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2006.08.31

日本行動分析学会年次大会に参加します【追記付き】

9月1日から日本行動分析学会の年次大会だ。場所は兵庫県西宮市の関西学院大学。『かんさいがくいんだいがく』ちゃうよ。『くゎんせい』やで(笑)。めっちゃ、地元ですわ。自分、まあ遊び回っていた土地やからね。ポスター発表を2件するよ。

オフィシャルサイトはこちら

考えてみたら、関学(くゎんがく)で学会って不便やね(ちなみに何で『くゎん』なのかってのは自分で調べておくれやす)。ちょっと閑静な土地にある大学なんやけど、そもそもホテルなんか無いもんね。

温泉(実際は冷泉ね)で有名な宝塚あたりの高級なホテルを利用するしか無いかもよ。プアーな学生さんには厳しいかな。

自分も学生の頃、国際会議が横浜であってさあ。会場のホテルの1泊シングルが驚くほど高く28,000円もするわけよ。しかも4日間の会議だ。だから、自分は毎日下山して桜木町あたりの驚くほど安いビジネスホテルに逗留した。んで、国際会議のときの昼食とかもさ、ホテルのレストランの一番安い定食でも2,000円ほどするわけ。だからね。ホテルの売店で見つけた食べ物で、『ウエハース』と『午後の紅茶』をランチにしていたさ。

教授らも、助手と男二人でツインに泊まったりしていて。それでも一人23,000円とかだったみたい。ビンボーな自分、教授らに「トリプルでどう?」とかって誘われたけれども、気も遣うし金も高いし、やっぱ下山したほうが利口な選択なわけ。今となっては懐かしい思い出だわさ。

Lightup え? そのホテル? 横浜プリンスホテルよ! 小高い山の上にあってさ、横浜の海が一望できる超リッチなホテルね。

あら? なんと横浜プリンスホテル。閉館じゃん!(と、驚いたフリ;ホントは知ってたけど記事にする機会を逸しただけ)。ともかく、うーん。プリンスホテル系列って斜陽なの?

横浜プリンスホテルの貴賓館はどうなるの? あれって旧「東伏見宮」別邸でしょう。

プリンスホテルの親会社は西武グループ。戦後、旧皇族から多くの土地を買い取った人たち。だからこそ、しっかりしてくれって思うねんけども。

【追記】
wikipediaで『プリンスホテル』を調べてみた。そしたら、

社名は、戦後旧皇族が手放した多くの土地にホテルを開業したところから、名付けられている。

だってさ。あのね。「手放した」というより、「手放さざるを得なくなった」ってのが正解でしょ。GHQの命令で、皇室財産を実質上、没収されたんだから。皇族と皇室の弱体化という、GHQの戦後の占領政策の一つだよ。とんでもない財産税をかけられてしまったから、「手放さざるを得なかった」。商人の手に渡ってしまったわけよ。

 

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Posted by 奥田健次 お知らせ |

2006.08.30

超忙し8月スケジュール

最近、毎日2時間〜4時間くらいしか寝ておらずフラフラ、フランク・フラゼッタ。8月は激しすぎたか。名古屋を拠点に、神戸、高知、北海道、岡山、東京、沖縄、大阪、博多、神戸、広島、仙台、東京。これらの間に、名古屋に戻ってるからね。

のどがガラガラだが、1日でも仕事をキャンセルすると、自分の場合はかえって倒れてしまう。だから、休まずに行きます! ワーカホリック、ばんざい!

 

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Posted by 奥田健次 脱力系 |

2006.08.28

小中学校に5段階評価

いやあ、誠によろしいことです。自分は平素、文部科学省のことを『文部文学省』とか『文部魔術省』などと揶揄してきたけれども、ようやく客観的評価に向けての足並みが揃いそうなのだ。

学校に“通信簿”…文科省が現場取り組みを5段階評価
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060828it01.htm

