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2006.03.29

サヨクにまともに付き合うつもりはないが

昨日の記事について。

素性の知らない批評家が、ご丁寧にエントリーたてて送ってきてくれた(わざわざ記事にしてくれたのにリンク元URLからのアクセスは1%未満で、読者の少ないブログのようで残念だったが)。以前、実名の弁護士が荒らしにきたときは、実名に敬意を表して(笑)相手をしてやったが、今度のは何処の誰?

批判や評論は至極結構なことだが、何か生産的なことが他に出来ないのかね。所詮、ブログなんぞエンターテイメントみたいなもんやないか。論文なら学術レベルでの審査もあるが、ブログは学術レベルでの審査なんかないのだ。品性を求めるなんぞ勘違いも甚だしい(『なんだよ、もう大晦日かよ。』でも宣言しているやろ)。

昔からサヨクって、すぐに言葉尻にひっかかる。自分のブログは右にも左にも煽るようなことを書いているが、罠にひっかかるのはサヨク連中ばかり。今回もナイーブなウサギちゃんがひっかかってくれた。言葉尻と揚げ足取り。言葉狩りもご苦労様。挙げ句の果ては、また『差別』か。

前の記事で『ネイティブアメリカン』と書いたのは、この場合、アメリカ合衆国で生まれ育った米語ネイティブスピーカーという意味。そんなことで、ひっかかったのはウサギちゃんだけだ。

ブログでのことと自分の職業のことをリンクさせて誹謗しているようだが、これまた勘違い発言だな。研究者として論文を書く場合には厳しい審査を半年から1年かけてクリアしている。当然だが、無駄なレトリックが科学論文で通るわけないし、そんな論法、こっちも最初から使わんよ。ブログは休憩時間にテキトーに書いている。ウサギちゃんは一生懸命、汗を流して品のあるブログを書いているのかもしれないが。ウサギちゃんのブログ、論文は難しいが商業誌に掲載されるといいね。

繰り返すが、当ブログはハッキリ言って品性なんか追求しとらんのだよ。幼稚と言われても結構。幼稚バンザイ。サヨク連中って「私たちには品性が溢れてる」とでも言いたいのかね。申し訳ないが、当ブログのような品性に欠けるブログをわざわざブックマークしておくのもどうかと思うので、削除されたほうがよろしいのでは?

小泉のワンフレーズ政治に洗脳されている連中にな、論理と品性で書いてみてもしゃあない。読んでくれへん。せやから、ワンフレーズにはワンフレーズでってことで、脱・洗脳するのが一番。小泉政治こそデマゴーグの塊だろう。こちとらも、デマと呼ばれても構わん(自分としては、デマのつもりはないけどな、まあ印象操作でお返ししてはいるが)。ま、それを「卑劣だ」とかパソコンの前で熱くなるのも、どうぞご勝手に。そのままお臍でお茶を沸かしなさい(笑)。わざわざ当ブログに来なくても、そちらのネットコミュニティーに帰ってお茶会でもどうぞ。

ブログは急速に普及したのだが、それは匿名性の高さのお陰だろう。しかし、プロテスト(異議を唱える)する人間が増えるばかりに思うのだが、プロダクト(生産する)できる人間はどれほどいるのだろうかね。まあ、自分は仕事ではもちろん後者を目指しているけどな。

さてと、休憩終わり。芋くうて屁こいて寝るわ。

 

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関連記事:義務教育で英語を必修する大愚

Posted by 奥田健次 社会 |

2006.03.28

義務教育で英語を必修する大愚

中央教育審議会の外国語専門部会のメンバーって、もしかして茶髪でピアス?

小学校での英語「必修化」まとめる 中教審部会
http://www.sankei.co.jp/news/060327/sha089.htm
(Sankei Web)

 小学校英語の充実を検討してきた中央教育審議会の外国語専門部会は27日、小学校で全国一律に英語を実施するよう事実上の必修化を求める審議報告をまとめた。報告では成績をつける教科としてではなく、5、6年で平均週1回の必修化を検討するよう要請した。31日の教育課程部会に報告する。
 現在、全国の小学校の96%超で歌やゲームなど何らかの「英語活動」が導入されている現状を踏まえ、国際コミュニケーション能力養成の一環として充実を図った。今後、中教審の教育課程部会で国語など他教科との兼合いを審議。最終決定後、文科省が学習指導要領の改訂に臨む見通し。
 審議報告では、高学年(5、6年)で「年間35単位時間(平均週1回)程度で共通の教育内容を設定するよう検討する必要がある」とした。ただ、児童を数値評定する「教科化」は「今後の課題とする」と慎重な表現にとどめ、まず「領域または総合学習として位置づける」とした。
 道徳や特別活動と同じ位置づけの「領域」の場合、指導要領に教育目標や内容を明示しつつも成績はつけない。「総合学習」なら指導要領で趣旨などを定め、教育内容は各校に任される。
 一方、中学年(3、4年)については「総合学習で英語教育充実をはかる必要がある」と指摘。低学年(1、2年)には「特別活動などを中心に」とし、大幅な充実化は見送った。
(03/27 20:30)

3月21日に『小学校での英語活動は有害である』という記事を書いた。これがどれほど有害かということを、中教審のメンバーは分かっていないのだろうか?

小学校で英語を必修にするとは。正気か!? 直感的に、これって憲法違反のような気がする。

義務教育で、やで!!

英語を必ず修めることを、日本の義務教育で求めるか?

自分が親なら、そんな教育、受けさせたくない。

『年次改革要望書』に書いてあるのか? もしや『裏・年次改革要望書』のほう? 日本国政府に対する要望は、こんな風なのかね。

「アメリカ合衆国でもリストラが進んでおり、失業者対策として日本の義務教育にネイティブアメリカンの職場を確保すること。これを促進するため、義務教育では英語を必修とすること。日本の小学生ごときなので、ネイティブアメリカンに教員資格等は不要である。『デモシカ教師』※で十分である」

歴史を売り、言語(魂)を売る。日本という国は、もう終わりだ。

※デモシカ教師
「教師にでもなろうか」「(他の仕事は出来ないので)教師やるしかない」という感覚で教師になること。または、そうした教師。この場合、「日本の小学生の英語教師にでもなってやろうか」「仕事もないし資格もないけど、そんな私を雇ってくれるのは日本の英語教師しかないからな」というような冷めた動機で教師になること。または、そうした教師。

 

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関連記事:
小学校での英語活動は有害である
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「ゆとり教育」を継続する亡国、日本。
子や孫の世代まで
    など。

Posted by 奥田健次 教育 |

2006.03.27

とこちゃんはどこ

『ウォーリーをさがせ』がブームになるずっと前から、『さがせ系』絵本は子どものお気に入りだった。

『とこちゃんはどこ』

またも、加古里子さんの絵である。

第一回の『イチ押し☆の絵本』で取り上げた『どろぼうがっこう』のときにも書いたことだが、加古さんの絵は細かい絵のコレクションなのである。

この絵本では、とこちゃんと似たような子どもがぎっしり詰まった絵の中から、とこちゃんを探し出さなければならない。細かい絵のシリーズを描く加古さんならではの絵本であり、何度でも楽しめる。

子どもと一緒に、この絵本で遊んでみましょう。ちなみに、なんと英語版もあるのだ。割高だが、思わず購入してしまったマニアックな自分(苦笑)。

 

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Posted by 奥田健次 イチ押し☆の絵本 |

2006.03.26

杉原千畝は懲戒処分されたんだろう?

杉原千畝(すぎはら・ちうね)氏は、当時の外務省によって懲戒処分されたというのが定説とされている。

横暴な外務省の構造を明かすために、質問主意書にて外務省に答弁を求めたのが、われらがムネオ議員である。

杉原千畝のことを知らない読者もいるだろう。大戦中、リトアニアの日本領事館領事代理だった杉原は、ナチスドイツに追われるユダヤ人難民を救うために、無制限でビザを発給した外交官である。少なくとも6,000人の命を救ったと言われている。

ただ、このときの杉原の判断は、本国外務省の訓令に反していた。そして戦後、杉原は外務省を辞すように追い込まれた。昭和22年(1947年)のことである。

外務省は、杉原の免官理由として「外務省の意に反して独断でビザ発給を行ったことはケシカラン」ということを当人に対して口頭で告げたようだ。自発的な辞職を装いたかったのか、外務省は文書による免職理由(処分内容)を用意しなかったのかもしれない。

そこで、冒頭に述べた鈴木宗男議員の質問主意書である。

ユダヤ人救った故杉原千畝氏 政府「処分なかった」
http://www.sankei.co.jp/news/060325/sei045.htm
(Sankei Web)

 政府は24日、第2次大戦中、ナチス・ドイツに追われたユダヤ人難民に日本通過査証(ビザ)を発給、「日本のシンドラー」と呼ばれた元外交官の故杉原千畝氏に関し、「定説」だった外務省による懲戒処分を否定する答弁書を閣議決定した。鈴木宗男衆院議員の質問主意書に答えたもの。
 昭和15年に在リトアニアの領事代理だった杉原氏は、殺到するユダヤ人難民に独断でビザを大量発給。このため22年の帰国後、「訓令違反で解雇された」との説が定着していた。
 これについて答弁書は「保管文書で確認できる範囲では、懲戒処分が行われた事実はない」と強調。杉原氏は「22年6月7日に依願退職」したとしている。
 この問題をめぐっては、平成4年3月の衆院予算委員会で、渡辺美智雄外相(当時)が「杉原さんが訓令違反で処分されたという記録はどこにもない」と答弁していた。
 ただ、杉原氏の出身地の岐阜県八百津町では「外務省は、終戦後に職員の3分の1がリストラされ、たまたまその中に入っていただけだと説明するが、ロシア語に堪能で、情報通だった杉原氏を解雇するのはおかしい。何らかの処分があったのではないか」(産業振興課)としている。
【2006/03/25 東京朝刊から】

どうも政府が言っていることは嘘くさい。とにかく「外務省は昔も今も間違っていない」と言いたいだけなのだろう。

戦後、ユダヤ人協会は日本の外務省に杉原の消息を尋ねた。このとき、協会は誰もが知っている杉原のニックネームで問い合わせた。それに対し、外務省は「そんな外交官は過去においても現在においても存在しない」と回答している

当時、杉原を認めると、外務省のメンツが潰れる。ただそれだけのことだったのだろう。

現在、世界的にも評価の高い杉原を認めないわけにもいかないので、「政府としては処分した記録がない(杉原が自発的に辞職しただけ)」と言い続けるしかないのだろう。「記録がない」「文書上では確認できない」と答える外務省。いつものごとく、なかなか苦しい答弁ですな。マスコミはなぜもっと取り上げない?

杉原千畝は信念を貫いた真の外交官だったのだ。

 

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関連記事:
渋谷でムネオハウス
質問主意書に制限を加えるな
ムネオの反撃

Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 経済・政治・国際 |

2006.03.22

WBCを総括する

昨日は日本野球のレベルの高さを世界に知らしめた気持ちの良い一日だった。

だが、このWBC(ワールドベースボールクラシック)という大会については疑問だらけなので苦言を呈しておきたい。

まず、収益の分配について。これはアメリカ側に偏りすぎていると指摘されている。収益の35%が主催者のメジャーリーグ(機構と選手会)に分配される。それに対して、日本プロ野球機構には7%、韓国には5%となっているそうだ(詳細は不明)。これに対し、FIFAワールドカップ(サッカーW杯)の収益分配率はもっと公平なもので、FIFAに入った収益も世界各国でのサッカー普及に使用されているという。WBCでは収益の使途は不透明なところが多い。

次に、組み合わせについて。アメリカはどうしても初代世界一になりたかったのだろう。アメリカ代表は、ドミニカやプエルトリコなどメジャーリーガーが多数いるカリブ・中南米諸国とは、決勝まで対決しない組み合わせになっている。その編成(『偏成』と言おうか)のせいで、日本は韓国と3度も対戦することになった。常識的に考えても、予選リーグAの1、2位を、予選リーグBの2位、1位とクロスさせるべきだろう。これも、サッカーW杯では考えられないことだ。

そして、審判の問題である。ボブ・デービッドソンという審判を見ていると、野球はスポーツというよりプロレス的なものという印象を受けた。オリンピック競技から外されるのも仕方のないことかと思ってしまった。だが、根本的な問題はこうだ。サッカーの国際大会では、かならず第三国の審判が試合を裁くようになっている。また、誤審をした場合、審判の出場停止はもちろん資格等へのペナルティーもあるという(WBCの審判のほとんどがアメリカ人であり、誤審を続けたデービッドソンがその後も審判を続けた)。サッカーの国際大会の場合、ベスト8以降の試合では、ベスト8の国以外の第三国の審判だけで行われるそうで、かなり厳正である。

それから、準決勝の進出を決定する試合に時間差があったこと。WBCでいえば、『日本−韓国』の試合が行われた後、『アメリカ−メキシコ』が行われた。W杯の場合、こういう場合は同時刻キックオフなのだそうだ。今回のWBCの場合は時間にずれがあり、片方の試合結果によって、次の試合での選手のプレッシャーや敗退が決まったチームの消化試合的な意味合いでのモチベーション低下などの影響が考えられる。今回、メキシコが最初から本気で戦ってくれたし、デービッドソンの誤審も逆にチームの士気を高めることになった。

さらに、代表選手の招集についての問題である。今回、ヤンキース(メジャーリーグ)側に何らかの意向があったようで、松井選手を日本代表に招集することができなかった。

他にも、開催時期の問題、ルールの問題など数々の課題を残してきた。こういう不備が続くようならば、国際大会として認知されることは先の先だろう。つまり、このWBCはアメリカのアメリカによるアメリカのための大会だった。

だが、アメリカが世界一になるべくセットされた大会で、そのアメリカが2次リーグ敗退となり、アメリカが決勝まで対戦を避けた優勝候補ひしめく中南米勢の代表キューバを破って優勝した日本代表は、本当にすばらしかったのだ。

野球(ベースボール)を普及させる意図がメジャーリーグ側にあるのならば、野球後進国(特にEU諸国)にそれなりのキャンペーンをしていく必要があるだろう。自分のところの金儲けだけでは、EU諸国は見向きもしない。そういう意味では、日本のほうが野球をアジア各国に広めるのに貢献している。

繰り返すが、日本が世界一になったことの意味は大きい。現場はスポーツであっても、裏では政治的な駆け引きがあるのだ。

3年後の第2回WBC大会。日本が出場すればディフェンディングチャンピオンとしての出場となる。だが、日本はWBCの出場を大いにしぶればよい。そして、できる限りWBCの運営上の問題点を改善するよう要求すればよいのだ。こうした交渉の意味合いは大きい。

 

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関連記事:
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重圧の中で冷静になれたワケ(WBC準決勝)
速報!アメリカがメキシコに敗退

Posted by 奥田健次 スポーツ, 経済・政治・国際 |

2006.03.21

日本野球が世界一に!

速報!

おめでたい!

よく最後まで勝ち抜いた。すばらしいっ。

WBCという大会自体には問題だらけだが、その問題はまた後で書くとして、とにかく今はおめでとう。

テキーラ!!

【追記】翌日、『WBCを総括する』という記事を書きました。

 

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Posted by 奥田健次 スポーツ |

小学校での英語活動は有害である

公立小学校での英語教育にも大反対。英語活動を実施している公立小学校が、全体の93.6%を占めるという。

公立小、93%が「英語活動」 「1年生から」75%
http://www.asahi.com/life/update/0320/005.html
2006年03月20日14時18分(asahi.com)

 文部科学省は、公立小学校での英語活動の実施状況調査(05年度)の結果を公表した。何らかの形で英語を教えている学校の割合は3年連続で増加し、全体の93.6%を占めた。英語の授業を小学校から必修化するかどうかをめぐっては、中央教育審議会(文科相の諮問機関)で検討が続いている。
 05年度の実績について2月に調査し、全国の2万2232校すべてから回答を得た。
 この結果、全体の93.6%(前年度比1.5ポイント増)にあたる2万803校で「歌やゲームなどを通じて英語に親しむ」「あいさつなど簡単な英会話」などを教えた。
 「英語活動」は、国際理解教育という位置づけで「総合的な学習の時間」の中で実施しているケースが最も多い。約8割の小学校がこの時間を活用していた。
 年間の平均実施時間は6年生の場合13.7時間(同0.8時間増)で、月に1〜2コマという状況だ。週に2コマ以上にあたる年間71時間以上実施している小学校も41校あった。
 1年生から実施している小学校も全体の4分の3に達している。
 総授業時数のうち、6〜7割の時間には原則ネイティブスピーカーの外国語指導助手(ALT)が指導に参加している。

このところ、地域の小学校を巡回するときに、やたら英語の授業場面に遭遇するようになった。外人教師が、日本の子どもを相手に授業をやっているのだ。

「ここはECCジュニアか、NOVAキッズか?」と見間違えるほどである。「ビンゴー!」「イエーイ!」などと遊んでいて、なんだか苦々しい。吐き気すらもよおす。

あのな。英語を教えて何をさせたいのか? 学校の先生、答えてくれよ。文科省の役人さん、答えてくれよ。ステレオタイプに「国際理解を深めるため」などと、マニュアル回答をするのか?

