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2006.11.22

断ブログ宣言!

突然ですが『断筆宣言』いたします。

ただ、本職で断筆するわけにもいかず、『断ブログ宣言』とします。ついこの前、『非ジャーナリスト宣言』をしたばかりなのに、よくもまあ色んな宣言する自分だなあと思っていますが。

 

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『断ブログ宣言』に至った経緯はこうです。

今年10月20日、『人気blogランキング』と『にほんブログ村』というランキングサイトに参加しました。ところが、半日もしないうちに人気blogランキングのほうのリンクが無効になりました。訳も分からず、すぐにメールで問い合わせを行いました。

以下の通り、事情がよく分からなかったので、丁寧に問い合わせをしてみました。

人気blogランキング担当様

お世話になっております。

昨日、初めて貴ランキングに参加登録させていただきました、
奥田と申します。

登録後、数時間はリンクが好調に稼働していたのですが、いま
現在に至るまで、「無効なリンクコードです」という表示が出て
くるようになりました。

設定自体、間違っていないと思うのですが、一体どういうことが
考えられるのでしょうか。

リンクタグは、「リンク方法の確認」ページのものをそのまま
コピーペーストしています。

ご確認の上、ご教示頂ければ幸いです。多くの方に、折角クリック
して頂いているのに、たいへん申し訳ない事態ですので、すみやか
に回復されればと思います。

よろしくお願い致します。

奥田健次

ところが、まったく返事もありません。

その後、まずは利用規約・条件等をいろいろと調べてみたのですが、書かれていることに心当たりはありません。もちろん、技術的な詳細は分かりません。しかし、人気blogランキングに登録されているブログには、当方と同じように新聞等の記事を引用・転載しているブログも多く見られますし、中には記事を引用しても引用元URLを明記していないブログさえありました。

したがって、新規登録ユーザーとしての自分には何の心当たりもないため、次に考えたのは「誰かが(政治的な目的で)不正通報したのではないか」ということです。自分はこれまで、売国・サヨクなどの連中を叩きに叩きまくっていますし、一方で親米を超えた媚米保守に対する嫌悪感も表明してきました。つまり、右にも左にも属さない自分の論調を嫌う人は多いことでしょう。また、マスコミ論調を叩いていますし、いわゆる「有識者」叩きもやってきました。これらの連中が潰しにかかったと考えられなくもない。生ログなどをチェックすると、当ブログを国会議員も読んでいることが明らかです。いろいろな思惑をお持ちの官僚の方もアクセスして下さっています。

自分がさらに腹立たしく感じたことがあります。FAQ(よくある質問と回答)を見てみると、削除されて約2週間は自分の登録情報が残るそうですが、削除後1,2日ほどの間は、自分のブログの登録情報も残っていました。ところが、2週間も経たないうちに、ご丁寧にこの登録情報まで抹消されてしまいました。

その後、人気blogランキングにいきなり登録抹消された方々のブログをチェックしますと、ほとんどの場合、問い合わせをしても回答も無いという実態を知りました。中には、「無料だから、まあいいか」みたいに開き直って諦めているブロガーもみられました。ただ、自分はこの考え方は甘すぎると思います。こちらは、わざわざ広告リンクを見せつけられるランキングサイトを開きそこに登録作業をしており、さらには当ブログの読者にランキングサイトの広告リンクをお見せすることにもなっているわけです。また、ランキング運営企業側において蔓延っているであろう「お金にならない業務はやらない」姿勢に対しても虫唾が走ります。

最終的に、断ブログ宣言を決意するに至った問題があります。それは、同じく登録抹消されたブロガーらが試みているように、自分もIDを変更して再登録してみようと「再チャレンジ」を試みました。しかるべく必要事項を記入し、登録画面を進めようとすると、

指定されたURLは登録できません。

と表示されたのです。

なぜだろう? と、また「利用規約・条件」を読み返してみると、「登録の抹消」というところに、

禁止事項に該当し、特に悪質と判断された場合は登録削除に加え、再登録できないよう設定致します。

と、書かれていました。

自分のブログは「特に悪質」だったのか。ユーザーからの問い合わせに回答することもなく、一方的に「特に悪質」とみなして再登録できないように設定すると。そのような業者に出会ったのは初めてです。

人気blogランキングには、エロを扱ったブログとか援助交際まがいの日記などが驚くほどたくさん登録されています。中には、ブログの形式ではあるものの、すぐにそういういかがわしいサイトにつながる形態のものも放置されています。さらには、人気blogランキングには胡散臭い『出会い系サイト』とか『消費者金融(サラ金)』などの広告が溢れています。

こうしたランキングサイトに「特に悪質」とレッテルを貼られたわけですが、この時点で怒りを通り越して脱力してしまいました。怒りの情念パワーでこれまでいろいろと記事を書いていましたが、脱力してしまった以上、アホらしくてブログで記事を書き続ける意味も見出せなくなりました。

今まで、当ブログを応援して下さった多くの方々には大変申し訳ないのですが、今回の記事を最後に無期限でブログを断ちたいと思います。『りょうま』のために骨を折ってくれたうちの事務局にも感謝しています。これまで、ありがとうございました。また、当ブログにいちいち苛立っていた人には目障りなブログが消えて喜ばしいことでしょう。勝手に祝杯でもあげて下さい。

ブログ自体を閉鎖するつもりはありません。コメント欄を開放しておきます。中にはコメント欄を汚す不届き者もいるでしょうが。基本的には削除しませんが、あまりにひどいものは削除するかもしれません。なお、自分はコメントへの回答は致しませんので悪しからずご了承下さい。

 

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関連記事:
どないなっとんねん!【追記付き】
ブログランキングに登録してみました

Posted by 奥田健次 お知らせ |

2006.11.19

「オランダ軍、捕虜虐待」と聞いて思い出すこと。

読売新聞の「イラク人捕虜、オランダ軍も拷問か」という記事。これに反応せざるをえない自分がいる。前田利貴陸軍大尉のこと。

イラク人捕虜、オランダ軍も拷問か…総選挙に波紋も
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20061118id23.htm

 【アムステルダム=林路郎】22日に総選挙を控えたオランダで、昨年3月までイラク南部に駐留したオランダ軍の情報担当者が、身柄を拘束したイラク人捕虜から情報を引き出す目的で拷問を加えていた疑惑が表面化した
 オランダ紙フォルクス・クラントが17日、国防省の内部メモを基に報じたもの。03年11月、ムサンナ県に駐留していた複数の軍情報担当者が捕虜数十人をサマワの連合軍暫定当局(CPA=当時)施設で聴取した際、▽目隠しをさせてから急に非常に明るい照明にさらす▽眠らないようホースで水をかける▽不快な高音を大音量で聞かせる——などしたという疑惑だ。
 軍規にある法律顧問の同席義務も守られなかったという。
 カンプ国防相は17日、記者団に、そうした行為を同省が把握していたことを認めつつ、「処罰に相当する事実は見当たらなかった」と説明した。バルケネンデ首相は再調査を指示している。
(以下、略)
(2006年11月18日23時10分  読売新聞)

この記事の「オランダ軍」「捕虜虐待」という言葉に即座に想起してしまうのが、前田利貴陸軍大尉の『戦死』である。昭和20年8月15日の『終戦』後も、実際には昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効するまで戦争状態は続いていた。つまり、8月15日なんてのは終戦日でもなんでもない。

少し長いけど、中学生や主婦の読者も、以下をじっくり読んで下さい。決して、ナナメ読みせず、じっくりと。小林よしのりさんのマンガでも紹介されていた。

山野ゆきよしメルマガさんの、『前田利貴とインドネシア独立』より。

 昭和20年8月15日のポツダム宣言受諾。その宣言に基づき、敗戦国日本をターゲットにした戦争犯罪裁判が行われた。

 ところで、一般に、A級戦犯及びBC級戦犯とよくいわれているが、私たち日本人は、それらを、被告とされた人物の階級を指した序列を表すものと思い込みがちであるが、決してそうではない。

 ABCとは、日本より早くに準備された、ドイツのニュールンベルグ裁判における戦争犯罪の規定に由来している。

 すなわち、大まかにいって、A項目「平和に対する罪」、B項目「戦争法規及び慣習の違反」、C項目「捕虜の虐待を含む人道に対する罪」、それぞれを表わすABCなのである。
 よって、正確には、A級戦犯ではなく、A項目戦犯容疑者というべきであろう。ABCという順番が、階級好きの日本人の性向にあってか、いつの間にか、A級戦犯、BC級戦犯という誤解を招きがちな表記が一般化していった。
 結果的には、A項目戦犯容疑者とは、指導的立場にある高位高官の人物が多く、BC項目戦犯容疑者とは、戦争の現場における直接の指揮者、責任者、執行者等の人物が多くなり、尚一層、その印象が強まってしまったようだ。

 ちなみに、A項目の「平和に対する罪」なる概念は、この裁判のために急遽作り上げられた考え方である。しかしながら、言ってしまえば、戦争それ自体が、「平和に対する罪」そのものであり、そのような罪状名を作り上げてしまうと、それで全てが完結してしまう。裁判を行う意味をなさないのではないだろうか。

 さらに言えば、日本を裁いた連合国側には、リアルタイムで北方四島と北海道を侵略中で、しかも、日本軍兵士数十万人をシベリアに抑留し、強制労働させている真っ最中であったソ連(現ロシア)までが裁判官として加わっていたことや、この後述べるが、日本の敗戦後すぐに、独立宣言をしたインドネシア占領に乗り出したイギリスなどに、「平和に対する罪」などと言って責められたということでは、全くもって、たまったものではない。

 さて、BC級戦犯容疑者裁判である。

 これらはアメリカ、イギリス、オーストラリアなど7カ国が主宰国となり、国内外の49の裁判所でほとんど非公開で行われた。5,700人が捕虜虐待や民間人殺戮などの戦争法規違反に問われ、920人が処刑されたという。
 BC級戦犯裁判も、東京裁判同様に、首を傾げたくなる内容も多かった。元捕虜の証言などを手がかりに犯人捜しが行われたが、身に覚えのない容疑で逮捕され、処刑された「戦犯」も少なからずいたようである。また、イギリスやオーストラリア、オランダのように、日本軍の捕虜になった者を裁判官に選び、報復的な処置を前提にしたり、罪状調査、陳述などを省略するもの、通訳のつかなかったりしたものも多数あった。中には、法廷では本人に陳述の機会すら与えられないケースもあり、いきおい、感情的な判決も多かったと思われる。

 さて、BC級戦犯裁判について書かれた書物をいくつか読んでみると、インドネシアに再侵略したオランダの軍事裁判が、もっとも粗暴であったと書かれたものが多い。

 日本とオランダとの戦闘行動は僅か9日間に過ぎず、よって、捕虜や一般市民の受けた人的被害は、他の連合諸国に比べても、最も軽微なものであった。
 それなのに、なぜ、戦犯に問われた数とその量刑とは、他とは比較にならないほど重酷なものであったのか。

 その理由の一つとしてあげられるのは、オランダの「プライド」であろう。

 オランダ本国が、既にヨーロッパ前線において、ドイツとの戦いに疲弊している間隙を縫って、インドネシアが日本に奪われてしまったという「怨み」。また、日本敗戦後も、オランダ自らインドネシアを奪い返したのではなく、イギリス軍が上陸し、日本の武装解除をしてから、オランダが譲り受けたという「屈辱」。

 もう一つの大きな理由は、オランダが再びインドネシアに上陸した際の、インドネシア独立共和国との闘争、さらには、そのインドネシア独立に、日本兵が大きく力を貸していたという事実があげられる。

 このテーマは長くなるので、ここではこれ以上触れないが、日本人として、是非知っておかなければいけない事実である。

 それらを全て受けての、「前田利貴陸軍大尉」である。

—————

 インドネシアのティモール島クーパン収容所で行われた裁判において、昭和23年4月29日に、前田利貴陸軍大尉が死刑を宣告された。

 前田利貴は、加賀藩主前田家の末裔で、正確に言うと、第13代藩主前田斉泰(なりやす)の玄孫(孫の子供)にあたる。彼の父親は華族でもあり、彼自身は、学習院高等科から法政大学に入り、卒業後は、三井物産に勤めていた。馬術が得意で、幻の東京オリンピックの候補選手でもあった。

 前田の罪状は、ティモール島及びサウ島で逮捕した捕虜に拷問を加え、死に至らしめたということである。
 もちろん、それらは、前田の預かり知らぬことであり、むしろ、裁判においては、原住民特にサウ島民の多くが、「最後の公判の時まで、私の為に有利な証言をして呉れた」(『世紀の遺書』より。以下、引用は全て同書より)ことからも明らかなように、「サウ島警備隊長時代の至誠が天にも通じている」仕事ぶりであった。

 これは、前田の毛並みの良さが、予め、オランダ当局に目をつけられていたことに起因する罪状であったようだ。本人も、これまでの処遇から、その点は充分覚悟していて、「今日あるを予期し前以て遺髪を送った次第」と認(したた)めている。

 前田の育ちの良さ、教育の深さは、この遺書の中からでも自然、感じられてくる。

 前田とともに処刑された、穴井秀雄兵長が、「昔の楽しかった思ひ出にふけると死ぬのがいやになる」と言うが、前田の場合は、「将来の希望を胸にうかべた時一番死ぬのが嫌になる」と述べている件からも、充分、彼の性向が窺うことができる。

 やや長いが、前田の人格を端的に表わす部分を遺書から引用する。

 「兄(前田の遺書は、弟妹に宛てたものである)が死の判決を割合に平然と受けることが出来たのは、之全く御両親の御教養の賜に外ならず、之を見ても我々の御両親は我々が知らぬ間に人間最大の修養をちやんとして居て下さつたのだ。(中略)今となつては其の高恩を何一つ御報いすることが出来ないのは慙愧に耐へない。故に皆は是非兄に代わつて御両親を大切に孝養を尽くしてください」

 さて、前田に対してだけではなく、インドネシアに置ける日本人捕虜への虐待は、猖獗を極めたものであった。

 捕虜たちは、犬や猫の物真似をさせられたり、夜中に、突然起こされ、コンクリートの上に二時間も座らせられて、罵詈雑言を浴びせられたり、日本人同士の殴り合いをさせられたり、床の上にばら撒いた飯粒を這いつくばって食べさせられたり等々、「彼らが我々のことを事件に取りあげている以上の虐待を重ねて」受け、捕虜たちは半死半生となった。
 しかし、捕虜たちは、「『我々はどうせ死ぬのだ。この虐待は我々一身に引き受け(中略)同胞の人に少しでも虐待の及ばぬように!』と申し合わせ神に祈っている次第です」と励ましあっていた。

 そんな中でも、前田は最後まで誇りを失わなかった。死の前日に、残る捕虜たちに世話になったお礼の手紙を書き、「私の希望として検事に申し出たこと」として、次のように書いている。

 「1.目かくしをせぬ事
  2.手を縛らぬ事
  3.国歌奉唱、陛下の万歳三唱
  4.古武士の髪に香をたき込んだのに習い香水一ビン(之は死体を処理するものに対する私個人の心づかいであります)
  5.遺書遺髪の送付
     以上全部承認」

 処刑前夜、前田は、ともに死ぬことになる穴井に対し、こまごまと注意を与えていたという。

 「穴井君。左のポケットの上に白布で丸く縫いつけましたか」
 「はい。明るいうちにつけておきました」
 「白い丸が心臓のところにあたる。明日は早いから目標をつけて置かぬと弾が当たりそこなったら長く苦しむだけだからね。発つ時は、毛布を忘れないように持って行きましょう。死んだら毛布に包んでもらうのです。砂や石が直接顔に当たって、ちょっと考えるといやな気がするからね」

