見守る瞬間さ。仕方がないので、ここで必殺技をかますわけ。必殺『め組』の男!!

一気に、一本ずつローソクの火を指でつまんで消火いたしました。この芸は小学校の頃からやっているねんけど、ネーネーズや会場のみなさんの驚きと笑いをいただきました。

ネーネ「そんな消し方ってあるんですかぁ、内地では!?」
自 分「結構、流行ってるんちゃうかな」
ネーネ「初めて見ましたよぉ」
自 分「沖縄でも今年の秋ぐらいまでには流行ると思うけどねぇ」

バースデーケーキは半分、ネーネーズの楽屋に差し入れ。

2ndステージには「おくだせんせぇ、ケーキ食べましたよぉ☆」とお礼を言われ、最後の3rdステージではネーネーズの曲の中に、即興で「おくださーん!!」って歌詞の中に入れて歌ってもらえました。リクエスト曲にも応えてくれたし。いっぱい、ありがとう。ありがとうの気持ちを、うちなーぐち(琉球言葉)で何て言うんやったっけ? 分からんかったんで、最後の曲が終わってネーネーズが舞台袖に出ていくときに、

「めんそーれ!!」

って叫んでしまったよ。これ「いらっしゃーい」という意味やん(笑)。大ボケですわ(爆)。

企画して下さった親御さんたち、ありがとうございます。ライブに来ていたアイヌ民族のお客さんと、最後まで一緒に楽しんだネーネーズ追っかけファンのおじさんと仲良しになりました。まさに『いちゃりば、ちょーでー(出会えば皆、きょうだい)』さぁ。

20060120 ネーネーズのCDにもサインしてもらったさぁ。最新アルバム『愁』。下の『GOLDEN☆BEST』にも結構、馴染みのある曲が入ってますね。沖縄ミュージックで癒されたい方、聴いてみて。

 

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Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

2005.12.29

スコア@葉加瀬太郎

葉加瀬太郎ツアーも無事、終わったのだろう。

自分とのツアーのタイミングが合って、会えたのは今回は1回だけ。それでも、今年もニアミスは何回もあった。

コンサートでも演奏され、紹介されていた楽譜が2点。

1つは、『VIOLINISM with LOVE』から6曲。本人曰く「中級者から上級者向け」だそうな。確かに『ピアノ三重奏曲イ短調』は、かなりの練習量がいるだろうし奥も深そうだ。第三楽章のコミカルな演奏が楽しい。第一楽章から第四楽章まで、まさに起承転結というような流れでオーディエンスを魅了していく。将来、国境を越えて親しまれ、演奏されることだろう。

もう1つは、本人曰く「初心者からどうぞお買い求め下さい(笑)」。おなじみの『エトピリカ』『情熱大陸』『Another Sky』などが収められている。自分は『Angel In The Sky』『Toss The Feathers』が好きなのだが、これには入っていなかった。

続編を楽しみにしておこう。

Posted by 奥田健次 音楽 |

2005.12.19

カラハーイ

冬の沖縄もいいもんだ。例年より寒いそうだが、先週は寒いところばかりだったので、自分には温かく感じる。

daikon初日。那覇市の『だいこんの花』というレストランに連れて行ってもらった。有機野菜を使った健康料理がいろいろ選べて最高だった。体の中の毒を出すこと(デトックス)をウリにしているそうだ。内地にもあればなあ。週1くらいで行けば、自分も元気になれるだろう。この日は十分、毒を吐き出したと思う。

さて、子どものセラピーをやっている最中、上空を軍用機が飛びまくり。今までで一番、多かったかもしれん。宜野湾のホテルに戻って夜10時を過ぎても爆音が轟いていた。この日、米軍再編フォーラムが開催されていたようだ。これまで政府は、あまりにも沖縄県民の気持ちを無視し続けてきた。政府は公共事業にかかる莫大な金をちらつかせることで、県民の自立を阻止してきたのだ。まったく、ひどい話だ。戦闘機の轟音を聞きながら、こんなことを考えつつ、体の中にまた毒を溜め込んだ。

2005121821272日目の仕事が終わった後、北谷町の『カラハーイ』という沖縄音楽のライブハウスに連れて行ってもらった。今日のステージは『ティンクティンク』という沖縄二人娘。MCはウチナンチューらしいナチュラルな喋り声なのだが、唄を歌うと完全に民謡モード。自分も踊りを覚えてしまったよ、2つほど。一つは、なんだっけ(笑)? 女の子が頭に付けるやつ。カチューシャみたいな名前。結婚式の後に踊るっていうやつよ。それから「ヒス・カル・ヒス・カル・ヒスカルカル」とか掛け声するやつ。意味は分からんが(ヒステリーなカルピス?)、単純な動きで面白い。1晩で3ステージだったが、最後のステージまで残って楽しんだ。ライブ後、CDを買っちゃったよ。気持ちいいライブで、体の中の毒がまた抜けた。

