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2007.06.27

食肉偽造について語らう夕べ

大学院でのケースカンファ後。スタッフらと近くの行き付けの中華に繰り出したんですわ。

ラーメン苦手な自分も、ここの中華の担々麺はトマト味でパスタみたいな感覚なので食べられる。

担々麺に入っているミンチ肉。焼き餃子に入っているミンチ肉。これらを見ながらの会話。細切れにしてお届けします(笑)。

自分「このミンチ、ウサギとかちゃうん?(笑)」
弟子「違います!」
自分「羊とかちゃうん!」
弟子「違いますよ!」
自分「タヌキかもしれん、の!」
弟子「違いますって!(笑)」
自分「ミミズかもしれんし!」
弟子「確かに何肉ってメニューに書いてませんよね」
自分「って何で、ここで否定してくれへんねん!」

こういう何の変哲もない会話。もちろん、店員に聞こえないように十分な配慮をしています。

弟子「それにしても、加ト吉の社長はどこへ消えたんですかね」
自分「他にも失踪した従業員とかいるんかいな?」
弟子「どういうことですか?」
自分「海に捨てても、山に捨てても見つかるわな」
弟子「はい」
自分「きっとミンチにされているんやで」
弟子「まじ、怖いっすね」

こういうブラックジョークを一発かます。昔からあるよね。食肉工場におけるブラックジョーク。

弟子「24年前からですよ。絶対ボクら、加ト吉の冷凍食品とか食べてしまってますもん」
自分「おう。そりゃそうや。母親が作ってくれた弁当に入っていたはず」
弟子「気持ち悪いっスね〜」
自分「母親の弁当だけやなくって、弁当屋の弁当もそうやろ」
弟子「ミートボールとかも色んな肉が入っていたそうですよ」
自分「ラビットボールとかか?(笑)」
弟子「(笑)・・・何でも出来ますよね・・・・・」
自分「アニマルボールやな!」

(一同爆笑)

弟子「笑えませんよ!(爆笑)」
自分「笑っとるがな!(爆笑)」
弟子「アニマルボール!」
自分「おう、これからミートボールはアニマルボールと呼ぶように! ええな!」
弟子一同「はい!」

というわけで、うちの研究室では今後、ミートボールのことをアニマルボールと呼ぶことに相成りました。和名は『獣玉(けものだま)』とでもしておきましょうか。音韻的に「ケダモノ」っぽくてオゾロシイ。

我がスタッフも子育てのシーンで使うことになるでしょう。

子ども「お弁当にはミートボール入れてね!」
母 親「え? アニマルボールのこと?」
子ども「ミートボールだよ」
母 親「アニマルボールよ、色んな獣の肉が混ざってるの」
子ども「あにまるぼーる?」
母 親「そう。アニマルボール。ケモノダマって言うの」
子ども「・・・・・・」
母 親「食べたい?」
子ども「・・・・・・・・・・やめとく

うーむ、暗い。暗いよなあ。コントとしては笑えるけども。

やっぱ、食肉偽造はいかんぜよ。

そういえば、コンビニ弁当の表示とかでも「牛肉等」とか書かれていると、「『等』ってなんやねん!」って思うもん。コンビニ弁当にはお世話になりっぱなしの自分には、これ、深刻な問題ですよ。

「牛肉5%、豚肉70%、鶏肉15%、兎肉5%、ミミズ5%」というふうに表示しろよな。

「人工着色料は使用していません」って書いてあるのも、こういう会社にかかれば何とでも。「人工着色料を使用するかわりに、牛の血を混ぜて赤黒くしています」ってことが可能やからね、ミートホープが見本を示してくれたように。確かに人工着色料ではないわな。

各社の報道も、最初は「コロッケなど」としか報道していなかったが、段々と具体的になってきたね。とうとう、子どもに人気の獣玉まで調査だってさ。

ブラックジョークすら現実になるこの世紀末。

けもの、けもの、けもの〜♪ けものーをー たべーるとー♪
あたま、あたま、あたま〜♪ あたまーがー けものだまー♪

 

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Posted by 奥田健次 社会 |

2007.06.21

「潰れるべき国立大学法人は潰れろ」のスタンスで国際競争力が高まるか!?

まあ、この記事が出る前にすでに聞いていたけどね。国立大学法人の運営費交付金が「兵庫教育大学、9割減」という、財務省の馬鹿げた試算のこと。

そこの奥さん、子どもや孫の将来のために、ゆっくり続きを読んでみて。

産経新聞の記事。

国立大「競争」に反発 地域貢献や基礎研究考慮を

 国立大学に配分する運営費に競争原理を導入しようという議論が政府内で高まっている。国の財政状況が厳しいなかでも、日本の国際競争力を高めるためには、先進的な研究や独自性のある教育に強い大学には手厚く資金を配分しよう、というものだ。これに対し、国立大学側は地方を中心に、教育や地道な基礎研究、地域社会への貢献も考慮すべきだ、と反発している。

 ≪努力を数値化≫

 「こんなことをすれば、15か16の大学しか生き残れなくなる」。ある国立大学関係者は、財務省の行った試算結果に声を荒らげる。

 試算は独創的・先駆的な研究を支援するための科学研究費補助金(科研費)の配分実績に応じて、大学の基本的な収入である運営費交付金を配分し直したもの。

 運営費交付金は学生数などに応じて決められるが、科学研究費補助金を得られるかどうかは、先端的な研究かどうかなど内容がカギとなる。科学研究費補助金の配分実績で交付金を計算し直した試算では、東大、京大など13大学は運営費交付金が増加する一方で、兵庫教育大、愛知教育大など74大学は減少。東大は2倍強となり、兵庫教育大は9割減った。

 財務省は「実際に適用することはあり得ないが、各大学がどれだけ努力しているかをみることはできる」と試算意図の説明に言葉を濁す。

 ≪国際競争力強化≫

 経済財政諮問会議、総合科学技術会議、イノベーション25会議、規制改革会議…。こうした政府の会議がこぞって大学改革を取り上げ、濃淡はあるものの、資金配分に競争原理を取り入れる必要性を指摘している。

 米国などで研究資金獲得のための競争が大学を活性化させ、技術革新を支えていることを見習おうという考え方だ。

 ≪教育の質低下≫

 これに対して、国立大学側の反発は強い。「競争を重視しすぎると教育の質が保てなくなる。評価されにくいが、将来の競争力向上に欠かせない基礎研究の芽を摘むことにもなりかねない」(国立大学協会)と訴える。

 各大学は、独立行政法人に移行した平成16年に、経営効率化や教育、研究の高度化などの中期目標を設定し、年度ごとの計画を策定し実行中だ。その成果を21年に文部科学省が評価する。大学側は「結果が出る前に、新たな競争原理を取り入れるのはおかしい」(同)と反発する。