 翌朝早く、二人は書き置いたとおりの手順と態度で銃殺された。大きな声で歌も歌い、二人何か言葉を交わして、静かな笑い声をあげた直後、銃撃音が響いたという。

 その時、昭和23年9月9日午前5時45分。

 さすがの監視兵たちも、この歌声と笑い声の最期には、恐れと驚きを感じたらしい。あれほど続いていた収容所内での虐待が、その時以来、すっかりやんでしまったという。

 「『我々はどうせ死ぬのだ。この虐待は我々一身に引き受け(中略)同胞の人に少しでも虐待の及ばぬように!』と申し合わせ神に祈っている」

 彼らの祈りは、神に通じたのである。

ところで、よく「あの戦争(大東亜戦争)の総括をやらなけりゃ」とか言ってる人がいるだろう。「早くやんないと、あの戦争を知ってる人がいるうちに!」とか言ってる人。田原総一郎さんが代表的かな。何を言ってるんだろうか。田原さんのこういう論調って、「おれはあの戦争を知ってるんだ、知らないお前らが何を言う!」と言わんばかりで幼稚すぎる。「知ってる」ってアンタ、ポツダム宣言受諾のときに何歳よ。少年田原が何を知ってるっていうのか。

「生き証人がいる間に」ってのを協調するなら、じゃあ、誰も戊辰戦争のことを語ることはできないじゃないか。

「生きているうちに」って言わなきゃならんのはな、それは北朝鮮に拉致された日本人を待つ家族のためにだろう。それから、北方領土で暮らしていた日本人が生きているうちに再び故郷の土を踏ませてあげたいと。こういう時に使うもの。偏向ジャーナリストごときが「知ってる人間が集まって、総括だ!」なんて叫ぶのは、まったくおこがましいことだ。

自分は少なくとも、中学や高校時代、この前田大尉のことを教えてもらわなかった。『北のひめゆり』のことも、知らなかった。いずれも成人してから後に知った話だ。日本人でありながら。恥ずかしい。

今を生きている子どもらに、これからを生きる日本人のために、そういう祖父や先祖がいたことを伝えなきゃならんよ。

 

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関連記事:
【復刻】東條英機宣誓供述書

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.11.18

青少年の自殺率を減らしたければ、『ゆとり教育』をやめなさい!

伊吹文科相ももうあきまへんな。いや、伊吹さん一人の力では如何ともしがたかったのか。子どもに向けてのメッセージが、あまりにも空しい。それにしても、不勉強としか言えんよ。

文科相、いじめ阻止に緊急メッセージ…小中高生に配布
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061117it13.htm

 伊吹文科相は17日午後、子供と大人に向けた二つの緊急メッセージを出し、文部科学省は全国の教育委員会に、メッセージをすべての小中高校生に配布するよう要請した。
 いじめや自殺の問題で、大臣が緊急メッセージを出すのは、1996年1月以来、10年ぶり。
 「未来のある君たちへ」と題した子供向けメッセージは、いじめる側の子供たちにはいじめをすぐにやめるよう、いじめられている子供たちには誰かに相談するよう呼びかけている。大人向けは、親や教師、地域の人やスポーツ指導者などに、連絡しあって、子供の命を守るよう訴えている。
 こうしたメッセージは、94年に愛知県の中学2年大河内清輝君がいじめを苦に自殺し、その後も自殺が相次いだことを受け、当時の文相が緊急アピールを出して以来になる。
 伊吹文科相の子供向けメッセージは次の通り。 

弱いたちばの友だちや同級生をいじめるのは、はずかしいこと。
 仲間といっしょに友だちをいじめるのは、ひきょうなこと。
 君たちもいじめられるたちばになることもあるんだよ。後になって、なぜあんなはずかしいことをしたのだろう、ばかだったなあと思うより、今、やっているいじめをすぐにやめよう。
 いじめられてくるしんでいる君は、けっして一人ぼっちじゃないんだよ。
 お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、きょうだい、学校の先生、学校や近所の友だち、だれにでもいいから、はずかしがらず、一人でくるしまず、いじめられていることを話すゆうきをもとう。話せば楽になるからね。きっとみんなが助けてくれる。

(2006年11月17日21時35分  読売新聞)

なんだ、これは。こりゃ、だめだ。このメッセージは『いじめっ子』と『いじめられっ子』に向けてのもの。

Circle_of_bully_3 あまりにも重大な対象が抜け落ちている。それが『傍観者』という多数の無力な仲間の存在である。『いじめの輪』について紹介したエントリーを再度、ご覧いただきたい。いじめの悲劇は、いじめっ子といじめられっ子だけが登場人物ではなく、ここには必ず『傍観者』がいるのだ。この図でいえば、たとえば『関わろうとしない見物人』である。彼らは「いじめが起きているのを知りながら、『関係ないよ』といい、はっきりした態度を取らない子」らである。

こうした数多くの『傍観者』の存在が、子どもに絶望感を与えるのである。あとは『家族のありよう』。これについて誰も触れないのが不思議だ。コロローソの本を読んで勉強してくれ。

したがって、伊吹大臣は子どもに向けてメッセージを発するなら、「弱いたちばの友だちや同級生をいじめるのは、犯罪だ。仲間といっしょに友だちをいじめるのも、犯罪だ。見て見ぬふりをする君たちも、同罪だ。そんな、はずかしくてひきょうなことをする暇があったら勉強しろ!」って感じがええんちゃうかな。

自殺の問題についても、もう一度だけ触れておこう。本当の処方箋は、ブログには書かない(書けない)が。

アメリカでは60年代に子どもの自殺が3倍に増加した。当時のアメリカは、個性重視、自由教育をスローガンに掲げており、授業時間や受験・テストなどは『ゆとり教育』。校則も緩やかにされていた。

逆に、当時の日本は厳しい校則に受験戦争のまっただ中。同じ時期にアメリカの子ども達の自殺が3倍に増加しているのに、日本の子どもの自殺率は減少している。先進国の中で、当時の日本の子どもの自殺率の低さ(&学力の高さ)は、世界中から注目されていたはずだ。

アメリカは当時の『ゆとり教育』の失敗を大いに反省し、その後、授業時間数やテストを増やしている。その結果、学力の向上はもちろん、少年犯罪の減少、青少年の自殺も減った。

残念ながら、日本にはアホな教育学者やら医者が多くて、どうしようもない。こんなどうしようもない連中が、有識者なんていって中央でふんぞり返っているのだから日本の教育は末期的状態なのだ。『ゆとり教育』なんてのは、子どもに対する、あるいは将来の日本に対する、国家的犯罪だ。

以下のような、幼稚な思い込みの図式があるのではないか。

(1)「子どもを受験戦争に駆り立てる」→「ストレスをかかえる」→「自殺する」or「犯罪者になる」

(2)「子どもを受験戦争に駆り立てる」→「ドロップアウトする子がいる」→「自殺する」or「犯罪者になる」

こういう図式を、教師やら保護者が思い込んでいるのではないか。だが、これは本当に思い込みに過ぎない。センチメンタルな人が増えていて、非常に単純に「子どもがかわいそう」という感情がベースにあるようだ。

子どものうちに、どんどん知識を詰め込もう。詰め込みがいけないのではなく、詰め込み方の良し悪しを問うべきだ。『詰め込み教育』の反対が、動機づけを重視した『ゆとり教育』という考え方も、お馬鹿でアホな大間違い。はっきり言うが、『詰め込むことへの動機づけ』だって可能なのだ。子どもら、ポケモンに出てくるモンスターの名前を喜々として覚えとるやんけ!

そういえば、最近の小学生は「死んだら生まれ変わる」と信じているのが5割もいるそうではないか。数年前は2割程度だったのに。ドラクエのザオリクかい。マリオのコンティニュー知識レベル。そりゃ、簡単に死のうと考えるわな。やはり、小学生にはもっと良い方法で知識を詰め込んだほうがよい。

もちろん、必ず詰め込みに失敗する子どもはいる。失敗した後のフォローが大切なのであって、『詰め込みが良く無かった』と考えることは幼稚な発想だ。大人の敷いたレールからはみ出す子どもには、それはそれで逞しく生きていく術を教えていけばよい。

ちなみに、自分は思いっきり『詰め込み教育』からドロップアウトしたし、常に大人の敷いたレールからはみ出していた。今になって「もっと小さい頃から詰め込んでもらっていたらなあ」と、わがままを言っている。大人になってから、新しい知識(特に暗記)は絶望的に困難。それでも、ドロップアウトした自分だが詰め込まれた知識には感謝してるよ。最近の、ゆとり世代の平均的な学生と比べれば、遊んでいた自分のほうがよっぽど知っとる。

近年、ようやく文科省も『ゆとり教育』を見直すようになった。理由は、学力低下がひどいからという。だが、まだまだ甘すぎるね。

これまで書いたように、学力低下だけの問題ではない。子どもには、大人のルールを押しつけたほうがよい。校則でしっかり縛ればよい。知識もどんどん与えればよい。多少、理不尽な大人がいたほうがよい。子どもに反抗させればよい。理不尽な大人に反抗することから、子どもはさまざまなことを学習する。大人の『理不尽さ』に気付かせてやることで、子どもも大人になっていくのだ。

こんな感じよ。

「先公もよ、馬鹿じゃねえか? あんなくだらん規則を押しつけやがって」「でも先公の立場からすれば、しょうがないんちゃうか?」「そうやな、先公も所詮は犬みたいなサラリーマンなんかもしれんな」「だったら、今はその犬の言うことでも聞いておいてやるか」「せやな(笑)」

これでええねん。これで十分、大人やんか。先生の立場について考えることができてるやんか。これは、態度は悪いかもしれんが、こういう反抗精神ってのはすばらしいことやで。いずれ、この態度の悪い子どもも大人になってから、そんな先公に対して「先生、ありがとう」「自分の態度、悪かったです」ってなるんやから。「ならねーよ!」などと言うなかれ。ならせるんだよ!

逆に、ルールや規則もなく育てられた子どもは、とにかく相手の立場に立つことができない。ただ暴走するだけ。自由だから、暴走しても特に罰されることもない。暴走が許されるわけだから、他人の立場についてじっくり考える必要もない。反抗と暴走ってのは、まったく別のものやってこと。

学者も役人も、きっと子どもの頃は『まじめ』だったのかもしれんな。自分みたいに遊びまくりのアウトロー少年、一生『反抗期』男のほうが強く逞しく生きとるかもしれん。

ってなわけで、来週、中学校に逞しく乗り込みます。あ、爆弾とかじゃなくって講演だからね。「お前の存在自体が爆弾や!」って? おう。仰るとおり鴨(爆)。

 

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関連記事:
文科相のメッセージより、保護者との対話を!
『いじめ』の犯人捜しという『いじめ』。
刺客ども、だらしない姿を見せるな。
伊吹大臣への応援歌
『臨床いじめ学』について
高校生意識調査にみる戦後教育の誤り
いじめの根を絶ち子どもを守るガイド
いじめのある現場で解決する策がある
永久に少数派
いじめ社会の完成
番長賛歌
     など多数。

Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 教育 |

2006.11.17

ちびくろ・さんぼ

やっぱ、これ。基本でしょう。一斉絶版された絵本。

Chibikurosambo 岩波版『ちびくろ・さんぼ』

知らない人はいないでしょう。

一斉絶版についての解説はwikipediaから。

一斉絶版問題

イギリスでもアメリカでも、この絵本は広く受け入れられ、一時は黒人のイメージを向上させる本として図書館の推薦図書にまでなっていたが、1970 年以降に突然のように人種差別との関連性が指摘されはじめ、書店や図書館から排除されるようになった。(しかし、発売禁止や絶版の措置が取られたわけではなく、注文すれば購入できる状態ではある。)問題とされたのは、作品の中の男の子の名前「サンボ」がアメリカ合衆国における黒人に対する蔑称と共通しているということ、サンボが169枚のホットケーキを平らげる描写が「大喰らいの黒人」を馬鹿にしているのではないか、サンボの派手なファッションは黒人の美的センスを見くびっている、などである。

日本でも1953年に岩波版が登場して以来、常に人気の高い絵本であり、主要な出版社から70種類を越えるいろいろな版が出版されていたが、1988年、突然に事実上すべての出版社がこの絵本の出版を自主的に取りやめてしまうことになった。1988年にワシントン・ポストに掲載された日本の黒人のキャラクター人形に対する批判記事(マーガレット・シャピロ/東郷茂彦記者)を発端として海外の黒人表現を見直す動きに誘発され、有田喜美子とその家族で構成される市民団体「黒人差別をなくす会」がこの絵本の主要な発売主である岩波書店およびその他の「サンボ」の日本語版絵本を出版していた各出版社(サンリオ、学習研究社、講談社、小学館など)に本書は差別的と抗議し、さらに海外から日本大使館への抗議も多数寄せられた。岩波書店はこの本を絶版にし、他の出版社もこれに追随した。この結果、『ちびくろサンボ』は書店の店頭や図書館の書架から姿を消した。図書館や各家庭から『ちびくろサンボ』を集めて燃やすという過激な反応も一部であった。これらは、マスコミによって大きく取り上げられ、差別表現に神経質となった世論の影響が大きい。またカルピスの商標など、その他の黒人表現の自主規制にも繋がった。

こうした絶版措置を支持する声もある一方で、『ちびくろサンボ』に愛着を持つ人々からは「なぜこのすばらしい作品を消すのか」と不満が起った。サンボ(zambo)は南アメリカにおいて、インディオと黒人の混血を指す語であり差別語ではないとする反論や、「サンボ」「マンボ」「ジャンボ」はシェルパ族の中では一般的な人名であるという反論もなされている。

同様の植民地時代における黒人蔑視の思想を孕んでいるとされる作品としては、『ぞうのババール』、『ドリトル先生シリーズ』などがあるが、それらのいずれも日本国内で絶版措置がとられてはいない。

1988年の岩波書店版に引き続いてすべての出版社が絶版の措置をとったことは、この本が著作権を正式に取得していなかったためではないかという指摘もある。

笑ったのは、うちのスタッフがプレイルームに入れる絵本リストを作っていて、それに『シナの五にんきょうだい』『ちびくろさんぼ』とかが入っていて(笑)。さすが、うちのスターッフ! 自分の好みを知っているっていうか。まあ、絵本にあまり詳しくない連中だから、このブログの『イチ押し☆の絵本』からリストアップしただけともいう(爆)。

この絵本を純粋な子どもが手にしたとき、黒人差別を助長するかねえ、しかし。「人種差別だ」「そうだ、そうだ」と言ってしまったから、そういう絵本にされちまったんじゃないの。風刺漫画とか政治的な意図があるなら問題ありだが、表現の問題でしょ。黒人を絵本の主人公にするとき、肌の色を黒くしたらいかんのかい?

『言葉狩り』もだが、『絵本狩り』ってのもやめて欲しいもんだ。

昨年、瑞雲舎から復刊。『シナの五にんきょうだい』も瑞雲舎。やるね、GJ!

 

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関連記事:シナの五にんきょうだい


Posted by 奥田健次 イチ押し☆の絵本 |

2006.11.15

奇跡の名犬物語

タイ国王の絵本が日本語訳になって出版された。スマトラ沖地震の直後にタイに入国し、クーデターの直後にまたもタイに入国した、タイに何故か縁のある自分としては見逃せない絵本だ。

タイ国王の「愛犬物語」、日本語訳の子供向け絵本に
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20061115i501.htm

 【バンコク=田原徳容】タイのプミポン国王が野良犬との生活をつづった「トンデン物語」が日本語に訳され、「奇跡の名犬物語」(世界文化社)の題で子供向けの絵本として出版された。
 4年前に発表された原作はタイで65万部のベストセラー。国王の愛犬家ぶりは有名で、インド洋津波では国王の発案で訓練を受けた野良犬が捜索活動で活躍した。タイと日本は来年、修好120年を迎え、タイ政府関係者も「タイへの理解がさらに深まる」と“国王本”の日本進出に期待している。
 雌犬トンデン(邦訳ではタイ語の響きを生かし「トーンデーン」と表記)は、国王が1998年秋に救った野良犬の中の一匹が産んだ。賢明で立ち姿が堂々としているトンデンの特徴を詳細に記録。「テレパシーが使えるようだ」などの独自の観察も盛り込んでいる。
 11月中旬から日本とタイで店頭に並んでいる。
(2006年11月15日3時13分  読売新聞)

『微笑みの国』の国王、プミポン国王の絵本。ぜひとも読んでみたい。

ところで、日本ではあまり知られていないのが、あのスマトラ沖地震の津波でプミポン国王はお孫さんを亡くしている。

タイ国王の孫も、津波の犠牲に
http://www.worldtimes.co.jp/news/world/kiji/2004-12-27T193030Z_01_NOOTR_RTRJONC_0_JAPAN-165815-1.html

【バンコク 27日 ロイター】 タイのタクシン首相は27日、インドネシア・スマトラ島沖の大地震に伴う津波で、プミポン国王の21歳の孫が死亡した、と発表した。
死亡したのは、国王の長女の息子、Bhumi Jensen氏。津波が襲った時間に、クラビ沖でジェット・スキーをしていた姿が目撃されている。レスキュー隊がカオラク・ビーチで遺体を発見した。
2004/12/27 19:30

このお孫さんは、自閉症という発達障害をもつ男性であった。このことは、タイ国民なら皆が知るところだ。つまり、王室も隠そうとせず、国営テレビにも何度も出ていたという。祖父のプミポン国王と同じく、国民のアイドル的存在だった。発達障害に偏見のない国柄だと思わせるのは、彼の最期である。きっと最高の余暇(レジャー)を楽しんでいたのだろう。国民のアイドルの最期に、みな悲しみが溢れたという。

愛する孫を津波で失ったプミポン国王。そういう視点からも、この絵本を読んでみる価値があるだろう。

 

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Posted by 奥田健次 イチ押し☆の絵本, 特別支援教育 |

2006.11.12

高校の単位不足は割引のくせに、NHKの受信料不払いは割増というデタラメ。

だから、言うたやろ。何をデタラメ言うとるねん、このドアホ! 大人の都合で『義務』を語るな!

自分が言うていたことってのはこれのことよ。高校必修単位偽装事件のこと。

今回の必修単位偽造事件。これを「大目にみる」ならば、年金未納も大目にみてやればいかがか。法律でNHKの受信料を義務化するのも、美しくないからやめておけ。

「国民からお金は納めていただくが、必修単位は修めて頂かなくても構いません」って宣言しとるようなもんやで!

上記のエントリーで提案した『仮卒業』のアイデアはそれなりに評価されたようだ。文科省の『心ある』お役人さんからも、「先生のご提案のような路線で行くという話もあったのですが、与党からかなり強い圧力に押し切られてしまいました」とメールをいただいた。

さて、NHKの受信料の話。

NHK受信料、義務化の際は延滞金・割増制度も検討
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20061110i206.htm

 菅総務相は10日の閣議後会見で、総務省が検討しているNHKの受信料支払い義務化に関し、支払いが滞っている視聴者に料金を上乗せする延滞金制度や、不正に支払いをごまかした場合の割増制度などを検討する方針を示した
 現行の放送法は、視聴者にNHKとの受信契約を結ぶことを義務づけているだけで、支払い義務はNHKの受信規約に示されている。
 菅総務相は、「義務化の(放送法の改正案に盛り込むかどうか)結論は出していないが、(延滞金、割増制度は)今の受信規約に入っている」と述べ、義務化の際は放送法に含める考えを示した。
 また、「受信料を義務化する場合は、国民の理解を得られるようなことをやらないといけない」とし、NHK職員による不祥事の再発防止策や、子会社整理などの合理化が必要との認識を示した。
(2006年11月10日13時36分  読売新聞)

だからドアホかって!

太字にした部分を、高校の単位偽装事件におきかえてみよう。

学習指導要領の必修科目に関し、単位修得が滞っている高校と生徒に必修単位を上乗せする延滞単位制度や、不正に履修単位をごまかした場合の割増制度などを検討する方針を示した。

示してくれよ、頼むから。NHK受信料の義務化と同じ論理でいけば、履修単位をごまかしたならば、必修単位を上乗せすることを検討しなければならん。なのに、『救済措置』などと言って単位不足を大目にみることにしたやんけ。やってることがデタラメやってことが分からんのか? お前らに『義務』なんぞ語る資格は無い。

デタラメな大人の言う「子どものため」とか「救済を」なんてのは、まったく子どものためになってないんやで。ネクタイ締めて偉そうな肩書きをぶらさげてな、一般人を騙すことはできても、自分はそんなドアホーでデタラメ&綺麗事だらけの大人なんぞ、すぐに見抜いてしまう。自分、小学生の頃から大人のデタラメを指摘しては殴られていたからな。

ったく、薄っぺらい奴らが多いんやから。自分に近づくなよ、近づくとぶっ飛ばすぞ。

 

 

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Posted by 奥田健次 教育, 社会 |

2006.11.11

自殺予告連鎖と文科省批判への批判

先日、『文科相のメッセージより、保護者との対話を!』というエントリーを書いたが、その後、自殺予告行動が連鎖している。テレビに出ている教育評論家なんかは、児童生徒の自殺予告の手紙を文科省が公開したのは良かったなどと言っているようだが。

まあ、これ自殺予告とか言っているが、脅迫の機能もあるんじゃないか。つまるところ「自分の命という爆弾を爆破するよ」と言っているに等しいわけ。

何か大人が振り回されていて、子どもの思う壺にはまっているのが情けない。「命を粗末にするな」とか「早まるな」なんて、そんなことは誰でも言える。学校の見回りなんて、誰でもできる。

児童生徒らも、文科省に手紙を出すなら自分の連絡先を書いたほうが良い。そうすれば確実に相手にしてもらえるから。無記名でそういうことをやると、世間を騒がせるだけの効果しか得られないかもしれないし。自分の名前を書いたところで、文科省は名前をマスコミに公表するわけないんだから。まあでも、とにかく文科省の会ったこともないオッサンに手紙を書くくらいなら、もっと身近な人に相談するように。

文科省に手紙を出した子どもが自殺した場合、保護者は学校や教育委員会、文科省に怒鳴り込むことは出来んよ。だから、やはり子どもとの対話をしっかりとやってほしい。身近なところに相談相手がいないということこそ悲劇なのだ。

自分はこういった世間を騒がす行為には触れたくない。ブログには書けないほどの、生の事例を知っているだけに、ここに細かいことを書くことができないのだ。また、容易に誤解する人がたくさんいることも知っているからな。とても書けん。

このところ、火だるまにされている文科省。

こんなところからも批判が。しかし、この批判ってどうよ。

「私学には独自性」 必修漏れで東京協会長が文科省批判
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200611100298.html
2006年11月10日16時47分

 高校の必修科目の履修漏れ問題で、東京私立中学高等学校協会の近藤彰郎会長は9日、「私学には独自性、自主性がある。学習指導要領や文部科学省の通達どおりにやらないと法令違反だというのは間違っている」などと、履修漏れの是正を求める文科省の対応を批判した。
 都内で開かれた全国私学教育研究集会での講演で述べた。
 近藤氏は、指導要領の「標準」としての役割を認めつつも、「自分の学校に当てはめたときに、あまりにも合わないところがあったら現場で調整するのは当たり前だ」と述べた。
 卒業認定についても、「現場の長である校長が決めること。(単位が)足りなければ、受験後に集中的に履修させるのが大正解」と述べ、「文科省が言ったからといって、受験前に補習をやっている学校は、子どもたちのことを一切考えていない」と切り捨てた。
 私立では、完全週5日制や学習内容を減らした「ゆとり教育」、国歌斉唱・国旗掲揚などを実施していない学校が多いことにも触れ、「文科省の言うとおりにやっていないから、今の教育が残っている」と話した。
 近藤氏は、女子校の八雲学園中学高校の校長を務めている。

何をかいわんや。

「子どもたちのことを一切考えていない」と言っているが、子どもたちのことって受験のことだけを言っているんでしょ。だから、それこそ教育なんかやないやんけ。受験の便宜を図ることだけしか考えていない人こそ、子どものことを何も考えていないと斬り捨てておこう。

国歌斉唱、国旗掲揚を実施していない私学が多いことについて、「文科省の言うとおりにやっていないから、今の教育が残っている」と話したというが、これまた何が言いたいねん? 記者の日本語がおかしいのか、この校長はんがおかしいのか。

是々非々で文科省を叩くのは構わんが、叩き方ってあるだろうよ。私学の独自性や自主性を盾に、何でもやって良いというわけではない。私学の都合だけで、独自性とか自主性など言うたらいかんぜよ。

 

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      など。

Posted by 奥田健次 教育 |

2006.11.08

すげえ! 回転する錯視図形だよ。

たまには心理学ネタ。錯視図形ってご存じ? ミューラーリヤーの矢羽根の錯視とか見たことあると思います。長さや大きさが同じなのに違って見えたり、直線が曲がって見えたりする図形のことです。北岡教授の錯視図形は、回転して見える図形。部屋に飾っておこうかな、いや病気になるかもしれんからやめとこう。

円模様が回転して見える 立命館大教授、錯視研究で受賞http://www.asahi.com/national/update/1108/OSK200611080024.html
2006年11月08日13時40分

 直線なのに曲がって見えたり、四角形が揺れて見えたりする視角の錯覚(錯視)の研究で、北岡明佳・立命館大教授(知覚心理学)が7日、色に関連した科学や芸術の研究に貢献した人に贈られる「ロレアル 色の科学と芸術賞」の金賞に選ばれた。
 北岡教授は円模様がとぐろを巻く蛇のように回転して見える図形など、約10年の研究で錯視の基本図形を多数発見し、1000種以上の錯視デザインを作った。錯視は脳神経の一部が誤作動して起きると考えられており、青と黄色など特定の色の組み合わせで起きやすくなるという。
 賞は仏の化粧品会社ロレアルグループの拠出金で97年に創設した。北岡教授の錯視デザインはホームページで公開している。

Rotsnake_1 北岡教授のホームページはこちらをクリック。車酔いする人は、見ないほうがよいかもです。うおぉぉぉ。回って、回って、回って、回〜るぅぅぅぅ〜。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.11.07

文科相のメッセージより、保護者との対話を!

ファミリーメンタルクリニック、なかまた先生も『群発自殺を招いてないか! 「いじめ・自殺」の報道自粛を!』と呼びかけておられるように、「いじめ・自殺問題」についてマスメディアの報道姿勢には憤りを感じる。自分に言わせれば、マスメディアは「子どもを利用している」と。

産経新聞のWebのトップ記事になったと思ったら、すぐに削除された記事。自分がサイトをチェックした午前2時には、トップページの見出しだけが残っていた。全文を読もうとすると、「この記事は削除されました」と表示される。

産経新聞は自粛したってことなのだろうか?

いじめ苦自殺の予告手紙 文科相あてに届く
http://www.sankei.co.jp/news/061107/sha005.htm

 文部科学省は7日午前0時すぎ緊急の記者会見を開き、いじめを理由に自殺を予告する伊吹文明文科相あての匿名の手紙が同省に届いたと発表した。(11/07 01:40)【記事全文】

だが、朝日新聞は対応が違うようだ。

まあ、今回のは「自殺した」という報道ではなく、「自殺する」とほのめかしているので、扱いは違って当然ではある。

しかし、やはり「自殺のほのめかし(脅し)」行為を模倣する子どもが増える可能性はあるだろう。これまた良くないことだが、こんなことで今さら振り回される大人もどうかと思う。だから、記事をそのまま引用する。

いじめ自殺「予告」の手紙、文部科学省に届く
http://www.asahi.com/national/update/1107/TKY200611060341.html
2006年11月07日01時11分

 文部科学省は7日未明、「いじめが原因で自殺する」という内容の男の子が書いたと見られる手紙が同省に届けられたと発表した。
 午前0時15分すぎに会見した銭谷真美・初等中等教育局長によると、あて名に「文部科学省 伊吹文明大臣様」と手書きで書かれた封筒に、(1)大臣(2)教育委員会(3)校長先生(4)担任の先生(5)クラスのみんな(6)クラスのみんなの保護者(7)両親——にあてた計7通の手紙が入っていた。6日午前中に郵送されて来たという。
 学校でいじめを受けているとし、8日までに状況が変わらなければ、11日に学校で自殺すると書かれていた。「クラスのみんな」あてには「なぜ僕をいじめるのですか。キモイからですか。クサイからですか。なぜ僕のズボンをおろすのですか」。校長あてには「なぜ親がずっとまえから校長先生にいじめのことをいってもずっとなにもしないのですか」などとあった。
 差出人の名前や住所、学校名など個人を特定できる情報は書かれていなかった。消印の一部には「豊」と見える文字があり、文科省は、この文字を含む全国の集配局を調査。21都道府県の39市区町村の44郵便局が該当することが分かった。4日に投函(とうかん)されたとみられるという。
 文科省は、該当する都道府県教委を通じ、これらの局を含む自治体の教育委員会に連絡。該当するような相談を受けていないか、民間の電話相談窓口なども含めて調査するよう指示した。
 本当の自殺予告と判断した理由について、銭谷局長は「11日に自殺する、とはっきり書いてある」としたうえで、「大臣に対して行動してほしいという要請の手紙だろうと判断した」と説明。
 記者発表した理由について「私どもとしては、たった一つしかない命を大切にしてほしい。文科省も大人も、いじめの問題解決のためにがんばるから、『ぜひ、生きてほしい』とのメッセージを伝えたい」と話した。

果たして、この子どもが得たものは何だろうか。結果的に、自殺してしまった場合、その若い命を失う。自殺しなかった場合、自らの命を絶つことを交渉手段とするスキルを得るだろう。

実は、こうした行動は何も新しいものではない。『自殺念慮(ほのめかし)』なんてものは、精神科治療では普通にあることだ。社会的な影響力を抜きにしては考えられない。どういうことかというと、携帯電話もない無人島で一人で生活している人が自殺するのとは違うってこと。リストカットの傷跡を見せる人や、「これから死にます」と誰かに事前に打ち明ける人とは違うのだ。

後者の多くは、「だれか止めてよ」というメッセージに対する『社会的な注目』が、強い動機になっている場合が多い。社会的な注目とは「やめなよ、あなたの命は尊いんだから」といったような声かけだ。こうした注目を与えることで、自殺念慮はしばしば繰り返される。かといって、無視すると意趣返しのように本当に自殺してしまう人もいる。

今回のこの子どもは、「文部科学大臣を動かした」という意味で、大きな自己効力感を得たのかもしれない。ある種、「学校に爆弾をしかけたゾ!」という脅迫と似たようなところもある。

しかし、本当に必要なことは『保護者との対話』なんだよ。親や友達など、身近にいる人との対話を求めるべきであって、会ったこともない文部科学大臣に何かを言わせようとする必要はそもそも無い。

校長あてに「なぜ親がずっとまえから校長先生にいじめのことをいってもずっとなにもしないのですか」と書いているではないか。ならば、親は「うちの子かもしれない」と気が付くはずでしょう。

そういうことなので、文科省はこの子どもに「命を大切にして」と声をかけるのではなく、保護者に対して強いメッセージを発するべきなのだ。

「心当たりのある親御さん、心当たりの無い親御さんであっても、我が子に『いじめで辛いことがあれば、父さん母さんに話して。父さんと母さんは、(仕事を辞めてでも)絶対にお前を守るから』と話して下さい。今回の親御さんは、校長先生にまで話し合われたことがあるとのことなので、心当たりがあるはずでしょう? だから決して、子どもとの対話の時間を惜しまないで下さい」