毒が抜けたり入ったり。そういえば、今回は親御さんも子どもも半分ほど風邪ひきさんだった。沖縄ではこの時期、気温16度まで下がると寒すぎるようだ。みんな使い捨てカイロを持っている。自閉症の子どもであまり目が合わない子が、なぜか咳・くしゃみをするときには、こっちの目をしっかり見つめて、まっすぐ噴射してくるんだよなあ。不思議。風邪のウィルスが入ったかも。

栄養ドリンクを飲もう。この発想がナイチャー(本土人)っぽいか。まだまだ自分はダメさ。めざせ、シマナイチャー。

kalahaai_sp自分が買ったティンクティンクのCD。カラハーイ、年中無休とのこと。沖縄フリークは行くべし。

Posted by 奥田健次 健康・美容, 脱力系, 音楽 |

2005.12.07

ドヴォってしまった

「ドヴォルザーク、ええよなあ」って妹と話してて。

それで、それぞれCDを別々の店で購入した。

その結果。。。

なーんと、かぶってしまったよ!!

だって、これ1枚でドボ8ドボ9が収録されてるねんもん。オイシイやん。って、関西人的な発想なんかもしれへんけど。

ドボ8、他にも持っているけど、まあこっちのほうが音の伸びが良い塩梅にて、気に入っているんやけどね。

クラシックに興味のない人も、知ってるでしょう。ドボ9は「新世界より」という名前で親しまれていて、CMソングなどでも有名過ぎる。第二楽章も、キャンパーたちには「遠き山に日は落ちて」って言ったら分かるでしょ。

ドボ8は、佐渡裕がジャンプするし、コバケン(小林研一郎)も十八番みたいにしてるしね。とにかく、盛り上がるね。

Posted by 奥田健次 音楽 |

2005.11.19

VIOLINISM with Love

今日は札幌で仕事を終えた後、札幌市民会館に行ってきた。

葉加瀬太郎〜Acoustic Concert Tour 2005 VIOLINISM with Love〜札幌公演

久しぶりに最高のライブを満喫してきた。今回は、アコースティック・コンサートということで、シックでアダルトな感じなのかなと想像していた。もちろん、アコースティックならではの色彩を存分に放っていた。特に、ANAの企業イメージソング“Another Sky”のアコースティック版では、榊原ピアノと柏木チェロの持ち味が生かされたアレンジであった。

コンサートの後半では見事にノリノリのステージに展開した。この辺り、さすが世界に通用する葉加瀬太郎。アコースティックで、どうやってノリノリに? それは、行ってみれば分かる。

ジプシー音楽の表現力などは、他に類を見ないほどの情熱的パフォーマンスだ。チャールダッシュにツィゴイネルワイゼン。おなじみの曲ではあるが、その時々で料理の仕方や盛りつけ方を変えている。洗練されている。やっぱり、ライブはいいなあ。満席となったオーディエンス。最後は自然に温かいスタンディングオベーションに包まれた。

今回のツアーには、スペシャルゲストとしてヴァイオリニストの功刀丈弘(くぬぎ・たけひろ)氏が出演。功刀氏は『アイリッシュ・フィドル』というヨーロッパの民族音楽のスペシャリストだ。

コンサート終了後、パスを持って楽屋に挨拶に。太郎さんと会うのは1年ぶりかな。昔話やら近況やら話した後、功刀さんを紹介してもらった。実は、功刀さんと話をするのは初めてだったが、お互いの共通の昔話などもあって懐かしい感じがした。

まだ、コンサートツアーは中日。今年も12月末まで全国を旅することになっているとのこと。一昨年なんかは、ニアミスも含めると4度も同じ地方で自分の出張と重なった。今年は、またどこかの旅先で出会うことになるのだろうか。

さて、もう1つの驚き。なんと、楽屋につながる通り道で秀明大学学頭の西部邁(にしべ・すすむ)先生を見かけた。ぜひご挨拶をと思ったのだが、スタッフに案内されていた自分はタ イミングを逸してしまった。後で探したが、すでに会場を後にされていたようだ。誠に残念。そうか、西部先生は確か北海道ご出身だったな。コンサートに来ら れていたのか、それとも同じビルで何か別の催しがあったのか分からない。色々と、教えを請いたかったのだが。



Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |