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2006.11.18

青少年の自殺率を減らしたければ、『ゆとり教育』をやめなさい!

伊吹文科相ももうあきまへんな。いや、伊吹さん一人の力では如何ともしがたかったのか。子どもに向けてのメッセージが、あまりにも空しい。それにしても、不勉強としか言えんよ。

文科相、いじめ阻止に緊急メッセージ…小中高生に配布
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061117it13.htm

 伊吹文科相は17日午後、子供と大人に向けた二つの緊急メッセージを出し、文部科学省は全国の教育委員会に、メッセージをすべての小中高校生に配布するよう要請した。
 いじめや自殺の問題で、大臣が緊急メッセージを出すのは、1996年1月以来、10年ぶり。
 「未来のある君たちへ」と題した子供向けメッセージは、いじめる側の子供たちにはいじめをすぐにやめるよう、いじめられている子供たちには誰かに相談するよう呼びかけている。大人向けは、親や教師、地域の人やスポーツ指導者などに、連絡しあって、子供の命を守るよう訴えている。
 こうしたメッセージは、94年に愛知県の中学2年大河内清輝君がいじめを苦に自殺し、その後も自殺が相次いだことを受け、当時の文相が緊急アピールを出して以来になる。
 伊吹文科相の子供向けメッセージは次の通り。 

弱いたちばの友だちや同級生をいじめるのは、はずかしいこと。
 仲間といっしょに友だちをいじめるのは、ひきょうなこと。
 君たちもいじめられるたちばになることもあるんだよ。後になって、なぜあんなはずかしいことをしたのだろう、ばかだったなあと思うより、今、やっているいじめをすぐにやめよう。
 いじめられてくるしんでいる君は、けっして一人ぼっちじゃないんだよ。
 お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、きょうだい、学校の先生、学校や近所の友だち、だれにでもいいから、はずかしがらず、一人でくるしまず、いじめられていることを話すゆうきをもとう。話せば楽になるからね。きっとみんなが助けてくれる。

(2006年11月17日21時35分  読売新聞)

なんだ、これは。こりゃ、だめだ。このメッセージは『いじめっ子』と『いじめられっ子』に向けてのもの。

Circle_of_bully_3 あまりにも重大な対象が抜け落ちている。それが『傍観者』という多数の無力な仲間の存在である。『いじめの輪』について紹介したエントリーを再度、ご覧いただきたい。いじめの悲劇は、いじめっ子といじめられっ子だけが登場人物ではなく、ここには必ず『傍観者』がいるのだ。この図でいえば、たとえば『関わろうとしない見物人』である。彼らは「いじめが起きているのを知りながら、『関係ないよ』といい、はっきりした態度を取らない子」らである。

こうした数多くの『傍観者』の存在が、子どもに絶望感を与えるのである。あとは『家族のありよう』。これについて誰も触れないのが不思議だ。コロローソの本を読んで勉強してくれ。

したがって、伊吹大臣は子どもに向けてメッセージを発するなら、「弱いたちばの友だちや同級生をいじめるのは、犯罪だ。仲間といっしょに友だちをいじめるのも、犯罪だ。見て見ぬふりをする君たちも、同罪だ。そんな、はずかしくてひきょうなことをする暇があったら勉強しろ!」って感じがええんちゃうかな。

自殺の問題についても、もう一度だけ触れておこう。本当の処方箋は、ブログには書かない(書けない)が。

アメリカでは60年代に子どもの自殺が3倍に増加した。当時のアメリカは、個性重視、自由教育をスローガンに掲げており、授業時間や受験・テストなどは『ゆとり教育』。校則も緩やかにされていた。

逆に、当時の日本は厳しい校則に受験戦争のまっただ中。同じ時期にアメリカの子ども達の自殺が3倍に増加しているのに、日本の子どもの自殺率は減少している。先進国の中で、当時の日本の子どもの自殺率の低さ(&学力の高さ)は、世界中から注目されていたはずだ。

アメリカは当時の『ゆとり教育』の失敗を大いに反省し、その後、授業時間数やテストを増やしている。その結果、学力の向上はもちろん、少年犯罪の減少、青少年の自殺も減った。

残念ながら、日本にはアホな教育学者やら医者が多くて、どうしようもない。こんなどうしようもない連中が、有識者なんていって中央でふんぞり返っているのだから日本の教育は末期的状態なのだ。『ゆとり教育』なんてのは、子どもに対する、あるいは将来の日本に対する、国家的犯罪だ。