だったら、国際理解って何だ?

英語で自己紹介や道案内できたら、それがどうした。

自分には英語圏の友人もいる。彼らは自分のへっぽこ英語スキルに興味があるのではなく、日本の歴史や日本人の考えについて興味があるのだ。また、日本での仕事や文化・社会についても興味があるのだ。

自己紹介と趣味の話をしたとしても、そんな話はすぐに終わってしまう。外人と深く付き合うためには、彼らの知らないことを教えてやることなのだ。彼らはディスカッションを求めている。海外に留学している日本人の英語力は確かに高くなるのだが、いかんせん日本の歴史について何も知らない人が多い。

だからこそ、公立小中学校では国語と歴史について重点的に教育しておく必要がある。しかし、残念ながら教育現場の大半はいまだ自虐史だし、悪しきゆとり教育も続いている。

中身はカラッポで、旅行英会話がちょこっと使えるだけの日本人が、国際理解などとは笑止千万。外国人に尊敬されているようで、腹の中では馬鹿にされているのだ。

英語は所詮、道具の一つに過ぎない。日本のように母国語だけで仕事ができる社会においては、英語を本当に必要としている人は僅かなはずだ。(外資企業が日本企業を買収する昨今では、被雇用者となるために英会話の必要性が高まりつつあるけども。まあ、それは隷属するための必要性なんやけどね)

だいたい、日本を動かすような人間は公立学校の授業でビンゴゲームやって英語を身に付けているわけではない。だから無意味。宗主国アメリカ様の企業で、トイレ掃除をやらせていただきつつ、英語でご挨拶ができる日本人を養成する程度の意味しかないってわけ

「今どき外国語の一つくらい出来るのは、国際人として当然ざます」と言う奴らは糞である。本気で考えている奴は阿呆である。金儲けと自己顕示のことしか考えていないのだろう。赤塚マンガに出てくるイヤミというキャラ(「ミーは、おフランス帰りザマスよ」という奴)である。こんな奴、大学教員にも結構いた(「ミーの母校は、英語で有名な○○学院大学ざます。これからの時代は何よりも英語力ざます」という奴)。

嫌味な奴に教えてもらうのはご免だが、高校以上で英語教育に力を入れることは重要だ。ただし、あくまで英語スキルアップは目的ではなく手段だということを忘れてはならない。

自己紹介や道案内レベル止まりの公立小学校における英語活動は、無意味どころか有害なのだ。

 

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Posted by 奥田健次 教育 |

2006.03.20

『安全教育』は大人の責任放棄である

『自分の身は自分で守れ』の意味。

自分の身は自分で守ろう…安全教育、小学校必修検討へ
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060319i314.htm
(YOMIURI ONLINE)

 文部科学省は19日、子どもを標的にした犯罪の多発を受け、犯罪から子どもが身を守るための「安全教育」を小学校などで必修とすることを検討する方針を固めた。
 小坂文部科学相が同日、岐阜県大垣市で開かれたタウンミーティング後の記者会見で表明した。
 文科相は記者会見で、「子どもに危機回避能力を身につけさせることが必要な時代になってきた。今後の学習指導要領(の改訂)で『安全』というものを検討する」と述べた。指導要領改訂に向けて近く開かれる中央教育審議会(文科相の諮問機関)の教育課程部会に検討を指示する考えだ。
 「安全教育」は、犯罪の多い場所を示す「地域安全マップ」作りなどを行っている学校もあるが、実施するかどうかや実施の方法は各校の判断に委ねられている。指導要領に明記されれば、実施が事実上義務づけられることになり、「社会」の時間などに授業が行われることになりそうだ。
(2006年3月20日0時19分  読売新聞)

日本という国の亡国ぶり。

とうとう、子どもに『自己責任』を求めるのか

たとえば、外国人による犯罪について『国家の責任』はどこにあるのか? 国にしか出来ない防衛策があるではないか。外国人をノービザで出入りしやすくする流れとか、外国人労働者をやたら招く方向性。自分の国の子どもよりも、経済というわけだな。国家として責任を放棄したことになる。

子どもに「自分のことは自分で守ろう」というのはどういう意味か。つまりそれは保護者に対して「我が子を保護者の責任で守りなさい」と告げていることになる。

いわゆる『勝ち組』の親は子どもにボディーガードを付けることを許すのだろう。あるいは、リムジンで送り迎えをすることになるのか。他方、いわゆる『負け組』は? 負け組の皆さんは「自分のことは自分で守ろう」ということだ

自国の子どもを守ることを放棄した国家。日本はなんと愚かな国になってしまったことか。こんな亡国、いくら教育基本法を改正して「国を愛せよ」と言ったところでな。無理やって。

 

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子や孫の世代まで

Posted by 奥田健次 教育 |

2006.03.19

重圧の中で冷静になれたワケ(WBC準決勝)

サンディエゴ、ペトコパークで行われた日韓WBC戦。極度の重圧の中で、しっかり勝利を収めてくれた。

「勝つべきチームは僕ら」 尊厳守ったイチロー
http://www.sankei.co.jp/news/060319/spo063.htm
(Sankei Web:03/19 22:19)

 イチロー外野手(マリナーズ)が、野球人の誇りを懸けた戦いに完勝した。試合前の練習で告げられた初の3番で3安打、2盗塁、1打点。そして、これまでの2度の苦い思いを晴らすような6—0の勝利。しかし自らも含め、日本の選手が感情をあらわにして、韓国ベンチに向けてガッツポーズをすることは一度もなかった。
 「当然でしょう。野球はケンカではない。そんな気持ちでした」。しかし、今大会における韓国選手たちの振る舞いには闘志をかき立てられていた。
 例えば2次リーグで日本に勝利した後、太極旗をマウンドに突き立てた者がいた。この日、5打席目の邪飛を捕球した三塁手は、そのボールを打者のイチローに向かって投げつけた。それ以外にも敬意を欠く行為が連続。大好きな野球が冒とくされた、と強く感じていた。
 本当の強さやプライドは、プレーそのもので表現すべき。少なくとも、イチローの固い信条は日本野球で培われたものだ。「勝つべきチームが勝たなくてはいけない。そのチームは当然、僕らだと思っていた。きょう負けることは、日本のプロ野球に大きな汚点を残すことと同じ」。
 絶対に負けられない韓国との3度目の顔合わせは、イチローにとってアスリートの尊厳を守る“聖戦”でもあった。
 そんな志に、日本代表のメンバーは完全に同調している。「本当にいい仲間ができました」。チームリーダーが、やっと満足げに笑った。(共同)
        ◇
≪王ジャパン「絶対優勝」 WBC日韓戦に各地で歓声≫
 野球の世界一を決めるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本は"3度目の正直"で韓国を破り、決勝に進出した。米サンディエゴの球場をはじめ、各地で熱い応援合戦が繰り広げられ、これまで誤審に泣かされるなど苦戦が続いた「王ジャパン」の快勝に、ファンからは「すっきりした」「絶対優勝だ」の声が上がった。(共同)

仕事の休憩時間が午後3時からだったので、きっと試合は終わっているだろうと思っていた。テレビを見たら、なんと雨で中断していてくれた。そのお陰で、勝利の瞬間を共有することができた。春らしいサンディエゴの天候やね。

韓国ナインが熱くなっていたようだが、熱くなれば熱くなるほど日本代表チームは冷静になれたことだろう。それによって、韓国ナインはもっと熱くなったはずだ。それでさらに、日本代表は最後の最後までクールに振る舞うことができたのだろう。もちろん、内心には熱い血がたぎっていたに違いない。日本人らしさの良い部分である。

あと1戦だ。自分は去年、ペトコパークで大リーグを観戦した。また新しい記憶がサンディエゴに刻まれた。

 

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Posted by 奥田健次 スポーツ |

小5男児自殺。学校関係者は責任回避し続けるのか?

