« 『障害者プロレス』、行ってきました。 | トップページ | 手作業で作られる清涼飲料水の話 »

2006.07.23

「日本は、日本らしく」。オシム氏の言葉に思う。

いいね、サッカー日本代表新監督のオシム氏。日本代表に求められることは何かと記者に問われ、「日本代表を、日本化させることだ」と答えたそうだ。

オシム新体制キーワードは「日本化」
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2006/07/22/01.html
(スポニチ) 

キーワードは「日本化」だ。日本代表のイビチャ・オシム新監督(65)とU—21日本代表の反町康治新監督(42)が21日、都内のホテルで、川淵三郎キャプテン(69)とともに、調印式と就任会見を行った。世界のマネをするよりも日本らしいサッカーを追求するスタイルで10年W杯南アフリカ大会を目指す決意を表明。契約は1年ごとに更新するが基本は4年間で、年俸は推定1億2000万円。
(略)
 そして、注目の新生代表の方針は、日本の良さを前面に出すことだった。「誰かをマネしない方がいい。現在の代表を日本化させることが必要。初心に帰ることで、日本が本来持っている力やクオリティーを出せると思う」。あえて「日本化」という表現を使った。これまで、どの外国人監督も日本人の特性を理解しながら、自分の理想に合わせる傾向にあった。だが、オシム監督は日本人のよさを(1)敏しょう性(2)いい意味でのアグレッシブさ(3)個人の技術(4)スピードと解説。「それをまだチームのために生かす方向にいっていない。今までの日本はスピードのあるチームではなかった。もっとスピードに乗ったプレーができると思う」。ピッチでこの良さを出せた時、世界と戦える。指揮官の頭には、すでにそのイメージがある。
(以下、略)
[ 2006年07月22日付 紙面記事 ]

惨敗に終わったドイツW杯。オシム氏にとっては、ジーコJAPANの敗退は『順当な』敗退だったのだろう。

日本の良さは規律を守って動くこと、統率の高さにある。大東亜戦争下の日本軍も、圧倒的な体力の差があったにもかかわらず緒戦を連勝したのは、当時の技術力の高さと軍の統率の高さであった。

『選手の自由に任せる』というスタイルは、日本人がやるチームスポーツには合わないだろう。

日本のお家芸といえば、先の第1回WBCで世界一になった野球である。日本野球の歴史は、サッカーよりも長い。なにせ戦前から盛んだったのだ。この頃の日本人は、軍隊がそうであったように、チームスポーツでは監督の命令が絶対だったし、それに従わない場合は厳しく罰せられ、試合で使ってもらえない。

一方、サッカーが普及し始めた頃の戦後日本は、国民全体が個人主義に傾いており、サッカー人気が野球人気を超えた頃には、ほぼ完全に個人主義が定着していたといえるだろう。

自分の中学・高校の頃は、野球部にも悪いやつはたくさんいたが、サッカー部の風紀の乱れたるや、凄まじいものがあった。しかも、野球部の連中にとって部長や顧問は『鬼』だった。だが、サッカー部の部長や顧問は『お兄』という感じだった。「おに」と「おにい」は似ているようで、えらい違いだ。だが、きっと最近は、野球部もサッカー部も大差ないだろうが。

今は野球も個人主義に傾いてきているようにも思えるが、監督の命令やチームプレー優先の精神は、まだまだ残されているだろう。また、サッカーと違って、チームプレーに徹する行為が見た目にも結果的にも分かりやすい(例えば、送りバントとか)。これは、さすがに歴史の重みといってもよいだろう。

さて、サッカーはどうだろうか。今まで個人主義でやってきた選手達が、徹底した管理と組織優先のサッカーができるのだろうか。すぐに不満を言ったり、監督を批判したりしないだろうか。少し、心配である。

個人主義でいくには、残念ながら体格差・体力差が大きすぎる。日本人らしさを出すならば、徹底した管理サッカーを目指すことになるだろう。このオシム氏の『日本化』に、どれだけの選手がついて行けるか見物である。

そして、この『日本化』という言葉は、本当にすばらしい言葉なのだ。サッカーだけでなく、われわれ日本人にも問いかけられた言葉だと感じた。日本は日本なのである。日本人は日本人だ。決して、国際人などではない。国際人のほうが「イケてる」と思い込んでる人は「イケてない」。「イカレてる」だけだ。

政治家、官僚、財界、一般国民すべて、今こそ「日本化」するべきだと願っている。

 

にほんブログ村 政治ブログへ ←ポチっと一押しに感謝。

Posted by 奥田健次 スポーツ |