以下のような、幼稚な思い込みの図式があるのではないか。

(1)「子どもを受験戦争に駆り立てる」→「ストレスをかかえる」→「自殺する」or「犯罪者になる」

(2)「子どもを受験戦争に駆り立てる」→「ドロップアウトする子がいる」→「自殺する」or「犯罪者になる」

こういう図式を、教師やら保護者が思い込んでいるのではないか。だが、これは本当に思い込みに過ぎない。センチメンタルな人が増えていて、非常に単純に「子どもがかわいそう」という感情がベースにあるようだ。

子どものうちに、どんどん知識を詰め込もう。詰め込みがいけないのではなく、詰め込み方の良し悪しを問うべきだ。『詰め込み教育』の反対が、動機づけを重視した『ゆとり教育』という考え方も、お馬鹿でアホな大間違い。はっきり言うが、『詰め込むことへの動機づけ』だって可能なのだ。子どもら、ポケモンに出てくるモンスターの名前を喜々として覚えとるやんけ!

そういえば、最近の小学生は「死んだら生まれ変わる」と信じているのが5割もいるそうではないか。数年前は2割程度だったのに。ドラクエのザオリクかい。マリオのコンティニュー知識レベル。そりゃ、簡単に死のうと考えるわな。やはり、小学生にはもっと良い方法で知識を詰め込んだほうがよい。

もちろん、必ず詰め込みに失敗する子どもはいる。失敗した後のフォローが大切なのであって、『詰め込みが良く無かった』と考えることは幼稚な発想だ。大人の敷いたレールからはみ出す子どもには、それはそれで逞しく生きていく術を教えていけばよい。

ちなみに、自分は思いっきり『詰め込み教育』からドロップアウトしたし、常に大人の敷いたレールからはみ出していた。今になって「もっと小さい頃から詰め込んでもらっていたらなあ」と、わがままを言っている。大人になってから、新しい知識(特に暗記)は絶望的に困難。それでも、ドロップアウトした自分だが詰め込まれた知識には感謝してるよ。最近の、ゆとり世代の平均的な学生と比べれば、遊んでいた自分のほうがよっぽど知っとる。

近年、ようやく文科省も『ゆとり教育』を見直すようになった。理由は、学力低下がひどいからという。だが、まだまだ甘すぎるね。

これまで書いたように、学力低下だけの問題ではない。子どもには、大人のルールを押しつけたほうがよい。校則でしっかり縛ればよい。知識もどんどん与えればよい。多少、理不尽な大人がいたほうがよい。子どもに反抗させればよい。理不尽な大人に反抗することから、子どもはさまざまなことを学習する。大人の『理不尽さ』に気付かせてやることで、子どもも大人になっていくのだ。

こんな感じよ。

「先公もよ、馬鹿じゃねえか? あんなくだらん規則を押しつけやがって」「でも先公の立場からすれば、しょうがないんちゃうか?」「そうやな、先公も所詮は犬みたいなサラリーマンなんかもしれんな」「だったら、今はその犬の言うことでも聞いておいてやるか」「せやな(笑)」

これでええねん。これで十分、大人やんか。先生の立場について考えることができてるやんか。これは、態度は悪いかもしれんが、こういう反抗精神ってのはすばらしいことやで。いずれ、この態度の悪い子どもも大人になってから、そんな先公に対して「先生、ありがとう」「自分の態度、悪かったです」ってなるんやから。「ならねーよ!」などと言うなかれ。ならせるんだよ!

逆に、ルールや規則もなく育てられた子どもは、とにかく相手の立場に立つことができない。ただ暴走するだけ。自由だから、暴走しても特に罰されることもない。暴走が許されるわけだから、他人の立場についてじっくり考える必要もない。反抗と暴走ってのは、まったく別のものやってこと。

学者も役人も、きっと子どもの頃は『まじめ』だったのかもしれんな。自分みたいに遊びまくりのアウトロー少年、一生『反抗期』男のほうが強く逞しく生きとるかもしれん。

ってなわけで、来週、中学校に逞しく乗り込みます。あ、爆弾とかじゃなくって講演だからね。「お前の存在自体が爆弾や!」って? おう。仰るとおり鴨(爆)。

 

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Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 教育 |