第一報を聞いたとき、どうも釈然としなかった。

担任注意の直後、小5男児が自殺・北九州市
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060318AT3K1800918032006.html
(2006年3月18日:NIKKEI NET)

 北九州市若松区内の市立小学校5年の男児(11)が同区内の自宅で自殺していたことが18日までに、分かった。男児は直前に学校で担任の教諭から注意を受け、教室を飛び出していたという。福岡県警では関係者らから事情を聴いた。
 県警などによると、男児は16日夕、若松区内の自宅で首をつっているのが見つかった。家族からの通報で救急隊が駆けつけ病院に運んだが、死亡が確認された。
 同市教育委員会によると、同日午後、校内で同じクラスの女児が「(男児に)泣かされた」と訴え、担任教諭が男児に「謝ったんですか」などと問いただし、襟をつかんだ。男児は後ろに倒れそうになり、近くのペットボトルを教諭に投げつけ教室を出たという。
 市教委は「校長は体罰はなかったと話している。教諭が男児を注意したことと自殺の関係は分からない」としている。 (14:01)

あちこち記事を探してみたが、上記以外、最初は見つからなかった。

夜、たまたまニュースで学校長がインタビューに答えているのを見た。「児童の胸ぐらを掴んで叱ったようだが、指導の行き過ぎは無かったのか?」という旨の記者の質問に対して、校長は「叩いたり人前で怒鳴ったりなど、行き過ぎはなかったと思っている」などと答えていたように思う。

だが、どうにも嘘くさい。もう少し年齢が上ならば突発的な自殺もありえるだろうが、小学校5年生である。突発的なものであるとは思えない。何かあったのではないか? 学校側はこの児童に対する指導で、何らかの問題を抱えていたのではないか?

そう考えて、さらにいろいろ探していると、新情報が更新された。

北九州小5自殺:担任の女性教諭と関係悪化 母親とも相談
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20060319k0000m040111000c.html
(毎日新聞 2006年3月18日 23時53分)

 北九州市若松区の市立小学校5年生の男児(11)が自殺した問題で、昨年2学期ごろから担任の女性教諭(50)と男児の関係が悪化していたことが分かった。心配した母親が担任に相談して対策を話し合っていたが、学校側はこの事実を把握していなかった。
 学校側によると、男児は秋ごろから担任の注意を聞かなくなり、理科教室への移動を拒んだり、注意すると大声で逆らったりするようになった。男児は「先生は自分の気持ちを分かってくれない」と不満を漏らしていたという。
 校長は「先生たちには『何かあったら一人で悩まないで』と伝えていたが、相談はなかった。男児とうまくコミュニケーションを取れていたかどうか、教諭から改めて事情を聴きたい」と語った。
 男児の通夜は17日夜に若松区内で営まれ、同級生や保護者ら多くの弔問客が訪れた。【戸嶋誠司】

やはり、そうだろう。このような確執があったのだ。

この記事によると、学校長が「先生たちには『何かあったら一人で悩まないで』と伝えていたが、相談はなかった。男児とうまくコミュニケーションを取れていたかどうか、教諭から改めて事情を聴きたい」などと言っているが、これこそ責任逃れの発言である。

学校長こそ『担任や保護者とうまくコミュニケーションを取れていたのか』問われるべきなのだ

確かに、教師は往々にして単独プレーに走りがちである。もしかしたら、今回の事件も担任の単独プレーによる結果なのかもしれない。だが、学校で暴れる子どもの姿を同僚の教師が気付いていないはずはないし、自殺した児童も教師への不満を漏らしていたことから、担任との確執が他の学校関係者の耳に入っていた可能性は高い

今回、遺書はなかったようだ。学校関係者は、遺書がなかったのをこれ幸いにとシラを切り続けるのだろうか。この小学校の教師や心理士の中で心ある人がいるならば、ぜひ担任と児童との間の確執や学校全体の指導体制について正直に話をしてほしい

 

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関連記事:
いじめを受けていたタリウム少女
市教委の単独プレー(先送り)
    など。

Posted by 奥田健次 教育 |

2006.03.18

高機能自閉症の高校生バスケット選手が大活躍

久々に泣いたよ。

ミラクルプレーで話題の高校生バスケット選手にハリウッドが映画化権争い
http://abcdane.net/blog/archives/200603/basket_waterboy.html

basket_waterboy 2週間ほど前に、米国ニューヨーク州の高校で4分間に20得点を挙げるミラクルプレーをした高校生にオリンピック以上の注目が集まったが、映画業界ではこの高校生の感動のストーリーを映画化しようと火花を散らしていると言う。

ミラクルプレーを連発した高校3年生のジェイソン・マクエルウィン(Jason McElwain)君は、高校の地元の大会の最後の試合で、最後の4分間に登場した。ジェイソン君にとって公式戦出場はこれが最初で最後。今までジェイソン君は、選手としてではなくマネージャーとして選手に水をあげたり、ボール拾いをしたりでチームに貢献していたのだった。

最後の4分間に投入されたジェイソン君が放った最初のシュートはリングすらかすめないエアボールだった。しかし、その後に6本の3ポイントショートを決める芸術的なプレーで20得点をあげ、試合が終了すると生徒がコートにかけより全員でジェイソン君を胴上げするシーンが感動を呼んだ。

実はジェイソン君は自閉症で、選手たちが練習を終えた後にひとりで体育館に残り、シュート練習をしていた努力が実った20得点だった。

ジェイソン君は、NBA選手でT-MACと呼ばれるTracy McGrady(トレイシー・マクグラディ)にあやかって、J-Macとも呼ばれているが、このジェイソン君にハリウッドが目を付けた。

ディズニーやワーナーといった大手を含めて、25のプロダクションがジェイソン君の両親に映画化交渉の話を持ちかけていると言う。

学校でも友達の多いジェイソン君は「僕は他の人たちとそんなに違わないし、自閉症であることを気にしていない。ただ、僕がそうであるだけということ。他の自閉症たちの人に言いたいのは、がんばって夢を持ち続けていれば、チャンスは訪れ、きっと夢は叶うということ」と話している。

ふだんは雑用係だったジェイソン君のことを現代のリアルウォーターボーイと呼んだりしているニュースキャスターも居ましたが。

とにかく、ジェイソン君のミラクルプレーに全米が驚愕して話題になって、その後のインタビューなどで実はジェイソン君が自閉症だった…といったことが伝わったという感じでしょうかね。

上記の記事のサイトに、そのドキュメントのVTRがあるのでご覧頂きたい(クリック)。ジェイソン君本人もインタビューに答えている。

この記事を読んで、自分は率直に次のようなことを思った。

何か一つのことを不満を言わずに続けること。簡単なようで、これほど難しいことはない。

またしても自閉症の子どもから大切なことを教えられた。

 

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関連記事:
ミサイルのようなロッカー
転んでもタダで起きない
    など。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 特別支援教育 |

職人との交わり

職人は気むずかしい。と、言われている。

これ、自分のこと。

確かにそう思う。

今日は沖縄で同じような職人と交わる時間があった。ブログでも相互にTBで交流のあるファミリーメンタルクリニックの院長、なかまた先生。なかまた先生と、先生と一緒にお仕事をされている先生(ご本人に承諾を得ていなかったので実名は控えました)。

それぞれ違う立場で積み重ねてきた経験を話し合うと、細かな部分で同じようなことを考えたり、同じようなことを感じたりしているものだと思った。その細かさたるや、どうも職人同士でしか分かり合えない部分もあるのだろう。途中から周囲の興味・関心を忘れて細かな会話をしてしまった。どの世界でも、職人同士は気が合うものなのかもしれない。

ちなみに、あえて『職人』と言っているが、自分は科学的な立場で仕事をしているので、自分がやっている技法についてはすべて説明可能である。

自分では『王道』だと思っている技法も、世の中では『邪道』とみられることが多い。だがそれは「世の中でやっていることが間違っているからだ」と、堂々と言えてしまう自分がいる。だからといって、自分のやり方がすべてだとは考えていない。王道でも邪道でも甲州街道でもいいから、とにかくクライアントが良くなればいい。ただし、品質を保障するために、やはりどんな方法でも説明可能(反復可能)でなければならない。

もう一つ感じたこと。職人って仕事バカのように思われがちだが、仕事以外で何か仕事の価値に匹敵する『大好きな遊び』を持っていること。そういう余裕がまた生産的な仕事を生み出す秘訣なのだろう。

 

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Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2006.03.17

速報!アメリカがメキシコに敗退

まさかの展開だ。またも神風か。

アメリカの偏向審判やら何やらであまり注目していなかったWBC(ワールドベースボールクラシック)。

だが、ひそかに「メキシコよ、アメリカに勝て」「アメリカよ、メキシコに負けろ」と祈願していた。

WBC日本、準決勝のサンディエゴへ移動 到着後に練習
http://www.asahi.com/sports/update/0317/082.html
2006年03月17日13時45分