 文部科学省は、小中学校の授業内容や学校運営などを客観的に評価する統一基準を定め、各学校を「評定5」から「評定1」の5段階で評価していく方針を決めた。
 国が、学校現場の取り組みを数値で評価するのは初めてで、今年度は全国124の公立小中学校で試行する。これまでも教職員や保護者ら学校関係者による学校評価は行われていたが、今回の5段階評価は、学校と直接かかわりのない第三者が各学校の真の実力を見極め、教育の質の向上につなげるのが目的だ。
 9月から始まる評価の対象となるのは、47都道府県と15政令市にある公立の小中学校各1校。文科省は来年度以降も対象を拡大し、将来的には私立や国立も含め、幼稚園や高校などへの評価も検討する。
 これまでの学校評価制度は、保護者や地域住民に、教育活動や学校運営の状況を公開するなどの目的で、2002年4月に導入された。教職員による自己評価のほか、保護者らによる外部評価を行っている学校も多いが、評価方法が統一されておらず、教職員の反省会を「評価」としている学校も少なくなかった。文科省によると、評価を数値化している学校や自治体はほとんどないという。
 これに対し今回は、文科省が、「学校における教育」「学校の管理運営」「保護者、地域住民との連携」の3分野、計18項目の評価項目を設定した。
 例えば、「各教科の指導状況」の項目では、「説明や板書など各教員の授業の実施方法」や「個別指導や習熟度に応じた指導が行われているか」など、10の指標をもとに評価。「多くの児童生徒が集中して学習に取り組んでいる」「教室内は清掃、整理整頓され、掲示物も適切」などの状況なら「評定3」になる。全国的に見てもすばらしい取り組みで、ほかの学校の参考になる場合だと「評定5」、取り組みが全く行われておらず、成果がほとんどないと「評定1」となる。
 ほかにも、複数の学校が参加する学力テストの結果などから判断する「児童生徒の学力・体力」、出席率や遅刻状況を調べる「児童生徒の出席状況」などの項目があり、これらの評価結果などを基に、学校の総合評価が決まる仕組みだ。
 9月からの試行では、文科省の職員や専門家など計3人が学校を訪問。1〜4日かけて、授業の視察や校長からのヒアリング、職員会議の参観などを行う
 今年度は試行のため、評価は学校に通知するだけで公表しないが、文科省では「将来的には、公表も検討する」としている。
 今回の試みについて、教育評論家の尾木直樹さんは、「問題点を指摘して改善を求めるなら、具体的に指摘すればよく、数値で示す必要はない。数値を上げるために、表面的な実践を行おうとする学校が出なければいいが」と懸念する。これに対し、文科省は「5段階評価は自分の学校がどの水準にあるかを把握しやすくするためのもの」としている。
(2006年8月28日3時2分  読売新聞)

ここに、読売新聞朝刊(8月28日付)がある。この記事は一面トップで扱われていた。もう少し細かい情報が書かれていたので、引用しておこう。新聞記事でいう『3分野18項目』である。

学校における教育
 教育課程の状況
 各教科の指導状況
 生徒指導・進路指導
 特別支援教育の状況
 安全管理・保健管理
 児童生徒の学力・体力
 児童生徒の出席状況
 児童生徒の全人格的発達の状況

学校の管理運営
 学校の組織運営
 教職員の意欲・資質と向上への取り組み
 設置者(市区町村教委)と学校の状況
 施設・設備の状況
 自己評価の実施状況
 外部評価の実施状況
 学校評価、学校に関する情報公開

保護者、地域住民との連携
 学校への児童生徒の意見要望の状況
 学校への保護者の意見要望の状況
 保護者・地域社会との連携協力

もちろん、上記の項目の中には、「どうやって評価するねん」と疑問を抱いてしまうものもある。しかし、今までたかだか5段階評価レベルの数値での評価が無かったことのほうが、よほど問題なのだ。

なお、昔から教育現場で(および教育関係の学者)はイデオロギーが先行しており、こうした客観的評価を嫌う傾向が強い。これは、一般の人間には想像できないほど激しいものであり、今回の文科省の決定事項に対する反発も予想されるだろう。

しかし、本当に実力のある教師ならば、こうした客観的評価への方向性を基本的に歓迎するだろう。

個人的なことを言わせてもらうならば、自分のような日本全国を渡り歩いている臨床家にとっては、「なぜ、ここまで学校・地域によって差があるのか」という腹立たしい気持ちから解放されそうなグッドニュースではある。実際、今日は仙台で仕事だったのだが、こちらの親御さんにこの新聞を見せて説明したが、当然のごとくその方向性をまずは喜んでくれた。

発達障害児など、特別なニーズをもつ児童生徒に対して、「今の時点では何もできません」と言って完全に放任している(問題が起こるまで何もしない)学校もあれば、積極的に保護者と連携協力して個別の支援計画を作成しようとする学校もある。教育委員会もそうだ。保護者が面談を求めているのに、「その必要はない」と言って、何の準備もせずに入学させ、入学後に十分予期された問題が生じたら、「親御さんにさらなる協力と理解を求める」なんて平気な顔して言う人間もいる。

したがって、こうした客観的評価を行う方向性を否定する連中というものは、イデオロギーが先行しているのであり、現場を知っているような顔をしていて実は何も知らない(現場で汗をかいていない)連中であると言えるだろう。

ただし、評価方法などが形骸化しそうである。5段階評価だけをもって、科学的と言うのはまだまだおこがましい。細かい話については、運用状況を見て指摘していくことにしよう。

 

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Posted by 奥田健次 教育 |

2006.08.27

『デマ率』だってさ(笑)。

当ブログでは、嘘しか書かない(笑)。←いちいち解説はしませんよ。

ネット情報「ウソ発見器」 総務省が開発へ
http://www.asahi.com/national/update/0826/TKY200608260179.html
2006年08月26日15時41分