こういうようなメッセージを、保護者に向けて行うべきなのだ。

しかし、こんな状況(惨状)になるのも当然といえば当然か。いくらなんでも、郵政解散選挙のときに小泉自民党がやった暴挙。それを『小泉劇場』と呼んで囃し立てたテレビメディア。本当にひどかった。あれこそ、歴とした『いじめ』であって、その『大人のいじめ』を煽り続けた人がいて、国民のほとんどが『いじめられっ子』候補者を反対勢力とか守旧派などとレッテル貼って冷たくあしらったわけだから。

当時、安倍さんも小泉首相(当時)に追随して、恐ろしいほどの『いじめ』に荷担していた。

郵政解散選挙で小泉自民党が圧勝した直後、自分は我が国で『いじめ社会の完成』をみたと述べた。そのことが、実際こういう形になって現れているだけだ。政治家もマスメディアも、他人事のように責任転嫁する前に、まず自分らの過ちを認めて反省するべきだろう。

 

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Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 教育 |

2006.11.05

地球温暖化の経済リスク【英政府報告】

地球温暖化防止のために何ができるの? って、まるで井上陽水ばりの出だし。英国のエコノミストが、温暖化対策に金を使ったほうが、温暖化が続くことによる地球規模の被害よりも安いという報告書をまとめたそうだ。

地球温暖化、経済リスクは大恐慌なみ 英政府が報告書
http://www.asahi.com/science/news/TKY200611040094.html
2006年11月04日

 地球温暖化による経済的な混乱は、世界大戦や20世紀前半の大恐慌並み——。英国政府が、こんな報告書をまとめた。温暖化ガスの排出がこのまま続けば洪水や干ばつなどが頻発し、世界の国内総生産(GDP)が20%以上失われる可能性があると試算。「破滅的な状況」を避けるため、環境対策を経済成長を保つ投資と位置づけて、世界中で取り組みを急ぐよう求めている。
 まとめたのは、英政府の経済顧問で、元世界銀行チーフエコノミスト、ニコラス・スターン氏。地球全体の気温が22世紀までに5度以上高くなる確率が、5割を超えていると予測した。
 温暖化によって氷河が溶け出し、世界の6人に1人が洪水や水不足の危機に直面。アフリカなどでは作物が害されて数億人が食糧不足に陥るという。東京など海岸沿いの地域では海面上昇が深刻な問題になり、2億人が居住地を失うとの悲観的なシナリオも示した。
 スターン氏は、交通や電力分野を中心とした温暖化対策に、毎年世界のGDPの1%相当の支出が必要だと主張。「最悪のケースを考えれば安い」としている

英政府のエコノミストがどんな試算をしたのか新聞記事では分からないが、そういう発想ってのはとても重要なこと。

京都議定書に批准しなかったアメリカなんかは、そういう計算が得意な国なはずなんやけどね。温暖化ガスの排出問題については、また別の試算をしとるんでしょうな。

気温が高くなるのは困ります。寒いの大好き。気温や室温が高いとすぐにクーラーを入れる自分。そして、それがまた地球温暖化の一因になってるこの自己矛盾。11月なのに、まだ半袖シャツ1枚で仕事しているよ。それでも、昼間はまだクーラーが必要で。

氷の塊の大隕石が、地球に1コ落ちてくれへんかな(笑)。

 

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Posted by 奥田健次 環境 |

2006.11.04

『子育て学』を高校の必修科目にせよ。

高校の必修単位偽造事件も、もうアホくさくてね。だったら、自分がずっと前から主張してきた『子育て学』を高校の必修科目に入れてくれと、真面目に言いたい。安倍さんの教育再生会議には、とても出来ん話やろうが。痛ましい事件が頻発しているのに。

乳児を数十回投げつけ重傷 埼玉県警、私大生の父親逮捕
http://www.sankei.co.jp/news/061104/sha014.htm

 生後5カ月の長男を布団に数十回投げつけ、急性硬膜下血腫で全治約3カ月の重傷を負わせたとして、埼玉県警朝霞署は4日、傷害の疑いで、東京都練馬区旭町、私立大生、遠藤寛文容疑者(22)を逮捕した
 調べによると、遠藤容疑者は7月25日から31日にかけ、当時住んでいた埼玉県朝霞市のアパートで、ベッドの布団の一部を立て掛けた壁に向かって、長男を頭から数十回投げ付けた疑い。長男は8月2日にけいれんを起こし、救急車で病院に搬送。病院が「虐待の恐れがある」として同署や児童相談所に通報した。
 遠藤容疑者は会社員の妻(22)と長男の3人暮らし。「妻が不在の時に、あやすつもりでやった」と話しており、妻は遠藤容疑者の行為を知らなかったという。
(11/04 18:53)

生後5か月の赤ちゃんに、全治3か月の重傷を負わせたと。40歳の成人に、全治25年の重傷を負わせたようなものだ。怒りがこみ上げてくるよ、まったく。

こうした家庭状況自体、虐待の生じる蓋然性が高いわけで、そこにアプローチしなきゃ子どもを救うことは出来んよ。これも学会でずっと主張しているのだが、無視され続けている。

法医学では子どもを救いきれない。子どもの傷の有無で判断するようなやり方はいけない。現場では、「この傷は転んで出来た傷か否か」とか「もう1度、あざを作って来たら通報しよう」などと、真顔で議論されている。自分に言わせれば、何を馬鹿なことを言っているのかと。次の傷が致命傷になったらどうするのか。

だから、子どもの傷の有無で虐待を判定する方法は子どもを救いきれない。

自分が提案し続けている方法は、『家庭環境』と『parenting skill(親業スキル)』を評価・判定する方法だ。アメリカでは、こうした客観的方法が子どもを虐待から救う予防的な方法として取り入れられている。

このことを学会でも提案したが、児童相談所や鑑別所などの法務関係者の反応は悪かった。肯定も否定もされず、黙殺された(詳しくは『里親について考えてほしい』もご覧下さい)。

自分のこの論理構成について、反論でも構わないのでリアクションが欲しかったのだが。「今の法律では、そんなこと出来るわけがない」という思考停止状態に陥っているのではなかろうか。だったら、そんな法律は改正すればいいじゃないか。

自分は数年前から、本当の『子育て大学』を作りたいと思っていた。だが、そんなカネはない。だから、ホームページ上のコラム『子育て大学』でメッセージを送ってきた。同時に、中学校や高等学校で子育ての授業と実習が出来ないか模索してきた。

今回のアホらしい高校必修単位偽装事件。「大学受験に関係ない勉強はしたくない」ってのが親も子も、ガッコの先生も共通した思いなんでしょ? 誰も「授業料、返せ!」とは言わないし。ひねくれ者の自分は、「大学受験に関係ないが、お前ら子育てと納税の勉強はしとけよ!」と言いたい。

いくら言ってももう駄目なんやけどね。結局は、「子育ても納税も、大目にみてやれ!」ってか。

 

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『やらせ』使わなきゃならん教育改革なんぞ、ロクなもんじゃねぇ!
公明党に押し切られた自民党、7分の1の力に落とされた文科省。
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高校履修詐欺事件。大衆の論調を斬る!

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里親について考えてほしい
親の子殺し、子の親殺し。

どうしようもない校長
子どもを上手く育てるために
      など多数。

Posted by 奥田健次 教育 |

2006.11.03

『やらせ』使わなきゃならん教育改革なんぞ、ロクなもんじゃねぇ!

なんだか郵政民営化のときに国民洗脳で使われた『B層プラン書』を彷彿させるねえ。これが、チームセコーのやり方かぁ? すべてセコリアンの仕業なのかぁ??