 日本チームは韓国戦の敗戦から一夜明けた16日、サンディエゴへバスで移動していた。準決勝進出決定直後にホテルのロビーに現れた清水直(ロ)は「(米国戦の結果は)聞きました」。準決勝の韓国戦では、2番手として登板することが濃厚。「三度目の正直でしょう。投げるつもりでいます」と雪辱を誓った。
 里崎(ロ)は「韓国戦は(1、2次リーグに続いて)3度目。野球界のため、一野球人として負けるわけにはいかない」と話した。
 米国が勝って敗退が決まれば、17日に帰国の途につく予定だったが、準備を怠っていない。選手らは当地到着後、準決勝の会場となるペトコ・パークで自主練習。15人ほどが参加した。準決勝に先発予定の上原(巨)ら投手陣はランニングやキャッチボールをした。野手陣もフリー打撃などで汗を流した。その後、首脳陣、選手は食事や買い物に出かけたり、ホテルの自室でテレビ観戦したり、それぞれに吉報を待っていた。
     ◇    ◇    ◇
 〈日本代表・王監督〉 「99%、準決勝進出はないと思っていた。ここまできたら守るものはない。思い切ってやる」(共同)

王監督は、大切な一戦を落とすような傾向がある。ここ一番で勝てないのだ。今度ばかりはそれを返上して、気持ちよく勝利してきてほしい。

サンディエゴ。行っときゃよかった。わが第二の故郷(笑)だし。

 

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Posted by 奥田健次 スポーツ |

2006.03.13

龍馬のカンパニー

まっこと、寂しいぜよ。

龍馬結成の「亀山社中」跡閉館 展示物仮設小屋へ 長崎
http://www.asahi.com/life/update/0312/004.html(asahi.com)
2006年03月12日13時10分

 坂本龍馬が結成した日本初の貿易商社「亀山社中」跡として親しまれてきた長崎市伊良林2丁目の民家が、一般公開をやめることになった。所有者が家の明け渡しを求めたためで、12日と18日が最後の公開となる。中の展示物は近くに建てるプレハブ小屋に移し、4月から公開する。
 これまで施設を運営してきた地元のボランティア団体「亀山社中ば活かす会」によると、会の設立メンバーでもあった建物の所有者が00年に死去。家を相続した遺族が2月初旬、会に「3月いっぱいで閉館して、建物を返してほしい」と申し出てきたという。
 同会では、89年から土、日、祝日に家の一部を公開してきた。長崎市とも協力、「龍馬通り」として沿道に石段や手すり、看板を設置。近くにある龍馬の銅像や幕末遺構と結び、街づくりに生かしてきた。
 もとは木造平屋だったが、増改築を重ねて現在は2階建て。家の中には古文書や龍馬の等身大の写真、幕末の志士の古写真など約160点を展示。04年は1万5789人、05年も1万4530人が訪れた。
 同会の山下兼俊副会長(79)は「全国からファンが訪れる季節が迫っているのに、閉館とはさびしい。市が所有者と交渉して、公有化を実現してほしいのだが」と話している。

亀山社中(かめやましゃちゅう)といえば、坂本龍馬が脱藩後に作った会社。カンパニーだ。形態的には日本で初の株式会社であるともいわれている。

龍馬のカンパニーには夢があった。大志があった。だが今の株式会社なんてものは、ライブドアの粉飾にみるように株高だけが企業価値のような状況になってしまっている

こうした史跡をなんとか残してほしい。そして、日本社会のための質実剛健な企業精神を取り戻して欲しいものだ。

追記:“photo album”に追加された写真です。2008年12月。奥田健次の教育改革ぶろぐろ部事務局より。

Ryoma1

 

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Posted by 奥田健次 社会, 経済・政治・国際 |

2006.03.12

ADHDの新薬について

注意欠陥多動性障害(ADHD)をもつ子どもは、普通学級1クラスに1〜2名いるとされる。

現在、新薬の開発(治験)が進められており、その有効性に期待が寄せられている。

たまたま出張先の新聞(神戸新聞)の朝刊(3月12日)で、『注意欠陥多動性障害 米系企業 新薬申請へ 年内にも厚労省に』という大見出しが1面トップで扱われていたのを見つけた。

米系製薬会社のヤンセンファーマが開発したのは『塩酸メチルフェニデート』であり、すでに認可されている『リタリン』と呼ばれる治療薬と同じ成分が使用された治療薬である。ただ、神戸新聞にも書いてあるが、アメリカでは服用者に死者も出ており、FDA(米食品医薬品局)では心臓血管障害のリスクを高めるとの警告表示を行うよう勧告している。

この『塩酸メチルフェニデート』が今年、厚労省に製造販売承認を申請するという。

また、同じく米系の日本イーライリリーも『塩酸アトモキセチン』をADHD治療薬として開発中であり、2年後には日本でも使用できるよう厚労省に承認申請する見通しだという。

ちなみに、『塩酸アトモキセチン』のほうは『リタリン』に含まれる中枢刺激性成分は含まれていない。このことは神戸新聞の記事には説明されていなかった。自分は昨年、イーライリリーに招待され講演をしてきた。どちらかというと、製薬会社に対する厳しい言葉が7割、期待の言葉が3割だったと思う。

自分は医師ではないので薬物の処方は出来ないが、数多くのADHDをもつ子どもを支援する仕事をしている。薬物療法に関していえば、まず選択肢の幅がどれだけ用意されているかだ

薬だけで何もかも解決するものではない。かけ算の九九を暗記できる薬や友だちとうまく遊べるようになる薬など、無いからだ。

大切なことは教育であることは間違いない。ただ、少なくとも教育を受けやすい状態を整えてやるための方法は、可能な限り受け入れていくべきではないかと考えている。

副作用についてネガティブな印象を持つ方は、当然ながら大勢いる。だが、ただの風邪薬でも副作用はあるし、自分が現在服用している鼻炎アレルギーの薬の副作用は激しいものがあるが、それでも服用しない状態のほうが苦しいので飲み続けている。風邪薬は飲むのに、ADHDや発達障害の薬だけ拒否することには、いささか疑問を感じる。

薬を出せばそれでよいと思い込んでいる医師は大嫌いである。同じく、薬を飲ませればよいと考えている学校の教師も大嫌いだ。

繰り返し言うが、大切なことは教育なのである

 

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Posted by 奥田健次 特別支援教育 |

2006.03.11

カーリングは「やったー!」で良い

カーリングはまだまだこれから発展するスポーツだ。

なんと、中2のチームが日本代表を下す快挙。

チーム青森、中2の「妹」たちに敗れる カーリング
http://www.asahi.com/sports/update/0310/107.html
2006年03月10日13時25分(asahi.com)

 青森市で開かれているカーリングの日本選手権女子で10日、1次リーグでトリノ冬季五輪代表のチーム青森が、小野寺歩、林弓枝、本橋麻里の3人の母校、北海道・常呂中2年の5人で組むチーム常呂中に8—9で敗れる波乱があった。
 第4エンドまで0—6とリードされたが、後半粘って第10エンドで8—8に追いつき、延長へ。しかし第11エンドで1点を失い力尽きた。
 小野寺は「相手はうまかった。やはり(カーリングが盛んな)常呂の子たち。誇りに思う」と話した。

すばらしい。トリノ冬季五輪1次リーグで、強豪カナダやイギリスに勝った日本代表(チーム青森)。これに勝ったのだから。

きっとすごく力付いたことだろう。サッカーでも野球でも、いくら頑張っても中学生が日本代表に勝つことはできないから。そういう意味で、カーリングはもっと裾野が広がってよいスポーツであり、その可能性を秘めている。

中2チーム、「ヤッター!」やね。

「やったー」と言えば。小坂というオッサン。金メダリストの荒川選手が文部科学省を訪問した際に、ロシアのスルツカヤ選手が転んだことについて「それで、人の不幸を喜んじゃいけないんだけどね、こけたときは喜びましたね(笑)、こりゃあヤッターーーってねえ」と発言したこと。このオッサン。ただの居酒屋で枝豆食ってるオッサンにしか見えない。

動画はこちら。荒川選手が絶句している。当然だ。金メダリストに対しても失礼極まりない。金メダル獲得を喜んだ日本人に対しても失礼な話だ。スルツカヤが転倒しなくても、プログラム構成上、最高得点だった荒川選手は見事金メダルを手にしていたのだ。

居酒屋の酔っぱらいのくせに、なぜか国のホームページからご挨拶。

荒川静香選手の文部科学省訪問時における発言について
http://www.mext.go.jp/b_menu/soshiki/daijin/kosaka/06030601.htm