 文科省が外部のシンクタンクに委託して行った試算でも、地方の中規模大学は地元に406億〜667億円の経済効果をもたらしているとされ、「性急な改革による再編などは、教育や人材育成だけでなく、地域社会にも大きな打撃を与えかねない」と反論している。

(2007/06/18 15:13)

でも大丈夫。

我々には伊吹文明さんがいるじゃないか。約1か月前に、伊吹大臣が会見で直々に「そうしない」と言明して下さってるからね。今や、閣僚内はもとより野党からも一目置かれている伊吹さん。伊吹さんが言っていることが正しいわけ。

基礎あっての応用。こんな当然のことが理解できない人は、頭の中がオカルトなんよね。

ある教授がエエ事、言うてはりましたよ。

病院のスタッフに対して経営者が『経営効率化』を言い始めたら、その病院は危ない。同じように、教育者や研究者に対して経営者が『経営効率化』なんて話を持ち出すのは危ない。経営者はたとえ財政が苦しくても、スタッフに対して「しっかり最高の教育を続けてください」と言い続けるべきである

本当にその通りだ。ゼニカネの心配は経営サイドがやるべきこと。

自分に言わせれば、病院も教育機関も両方とも経営効率化なんて議論が出始めたのは、小泉暗黒時代である。今では、右も左も「経営効率化を考慮するのは当たり前、もしくは致し方ない」と思い込んでいるのではないか? 上記のある教授の言葉を思い出して欲しい。

冷静に考えてみて。教育や医療に経営の効率化なんて持ち出すことは、とんでもないことでしょ。「小児科は採算が合わないから減らします」、「教員養成系で地域貢献している大学も勝手に潰れてください」と言っているようなもんです。

国立の子ども病院では、100円売り上げるために200円の経費がかかっています。つまり、子どもが来れば来るほど赤字になる。子どもに医療行為をすればするほど赤字になる。じゃあ、子どもになるべく来させないようにするのか? 人件費削減するためにスタッフを減らすのか?

恥ずかしくないか? 日本の教育予算は先進諸国で最低レベルなんですよ。にもかかわらず、この上さらに予算削減しようとしているんです、 現在の自公政権は。こんなことをやっていて、国際競争力だとか馬鹿なことを言うんじゃない。そういう「国際競争力を高める」と喧伝している連中は、年収2,500万円以上の富裕層の子女がさらに国際舞台でも活躍できるようにしたいだけなんやから。

うちのブログでも、ずっとずっと言い続けてきた(断ブログ中はゴメンネ)ことだが、小泉媚米政権が「構造改革」「新自由主義経済」「小さな政府」「民間で出来ることは民間に任せる」「市場原理主義」「規制緩和」などなど、やることなすことすべてが史上最低最悪の売国政策だったわけ。世界史上にも残るであろう、経済大国の奴隷化政策。

小泉カイカク革命以降、どれほど多くの学校や病院が廃業したことか。今なお、減りつつあるのを止められない。開き直りがお得意な小泉前首相は、「サラリーマンも苦しい。主婦も苦しい。病院や学校だけが苦しまないようになんて通るもんかねえ」などと嘯く姿が目に浮かぶ。

滑稽なことに、サラリーマンや主婦がこれに対して「そうだ、そうだ」と言っているのも目に浮かぶ。こういう、小泉まやかしフレーズに騙されて、結局は国民は自分で自分の首を絞めていることに気がつかない。

苦しんだ病院、学校はどうすると思う? 医療の質も下がるし、教育の質も下がるに決まっているでしょ。質が下がるに決まっているのに、小泉マンセー軍団は「下がらないよう努力すればよい」「下がらないための手立ては打ってある」とか言うわけ。こいつら、アホか。

実際に、採算を重視するようになってから、医療・福祉でどれほど患者や利用者が不利益を被っているか。教育現場では子どもらがどれほど犠牲になっているか。これからも、たくさん出てくるって。「あってはならない」と言われるような事件がね。病院や福祉法人の詐欺、学校から英会話教室で起こる詐欺。食品や生活の安全関係の詐欺、偽装。減るわけがない! どんどん増えますよ!

「医療と教育だけは、採算を度外視する」と言う政治家はいないのか? どいつもこいつも「無駄を無くす」しか言わないんじゃない? 「無駄を無くす」と言った方が主婦にウケが良いからでしょう。主婦のみなさんも、しっかりして下さいよ。「医療、教育には金をかけろ」「文科省にもっと予算を」「小学校から高等学校までの予算を削るな」と言い続けて下さい。

大きな安心感は、我々には伊吹大臣がいるということ。財務省も、前任の『居酒屋の酔っぱらい大臣』なら簡単に御せたけれども、伊吹大臣の前では教育費削減のトーンが明らかに下がっている。つまり、財務省の中にも伊吹大臣の言っていることのほうがもっともだと分かっている人たちもいるってこと。ただちょっと小賢しいよな。こんな数値を公表して、国民の反応を確かめているよね。

それにしても、新聞やテレビなどのメディアが、大いに国民を洗脳し続けているのが問題だ。新聞やテレビの資本を握っているのはだれ? 取引先の外資。スポンサー。アメリカ色に染まるための宣伝をやり続けているとしか言いようがない。亀井静香さんらを悪代官に仕立て上げるようなネガティブキャンペーンをやっていたやんか(確かに亀井さんのキャラは見た目では悪代官にピッタリではあるけれども)。

本質的な議論なんか全然されていなかった。

経済コラムマガジンのこの記事を、じっくり読んでみて下さい。小泉政権のデマっぷりがよく分かる。

他にお薦めの本は最後にリンクを貼っておく。各分野で「小泉カイカク」がどれほど我が国の文化や社会を破壊したかご覧頂きたい。

 

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関連記事:
伊吹大臣への応援歌2
      ほか多数。

Posted by 奥田健次 教育, 経済・政治・国際 |

『りょうま』がペット・オブ・ザ・デイに選ばれました!

事務局です。大変、ご無沙汰しております。奥田先生の断ブログ中、事務局の私もちょっと私生活でバタバタしていました。まだバタバタしていますけれどもε≡(´。`)

それはさておき、なんと先生の相棒の『りょうま』が、ブログペットの「今日のペット」に選ばれました(^o^)

しかも、なんと・・・・。

Ryouma0706 『りょうま』は今日を、研究の日と名付けました!

さすが飼い主に似てといいますか、先生にピッタリの記念日です。記念に画像を残しておきましょうね。「サンディエゴ・・・」とかつぶやいてるよ(^_^)

「ピストルの日」とか、「実弾の日」でなくてよかったぁ(^_^;)

「ハゲタカの日」とか、「バイオレンス」とかでなくてよかった、よかった(>_<)

今日の0時から、びっくりするほどペタペタが増えています。ペタペタ、ありがとうございます。これを期に、今後ともどうぞ遊びにお越し下さいませ<(_ _)>

読者のみなさま、どうぞ『りょうま』の晴れ姿をご覧下さいね。

右側に見える『りょうま』の左下にあるホームアイコンをクリックして下さい。もしくは、こちらからどうぞ。

by『奥田健次の教育改革ぶろぐろ部 事務局』

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Posted by 事務局 お知らせ |

2007.06.20

たまには仕事のことを(研究室の惨状はオマケ)

先日のこと。3歳の頃から関わっている自閉症の男の子のセラピー。開始当初、簡単な言葉を絵カードを利用してオウム返しさせながら教えていたような子どもさんでした。

もうすぐ2年近くになりますが、ABA(応用行動分析)やら行動療法を駆使して、驚くべき進歩で成長を遂げています。

ドアを開けて来たときから、笑顔いっぱいでした。

ご挨拶をするなり、「せんせいと一緒に遊ぶよ〜、今日は」なんて言います。のっけから自然な会話にちょっと感激。

自分も率直に「うわあ、Aちゃんは、いっぱいお話しが出来るようになったねえ」と言いますと、「うん!」とこれまた見事に自然な受け答え。

「お話し出来るようになって楽しい?」と聞いてみたら、「うん、楽しいよ!」とこれまた自然な会話になってます。感激して涙が出そうになりました。

セラピストとしては「自分が教えた言葉を使ってくれている」という、ちょっと独りよがりかもしれない満足感や達成感が、実はこの仕事を続けるにあたって、お金や名誉よりも効き目のあるファクターになっているのです。

数年前、教えた子どもが大きくなって手紙を書いてくれたときも感動しました。言葉もゼロから教えましたし、文字を書くのも指をマジックのインクだらけにしながら繰り返し教えました。教えた自分の癖が出ている文字なんですね。

ただし、こういう心境になるまでにはそれは血の滲むような修行の連続あってのことです。もちろん、まだまだ修行中。誰にも負けない修行を死ぬまで続けます。「こうすれば、もっとよかった」「こんなことは、しないほうがよかった」など、いろいろな失敗や反省もたくさんあります。だからずっと修行なのです。

しかし、こんなことだけ言っていると本当に独りよがりな感じがします。

ここには当然、親御さんの支えがあるわけです。といいますか、これが本当は一番大きなファクターなのですね。自分はほとんどの場合、親御さんのやってきた方法、場合によっては考え方まで否定することは多々ありますし、ほとんどすべての親御さんに修正を求めています。自分のやっているセラピーは、外科手術のようなものです。毒にも薬にもなります。当然ながら、親御さんには自分と同じように外科手術ができるわけありません。

このAくんの親御さんも、自分の言うことを最初から最後まで信じてやってくれました(最初は自分の見た目の学生っぽさのために、信じてくれていたかどうかは怪しいですが)。自分が「これは家でもやるべき」「これは絶対にやらないで」など、かなり具体的な処方箋を出すわけですが、基本的に言うとおりにやってくれます。言うとおりにやってくれると、当然ながらうまくいきます。ちょっと違うやり方をやったら、うまくいかないわけです。これを親御さんも何度か経験されると、当然ですが自然に信用してくれるわけです。

最初から信用してくれていたわけですから、それは当然、驚くほどに改善するわけです。

だから、本当のところは「独りよがり」なんてあるわけがなく、自ずと親御さんの支えを必要としている仕事ですから、自分の達成感や満足感の中には「親御さんの理解と協力」が含まれているわけです。したがって、共に喜ぶことができるのです。

問題を乗り越える度に、常に「一緒に乗り越えた」という感覚が得られます。決して、「俺のお蔭だ!」などと思うことはありません。親御さんの協力を前提としている以上、そういう心境になることはありえないのです。

外科手術に似ているところもあり、違うところもある。そういったところでしょうか。いずれにしても、子どもらの(そして親御さんの)成長に関わって成果を出すことが、自分には麻薬のようなものといえるでしょう。体を壊しても、やめられないわけです。

少し編集してアップしていただいた親御さんの気持ちについては、興味のある方は奥田研究室ホームページの「相談活動」をご覧下さい(保護者の声1保護者の声2)。

さて、前のエントリーの内容が不明というご意見をいただきました。面白おかしく書いていますが、書いていることは作り話ではありません。内容について説明するつもりはありませんが、「研究室が意外に綺麗ですね」「整然としていますね」という実態と異なるコメントやメールをいただきましたので、実態を少しお見せしましょう(画像をクリックすれば拡大されます)。

200706201544000_1 まず、入り口のドアから眺めた光景。テーブルの上には物を書く隙間もないほど、書類や書籍を平積みしています。左手に見えますのは、高さ240cmのヤシの木でございます。さらに、ヤシの木の手前にはデッキチェアとパラソルがあります。つまり、研究室の中が限りなく南国っぽいグリーン。すべて自腹で買いました。

そうそう、このパラソルにはエピソードもあります。ある日、大学の事務員さんが自分への用事のために、初めて奥田研究室を訪問したときのことです。自分が書類に押印するのを忘れていたため、それを持ってきてくれたわけです。ドアを開けるなり「奥田先生、書類に印鑑を…。うわあ、センセ、お部屋の中にパラソルですかぁ?」と驚かれたので、自分は真顔で「すみません、自分、紫外線に弱いもんですから」と答えました。この事務員さんは真面目に「それは大変ですねえ……、では書類に印鑑を」というリアクション。ノー・ツッコミ。こういうのを『ボケ殺し』と言ったりします。この生真面目な事務員さんのお蔭で、自分は「紫外線に弱い男」と認識されてしまったわけです。そこは最低でも「なんでやねん!」とか「南米か!」などと言って欲しかった。

200706201542000 2枚目。昨日の写真の背景をもう少し後ろから撮影。左手にはヤシやら南国グリーンがやっぱり見えます。本棚は天井まであります。右側の壁一面が本棚。その向かいの壁一面の保管庫も本棚になっとります。

図書館で専門書を借りるのが嫌な自分は、もっぱら自腹で購入しています。最近は新しく購入した本を置くスペースがなくなりつつあります。北方領土をなんとしても返していただかねばなりません。外資に皇居周辺の土地を買収されるのもまっぴら御免です。

200706201541000_1 3枚目。デスクの右側の光景。東海大地震が来たわけではありません。ファイルとかの整理がテキトーになると、震度5のような惨状になるんです。なるんですって!

よく、「秘書が必要ですね」と言われます。気の利く大学院生が「テーブルの上だけでも片付けましょうか?」と申し出てくれるのですが、慎んでお断りしています。なぜなら、散らかったあのようなテーブルの上ですら、どの辺りにどの書類が埋まっているのか、これでも一応把握しているつもり。勝手に動かされては、自分の認知地図が狂ってしまう。だから「あああっ! 勝手に動かさんとって!(しかも山が崩れるし!)」というわけなのです。一人で大袈裟に「地殻変動がぁぁぁ!!」と慌てているわけです。どの地層のあたりに何が埋もれているのか。いかにうまく発掘するか。山を崩してはいけません、そうっと、そうっと。こうした考古学者か地質学者のような会話を、奥田研究室では楽しむことができるわけです。ま、自分が一人楽しんでいるだけで、学生らは絶句している様子ではあります。

秘書に整理整頓をすべてお任せできるほど、こだわりの気持ちが解放されると良いのですが。まだまだそういう気持ちになれない自分です。

いやあ、すっきり。きちんと整理整頓が出来ていると勘違いされるのは、ちょっと窮屈だったものですから、messyなところをお見せした次第です(「記事にするんだったら片付けろ!」とお叱りの声も聞こえてきそうですが)。今年もまた喘息が出始めた自分にとって、埃っぽいのが玉に瑕。

おしまい。

 

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Posted by 奥田健次 特別支援教育, 脱力系 |

奥田研究室に実弾入り封筒か!?

研究室に届いた謎の宅配便。なんか金属の塊が入ってるようだ。

地獄狗に迫った国民新党の糸川さんじゃないんやから、なんじゃいと思ってチェックしてみると。

そーいえば、「とある方からとあるルートを通して贈呈したいものがあるんで」ってな話を今年の春に聞いていたのを思い出したよ。

なんでも麻生太郎さんに縁のある憂国の志士からの贈り物らしく、「どうしてもセンセに受けとって欲しいんです」とのこと。

まあ、自分としては個人とも所属とも取り引きしている相手でもないし、リーズナブルなものは受けとっても差し支えないことになっているので「そこまで仰るなら頂戴しましょうか」と。

麻生外務大臣も使っているという「いわく付きのお品」が到着したわけです。

麻生さんといえば『ゴルゴ13かな?

ん? 金のボールペン。ナニコレ?

0706191 カルティエ?

んー。聞いたことはあるけど、趣味じゃねえな、やっぱり。悪いけどさ。ボールペンは「ぺんてる」とか「ゼブラ」とかに限るよ。ペン回しもしやすいし。

春休みにも言ったけどさあ、受けとるのは良いけどどうすればええの? 送ってくれた人にね、「この怪しい封筒と一緒に『幸福の手紙』を入れて他の人にお渡ししてもええの?」って聞いたら、「そのほうがネタになるからヨロシクお願いしまーす」なんて喜ばれてしまった。変わったお人だ(苦笑)。

ついでに、「質屋に売ったって1,000円にもなりませんよ」とのこと。そんな暇無いっての。ったく。

金のボールペンか。何に使おう。

 

あ、学芸会だ!

「お前の落としたボールペンは、この金のカルティエですか?」
「ちがいます」
「では、お前の落としたボールペンは、この銀のドルガバですか?」
「ちがいます」
「それでは、このゼブラの100円ですか?」
「そうです」
「正直者よ! では3本ともお前にあげよう」

これをやるときの小道具に使えるぞ!

わーいわーい、わーい。。。(悲)

以上、外務大臣が持つようなペンの似合わない男でした。

 

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0706192_1 んー。この封筒は困ったな。裏にどえらい人の住所がそのままやん。写メの画像は塗りつぶしておいてあげよう。どうしたもんかね。オトモダチの記者さんに献上しようかしらん。

ところで、自分の研究室ってこうやって写真を撮ると結構、整理整頓できているように見えるね。実際は書類やファイルの山なのに。足の踏み場もないのに。

奥田研究室の惨状は、

こちら。
こちら。
こちら。

これらから1年。今はもっとひどいよ。

Posted by 奥田健次 脱力系 |

2007.06.19

ドメスティックバイオレンス(DV)について

今日は午前中の講義のトピックで、ドメスティックバイオレンス(以下、DV)について資料を見せつつ学生向けの話題を提供した。

自分のところは発達障害についての教育相談が専門なのに、ここ数年でDVの問題を抱えながら来所する親御さんが増えている。そんな状況では子どもへの治療どころではなくなるので、まずは夫婦の問題について解消するよう他の相談機関を紹介することにしている。

以下、講義の内容を一部紹介。

日本社会では「夫婦喧嘩は犬も食わない」と言われていて、近親者間の暴力に警察が介入するのは消極的だった。

こういうところは、日本のテレビドラマや映画にも反映されている。思い出されるシーンとしては、女性が「私はもう、死んだ方がいいんでしょ! そうよ、私なんて必要ないんだわ! いいわよ、もう!」なんて興奮すると、目に余った男性が平手打ち。女性は「痛い、何するのよ!」などと怒るが、仕舞いには女性のほうが「ごめんなさい!」とか言って涙ながらに抱きつくシーン。

これが、アメリカのホームドラマだと笑える結末になる。男性が平手打ちするところまでは同じ。ところが、平手打ちされた女性の次のセリフが違う。「痛い、何するのよ! 精神病院で治療を受けてよ!」である。そして、本当にそのドラマは翌週から平手打ちした男性が、裁判を受けたり精神病院で集団療法を受ける展開になっていく。これ、本当の話。

まあ、これほど「近親者間の暴力」については文化差があるわけ。

でも、日本でもご存じの通り「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(DV防止法、配偶者暴力防止法)」が平成13年10月に施行され、さらに「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律の一部を改正する法律」が、平成16年12月に施行された。文化差はあるにしても、日本でもDV被害を許さないという考え方が定着してきた。

よく知られているのは、アメリカの心理学者ウォーカーの示したDVのサイクル。画像をクリックすれば拡大されます。

Dvcycle_2 「暴力の爆発期」・・・加害者は怒りのコントロールができなくなり、激しい暴力を振るってしまう。一方、被害者は緊張・恐怖・無力感を感じ、相手を受け入れてしまう。

「ハネムーン期」・・・加害者は「二度と暴力は振るわない」と誓い、実際に優しくなる。加害者が土下座したり泣いたりしながら、またプレゼントしてくれたりするので、被害者は今度こそ相手は変わるのではと期待する。