たまには、共産党の『しんぶん赤旗』を引用。

2006年11月2日(木)「しんぶん赤旗」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-11-02/2006110201_01_0.html
教育基本法見直し発言誘導
政府が「やらせ」
タウンミーティング青森県に依頼文書 内閣府認める
石井議員が追及

 九月二日に青森県八戸市で行われた「教育改革タウンミーティング」で、内閣府が県教育委員会に依頼して教育基本法改悪法案に賛成するよう学校関係者に「やらせ質問」をさせていたことが一日の衆院教育基本法特別委員会で明らかになりました。
 日本共産党の石井郁子議員が裏付ける文書を示したのに対し、内閣府の土肥原洋総括審議官は「内閣府が作成したもの」と認めました。石井氏は「教育基本法にかかわって世論誘導するのは重大だ」と批判。塩崎恭久官房長官は「調査して報告する」と約束しました。与野党議員から「とんでもない」「大問題だ」とのヤジが飛び、委員会室は一時紛糾しました。高橋千鶴子議員も十月三十一日の同委員会で指摘していたものです。
 問題の文書は八月三十日に、青森県の三八教育事務所が、ある中学校の校長あてにファクスで送ったものです。「タウンミーティングの質問のお願い」と題し、二枚目に質問のひな型として、(1)時代に対応すべく、教育の基本となる教育基本法は見直すべきだと思います(2)改正案は「公共の精神」などの視点が重視されていて共感している。改正をきっかけに思いやりのある社会の実現を目指すべきだ(3)教育の原点はやはり家庭教育だと思います—の三つが書かれています。文書は、「誠に申し訳ありませんが、…当日に(2)の質問をお願いします」としています。
 さらに九月一日には、今度は県教育庁教育政策課から同じ校長に対して、「『タウンミーティング』に係る依頼発言について」という文書が届きました。内閣府から発言の仕方への注意があったとして、「できるだけ自分の言葉で」「せりふの棒読みは避けてください」「自分の意見を言っているという感じで」などを、こと細かく指示しています。また、文科省の担当者が発言者の座席の位置を確認するということにも言及、「○○さんは『文科省依頼』に該当しています」としています
 複数の参加者から、(1)と(3)の趣旨の質問が会場から出されたことが指摘されており、県教委がほかの校長に依頼したとみられます。
 委員会で、石井氏は「国民との対話を装いながら、発言者を組織し、政府の用意したものをしゃべらせるのは対話というより民主主義否定の世論操作だ」と批判。他の会場も含めこの間おこなわれてきたタウンミーティングでやらせ行為があったか調査を求めました。

2006110201_01_0b  

(引用ここまで)

 

「他のタウンミーティングでもやらせ行為があったのか」って調査を求めたところで、物証が出てくるまで「そのような事実は確認されませんでした」ととぼけるに決まってるやん。いじめの学校側の対応を見たでしょ?

 

まあ、マスメディアも虚像しか流さないし、政府が仕掛けることもこんなもんなんでしょうな。

タイトルにも書いたけど、もう1回言っておこう。

『やらせ』使わなきゃならん教育改革なんぞ、ロクなもんじゃねぇ!

 

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      ほか。

Posted by 奥田健次 教育 |

2006.11.01

城内実ブログから。

このブログの読者なら、城内実さんを知っていますね。郵政解散選挙で、刺客を送られて落選させられた若手議員さん。久しぶりにブログをのぞいたら良い記事がいっぱい。

子供のしつけ

 今日の夜、家に帰ってきて小学校一年生の長男と幼稚園生の次男と子供部屋の片付けを一緒にした。子供たちは折り紙が好きなので床に折り紙が散乱していた。また、本もあっちこっちにころがっている。足の踏み場もない。
 折り紙については、一枚一枚大切に使いなさい、本もきちんと本棚に入れて決して足で踏んではいけないよと教えた。当たり前のことでも毎日叱ってあげる時間がないのでしつけがおろそかになっていた。が、たまに叱ると子供たちもしっかりと父親の言うことを聞く。
 我が家は、私が忙しさにかまけて子供のしつけは妻にまかせっきり、まるで母子家庭のような環境にある。、妻が父親代わりに子供たちを叱っているが、本来の家庭は父親が厳しく、母親は優しく子供たちを育てるという役割分担が出来ている。
 いくら忙しいといっても時間はいくらでも作れる。今日からしっかりと子供たちと対面して時には厳しく、時には優しく接していきたいと思う。
10月18日(水)

城内さんのセンスはすばらしいと思う。我が子に「叱ってあげる時間がおろそかになっていた」というのだ。そうなんですよね、『叱る』っていうのが愛情なんですよね。ところが、最近の親御さんを見てると『叱る』というよりも『怒る』。『愛情』というよりも『感情』的になっているだけ。

子どもを叱る。そのためには、親は自分の時間を子どもに費やさなければならない。叱った後のフォローも大切だから、少なくとも1時間は対峙しなきゃならん。親子で話し合う時間をしっかり作る。だから、叱られるほうよりも、叱るほうが大変なんだよね。教育もそうだよ。学生を叱らなければならないときがある。最近は、親にすら叱られたこともない学生が多いから、どうしても叱らなきゃならんときは2時間以上、時間が取られることもある。

昔、何だったか読んだ本で印象に残っているのが、夏目漱石先生。生徒を叱るときは、「生徒が泣くまで叱った」そうだ。当時の自分は「これ、すばらしいやん!」と思ったし、今でもそう思う。

近々、子育てについての自著を出す予定。城内さんの何気ない記事を読んでいると、「まだまだ捨てたもんやないな」と思ったりした。

もう一つ紹介。

夕飯

 今日地元のある地区を挨拶廻りした。日もくれて暗くなったので、住宅密集地を避けて浜名湖の沿岸部の通りの集落を西から東へ一件一件廻ることにした。
 五件目くらいのお宅の玄関に入ったら、いきなり何で「うちの敷居をまたいだのか。おまえなんかとっとと帰れ。」と言われた。その方(Y氏)曰く、熊谷弘元代議士を10年以上応援し、その後私の選挙も応援してくれて、前回の選挙で何日も地元や知り合いを頼んで歩いてくれたという。私は無礼にも、落選して一年経って初めてこの方に挨拶に来たわけである。その方は浜名湖で漁師をしており、また畑を持っていて農業にも携わっている大正生まれの80歳の方である。見た目はどう見ても60代くらいにしか見えないが、日焼けした顔には人生のさまざまな苦労を経験した素晴らしい男の顔がある。
 いろいろとお説教を聞かされたが、人生の先輩からの言葉は重みがある。30分以上お小言を玄関先で聞いていると、おいしそうな夕餉のにおいがした。「台所から良いにおいがしますね」と言うと、「おまえ飯食っていけ」という。ちょうどおなかもすいていたので、24歳の良く働く秘書のN君と一緒にごちそうになった。Yさん曰く、「ろくなものがないが食べていけ」と言われた。長野県でとれたきゃらぶきや金山寺味噌、自家製のらっきょう、梅干し、鯖の味噌煮などなど本当においしかった。お米も自家製の新米だからおいしい。ついおかわりをした。しまいにはおかわりのごはんもすっかりなくなった。
 私はどちらかというと、美食家ではない。粗食をむねとするが、ある意味では贅沢である。お米や野菜も支援者の方が丹誠込めてつくった最高のものをいただいているし、味噌や醤油も小さなお店がつくっているものをわけてもらっている。
 飽食の時代にあって、一番贅沢なのは、おいしいお米とおいしい水ではないだろうか。もっと贅沢なのは、おいしいお米と水でつくったお酒である。おいしいお米があれば、ちょっとした漬け物で充分である。お茶もおいしい山の水があれば都会で飲むよりも100倍おいしい
 Yさんのお宅を出る際に、お米を半俵(約30キロ)いただいた。苦労して収穫したお米を頂いたわけである。本当にうれしい。私も、見よう見まねで田植えをし、収穫もした。しかし、毎日毎日、作物をしっかり育てている本職の方々にはかなわない。頭が下がる思いである。
 こうした一生懸命農作業や漁業にいそしんでいらっしゃる方々のためにも、しっかりとした血の通った政治をしていきたい。
 Yさん、おいしい夕ご飯ありがとう。
10月31日(火)

城内さんの記事を読むと、ホッとする。最近、あまりにもメディアも政治もひどくてイライラしていた。安倍さんのやってることからは『美しい国づくり』を感じない。一方、城内さんの感覚には『美しい国』を感じることができる。『郷土愛』を自然に感じることができるからだ。

 

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Posted by 奥田健次 社会 |