 真偽が見極め難いさまざまな情報が乱れ飛ぶインターネット。その中で、ウソや間違いらしい情報を自動的に洗い出し、ネットの利便性を高めるシステムの開発に総務省が乗り出す。ネット上にある関連深い別の情報を探し出し、比較参照することで、情報の「デマ率」などを示す。研究機関と協力し、2010年までの開発を目指す。07年度予算では、まず3億円を要求する。
 ネット上の情報は、何人もの目で事前に校閲された出版物などに比べ、誤った内容が少なくない。信頼性を確かめるには、利用者が他の情報と付き合わせるなどの作業を行うしか手がない。
 総務省が構築を目指すシステムは、この選別をコンピューターで自動的にやらせるものだ。ネット情報のウソや間違いの「発見器」といえる。
 完成すれば、ある情報のデマ率を調べたり、ネットで検索するときに信頼性のある順番に表示したりできるという。「この情報はデマ率95%ですが表示しますか」などという注意表示もできるようになる。
 扱う対象は、株式情報から国際情勢の解説、商品情報などさまざま。「この企業分析は適切か」「レバノン内政のこの記述は自然か」「オークションに出品されているこの外国電化製品の性能表示は本当か」などの疑問に答えられるようにするのが目標。
 開発の焦点は、インターネットのなかから信頼できる関連情報を見つけ出せるかどうかだ。そのために、知識を関連づけて書かれた内容の意味を正確に判定する技術や高度な自動翻訳技術などを編み出す必要がある。

思わず、笑ってしもたよ。「この情報はデマ率95%です」だって?

ならば、例えば政府の言う「小さな政府」が効率的と言うのは、デマ率何%なのよ。

ある種の立場の人間に利用される心配は無いのか? ってか、意図的でしょ? 政府にとって都合の良いネット情報などを「信頼性のある順番に表示」できるよなあ。

『信頼できる関連情報』の、「信頼できる」ってどういう定義なんかね。その信頼度って、誰がどういう定義で、どう判断するのか、どうか一つ教えておくんなまし。所詮は、翻訳ソフトと同じ程度の、役に立たないシロモノで終わりなんじゃない? この総務省が開発した『デマ率判定システム』の判定の信頼性はどうやって評価するのかねえ。

それで3億円の予算ですか。なかなか高価なオモチャですなあ(笑)。

 

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Posted by 奥田健次 社会 |

2006.08.26

きょうだいの会 in 沖縄 2006

近年、兄弟姉妹に発達障害者のいる人(以下、きょうだい)に対する支援に注目が集まっている。多くのきょうだいが、幼い頃から自分のことについて相談したくても、相談できない(親に聞いてもらえない、遠慮して言えない、etc.)ことから、成人に至るまでの間にさまざまな不適応をかかえる場合がある。

今年も沖縄で『きょうだいの会』を開催しました。

参加条件は、発達障害のある子どもをどこかに預けて、きょうだいと親だけで来られること。つまり普段と逆。普段は、発達障害のある子どもが親と一緒に相談に来るとき、きょうだいは留守番しているのだ。『きょうだいの会』では、きょうだいが主役。

こうすることで、発達障害児にとっても、ファミリーサポートやソーシャルサポートを開拓するきっかけにもなる。いざというとき、発達障害児をどこにも預けられないというのは、親子共に良くないことなのだ。

200608okinawa2 そして、主役のきょうだいたち。ある小学生は「今日は、ぼくが奥田先生と遊んでもいいの?」と母親に聞いたそうだ。それくらい、普段から気を遣っている様子が伺われる。

この日は、宜野湾市のトロピカルビーチ。幼児期から青年前期まで幅広い年齢のきょうだいと母親が参加した。時間を忘れて、泳ぎまくって遊びまくった。この日は遠慮なんかいらんから、きょうだい達もはしゃぎまくった。ビデオもカメラも撮るのを忘れてしまった。今年も、日が暮れるまで、ひたすら遊びまくり。日が暮れてから、写メを1枚。

 

200608okinawa3 ビーチで遊んだ後、みんなでエンダー(A&W)に移動。みんなビックリするくらい食べるし、飲む。海人(うみんちゅ)から食人(たべんちゅ?)に変身。

食事の後は、おまけ。北谷のジャスコに移動してゲーセンで遊ぶ。子ども相手に、手加減せずに太鼓の達人で勝負。そして、余裕でベンツが買えるほど鍛えたUFOキャッチャーで景品をゲットしては、きょうだい達にプレゼント。ゲーセン行くと、自分もただの子どもに戻ってしまう(笑)。大人公認の夜遊びともいう。

きょうだい同士、自然に仲良しになっていくのも良い感じだった。

楽しかったねえ。また来年、行けたらいいね。

 

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関連記事:沖縄市に来ました

Posted by 奥田健次 特別支援教育 |

2006.08.22

沖縄市に来ました

先週、北海道。そして今、沖縄で仕事。縦横無尽やね。体調が悪いとか言うてられん。

必要としている子どもがいれば、どこでも行くって感じです。しかし、自分の身は一つしかない。しかも、いずれ果ててしまうもの。その場、その場の仕事には、十分すぎるほどのやり甲斐を感じるのだが、自分のやれることなど小さいものだとも思う。

これ、別に『弱気発言』ではなく、自分は弱い存在に過ぎないと自覚しているだけ。

こんな自分ですが、沖縄の親御さん達、激励して下さいました。ありがとうございます。

200608_1 沖縄市古謝にあるトノーという、樽型の建造物の飲み屋さん。誰が作ったんだろうね。

ないちゃーが造ったのか、しまんちゅが造ったのか。はたまたアメリカン?

