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2007.07.15

『世界の山ちゃん』とは、山田耕筰のことでしょ。

『お宝』だよね。いや、よくある我が家に伝わるお宝鑑定の『お宝』じゃなくって。

世界の山田耕筰だよ。「赤とんぼ」はEUとかでも歌われてるんやで。こうした大作曲家の作品が見つかるってのは、世界的にも喜ばしいニュースじゃないかな。我が家のお宝じゃなくって、『世界のお宝』やね。

熊本市内のおばあちゃんが偶然みつけたんやって。

山田耕筰の楽譜見つかる 早世した、めい悼み作曲

 「赤とんぼ」などの名曲で知られる作曲家、山田耕筰(1886〜1965年)が、18歳で世を去っためいをしのんで1941年3月に作曲した「母の手に」という歌の楽譜が熊本市内で見つかった。

 同年2月に結核で死去した阿部真理子さんが、母親(耕筰の姉)の優しさを詠んだ短歌「ははの手に かみをまかせて 目つむれば わがさいはひの ひしと身に泌(し)む」に、耕筰が曲を付けた作品。一般にはほとんど知られていない。

 楽譜は耕筰の遠縁にあたる熊本市の竹下久子さん(74)方で、引っ越し荷物の整理中に偶然出てきた。真理子さんの追悼式でこの曲が披露された際に、久子さんの父親がもらってきたらしい。

 久子さんは「気持ちを和ませる優しい曲。包み込むようなメロディーに、耕筰のめいを悼む気持ちが表れています」と話している。

(2007/07/14 09:24)

聴いてみたいね。きっとすごく良い曲なんやろうな。

自分の出身高校の校歌も山田耕筰さんやった。西宮市の市歌も山田耕筰さん。その他、数多くの学校歌を作曲されておられるので、音楽に関心のない人でも「えっ? うちの学校の校歌も山田耕筰やったの?」なんてことがあるんとちゃうかな。

作曲家だけあって(?)、波瀾万丈な人生を送っている。

山田耕筰(やまだ こうさく、男性、1886年6月9日 - 1965年12月29日)は、日本の作曲家、指揮者。

日本語の抑揚を活かしたメロディーで多くの作品を残した。日本初の管弦楽団を造るなど日本において西洋音楽の普及に努めた。また、ニューヨークのカーネギー・ホールで自作の管弦楽曲を演奏、ベルリン・フィルやレニングラード・フィル等を指揮するなど国際的にも活動、欧米でも名前を知られた最初の日本人音楽家でもある。あまり知られていないが、軍歌の作曲も多く手がけている。

冒頭でも言ったとおり、世界的にも有名な作曲家なんですよ、山田耕筰は。

東京都本郷の医師でキリスト教伝道者の父の下に生まれる。少年時代、義兄の宣教師エドワード・ガントレット(Edward Gauntlett,1868-1956)に西洋音楽の手ほどきをうける。岡山の養忠学校や関西学院中等部、同本科中退を経て東京音楽学校予科入学、1908年、東京音楽学校(現・東京藝術大学)声楽科を卒業。

1910年から3年間、三菱財閥の総帥岩崎小弥太の援助を受けてドイツ・ベルリン音楽学校作曲科に留学し、マックス・ブルッフなどに学ぶ。ベルリン時代の1912年には日本人初の交響曲『かちどきと平和』を作曲した。

へええ。時代的な背景もあったんでしょうが、ドイツで影響を受けたんやね。つづき。

帰国の後、1914年には岩崎が1910年に組織した東京フィルハーモニー会の管弦楽部首席指揮者を任されるが、自身の恋愛問題により岩崎が激怒し、資金源を断たれて翌年解散する羽目となる。1917年には渡米し、カーネギーホールで自作を中心にした演奏会を開く。1920年12月には帝国劇場においてリヒャルト・ワーグナーの「タンホイザー」の一部などを日本初演。1924年には近衛秀麿と共にハルビンのオーケストラ楽員と日本人楽員を交えたオーケストラの演奏会「日露交歓交響管弦楽演奏会」を主宰、これを母体に近衛と日本交響楽協会を設立。現在のNHK交響楽団の前身であるが、不明朗経理を理由に内紛が勃発。黒柳徹子の父・黒柳守綱ら4名を残し大部分の楽員は近衛と行動をともにしたため、山田派は崩壊した。(以下、略)

時代が時代とはいえ、なかなか大変やったんやろうね。それにしても、山田耕筰といえば古い作曲家のようなイメージがあるけども、日露戦争後に活躍した人なのに没年が1965年ということでしょ? ということは、現代人には『生きている山田耕筰』の記憶がまだ十分残っているってことやんか。すごいよね。

こういう語り継がれること、歌い継がれることっていうのを想像してみるのは大切なことやと思うよ。歴史の勉強って、こういうことじゃないかな。

それにしても今回のニュース。モーツァルト(であるらしい)の楽譜が見つかったのと同じように、とても嬉しい話ですね。

早く聴いてみたいですわ。

 

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Posted by 奥田健次 音楽 |