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2006.02.14

「ゆとり教育」を継続する亡国、日本。

教育政策5年の誤りを立て直すには50年はかかるだろう。

それにもかかわらず、「ゆとり教育」という最初から間違いだらけだった教育政策の全面見直しのチャンスを見送り、引き続きこの間違った政策を続けていくそうだ。

「ゆとり教育」転換見送り 中教審部会、現行指導要領を堅持
http://www.sankei.co.jp/news/060214/sha035.htm
(02/14 09:15:Sankei Web)

 文部科学相の諮問機関、中央教育審議会の教育課程部会は十三日、学習指導要領の見直しに関するこれまでの審議経過報告を了承した。学力低下への国民の不安が高まるなかでの審議だったが、現行の学習指導要領の理念を今後も堅持すると明記、ゆとり教育路線からの抜本的な転換は事実上、見送られた。存廃を含めて見直しが諮問されていた総合学習も今後、改善充実を図る方向で「ゆとり教育」「学力低下」に対する国民の不安を払拭(ふっしょく)するにはほど遠い内容となっている。
 報告書では全面実施から四年が経過した現行の学習指導要領下の児童生徒の学習状況について「読解力の低下、学習習慣や意欲が不十分、規範意識の低下なども提起されている」「基礎基本的な知識、技能や自ら学び考える力を育成する狙いが必ずしも十分に達成できていない」などと記述した。
 しかし、その一方でこうした状況は「指導要領の基本的な狙いについて各学校や国民への周知が不十分だったことが一因」などと、指導要領自体に非があるわけではないと分析。「児童生徒の興味関心を重視するあまり、教師が必要適切な指導を実施せず、教育的な効果が上がっていない」などと、指導要領への国民の周知不足や教師側の誤解に問題があるとの認識を示した。
 報告書は「現行の学習指導要領の基本的な考え方は今後も維持すべきだ」と、指導要領そのものを肯定的に評価する立場を貫いている。
 学習量を削減した問題点や施策としての是非などに記述は割かれず、学力向上策について具体性に乏しい内容となっている。
 授業時数については「全教科の基本」(国語)「科学技術の土台」(理数)として「充実を図ることが必要」としながらも「授業時間数も具体的に検討する必要がある」と具体的な記述は今後に先送りされた。
 「ゆとり教育」を象徴する総合学習も、はじめは存廃も含めた審議が諮問されたが、結局は「総合学習の必要性や重要性について共通理解が得られた」とし、今後、充実させるため、改善策や支援策を講じていく記述となった。
 家庭や地域の教育力を向上させる狙いで導入された学校五日制も「狙いが必ずしも十分に達成されていない状況もみられる」としたが「学校週五日制は国の仕組みとして(今後も)維持すべきだとの意見が大勢だった」と結論付けた。
 また、小学校での英語教育は「充実する必要がある」としたが、引き続き議論、検討するとして教科に取り入れるかどうかなどの明確な方向性は出なかった。
               ◇
【用語解説】学習指導要領
 カリキュラムを具体的に定める、学校教育法施行規則の一部。現行の指導要領は「ゆとり」を掲げ内容を大幅削減、小中学校で平成14年春から、高校で15年春から導入された。学力低下の不安が高まり部分改定で発展的内容も指導可能と明示したが、児童生徒の学力低下を示す国際調査結果が相次ぎ、当時の中山成彬文科相が全面見直しを中教審に要請した。
【2006/02/14 東京朝刊から】

文部文学省、または文部魔術省。自分はこのように言ってきた。旧・科学技術庁系の役人には優秀な役人も多いことだろうが、旧・文部省系の役人はどうしたものか。現在の文科省の役人も、本当にこれで良いというのか?

『政策計画(Plan)→政策実行(Do)→政策評価(See)』のサイクルのうち、いつも科学的な観点の欠落しているのが評価(See)であり、それでは客観的評価に基づく新しい政策計画もおぼつかない。

厚生労働省の医薬部門の仕事を見てみよ。もちろん政治的な圧力があるだろうとはいえ、たった一つの薬が認可されるまで、膨大な治験を必要とするではないか。文部科学省も、早く実験的検証に基づく政策が打ち出せるよう変革せよ。

それとも何か? 官僚よりも政治家の圧力が強いってことか。まあ、そうだろうな。要するに、支配者階級からすれば、国民全体が愚民であるほうが安泰だからな。小学生から「ゆとり」を与えておいて、頭の中に出来た「ゆとり」の中に、イメージと感情だけで判断する習慣を植え付けることに成功すれば、愚民大衆社会が完成するわけだ。国民一般の思考力など邪魔なだけだからな、支配者階級にとっては。

愚民とは、「タイゾー議員、うぉー、すげーぞ」「ゆかりタン、萌え〜」「さすが小泉総理、中韓にキゼンとしてるぜ」みたいなレベルなのだ。もちろん、これらは最低の部類だが、どんな論理をかざしたとしても小泉政治を批判できない(自己批判を含む内省もできない)人間は、愚民なのである。

「ゆとり」という言葉にだまされているだけなのだ。「ゆとり教育」とは「勤勉さ否定教育」なのである。勤勉に励むからこそ、ゆとりが生まれるのだ。勤勉さを失うと同時に、ゆとりも失うのである。

支配者の子女だけが最高の教育を受けて、支配階級のリレーが出来ればそれで良いという私利私欲に基づく発想。これはこれで愚かである。

このままでは、文部科学省が文部愚民化省と呼ばれても仕方あるまい。

やはり日本の将来は絶望的である。

 

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     など。

Posted by 奥田健次 教育, 経済・政治・国際 |