「暴力の蓄積期」・・・加害者の緊張が徐々に高まってくる。イライラしたりピリピリした雰囲気が現れ始め、被害者もそれを感じ取って緊張する。

ケースによっては、この「ハネムーン期」を経ずに「暴力の爆発」と「暴力の蓄積」を繰り返すこともある。

自分の経験では、DVについてはなるべく関わりたくない。お金を積まれてもお断りしたい。被害者は弁護士に相談するべきで、加害者は精神病院に通院するべきだと思う。

DV被害者への支援は、とても疲れるものだ。助けて欲しいと相談を持ちかけながら、こちらが救いの手を差しのばすと、「やっぱり○○○○のことを考えると○○○○○だから、もう少し様子を見たい」というパターンの多いこと。1年くらい相談に乗っても、自分と我が子を守るために弁護士に相談する決断をするまで何年もかかる場合が多い。

自分がDVを専門に仕事しているなら請け負うだろうが、この数年の時間に犠牲になるのは子どもらである。それを見るのが忍びない。いくら「放置していたら子どもにとって良くないですよ」と助言したところで、被害者はそれが分かっていてもすぐに行動に移せないことが多い。子どものこと、経済的な問題、実家の親の性格など、被害者を悩ませる事柄がいろいろあるのだ。

それほどDVというものは、被害者の気力・エネルギーを奪うものだといえる。

ちなみに、DVは身体的暴力に限らず、性的暴力、心理的暴力、言葉の暴力、経済的暴力、社会的隔離なども含まれる。

最近は、女性から男性への暴力も増えている。リビングにいる旦那にキャベツを投げるとか(結構、痛いと思う)、ビールを頭からぶっかけるとか(結構、冷たいと思う)、職場に電話して中傷するとか(結構、恥ずかしいと思う)、そういった話も聞く。自分は躊躇せず「そりゃアナタ、病気ですぜ」とキッパリと忠告して、精神科の受診を真剣に勧めている。

夫婦間において「イライラ感情に基づく暴力」を1発でも与えてしまったら、加害者は精神科へ通うこと。反省だけでは治りません。

ただし、漫才師がやるツッコミは「関係性」と「場の空気」という文脈で判断されるため、それが出来る夫婦は仲良しである。一方的な暴力による支配関係がDVなのであり、放置しているのは良くないことだ。

07619_2 講義が終わってから、学生らがメモを見せてくれた。板書だけでなく、奥田流の説明をマンガにしてるよ(笑)。すごい。本人に了承を得たので、画像アップ。ホームドラマの日米文化差の話が混じっていて微妙にニュアンスが違うけれども、そういう講義の受け方もあるんやと感心。画像をクリックすると拡大されます。

他にも、自分が「子煩悩パパ」のモノマネをしたら、それもマンガにしてたけど、ここでは割愛。どうも自分のモノマネは「あるある」ってな共感を呼ぶようで、リアル過ぎるみたい(苦笑)。ま、それだけリアルで子どもや親と接しているからとも言う。

 

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Posted by 奥田健次 社会 |

2007.06.13

小学校 学級づくりの救急箱

断ブログ中だったためにお知らせできませんでしたが、分担執筆した教科書が4月に出版されました。

その名も、『小学校 学級づくりの救急箱 カウンセリングの視点を生かした学級づくり』(東洋館出版社)です。

Okuda2007_1_1 タイトルのとおり、読みやすい一冊です。いや、読みやすいというより「使える一冊」といったほうがよいかもしれません。本書は、読みやすさはもちろん、本当の救急箱のように、いつも手元にあってみんなが使えるようなものを目指したものなのです。

教室でよくある具体的な事例が、分かりやすく豊富なワークシートやイラスト付きで紹介されています。ちなみに自分は、「人前で話せない子どもには?」「成績不振の子どもには?」「カウンセラーや養護教諭等との連携はどうすればいい?」を執筆しました。

出版社の内容紹介を一部引用します。

http://www.toyokan.co.jp/eigyoubu/eigyoubu.htm
小学校 学級づくりの救急箱 カウンセリングの視点を生かした学級づくり

<問題を抱えてしまった子どもへの「最初の一手」を!>

 本書ではクラス内で起こりうる典型的な子ども達の状況を30事例挙げ、下記の四項目を柱とし、その具体策を2、3ページにまとめています。

1.子どもの様子は?
2.どう理解する?
3.指導・支援のポイントは?
4.誰とどう連携する?

 教師、保護者、同僚や管理職、専門家などとの連携も重要視しており、よりよい相互関係づくりについても提案しています。イラストやワークシートなどで分かりやすく、すぐにでも使える1冊となっております。

 4月になると、新しい学年、新しいクラス、その中で新たな人間関係が築かれます。これからの学校生活の中で何か問題が起きたとき、この書籍は解決策のヒントになってくれるでしょう。

ちょっとしたことでも、指導の方向性や支援の手立てが必要だなと感じた際に、本書が手元にあるとヒントを与えてくれるのではないかと期待しています。

小中学校の教員、養護教諭、カウンセラーはもちろん、幼稚園や保育所などの先生方、保護者の方々にも役立つのではないでしょうか。

 

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Posted by 奥田健次 お知らせ, 教育 |

2007.06.10

どろんこハリー

ハリーシリーズ。このブログで以前、『うみべのハリー』を紹介したことがあるが、その前作にあたる絵本。

これ、図書館で何度も何度も借りたなあ。家に持って帰ると「また、同じの借りてきたの?」と言われるほど好きだった。これが一番借りた回数の多い絵本かも。

Doronko_1 『どろんこハリー』

本当にかわいい。「犬はよろこび庭かけまわり」が基本なので、その通りの犬の日常をモチーフにしている。「お風呂が嫌い」というのもそう。うちのハッピーもそうだったなあ(涙)。

そのお風呂嫌いから始まるストーリー。ブラシを隠して逃げちゃうわけ。

外で遊んでいるうちに、どろんこになってしまう。お家に帰っても、誰にもハリーだと分かってもらえない。必死で得意技を披露して自分だと家族にアピールするんだけど、その姿がなんとも愛らしい。うちのハッピーも必死になると自分の得意技を披露してアピールしまくっていたなあ(涙)。

この子がハリーと知っている読者の子どもは、「ほら、ハリーって気付いてあげてよ」って感じで、子ども心が揺さぶられます。

最後のページが一番のお気に入り。これ以上ないというような安心感。ああいう表情を見せるよね、犬たちは。犬とは心が通じ合う気がするよね。

やることがそっくりなのでハッピーのことを思い出して辛くなりますが、「どろんこハリー」も心に残る財産です。

 

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Posted by 奥田健次 イチ押し☆の絵本 |

2007.06.09

女性の喫煙と子どもへの影響

喫煙は病気。本来、生物学的に必要なものではないものなので、やめましょう。というか、やめられないから病気であるわけで。

「自分の体は自分のもの」ではないのです。自分の自由にしてよいものでは決してありません。子どもを煙草から守る会代表の自分としては、これを爺さんになっても言い続けるぜよ。すでに爺さんのように、今日も大学で学生らに注意。「うるせーなぁ」と思われているのかも知れないが、爺さんの背中にはそんな声は聞こえません(笑)。