 去る2月28日に荒川静香選手が文部科学省を訪問された際、荒川選手に対して、8年間の精進をされ、練習の成果としてパーフェクトな演技で金メダルを獲得したことをたたえるとともに、国民に大きな感動や勇気を与えていただいたことに感謝を申し上げました。

 また、オリンピック日本代表選手の育成・強化の充実に積極的に取り組む旨をお伝えしました。

 その後の懇談で、荒川選手の金メダル獲得が大変うれしいとはいえ、一部配慮に欠けた発言をしたことについては、深く反省しており、荒川選手及びスルツカヤ選手に対してお詫びを申し上げます。

            平成18年3月6日
            文部科学大臣 小坂 憲次

この居酒屋の酔っぱらい、文部科学大臣だったのだ。

頼むから、国のページで恥さらし続けるのはやめていただきたい。「あのときは、少々酒が入っていて私人の私でした。あれは私人としての発言です。私人としての発言でも不謹慎でしたので、個人のウェブサイトからお詫び申し上げます」などとすればよい。もちろん、こうすることで余計にバッシングされるだろうが。

文科省のウェブで大臣の名前で謝罪されると、文科省全体が悪いことをしたように見えてしまう。また、海外に対して、日本全体が謝罪しているように見えてしまうのだ

カーリングのほうは「ヤッター」でええのよ。小野寺も「誇りに思う」と言っているだろう。もちろん内心は悔しいに決まっているが、そのようにコメントするのが大人なのだ。

カーリングがもっと普及しますように。

 

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関連記事:カナダに勝ったカーリング女子

これ、読んでみよう。待望のDVDも楽しみだ。

Posted by 奥田健次 スポーツ, 教育 |

2006.03.10

ココログの心苦しいココロエ

なんと2日間に渡ってブログが使用できなかった。昨日、今日とトラックバックを送ろうとして送れなかった皆様。ココログに代わりましてココロよりお詫び申し上げます。

それにしても今回はひどい。当初、3月9日の10時から15時までのメンテナンスだったのが、19時まで延長。22時まで再延長。ところが、そこから先。

日付が変わって3月10日になってもログインできず、いつ復旧するかも告知されない状態が続いていた。17時前後になって、ようやくログインできるようになってきた。

この間、使用料無料の『ココログフリー』だけが使用できる状態。『ココログプラス』『ココログプロ』の有料ユーザーが使用できない事態だったのだ。自分は『ココログプロ』を使用している。

今回の問題のおさらい。使用できない時間帯が長時間にわたって続いたこと、復旧の目処をユーザーに知らせられなかったこと、ブログの読者にはこうした障害状況を知らせられなかったこと。

だが、これ以上に問題なことがある。

こうしたことが政治的に利用されないかということ。国民世論を左右するような事件(報道)が出されるタイミングにあわせてメンテナンスをする。そして、今回のように原因不明でブログ使用がストップし続ける。ユーザーは書きたいときに書けない事態に陥る。書きたいときに書けない。言いたいときに言えない。これは、言論封じになりはしないか

電話が使用できない状態が2日に渡ると大事件である。ブログも今やそれほどのものだと心得、公共性の高いメディアであるという自覚を持って欲しい。いや、自覚などという甘いことを言っていてはいけない。ブログ運営会社の倫理と責任を法的に定めるべきだ

ココログの障害レポートのブログページはこちら

 

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Posted by 奥田健次 お知らせ |

2006.03.08

いじめを受けていたタリウム少女

いじめられっ子による破壊の悲劇。

もちろん、いじめが原因だからといっても償わなければならないことは償わなければならない。だが、こういうことはいじめられた子にとっても、いじめた側も、傍観者たちにも、さまざまな意味で悲劇であることは間違いない。

いじめた側や傍観者らは、一生、苦い心の傷が残るだろう。または、その傷を隠すための言い訳を念じ続けるという負い目を感じながら生きていくことになるのだ。

いわゆる『タリウム事件』で逮捕された少女について。

「刑事処分相当」意見付け少女を家裁送致 タリウム事件
http://www.asahi.com/national/update/0308/TKY200603080305.html
2006年03月08日18時33分(asahi.com)

 母親(48)に劇物のタリウムを飲ませたとして、静岡県東部の少女(16)が殺人未遂容疑で逮捕された事件で、静岡地検沼津支部は8日、「刑事処分相当」の意見を付けて、少女を静岡家裁沼津支部に送致した。同支部は同日付で2週間の観護措置を決め、身柄を静岡少年鑑別所に移した。
 地検支部は刑事責任能力の有無と精神状態を調べるために3カ月を超える精神鑑定を実施した。鑑定人による精神状態の分析結果に加え、タリウム購入は認めながら母親に摂取させたことは否認するなど供述が一貫していることも勘案し、刑事責任を問える状態にあると判断したとみられる。否認を続けていることを受け、非行事実を認定する審判時に検察官の立ち会いを認めるよう家裁に求めた。歯を使って抵抗したりと感情的になることがあったが、鑑定留置後の最近の調べでは感情をあまり表に出さなくなった。取調官が、中学時代の友人が心配していることを伝えると「悪かった」と話したという。
 少女の弁護団は同日、「極めてデリケートな問題を含んでおり、プライバシーが最大限守られるべき事件」として、家裁の審判結果が出るまで、供述や弁護方針を一切公表しない姿勢を示した。

デリケートな問題には、いじめの問題が具体的なレベルで含まれていることだろう

その根拠は、昨年秋頃の記事だ。この頃、事件の背景に「いじめ」があった可能性がみえてきた。これが事実だとするならば、これまで自分も含めてマスコミなどが叩いてきたことの前提がひっくり返ってしまう。

毒殺未遂少女 小中で「いじめ」経験か パソコン日記に記録、公開
http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-today/20051104/morning_news003.html
(西日本新聞:The Nishinippon WEB, 2005/11/04)

 母親(47)に劇物のタリウムを与えて殺そうとしたとして逮捕された静岡県伊豆の国市の高校一年の少女(16)が、小中学校時代に教諭や同級生らから「いじめ」と受け取れる行為を受けていた経験を自身のパソコン日記に記録していたことが三日、分かった。一部はブログ(日記風ホームページ)にも転載しており、県警少年課はこうした経験が少女の人格形成に影響を与えたとみて関係者からの裏付けを急ぐ。
 調べによると、少女は日記で中学時代に同級生のグループから、日常的に嫌がらせを受けていたことを記述。「僕の物はよくなくなり、それらは彼らの手の中で見つかることの方が多かった」と書き込んでいた。「三年生になるまでは彼らだけが僕の話し相手でした」と孤独な心境もつづり、こうした内容をブログでも公開していた。
 また、パソコン日記では小学時代の経験として、誤って下に落とした食べ物を食べるよう教諭から強制されたことも告白。同級生から暴力を受けたことも訴えていたという。
 少女と中学時代に同級だった少年は「いじめたつもりはないが、手をたたくと、彼女はみんなの前で踊ったので面白かった」と少女が周辺から「からかいの対象」になっていたことを証言する。一方で、少女が卒業した中学校の教頭は「いじめがあったとは聞いていない」と話している。
 県警は、少女が「いじめ」の経験などから周囲への不信感を強め、毒物研究にのめり込んだ可能性があるとみている。少女は母親にタリウムを与えた後、ブログに「自分が存在していることを確認するためには、誰かに見つけられるしかない」と書き込んでおり、劇物を周囲の人間に与えることで自分の能力を誇示したかった可能性もある。
 一方、少女の部屋から、ナチス・ドイツの集会で群衆がナチス式の敬礼をしている場面の写真が押収されたことも新たに判明。少女が傾倒していた英国の「毒殺魔」グレアム・ヤングもナチスを信奉していたとされ、県警は少女も影響を受けた可能性があるとみている。

さて。この記事で重要なことは「小中学校時代に教諭や同級生らから『いじめ』と受け取れる行為を受けていた経験を自身のパソコン日記に記録していた」ことである。

いじめに荷担したのは同級生だけではない。教諭もであるという。

家庭裁判所の審判結果が出てから、少女の具体的な供述には注目である。

 

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関連記事:静岡女子高生タリウム事件

Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 教育, 社会 |

『臨床いじめ学』について

『いじめの根を絶ち子どもを守るガイド』出版後に書いた記事以降、少なからず反響があって、いじめの問題について取り組んできた自分としては嬉しく思う。

中でも、この問題についてしばしば論争(?)してきたkogai氏による書評は、こちらの思うところが概ね伝わったようで嬉しかった。

bully2 まずは、kogai氏に敬意を表したい。『臨床いじめ学の教科書』という記事において、本書の書評を書いてくれている。なぜ、敬意を表するのかというと、こちらからお願いしたわけではないのだが、kogai氏は「ずっと宿題だった」と感じておられ、とにかく本書を読んでくれたからだ。フェアなお方だ。

