職人との交わり
職人は気むずかしい。と、言われている。
これ、自分のこと。
確かにそう思う。
今日は沖縄で同じような職人と交わる時間があった。ブログでも相互にTBで交流のあるファミリーメンタルクリニックの院長、なかまた先生。なかまた先生と、先生と一緒にお仕事をされている先生(ご本人に承諾を得ていなかったので実名は控えました)。
それぞれ違う立場で積み重ねてきた経験を話し合うと、細かな部分で同じようなことを考えたり、同じようなことを感じたりしているものだと思った。その細かさたるや、どうも職人同士でしか分かり合えない部分もあるのだろう。途中から周囲の興味・関心を忘れて細かな会話をしてしまった。どの世界でも、職人同士は気が合うものなのかもしれない。
ちなみに、あえて『職人』と言っているが、自分は科学的な立場で仕事をしているので、自分がやっている技法についてはすべて説明可能である。
自分では『王道』だと思っている技法も、世の中では『邪道』とみられることが多い。だがそれは「世の中でやっていることが間違っているからだ」と、堂々と言えてしまう自分がいる。だからといって、自分のやり方がすべてだとは考えていない。王道でも邪道でも甲州街道でもいいから、とにかくクライアントが良くなればいい。ただし、品質を保障するために、やはりどんな方法でも説明可能(反復可能)でなければならない。
もう一つ感じたこと。職人って仕事バカのように思われがちだが、仕事以外で何か仕事の価値に匹敵する『大好きな遊び』を持っていること。そういう余裕がまた生産的な仕事を生み出す秘訣なのだろう。
最近のコメント