断ブログ中に見つけた記事。自分の仕事上、お世話になっている医師による調査結果だ。

ADHD発症児の母、喫煙率一般の2倍
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070420i507.htm

 落ち着きがないなどの症状が表れるADHD(注意欠陥・多動性障害)の子どもの場合、母親の喫煙率が同年代の女性の2倍程度高いことが、大阪府の小児科医の調査でわかった。
 母親の喫煙とADHD発症との関係を示す研究は、これまで海外ではあるが、日本では初めてという。
 ADHDは、生まれつきの脳の機能異常による発達障害とされ、集中力がない、衝動的な行動をするなどが特徴。治療経験の豊富な大阪府寝屋川市の小児科医院の安原昭博院長が、小児患者の母親167人に喫煙歴などをアンケートした。
 その結果、喫煙経験は47%にあり、妊娠時にも35%が喫煙していた。特に出産時の年齢が20〜24歳の母親では、喫煙率が88%にのぼった。
 一般の出生児を対象にした厚生労働省調査では、母親の喫煙率は17%、うち20〜24歳は35%で、ADHD児の母親は2倍程度高い。安原院長は「ADHDには遺伝的要因もあるが、母親の喫煙も関係があると考えられる。妊娠が分かってから禁煙したのでは遅い可能性がある」と話す。京都市で21日開かれる子どもの防煙研究会で発表する。
(2007年4月20日14時44分  読売新聞)

自分の経験上も、上記の調査結果についてまったく同意できる。自分のところに来る発達障害のある子どもたちの母親に、なんと喫煙者の多いことか。ADHDに限らず、LD、アスペルガー、高機能自閉症などの子どもさんの親も同様と感じる(すでに喫煙者の親御さんは、どうか気を悪くされないで下さい。非難しているわけではないのです)。

これまでは自分の経験則だけだったが、こうして医療現場からの調査結果が出てくると確信も強まるものだ。今後、日本女性の喫煙率を下げるためのキャンペーンにも拍車がかかる。

もちろん、因果関係が証明されたわけではない。つまり、一度もタバコを吸ったことがなくてもADHDの子どもが生まれることもある(遺伝的要因)。逆に、喫煙者でも、ADHDの子どもが生まれてこないこともある。しかし、本来は生物に不要な物質(ニコチン)であり、なおかつ一定のリスクがあるのは確かなのだから、そんなものに手を出すのはやめましょう。やめたければ、やめる方法があるよ。下の教科書をどうぞ。それに保険診療になったので、禁煙外来に気軽に相談してみて。

女性をターゲットにした宣伝に騙されているだけなんだから。細く長い指先の煙草を涼しげに弄ぶ知的な白い女性モデルの映像。それ、すべてタバコ産業の戦略なの。企業の仕掛ける罠にかかっちゃいけません。

個人的な意見を言わせてもらえれば、ニコチンに依存しない女性は美しく知的だと思います。

以上、嫌煙爺さんの願いでした。

 

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関連記事:
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喫煙は病気

Posted by 奥田健次 健康・美容 |

2007.06.07

「ライブ手術」のインフォームド・コンセントは?

医師研修の目的で、実演手術が行われること自体、通常のことである。

ただ、今回のことはよく分からない。というか、意味のない報道なので何とも言い難い。

まずは、読売新聞。

愛知の病院、実演手術の患者2日後に死亡…昨年9月
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20070606ik02.htm

 愛知県豊橋市の循環器系疾患の専門病院「豊橋ハートセンター」で昨年9月、医師の研修を目的としたテレビ中継の実演手術をしている最中に、患者の容体が急変し、2日後に死亡していたことが5日わかった。
 日本心臓血管外科学会は調査委員会を設け、中継手術の運用指針案の作成を進めている。
 病院によると、昨年9月23日、愛知県内の男性患者(63)が、心臓に近い血管にこぶができる胸腹部大動脈瘤(りゅう)の手術を受けた様子が、神戸市内の会場に集まった医師らにテレビ中継された。しかし、手術の最中にこぶが破裂し、中継をやめて処置が行われたが、男性は2日後に死亡した。
 調査委員会では会場から執刀医に質問ができる形式だったことなどから、報告書で〈1〉見学の医師から質問が出たことで、執刀医の集中力を損なった可能性がある〈2〉ショー的な要素があったことが否定できない〈3〉運用指針作成の必要性——などを指摘。調査委員長の八木原俊克・国立循環器病センター副院長は、「技術や知識の普及は大切だが、ストレスのかかる難度の高い手術が中継に適しているかどうかを判断する基準などについて、慎重に考える必要がある」としている。
 これに対し豊橋ハートセンターの大川育秀・副院長は、「心臓血管外科の第一人者といわれる医師が執刀しており、実演手術との因果関係はないと信じている。手術の危険性については事前に患者に説明して納得してもらっていた。あくまで医師の研修を目的とした実演手術で、ショー的要素はない」と話している。
(2007年6月6日  読売新聞)

これじゃ、よく分からない。調査委員会は「質問応答しながらの実演手術の危険性」を示唆しているのに、病院側は「手術の危険性」について答えている。まったく噛み合っていない。自分が新聞記者なら、「そうじゃなくって、患者に実演手術に伴う危険性は説明していたのか?」と質問する。だから、この記事では何も分からない。

それに対し、朝日新聞の記事はもう少し詳しい。

「ライブ手術」で患者が死亡 愛知で昨年9月
http://www.asahi.com/national/update/0605/TKY200706050215.html
2007年06月05日15時23分

 医師の研修を目的としたライブ(実演)手術で昨年9月、患者の死亡する事故があったことがわかった。関連する日本心臓血管外科学会(高本真一理事長)は調査委員会(委員長=八木原俊克・国立循環器病センター副院長)を設け、残された映像などの調査を実施した。同学会は委員会の報告をもとに、ライブ手術の指針を作る予定だ。
 事故が起きたのは愛知県内の病院。心臓から出た太い血管にこぶのある胸腹部大動脈瘤(りゅう)患者について、他病院の心臓血管専門医がこぶの破裂を防ぐための手術を執刀する様子が、兵庫県内の別会場の医師らにライブ中継された。
 ところが、その最中にこぶが破裂。中継をやめて緊急処置が施されたが患者は2日後に亡くなった。ライブ手術を主催した研究会の世話人から学会に調査依頼があり、委員会が発足した。
 病院がカルテ提出などを断ったため、調査委は映像など限られた資料から判断した。その結果、中継を見ていた医師たちから手術法への異論が出て、執刀医は反論しながら手術していたことがわかった。また、全国平均で死亡率19%の手術なのに、執刀医とは別の医師が「5%」と患者に説明していた。
 調査委は、死亡率の高い疾患を選んだことなど企画・運営に「ショー的な要素」が否定できず、手術中にライブ会場から自由に質問・議論できる形式は、執刀医の集中力を損なった可能性が否定できないとした。また死亡率などの説明に関するインフォームド・コンセント(十分な説明と同意)には「問題がある」とし、患者の安全確保対策や、指針の必要性を提言している。
 病院側は朝日新聞に「難手術だからライブの意義がある。プロだから、見られていても実力は出せる。医療ミスではなく起こりうる合併症と考えており、ご遺族には納得していただいた。委員会の調査については、何百万円かの調査費を負担するよう求められたので断った」と答えた。