ニヒリスティックな大学人(似非学者)よりも、よっぽどフェアな態度といえるだろう。いじめの本などスルーされても仕方がない。いじめの話を聞くだけで、多くの人が敬遠したくなるものだから。それは、きっと自分の弱い部分を突きつけられるからなのだろう。

kogai氏はまた鋭いお方なのだろう。それは『臨床いじめ学』という造語のセンスにあらわれている。そうである。自分が言ってきたことは『臨床』なのであり、自分の仕事も『臨床』なのである。本書の趣旨をごく簡単に見極めておられる。

少しずつ引用していこう。

dankogai氏『臨床いじめ学の教科書』より

何と言っても本書の特徴は、いじめの当事者として「傍観者」という存在に着目したことにある。そう。いじめが成立するには、この第三の存在が欠かせないのだ。いじめに対する介入として行われる行動は、たいていいじめる者(the bully)への制裁と、いじめられる者(the bullied)への保護と補償しかなされないが、いじめに対して最も効果があるのは、この第三の存在である傍観者(the bystander)を、「目撃者」(the witness)へと転じさせるというのが本書が提示する数多く処方の中で最も特徴的なものであろう。

いじめという社会現象は、何も学校内だけでおきるものではない。社会のありとあらゆる現場で発生する、実にありふれた出来事である。前回取り上げた麻原の子女たちの入学拒否もそれに該当するし、下手をすると社会問題の過半がこれに分類可能かも知れない。その意味で、いじめが他人事であるという人は存在せず、その意味において本書は子育ての現場を超えた普遍性を持っている。

ほとんどのいじめ事件において、我々は実は「他人」ではなく「傍観者」である。確かに法律は傍観者でいることを罰する事はない。しかし傍観していることのツケは、あとで確実に帰ってくる。

上記のこと、本当によく本書の特徴(主張したいこと)を示してくれている。kogai氏の口から「傍観していることのツケは、あとで確実に帰ってくる」と言って頂けただけでも、自分としては十分なのである。

本書にも不満はある。本書は「どういじめを対処すればいいか」という臨床的な見地に関しては実に多くの知見を用意しているが、「なぜいじめが発生するか」という生理学的見地に関してはあまり述べられていないのだ。

ここの部分で、kogai氏の関心がどこにあるのか、自分も理解することができた。ただ、本書の原著者および心理学の中でも徹底的行動主義者の自分の基本スタンスとしては、「生理学的見地」について興味を持たない。我々のことばで言うところの「医学モデル」による説明は、行動論者は避けるのである。

あえて、自分に「なぜいじめが発生するか」と問われるならば、「人間には原罪があるから」としか答えようがない。しかし、それはすでに行動論ではない。もう少し一般的な心理学的説明に付き合うとすれば、以前の記事(『高校生意識調査にみる戦後教育の誤り』)から示唆されるように、(日本の高校生の興味関心事が)「『クラスのみんなに好かれる生徒』になること」なので、嫌われないためにいじめに荷担するか傍観者でいるしかない。だが、このような説明の妥当性がいくら高くても、実用性は低いままなのだ。

いじめっ子やいじめられっ子という特性が「生まれつき」のものでないことは、本書を読めば明らかだ。自分が「いじめっ子」、「いじめられっ子」、そして「傍観者」のどれになるかは状況によって変わる。

これこそ、まさに行動論的な発想である。つまり、状況によって行動や役割が変容するのである。その状況(環境)と、行動の結果を分析することが、行動分析学(Behavior Analysis)の主眼なのだ。誤解を恐れず言えば、行動論者の関心は「なぜ人間はそのような行動をするのか」ということよりも、「どのようにすれば人間はそのような行動をするのか」という部分のみである。

というわけで、本書はいじめっ子、いじめられっ子、そして傍観者、特に最後の人にお勧めである。主題からは外れるが、この手の本としては索引がしっ かりしているのもいい。単なる読み物ではなく、何回も「使われる」ことを想定しているのだ。「読む」というより「活用」して欲しい一冊である。

ここまでで、行動論者のラディカルかつユニークな考え方が、ある程度ご理解いただけたかもしれない。まさに本書はハウツー本と言われて恥じることはない、実践の書である。kogai氏から、一定の評価をいただき、力づけられた。

金も政治力もない自分にできることなど僅かであって、目の前にたまたま出会ったほんの一握りの子どもと保護者を相手に骨折りするだけ。だからこそ、本書が少しでも多くの教師や保護者に読まれることを願って止まない。

 

【追記】
kogai氏に「この手の本としては索引がしっ かりしているのもいい」と評価していただいた。実は、原著には索引が無く、索引を付けたのは出版社のアイデアによるものだ。索引の無い本は、教科書としては失格であると自分は考えている。そういう意味で、この本はまさに日本語訳になると同時に教科書(実践書)としてパワーアップしたといえるだろう。

 

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関連記事:
高校生意識調査にみる戦後教育の誤り
いじめの根を絶ち子どもを守るガイド
いじめのある現場で解決する策がある
いじめの国際文化比較
   など。

Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 教育 |

2006.03.05

南極に製氷器は、、、無理か。

ああ、えらいこっちゃ。

自分は寒いのは得意で、暑いのは苦手。

南極の氷、3年余で東京ドーム40万個分消失
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20060304it14.htm?from=top
(2006年3月5日0時58分  読売新聞)

 過去3年余の間に、南極大陸の氷が東京ドーム約40万個分も失われたことが、米航空宇宙局(NASA)とドイツによる観測でわかった。
 衛星2基を使い、南極付近の重力の変化を調べた。これまで南極の氷の増減を詳しく知る手段は限られ、特に陸地を覆う氷の正確な増減量はわかっていなかった。米科学誌サイエンスの最新号に掲載された。
 観測チームの発表によると、2002年4月〜昨年8月の観測で、南極の西部を中心に、氷が1年当たり約152立方キロ・メートル(ドーム12万個分)ずつ失われたことが判明した。地球の海面を0・4ミリ上昇させる水の量に相当し、3年で1・2ミリ海面が上昇したことを意味するという。
 今世紀に入ってから、地球の平均気温がたびたび最高を記録するなど、温暖化傾向が目立っている。観測チームは今回のデータを基に、近年の温暖化と氷の急激な減少との因果関係について詳しく調べる方針。
 北極海などに浮かぶ氷山が解けても、海面上昇の大きな要因にはならないが、大半が陸上にある南極の氷が解けると、大量の水が海洋へ流入するため、海面上昇への影響が懸念されている。

「東京ドーム何杯分とか、そんな数え方するなっちゅうねん」って明るくツッコミを入れたいところだが、いよいよ地球環境も世紀末を迎えており、笑っていられるものでもない。東京ドーム、40個ちゃうで。400,000個やで。

以前の記事で、こんなトンデモ話を紹介した(『成田のラウンジから世の終わりを想う』)。

こんな小話を耳にしたことがある。『地球の物質量』は常に一定である。水を飲み干そうと、何かを燃やそうと、それらは無くなるわけではなく、違う物質に変化しているだけ。このような自然の摂理がずっと保たれてきたのだ。

だが、ある日を境に地球の物質量が変化してしまった。それは、人類が初めて宇宙飛行に成功した日である。大気圏の外で地球資源を燃焼してしまうと、地球の物質量が変化してしまうのだ。おまけに、かの宇宙飛行士は月の石を持って帰ってきてしまった。愚かなり。

これによって、地球の物質量が変化し、太陽を中心に公転していた地球の振り幅が乱れてしまったという。一度、乱れてしまうと途方もない力で、ずれていくのだ。

さあ、どうする?