 
 
 

建物の中は、こんな感じ。200608_2

2階建てだが、まだまだ広いので3階建てにも出来そう。

こんな家に住みたいなぁ。いや、こんな研究室がええなぁ。きっと仕事せずに、遊んでしまうやろうねぇ(笑)。

 
 
 

200608_3 アイスドリンクの特徴は、氷が丸形なんよね。

自分のはアセロラジュースでごわす。酒はハタチでやめました。

料理も創作料理が多くて、琉球料理でもかなりプログレな感じがする。

行ってみてみー。那覇の観光客相手のお店よりも、沖縄市のほうがよっぽど何でも本格的だね。

 

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Posted by 奥田健次 脱力系 |

2006.08.21

早実、斎藤佑樹君に学ぶ。

早稲田実業が熱戦の末、夏の大会初制覇。バタバタ移動している最中、空港のロビーで斎藤佑樹投手のインタビューをちらっと見た。後でネットで斎藤投手が残したコメントをチェックした。はっきり言って、すばらしい。

早実が2日間の死闘制し、悲願初V!駒苫は夏3連覇逃す
http://www.sanspo.com/sokuho/0821sokuho018.html

第88回全国高校野球選手権大会最終日は21日、兵庫県西宮市の甲子園球場で前日に延長十五回引き分けとなった駒大苫小牧(南北海道)−早実(西東京)の決勝再試合を行い、早実が4−3で勝ち、1915年の第1回大会から通算27度目の出場、3度目の決勝進出で悲願の全国制覇を果たした。早実は春の選抜大会では、57年に王貞治・現ソフトバンク監督を擁して優勝している。

★早実・斎藤3連覇止めた−クールな右腕、初Vに涙

先輩たちの思いを背負って投げた144キロの直球だった。斎藤の夏の甲子園通算948球目。田中のバットが空を切り、2日間にわたる激闘に幕が下りた。クールで鳴らす男も、さすがに涙をこらえられない。「今までで一番うれしい」。おえつで言葉になっていなかったが、確かにそう言った。

本当に4日連投なのか。そう思わせるほどの投球だった。次々と140キロ以上の直球を投げ込み、スライダーの切れも前日と変わらない。「疲れはあったけれど、最後は気持ちでした」。九回に中沢に2点本塁打を浴びて1点差に迫られると、スタンド全体が騒然とした。しかし、マウンドに集まった内野手とともに空を見詰め、落ち着きを取り戻した。

「先輩の思いが斎藤に乗り移っていたようだった。斎藤を支えるチームメートも想像以上だった」。和泉監督の目は潤んでいた。そんな恩師にエースは「ここまで成長できたのは監督のおかげ。勝ったことよりも、監督に優勝させてあげたことの方が…」と、泣かせるセリフを口にした

もうひとつ。

熱投Vの早実斎藤が涙/夏の甲子園
http://highschool.nikkansports.com/2006/koshien/news/f-hb-tp1-20060821-0008.html
「うれしい。仲間を信じ、部員全員を信じマウンドを守ってきました。みんなに感謝したい」。

複数エースでローテーションして投げたのではない。斎藤投手が4日連投したわけだ。ややもすると現代的に「自分のお陰だ、自分が強いからだ」と言ってしまいがちなシチュエーションにもかかわらず、こんなコメントを残した斎藤投手は、「仲間とは何か」「コミュニティーとは何か」「社会とは何か」「歴史や伝統とは何か」、ということを良く分かっている生徒なのだ。知識として分かっているという意味ではない。そういうタテやヨコの中におかれた自分を『繋がりある存在』として感じ、自然に周囲の人の繋がりまで身にまとっているのだろう。自分は自分一人のものではないということを。

スポーツに打ちこむ若者から、学ぶこともたくさんある。

駒大苫小牧も、試合には敗れたが、最後まで見事だった。

 

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Posted by 奥田健次 スポーツ, 学ぶこと |

臨床発達心理士の講師に行ってきました

今日は大阪学院大学で仕事でした。JR岸辺にあるキャンパスで、以前、学会発表しに行ったことがあるので2回目。茶色いタイルで統一されてて、よく印象に残っている。

臨床発達心理士資格取得を目指している人への講習会で、講師としてお話しをさせていただいた。

いつもこの参加者らは、まずほとんどの受講者の目がギラギラしているところ。ほとんどが何らかの問題意識を持ってきているからだろう。だから、講義はとてもやりやすい。

自分はいつも通り、過激なことをたくさん喋ってきたが、それらはすべて自分に返ってくると思っている。自分を追い込むために、過激なことを言っているのだ。「○○も出来ないやつは、医師・心理士・教師なんぞ辞めてしまえ!」的な発言は、「自分はそういう覚悟でやるべき仕事だ」と自分自身に言い聞かせているためのもの。オーディエンスがどれくらい、それを理解しているのかどうかは不明だが。