この記事で、死亡率の高さを実際よりも低く患者に説明したとある。こうした場合、病院側は「この手術を患者にどうしても受けてもらいたい理由があった」と指摘されても仕方なかろう。

しかし、この記事でさえ、インフォームド・コンセントの問題が「手術自体の死亡率」について指摘されているのみで、「(質疑応答しながらの)実演手術の危険性」についてはどうだったのか確認されていない。もちろん、まさか実演手術をすることを患者に言わなかったなどということはありえないだろう。

そういうことから、今回の報道を素朴に理解するとすれば、調査委員会の報告書通りの理解の仕方でよいのかもしれない。ただし、頭ごなしに「実演手術は危ないから駄目だ」というような方向に持って行かないほうがよい。医学というか、医術の進歩のためには必要なことであるからだ。

ただ、一つだけ言わせてもらえば、病院側あるいは医師に傲慢な気持ちがあったのではないか。病院側は、患者が亡くなった今でさえ「プロだから見られていても実力が出せる」などとコメントしている。それでは、そうコメントした方の子どもや孫が同じような難手術を必要としたとき、同じように「質疑応答を同時並行するライブ手術」に協力するのか、と聞きたくなる。

正直な医者ならば、外科医が肉親の盲腸すら切れない、歯科医が肉親の抜歯すら出来ないことを告白する。自分はこれをもっともなことだと共感できる。

普段、自分も親御さんの前で「絶対に治してあげるよ」と断言してあげるような場合も多々あるが、しかし今でもその当日前の晩からの緊張感と静粛なる気持ちに変化はない。つまり、自分の仕事をなめるようなことはしたことがない。

こうした姿勢は、シアトルマリナーズのイチロー選手も同じだと思う。バッターボックスに立つときに、集中力を最大化させているに決まっている。あれだけ結果を残している偉大なプロでも、1打席ごと1球ごとに全神経を研ぎ澄まして臨んでいるはずだ。だから、試合のない日に彼がどんな軽いことを言ったとしても、それと打席での姿勢はまったく異なるものと考えなければならない。

「プロだから見られていても実力が出せる」、「プロだからお話ししながらでも実力が出せる」、「プロだから」、「プロだから」という言葉からは、微塵もプロフェッショナリズムを感じない。

 

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Posted by 奥田健次 社会 |

2007.06.04

トルネード・チューブ

国際学会で参加した初日のシンポジウム。ここでアメリカのセラピストらが使っていた『トルネード・チューブ』。そのとき書いたエントリーで、この玩具が気になると言ってたんやけどね。

トルネード・チューブってのは、ボタンを押すと水がクルクル回って流れる玩具なのだとか。そんな玩具、あるんかいな? 勝手に作ったオリジナル作品ならどうしようもないけど、市販しているなら買いたいよなあ。なんて思って、学会の期間中から終わってからも、それっぽいお店に立ち寄ってはチェックしてたんやけどね。

はい。ありましたよ!

まさか、見つかるとは!!

トルネード・チューブという名前では無かったので、きっと別のものなんでしょうけどね。

透明の円柱の中を、思いっきり渦巻いてるじゃん(笑)!

20070602 これよ、これ。

水洗便所の水の流れに見えるもん!!

やったー! これが欲しかったんですわ。重たい荷物が増えるけど、もちろん購入したざます。

これで、自分のみている自閉症の子ども達が喜んでくれるなら。誰かに使えるって思って買ったわけではないけど、親御さんに「こんなものがありまっせ〜」的に紹介できるってなもんです。

これ、玩具というよりもインテリアのコーナーに置いてあったんですわ。ちょっと携帯の写メでは分かりにくいけど、ホンマに綺麗に渦巻いてます。トルネードであります。鳴門のうずしおであります。

自分用にお土産を買わないのは、小学校の頃から変わらないなあ。修学旅行とかでも家族用にしか買わず、「自分の? あれれ、何も買ってないよ」ってのが毎度のパターン。今回のこの『トルネードくん』(←勝手に命名)も仕事用って感じ。

はい。しばらく日本を留守にしていたので、帰国後また睡眠時間を削って仕事の虫に戻りますです。

 

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トークン・エコノミー法(後編)
トークン・エコノミー法(前編)