素人発想その1。南極に製氷器を持って行く。残念。氷を作るために電気を使う。このエネルギー消費で温暖化を促進する。少しのエネルギーで、すんごい氷を作る製氷器なんて無いのかね。

素人発想その2。スペースシャトルで宇宙に飛び立つ度に、氷の塊を牽引して地球に戻る。残念。大気圏突入の熱で、そんなもの無くなってしまうか。

素人発想その3。『オゾン層作成マシーン(商品名:オゾンくん)』を開発し、オゾン層を分厚くしてみる。途方もないか。

結局、どうしようもないのか。“DOUSHIYOUMO-NAI”って国際語にするかね。

ツバルのことが心配だ。“SHINPAI-DA”。

 

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Posted by 奥田健次 環境 |

2006.03.04

特別支援教育理解度チェック

特別支援教育を学ぶためのWeb教材。

島宗先生のブログで紹介されていた。

第一法規(株)の『3分でできる特別支援教育理解度チェック』

結構、ひっかけ問題だらけだった。よく読んでトライしてみてほしい。

文科省も地方の教育委員会も、半数近くが居眠りを始める集合研修より、こんな形の学習支援に力をそそいでみたらどうだろ?(島宗先生のブログより)

まったくその通りだと思う。こういう教材やワークシートなど、学習者に能動的な行動を求めるようなツールがどんどん開発されるべき。

この時期、就学前や進級前の保護者たちは、発達障害のある子どもの進路のことや進路先での処遇のことやら、気が気でない。教育相談のほとんどが、こうした進路のことである。最初から分かっていることとはいえ、地方によって行政の対応にかなりの温度差がある。

行政としては支出をいかに減らすかという強い圧力があるので、なんだかんだで保護者が諦めてしまうのを期待しているようにさえ感じる地方もあるのだ。保護者が黙ってしまえば終わり。口を開けて待っていても、行政は何もしてくれない。教育委員会の中でも、事務系の人間などは特別支援教育(そして発達障害者支援法も)のことを全然、理解していない人がたくさんいる。だが、保護者も特別支援教育のことをよく分かっていない人もたくさんいるのだ。

このWeb教材。ちょっと遊んでみてほしい。

 

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Posted by 奥田健次 特別支援教育 |

2006.03.03

おそばのくきはなぜあかい

絵本の中にも、トラウマチックな印象が残っているものもある。

さすがに大人になったんだからもう大丈夫だろうと見くびっていると。。やっぱり開こうとするだけで身構えてしまうものだ。こうした絵本を、トラウマ絵本という(笑)。

osobanokuki 『おそばのくきはなぜあかい』

前回の『イチ押し☆の絵本』と同じ岩波の子どもの本シリーズだ。初版が1954年(昭和29年)か。きっと、自分の親の世代が読んだ絵本だろう。そして、これは日本の民話なのだから、祖父やそのまた祖父までも知っているということか。

この絵本には、「なぜ?」についてのお話しが3つ入っている。子どもは「なぜ?」が好きなのだ

『おそばのくきはなぜあかい』
『おししのくびはなぜあかい』
『うみのみずはなぜからい』

初山滋さんの絵が、子どもの頃はなんとなく恐かった。でも、今見ると何だかカワイイなあ。『うみのみずはなぜからい』が自分のお気に入りで、今でもあれが何処かの海の底で回り続けていると思ってしまうのだから、民話ってすごいものだ。

つくづく、『おそば〜』も『うみ〜』も日本の昔話の中では名作の部類に入ると考える。

1冊で3話楽しめるので、ぜひとも「なぜ、なぜ?」期の子どもに読んであげてほしい。

 

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Posted by 奥田健次 イチ押し☆の絵本 |

2006.03.02

高校生意識調査にみる戦後教育の誤り

一言でいえば『家族』の在り方から崩壊しているからだ。

戦後教育が、あまりにも『個人の権利』に固執してきたせいで、家族の中にさえ個人の権利の主張と尊重が当たり前のようになってしまった。

日本は「できる生徒」より「人気者」…高校生意識調査
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060301it14.htm?from=top

 日米中韓の4か国の中で、日本の高校生は学校の成績や進学への関心度が最も低いという実態が1日、文部科学省所管の教育研究機関による意識調査で明らかになった。
 米中韓では「勉強ができる生徒」を志向する傾向が強いのに対し、日本は「クラスの人気者」になりたいという生徒が多く、日本の高校生の“勉強離れ”が際立つ結果となっている。
 調査は青少年の意識研究などを行う財団法人「日本青少年研究所」と「一ツ橋文芸教育振興会」が昨年秋、日米中韓の高校1〜3年生計約7200人を対象に実施した。
 それによると、「現在、大事にしていること」(複数回答)として、「成績が良くなること」を挙げたのは、米国74・3%、中国75・8%、韓国73・8%に対し、日本は最下位の33・2%。「希望の大学に入ること」も、米国53・8%、中国76・4%、韓国78・0%に対し、日本はわずか29・3%だった。
 「いい大学に入れるよう頑張りたいか」という問いに、「全くそう思う」と回答した生徒は、中国64・1%、韓国61・2%、米国30・2%で、日本は最下位の25・8%。また、「どんなタイプの生徒になりたいか」を尋ねたところ、米中韓は「勉強がよくできる生徒」が67・4〜83・3%を占めたが、日本は「クラスのみんなに好かれる生徒」が48・4%でトップだった。
 逆に日本の高校生が他の3か国に比べ、「非常に関心がある」と回答した割合が高かった項目は、漫画やドラマなどの「大衆文化」(62・1%)、「携帯電話や携帯メール」(50・3%)、ファッションやショッピングなどの「流行」(40・2%)など。米中韓でいずれも50%前後だった「家族」は、日本では32・4%にとどまった。
 調査を担当した日本青少年研究所の千石保所長は「未来志向の米中韓に対し、日本の高校生は現在志向が顕著で、『勉強しても、良い将来が待っているとは限らない』とさめた意識を持っている」と指摘している。
(2006年3月1日23時40分  読売新聞)

日本の高校生の興味の大半が、大衆文化と携帯電話と流行。そして、米中韓では50%が自分の家族のことに興味があるのに対し、日本の高校生はたった32%しか自分の家族のことに興味をもたない

家を大切にすること。地域社会を大切にすること。故郷(クニ)を大切にすること。国(国家)を大切にすること。国の歴史を大切にすること。このように考えると、家族のことに関心のない高校生が自国のことを大切にできるわけがない。だから、この32%という数字は愛国心(『ナショナリズム』というより『パトリオティズム』)を反映しているのではないかと、自分は考える。

確かに、米中韓に比べて日本人は自国の歴史や領土問題について無関心すぎる。韓国の若者が竹島(韓国では独島と呼ぶ)のことに強い関心を持っているのに、日本の若者のほとんどが無関心。歴史問題についても、戦後教育を受けた人間のほとんどがアメリカGHQ洗脳から抜け出せず、「日本軍が悪かった」と決め込んでいる。

もう1点。「現在、大事にしていること」という問いに対し、米中韓の高校生の75%が「成績が良くなること」と答えている。一方、「成績が良くなること」と答えた日本の高校生は、ぶっちぎり最下位の33%。とんでもない差である。こうした結果は、小泉首相が作ってしまった格差社会のために、ほとんどの子どもが最初から「あきらめムード」だからだと自分は考えている。これまでは、中流社会で頑張って勉強すれば国立大学に行くことができた。だが、下流化した社会(年収250万時代)では、勉強を頑張ったとしても学費が高騰した国立大学法人に進学できない。そもそも、勉強を頑張ろうと思っても、子どもを進学塾に行かせることもできない。

このような社会では、日本の将来は到底、国際競争で敗退し続けることになるだろう。逆に、4か国のうち日本の高校生がトップだったのが「クラスのみんなに好かれる生徒」になること。

この調査結果から見えてくるものについて、少し考えてみてほしい。守るべき家族や国家も明確にできず、国際競争力も無く、みんなに好かれたいのが現代日本人の姿ということになる。こんな人間が多数を占める日本は、滅亡していくのは自明だ。こんな日本人は、平気で家族を売り、地域社会を売り、国家を売ってしまうだろう。「自分が一番大事で、自分さえよければ」なのだから。

終戦時、占領国アメリカが日本人の精神性を解体するための洗脳教育と文化破壊を行った。そして、日教組による反日・自虐史教育による洗脳。行き過ぎた個人主義。これら左翼による国家解体実験は恐ろしくも見事に成功したといえる。被験体たるモルモット国家・日本は、実験箱の中のモルモットであり続けることに快感を覚えてしまったようだ。

自分には、これを立て直すための方策がある。これまで、当ブログで冗談めかして言ってきたこと。それ以外にも、たくさんの効果的な問題解決方法を具体的に提案することができる。だが、戦後教育を受けたままの覚悟のない保身人間には、とても採用することなどできないだろう。金儲けだけのネオリベ(新自由主義)社会を構築し続ける保守の皮を被った左翼の小泉・竹中ラインでは到底不可能。新自由主義は左翼思想なのだ。早く目を覚ませ。

日本は滅びるぞ、本当に。

 

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Posted by 奥田健次 教育, 社会, 経済・政治・国際 |