それから、これもいつものことだが、最初は受講生はいつも「え? あんな人(あんな恰好した兄チャン)が先生なの?」という目で見ているのは、前に立っていると、ひしひしと伝わってきている。だが、それもものの10数分で態度が変わるのだ。アンケートでも、そういうことを正直に書いて下さる方もいる。「最初、見たときは大丈夫かな〜と思いましたが、本物の臨床家なんだと言うことがすぐに分かりました」「人は見かけによらないものということを実感しました」という自由記述が目立つ。

いやいや。たいていの場合、人は見かけで判断されるもの。ただ、自分はちょっと異常なだけ(笑)。『平均』なんて言葉が、もっとも当てはまらないのが自分です。

そんな自分が書いた章があるので、働きながらでもこんな資格を取ってさらに発達支援に磨きをかけたいと思われる方は、ぜひお読み下さい。分担執筆者の中で、間違いなく、自分が一番厳しいことを書いているからね。

それと講義のときにも言いましたが、いつもこの後、講演の依頼が増えるんですよ。でも、申し訳ないですが、最近はほとんどの場合、お断りしています。話を聞くだけじゃ、現場は良くならんからね。講演に行く暇があったら、暴れてる子どもらに会いに出かける時間に充てるから。

 

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Posted by 奥田健次 特別支援教育 |

2006.08.20

たまには職場の広報もね

今日は職場のオープンキャンパスでした。今週半ばの北海道から関西に移動して、また名古屋に帰ってまた関西。毎日毎日、行ったり来たり。今日は新幹線の乗車口で、ちらっと議員バッジが目に入ったので、顔を見てみたら目が合った。

もうすぐプロレスラー引退する馳浩議員だよ。とっさに「今度の両国国技館、頑張って下さい!」とでも挨拶しようかと思ったけど、すれ違うだけの時間しかなくってね。ふと、考えたら文部科学副大臣やん! IWGPタッグ王者のイメージのほうが先に出てしまった。それにしても、ジーンズのジャケットにも議員バッジなんやね。

まあ、いつか丸の内で会いましょう(笑)。

さてさて。うちの学祭へどうぞお越しを。個人的に今回の目玉企画はコレ。

映画『ファンタスティポ』の監督、藪内省吾さんがお話をしに来て下さいます。同僚の嶋守さやか先生と対談します。

できたばかりのホームページは、こちらから。みなさん、おこしやす。

 

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Posted by 奥田健次 お知らせ |

2006.08.11

親も教師も覚悟が足りない(不登校問題)

産経の速報に反応して、久しぶりに教育の話。っていっても、結局行き着くところは同じようなもんなんだけどね。

中学生の不登校率、4年ぶり悪化
http://www.sankei.co.jp/news/060810/sha094.htm

 昨年度の国公私立の中学校で病気や経済的な理由以外で学校を30日以上欠席した「不登校」の生徒の出現率が前年度比0.02ポイント増の2.75%となり、4年ぶりに悪化したことが10日、文部科学省の学校基本調査(速報)などで分かった。36人に1人いる計算。このうち、不登校が前年度から続いている生徒の割合は過半数に達している。多くの中学生が学校に復帰できていない現状も浮き彫りとなり、学校関係者は対策を迫られそうだ。
 調査結果によると、昨年度の不登校の小中学生は前年度比0.9%減の12万2255人。生徒全体における出現率は1.13%で、89人に1人いる計算となった。数、率ともに4年連続の減少だが、依然として高水準にある。
 不登校の中学生は9万9546人。少子化で生徒数が減少しているため数自体は0.5%減となったが、中学生全体における不登校生徒の割合を示す出現率では36人に1人の計算となる2.75%で、0.02ポイント増えた。そのうち、前年度から不登校が続いているのが5万2079人おり、全体の52.3%を占めている
 不登校の小学生は2万2709人(同2.6%減)で、出現率は0.32%。317人に1人の計算だ。そのうち不登校が継続しているのが9189人で、全体の42.4%を占めている。
 不登校継続率は学年が上がるに連れて上昇する傾向にあり、小2の34.5%が小6では46.9%に跳ね上がる。通学環境が変わる中1では31.8%といったんは落ち着くものの、中2で51.4%と過半数になり中3では64.4%に達している。
 不登校が続く理由を小中学生全体でみると、「不安を中心とした情緒的な混乱」が31.2%で最多。「無気力」が22.4%で続いた。
 中学生の不登校率悪化について、文科省では「人間関係づくりや家庭環境悪化などさまざまな要因が考えられる」(児童生徒課)としている。NPO不登校情報センターの松田武己理事長は「コミュニケーション能力や社会的自立度が低下し、子供っぽい中学生が増えている。いじめへの対応をはじめ、知育中心でなく総合的な力を身につけられるよう先生の指導力を強化してほしい」と話している。
(08/10 23:32)

自分は、ここ4年間減少していたというデータすら疑っている。いくらでもそんなデータ、意図的に操作できるからな。自治体によっては、出席や欠席の定義が曖昧で、『不登校の実数ごまかし』を平気でやっているところがあるからだ。以前から、このことを指摘してきた(『フリースクールで不登校をごまかすな』)。どうやっても、不登校の問題を改善できないから、出席としてみなそうとする方向性が強まっている。何度でも言うが、それは詐欺だね。

そのうち、自宅でiPodでもやってて『出席』にする日も近い!?

