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2006.03.26

杉原千畝は懲戒処分されたんだろう?

杉原千畝(すぎはら・ちうね)氏は、当時の外務省によって懲戒処分されたというのが定説とされている。

横暴な外務省の構造を明かすために、質問主意書にて外務省に答弁を求めたのが、われらがムネオ議員である。

杉原千畝のことを知らない読者もいるだろう。大戦中、リトアニアの日本領事館領事代理だった杉原は、ナチスドイツに追われるユダヤ人難民を救うために、無制限でビザを発給した外交官である。少なくとも6,000人の命を救ったと言われている。

ただ、このときの杉原の判断は、本国外務省の訓令に反していた。そして戦後、杉原は外務省を辞すように追い込まれた。昭和22年(1947年)のことである。

外務省は、杉原の免官理由として「外務省の意に反して独断でビザ発給を行ったことはケシカラン」ということを当人に対して口頭で告げたようだ。自発的な辞職を装いたかったのか、外務省は文書による免職理由(処分内容)を用意しなかったのかもしれない。

そこで、冒頭に述べた鈴木宗男議員の質問主意書である。

ユダヤ人救った故杉原千畝氏 政府「処分なかった」
http://www.sankei.co.jp/news/060325/sei045.htm
(Sankei Web)

 政府は24日、第2次大戦中、ナチス・ドイツに追われたユダヤ人難民に日本通過査証(ビザ)を発給、「日本のシンドラー」と呼ばれた元外交官の故杉原千畝氏に関し、「定説」だった外務省による懲戒処分を否定する答弁書を閣議決定した。鈴木宗男衆院議員の質問主意書に答えたもの。
 昭和15年に在リトアニアの領事代理だった杉原氏は、殺到するユダヤ人難民に独断でビザを大量発給。このため22年の帰国後、「訓令違反で解雇された」との説が定着していた。
 これについて答弁書は「保管文書で確認できる範囲では、懲戒処分が行われた事実はない」と強調。杉原氏は「22年6月7日に依願退職」したとしている。
 この問題をめぐっては、平成4年3月の衆院予算委員会で、渡辺美智雄外相(当時)が「杉原さんが訓令違反で処分されたという記録はどこにもない」と答弁していた。
 ただ、杉原氏の出身地の岐阜県八百津町では「外務省は、終戦後に職員の3分の1がリストラされ、たまたまその中に入っていただけだと説明するが、ロシア語に堪能で、情報通だった杉原氏を解雇するのはおかしい。何らかの処分があったのではないか」(産業振興課)としている。
【2006/03/25 東京朝刊から】

どうも政府が言っていることは嘘くさい。とにかく「外務省は昔も今も間違っていない」と言いたいだけなのだろう。

戦後、ユダヤ人協会は日本の外務省に杉原の消息を尋ねた。このとき、協会は誰もが知っている杉原のニックネームで問い合わせた。それに対し、外務省は「そんな外交官は過去においても現在においても存在しない」と回答している

当時、杉原を認めると、外務省のメンツが潰れる。ただそれだけのことだったのだろう。

現在、世界的にも評価の高い杉原を認めないわけにもいかないので、「政府としては処分した記録がない(杉原が自発的に辞職しただけ)」と言い続けるしかないのだろう。「記録がない」「文書上では確認できない」と答える外務省。いつものごとく、なかなか苦しい答弁ですな。マスコミはなぜもっと取り上げない?

杉原千畝は信念を貫いた真の外交官だったのだ。

 

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Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 経済・政治・国際 |