Posted by 奥田健次 特別支援教育, 脱力系 |

2007.06.02

伊吹大臣への応援歌3

伊吹さんの答弁が良いねえ。

参議院議員の文教科学委員会会議録より。京都老舗の繊維問屋から出た本物の保守政治家の話に耳を傾けよう。

『伊吹節』の一部を紹介するので、じっくりと味わってみてほしい。

北岡秀二委員の質問に対する答弁。質問内容は、子どもの道徳、規範意識、礼儀作法など、家庭の問題、社会の問題、学校の問題をどう考えるのかという主旨。

○国務大臣(伊吹文明君) これは先生、一番人間社会にとって重要なんだけれども、いろいろな価値観あるいは政党の理念を持って行われる政治の中では一番難しい分野なんですね。しかし、民主党があり、公明党があり、共産党があり、自民党があっても、日本で生きている限りは、日本人が共通に持っているものを教えるということは私は当然あっていいと思います。
 具体的に、規範というのは、法治国家ですからまず法律というものがあります。しかし同時に、その国において、長い歴史の中で祖先が試行錯誤の中でこれはどうも不適当だなというものをそぎ落として、これは正しいんじゃないか、みんなで守っていこうよというものを残して、そしてつくり上げてきたものと法律とを合わせたものが私は規範だと思います
 ですから、英国では、あれだけ近代議会制民主主義の母なる国と言われましたけれども、どちらかというと明文法の非常に少ない国であって、つい最近まではコモンローと言われる法に書かれざる規範というのか、その国の約束事のようなもので社会の秩序が守られていたわけですね。ですから、英国の規範と日本の規範とまた非常に違うと思いますし、ましてやアメリカのように人工的に移民をもって、いろいろな規範を持った人たちがつくり上げた国で共通に持つ規範というのは一体何なんだろうというのは、非常につくりにくいからこそあの国は法律を優先に国の社会秩序を守っているわけですね
 しかし、先ほど来お示しになったこの調査を見て、その国においてすら日本以上に今先生が御指摘になったことを強く意識しているということを突き付けられると、我々はやっぱりかつて、宗教の意識が非常に低いと先生、難しいとおっしゃったけれども、かつて宣教師が信長の時代に日本へ来たときに、どの国の国民よりも日本人は礼儀正しく、そして人に優しく、町は清潔であるという手紙を送っておりますよね、本国に。新渡戸稲造さんは、宗教感覚はこんなに薄いのに、なぜ日本人というのはこんなに社会が整然と秩序正しく保たれているんだろうかという疑問を持った自分の米国人の妻に、武士道というものが宗教に代わるものとして日本にはあるんだということを教えたのが「武士道」という本ですよね。
 商人道というものもありますし、例えば石田梅岩の石門心学のようなものもあれば二宮尊徳や安藤昌益の農業に携わる人の規範みたいなものも日本にはあるわけですから、もう一度やっぱり、こういうものは、こういう人が主張したことはこうだよということを私は教えていくというのが本来の徳目であって、その中でどれを取るかということを、点数化するということはやっぱり適当なことじゃないんじゃないかなという気持ちを持ちながら今先生がおっしゃったことに取り組みたいと思っております。

第166回国会 文教科学委員会 第14号(平成19年5月24日)より。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kaigirok/daily/select0106/main.html

「伊吹はん、ええこと言わはりますなあ」と思うところに着色してみたら、ほとんど色つきではありましぇんか!

アメリカってのは移民国家であり、明文化されたルールがなきゃ秩序が保てない契約社会であると。まあ、その歴史は短いとはいえ世界の大国となってしまっては、これもまたアメリカには必要だった事情。

でもね、これは『アメリカには必要』だった事情に過ぎないわけ。

聖徳太子の「十七条憲法」の第一条は、「和をもって貴しと為す」でしょう。つまり、日本は聖徳太子がこの言葉を明文化する以前も以降も「和をもって貴しと為す」でやっていける民族・文化を持っていた。そうでなければ、こんな言葉が思いつくわけもないし、その後ずっと受け入れられ続けるわけもない。

ただ、残念ながら国内的には「和をもって貴しと為す」で十分だった。しかし、これが外交で通用したかといえば、通用するわけがない。そりゃ、当然でしょ。その土地、その土地で通用したことが、異国との交渉で通用するわけがない。

しかし、このことをもって「古い日本の在り方が間違っていた」「古いのは良くない」と言って回る学者や政治家は単純オツムさん(特に親米保守に多い)やね。「古いから悪い」なんてどこにも根拠は無いでしょ。日本人という民族にピタリとあった内政を捨てることなく、新しい外交の在り方をアドインしていくべきだった。

戦後ボロボロになった日本は、戦前のものすべてを否定する論調が世の中を支配し、今に至っている。人工的国家のアメリカが押しつけた現在の日本国憲法。現在も続いている、日本に対する経済的・精神的側面での植民地支配。

「グローバリズムはすばらしい」などと言う人間は、はっきり言って保守ではない。自国の歴史に学ばず、日本の価値や伝統を容易に捨ててしまえるからだ。こういう似非保守の連中が、日本の文化や伝統を語るのは、まあ言えばユニークなファッションを海外に紹介しているだけのこと。小泉・竹中がその典型だった。

新渡戸稲造さんの話も、日本における教育改革のためのヒントになっている。それを、さらっと原稿など読まずに話せる伊吹さんのセンスはやはりすばらしい。日本人は「武士道」から学ぶべきであり、学び直すことが必要。

「武士道」というのは、単純オツムさん(特にサヨク;単純オツムさんは、保守にもサヨクにもいるんだなあ)には、武士階級だけのものと思い込んでいるところがある。だが、農民でも商人でも持つべき「道」があったのが日本人。それが日本人らしさであり、それぞれの「道」を持った人は身分を問わず尊い日本人である。逆に、武士の中でも「道」を外した輩もいたわけだが、それらは武士の身分であるだけで、ただの外道畜生である。

尊敬すべき先人の人となりについて学ぶのは良いことである。自分よりも弱い立場の人を気の毒と思えるような道徳教育は、学ぶべき順序は実は2番目以降やと思うよ。最初に子どもが学ぶべきは、大いなる存在への憧れ、畏敬・畏怖、尊敬する態度なの。これをしっかりやれば、2番目以降に大切な道徳的テーマは後から自然に生まれてくるからね。

伊吹さんの主張を、奥田流にアレンジして言わせてもらえればこんな感じ。奥田流ってのは、とにかく現場で実践に結び付く話をイメージしたものやからね。

道徳教育は、優れた先人に対する尊敬からはじめましょう。

 

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関連記事:
伊吹大臣への応援歌2
伊吹大臣への応援歌

Posted by 奥田健次 教育, 経済・政治・国際 |

2007.06.01

おだんごぱん

ブログも久々なだけに、当然この『イチ押し☆の絵本』シリーズも久しぶり。

今回はいわゆる『ランナウェイ系絵本』。いわゆるとか言ってるけど、自分が勝手に『ランナウェイ系(runaway)』と読んでるだけなんよね、はい。

『おだんごぱん』

美味しいのか不味いのか。あまり美味しそうに見えない主人公のおだんごぱん。ちょっと生意気ですばしっこい。

子どもの好きなことを1つ挙げるとすると、それには間違いなく「逃げること」が挙げられるだろう。鬼ごっこという遊びがまさにそう。また、発達障害のある子どもたちを見ていると、一生懸命逃げて喜んでいるが、鬼になって追いかけるほうには興味を示さないことがよくある。どう考えても、「逃げること」は楽しいのである。

自分も子どもの頃、鬼ごっこの逃げ方はワイルドでサバイバルなチャイルドだった(笑)。高速道路を横切ったり、線路の下をすり抜けたり、三階から飛び降りたり。うむ。中学生の頃、いや高校になっても、逃げ方はリチャード・キンブルばりだったねえ。よく怪我したものだ。

鬼ごっこを命がけでやる。そんな自分が好き。

・・・・・んなこた、どうでもよい。

ま、とにかくこの絵本。歌いつつ逃げるパンを応援したくなる。うさぎやオオカミ、熊などが食べたそうにしているので、もしかしたらこの怪しげな「おだんごぱん」も美味しいのではないか。そもそも、おじいさんが食べたそうにしていたなんて、きっと美味しいものに違いない。そのような確信が生まれてきます。

ところがキツネと出会ったその結末は・・・・。

「この絵本を読まずに死ねるかい!」といえる絵本の一つです。

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Posted by 奥田健次 イチ押し☆の絵本 |