え? 「すでにうちの教育委員会ではそうですよ」って?

やめてくれよ、少なくとも自分の目の前でそんなことを言う大人がいれば、教育長だろうと「バカモノ!」と一喝して差し上げるからな。覚悟せい。

ところで、「コミュニケーション能力や社会的自立度が低下し、子供っぽい中学生が増えている。いじめへの対応をはじめ、知育中心でなく総合的な力を身につけられるよう先生の指導力を強化してほしい」という意見は、お説ごもっとも。

しかし、子どもに身に付けさせるべき「総合的な力」って何? 全然、具体的でないため、よく分からない。そしてもう一つ。「先生の指導力」と仰る。これは、子どもに対しての指導力不足の指摘だけで終わってはいけないはず。親に対する指導力不足のほうが問題は大きい。

これが、欠如しているわけ、現代日本の教育現場では。

親御さんたちよ。親御さんたちのほうが、たとえ小中学校の先生よりも高学歴だとしても、子どもにとっちゃ先生なんだよ。そして、子どもにとっての先生は、親にとっても先生なの。まずそういう姿勢が大事。

そして、小中学校の教員ももっと自信を持ってほしい。変なプライドの高い教師は多いけれども、そういう『自己弁護型ダメ教師』は捨てておこう。教師が信念を持って一生修行だと自分自身にムチ打つ姿勢を貫くならば、一部で反発はあっても親御さんに信頼されるようになる。そういう教師ならば、必要なときに親御さんと対決する覚悟をもって指導することもできる。

親も教師も、現代の大人には覚悟が足りない。

 

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処罰されたアウトロー生徒の行く末は?
東京へ講演に行きます
iPodで「どこでも授業」!?
「ゆとり教育」を継続する亡国、日本。
役に立つのか、教職大学院!?
フリースクールで不登校をごまかすな
      など多数。

Posted by 奥田健次 教育 |

2006.08.10

非宗教法人化しても無宗教にはならない

麻生外務大臣の小論が発表され、いわゆる保守系にやや激震が走ったかのような様相を呈している。自分はどうもそれらと根本的に違うのかもしれない。靖国神社が非宗教法人になったとしても、靖国から宗教がなくなるわけではないと考えているのだ。

もともと陸海軍省管轄(国立)だった靖国神社(その前身は東京招魂社)は、戦後に陸海軍が解体されるとともに、国で管轄するよりも一宗教法人にしたほうが良いと『当時は』判断されたわけで、その結果、現在の宗教法人という形式をとることになった。戦後日本で、まさか(完全な)政教分離のカルトっぽい論議で、国内からこれほどまでに叩かれるなどと『当時は』想像も及ばなかったことだろう。

「宗教法人であるがゆえに政教分離の問題が生じる」というのが本当ならば、麻生氏のような提案も一理あると考えられる。靖国神社が、宗教法人でない別の特殊法人に変わること自体、自分は大きな失望感も感じないのだ。

靖国神社が、宗教法人以外の法人になっても(つまり国営に戻っても)、きっと遺族をはじめ多くの日本人は、靖国の社に行けばこれまでと同様に心静まって頭を垂れる気持ちになるだろう。靖国に参拝する国民が、神道のこと(作法)など分かっていなくても、そこで命を懸けて日本を守ろうとした先祖に思いを馳せることが大切なのではないか。思わず手を合わせてみても良いだろうし、麻生大臣のようにクリスチャンとして神に祈りを捧げることだってありえるだろう。

『宗教法人であるかないか』ということは形式上のことであって、自分はそこに拘る気持ちはない。日本人には、日本人らしい『信心』というものがあるのではないか。それこそ、「木々や路傍の石ひとつにさえカミが宿る」という考えが日本人らしさであって、それがゆるやかに神道となっていったという考え方がある。

どういうことかって言うと、こういうことだ。「あなた、宗教は神道ですか?」と聞かれて、「いいえ、特に宗教はありません」と答えた日本人がいるとする。こう答えた日本人ですら、ある岩のような碑の前で「ここで、この方が亡くなられました」と言われると、思わずその岩の中にその人がいるような気持ちになるだろう。クリスチャンでも、その岩の碑の中には何もいないと知識で分かっていても、日本人ならば、その場では思わず亡くなった方の存在を感じてしまうかもしれない。何も感じないのは、唯物論者だけではないだろうか。

そういう意味から、靖国神社が非宗教法人になることは構わない。非宗教法人になったとしても、日本人の信仰や信心だけは変わらないからだ。ただ、非宗教法人化することを『無宗教になった』という言い方はして欲しくない。いわゆる『神道祭祀』に拘る、本物の国家神道の信者においては、もちろん大きな懸念もあるだろう。だが、日本人の大半は、本物の神道信者というわけではなく、ゆるやかな神道的信心を持っているのが実際のところだろう。

非宗教法人になったら、(完全)政教分離しなきゃならんといって、別の施設に引っ越しさせるとか、鳥居を撤去するとか、そういう発想を持つ必要はない。そもそも『ゆるやか』なのが日本人なのだから、相田みつをじゃないけど「そのままでええがな」。宗教法人格を捨てたとて、信心は無くならんよ。信心も広い意味で宗教と考えるならば、宗教法人格でない宗教(信仰心)だってあるだろう。それも日本らしい

ただね、自分は絶対に許さないし、許しちゃいけないことがある。

それは、いわゆるA級戦犯の分祀。これはね、魔女狩りだよ。A級戦犯の汚名を着せられた上、天皇陛下と国のために犠牲になった先人に対して、戦後60年経過した現代日本人が欠席裁判をやっちゃいけない。何度も言うように、東京裁判で戦犯とされた人はA級だろうとBC級だろうとすべて国民の圧倒的支持を得て無罪となり、名誉回復することとなった(関連する決議すべて、国会で全会一致で決議された)。

それを、今日の国際情勢でもってご都合主義的に、今度は連合国ではなくて日本人が魔女狩りをやることなど、絶対にあってはいけない。我々を命懸けで守ってくれた先祖を、今度は我々が守らなけりゃならんのだ。もちろん、命懸けで。それができないならば、戦後日本人の民度がそこまで地に落ちたということ。平気で魔女狩りするのが日本人だということ

もし、麻生大臣がいわゆるA級戦犯をどうするか、などと分祀の議論を進めるならば、自分は決してそんな人物を支援しないだろう。

非宗教法人化。結構なことだ。だが、A級戦犯に対する二度目の魔女狩り裁判だけは絶対に許さない。

しかしね、ずっと懸念していたことだが、アメリカにおいては「ヤスクニごときで51番目の州(日本)が中国マーケットと喧嘩し続けるのは(アメリカの国益上)困る」という立 場が台頭してきている点。対米交渉路線の麻生氏の力が弱まり、対米追従路線の安倍氏の力が増してきていることが反映されているということだろうか。

そんな安倍氏の靖国参拝など、疑わしくって仕方がない。まあ、村山談話に基づく小泉首相の靖国参拝なんてものこそ不純な動機といえるわけで。最後の最後に、わざと8月15日に参拝する可能性があるね。ポスト小泉のために、わざと逆風を巻き起こしてあげるんだろう。ということは、もうすでに靖国解体計画が進行していると見ることもできるんだよな。実際、『ツギハギメモ』といい『東条文書の写し』といい、今年の『夏の風物詩』はもうなりふり構わずって感じでしょ。まあ、この辺でやめておく。

 

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関連記事:
高知新聞のアンチ靖国キャンペーン【画像】
【復刻】東條英機宣誓供述書
サンフランシスコ講和会議
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Posted by 奥田健次 社会 |

2006.08.08

高知新聞のアンチ靖国キャンペーン【画像】

Kochi060806_1 1コ前のエントリーで紹介した高知新聞の画像ね。まあ、無理矢理な解説やね。

画像をクリックすれば等倍になります。『靖国合祀は戦地死者』(高知新聞)。

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Posted by 奥田健次 社会 |

2006.08.04

そらいろのたね

この絵本も、いつまでも深く印象に残っている作品だ。大人に「独り占めはダメよ」と叱られると癪にさわっただろうが、この絵本に語りかけられると妙にみんなと一緒に分け合おうという気持ちにさせられる。

『そらいろのたね』

作者は『ぐりとぐら』シリーズの、なかがわりえこさんと、おおむらゆりこさん。

ぐりとぐらの絵本のように、全体的にほのぼのしているものの、やはりキツネのキャラが強烈で、ゆうじのキャラの素朴さが際だっていて、子ども心に何かを残す絵本だ。

ヒヨコが、ネコが、ブタが、と、徐々に大きなお客様がやってくるのは、なんだかウレシイ気分にさせてくれる。そして、独り占めのつまらなさが、みんなと一緒に楽しむシーンと対照的に描かれている。

今でもときどき開きたくなる絵本である。この絵本も英語版が出ているんだね。名作ですよ、確かに。

 

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Posted by 奥田健次 イチ押し☆の絵本 |

2006.08.02

家庭教育に関する国際比較調査。マスコミ論調を斬る!

戦後日本の子育ては崩壊してしまっているからな。近いうち、育児書を出してやる。ビビってたじろがせてやろう(笑)。単なるハウツーと違う、子育てのプリンシプルだ。ヴィジョンを明確にしてやるよ。自分がどれほど治しまくっていることか。この世間の崩壊した家庭教育を。

親だけの問題ではない。大人全体が、将来を担う子ども(我が子という意味ではない)を、どのように育てたいのか、明確なヴィジョンを持っていないのが、現代日本の社会病理の一つなのだ。

こんなニュース。

子育ては育児書頼み 日本の親、世話の経験乏しい
http://www.sankei.co.jp/news/060802/sha040.htm

 日本の親は子供のしつけに甘く、親になる前も子供の世話をする経験に乏しいことが、国立女性教育会館が1日発表した国際比較調査で分かった。しつけへの甘さは10年前の調査でもうかがえたが、日本の親は、子供の世話を育児書に頼りがちな傾向が強いことも分かった。
 調査は12歳以下の子供と同居している親が対象。日本、韓国、タイ、米国、フランス、スウェーデンの6カ国でそれぞれ約1000人に面接方式で実施。
 「日常のあいさつ」「行儀良い食事」「身体を清潔にする」「遊んだ後の片づけ」などの項目を挙げ、「5歳の時に1人でできるか」をたずねる質問には「あいさつ」が8割以上、「食事」と「清潔に保つ」は約7割とどの国も高い比率だったが、どの項目もタイが最高で日本は韓国同様、低い傾向。特に日本はどの項目も男児が女児を下回った
 「15歳までに1人でできた」に挙げられた項目も日本は「マナーを守る」が85.8%と6カ国中最低。「家族のために食事を作る」「働いて報酬を得る」が日本は低く、同会館では「総じて子供の自立が低い傾向がみられる」とした。
 親になるために経験・学習したことを聞いたところ、日本の親は「育児書を読んだ」(29.9%)がトップ。「親から教わった」(29.4%)「弟や妹の世話をした」(18.2%)を上回り、韓国を除く4カ国と顕著な違いがみられた。
 日本の父親が平日に子供と過ごす時間は3.1時間で“最低レベル”。前回調査と比べ0.2時間減で、「子供と接する時間が短い」と悩む父親は前回27.6%から41.3%に増えた。
【2006/08/02 東京朝刊から】
(08/02 08:56)

プレス発表資料はここにある。

調査対象6か国の中で、タイのしつけがトップなんだって。なるほど、そうだろうね。コープクンカーップ!

日本は韓国と共に低い水準。この結果に自分は驚かない。予想通りの結果だ。というか、戦後日本のほうが韓国よりも低い水準なんじゃねえかと思っていたけども。

日本の場合、父親が平日に子どもと過ごす時間が『最低レベル』なのだという。まあ、そうだろうな。で、「子どもと接する時間が短い」と悩む父親が増えているそうだ。

さて、こんな記事を読むと『父親が子どもと接する時間を増やすべきだ』と考える人が多いのではないだろうか。この記事を読むと、ややそういう方向に引っ張っていくニュアンスで書かれているようだ。もしかすると、これを調査した国立女性教育会館の解釈(イデオロギー?)が反映されているのかもしれない。はっきりいうが、それは好ましくない考え方だ。そんな単純なものではない。

父親よ、「子どもと接する時間が短い」と悩む必要はない!

母親よ、旦那が「子どもと接する時間が短い」と愚痴るな!

「子どもと接する時間が短い」と悩み、そして申し訳なく感じている父親は、確かに多くなっている。つまり、子どもに(または嫁さんに)引け目を感じている父親が増えているように、自分は感じている。または、母親が旦那に引け目を感じさせる言動をしている場面にも、よく出くわす。

引け目を感じている父親は、子どもの要求を何でも受容してしまう可能性が高まってしまう。実際、この10年の間に、どれほど子どもの言いなりになっている父親が増えたことだろう。共働きをしている母親だって、「子どもに申し訳ないな、可愛そうだな」と引け目を感じる場合が多く(または、引け目を感じさせられている場合が多く)、そういう母親も子どもの言いなりになってしまいがちだ。

子どもに対して、引け目を感じて接してはいけないのだ。もちろん、だからといって父親も母親も、自由気ままにやりたい放題してよいと言っているのではない。しかし、こういう両親もこの10年で増えてきたと感じることも事実。これはこれで問題だ。

父親も母親も必死になって、子どもが社会化するよう常に心掛けよ。共同体において公共心を持たせ役割取得できるように心掛けよ。子どもと接する時間が短くても、「それはそれ」なのだ。引け目を感じる必要はない。「接する時間が短くなるほど、父ちゃん(母ちゃん)は、お前(子ども)のために仕事をしてるんだ、社会のために仕事をしてるんだ」と、子どもに言い聞かせればよいのだ。そして実際、いざというときには仕事を捨ててでも、子どものために時間を作る覚悟を持ち、それを実行せよ。

自分がこんなことを言うのは、イデオロギーでもなんでもない。男女共同参画とか、イデオロギーありきの頭デッカチ学者と自分は正反対。自分の場合は、数々の親子関係の問題を解決してきた経験から、帰納的に導き出した大原則を掲げているのだ。

 

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Posted by 奥田健次 教育 |