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2006.02.23

武士道とは静かなるもの

こんな奴が武士道を語るとは。日本も完全に墜ちたものだ。

Let's Blow! 毒吐き@てっくというブログで、杉村某のブログ記事(『久々にバカ発見』)が紹介されていた。自分は杉村某のブログなんぞ興味のカケラも無いのだが、リンクを辿って初めて読んでみた。が、やっぱり呆れた。

武部幹事長に命令されたことを国会欠席までして忠実に行い、ねぎらいの言葉ひとつで感激している。この感激の体験について、杉村某は、武士道を引き合いに出したり、世界に誇る文化などと言ってみたり。

以下、一部を引用。

とにかくね、時代劇でも何でもいいですが、やはりこれまでの日本を支えてきたものは、そしてこれからもこの日本を支えて行くものは何か、それはヒラリーマン根性以外に何ものでもないと、僕は思いますね。死ぬ気で上司を守る部下、部下に死んでもいいと思わせる上司、これはね、武士道から継承しているのかどうか、そういう難しいことはわかりませんがね、少なくても、世界に誇る日本のサラリーマン文化なわけですよね。(2006年02月18日 07:03記事より

以上、引用終わり。

これが一個人なら何も言わない。だが、この男は国会議員だ。ブームに乗っかった比例代表選出とはいえ、国民の代表にしてしまったのだ。テレビメディアも、話題性と視聴率しか頭の中に無いために、これをシンデレラボーイのごとく連日追いかけていた。

イエスマン武部のイエスマン。そんなもの、武士道なわけがないだろう。

「あいつを殺してこい」と言われれば、躊躇なく殺しに行く。「江戸を焼き払え」と言われれば、躊躇なく火を付けて回る。イエスマンとはそういうものだ。だが、確かにこういう連中は、いま日本のあちこちに存在している。自分も何度それら長いものに巻かれる連中を見てきたことか。

主君を諫(いさ)めなければならないときに、命を懸けて諫めること。たとえ、自分が島流しにされようとも、職を奪われ追放されようとも。この葛藤の中で、自分にとって苦しいほうを静かに選ぶことが武士道ではないか。郵政で除名された諸氏の中にこそ、武士がいたのだ(『郵政関係で粛正、また1名。』)。

「何かお役に立てることがありましたら、いつでもご命令ください。杉村太蔵、すぐに参上つかまつります」(

上司の命令に盲従して褒められて、嬉しくなっちゃう。喜々としてまた何でも命令に従いますよという。こんなものは、鉄砲玉なのだ。昨年の衆院選での対立候補者なんぞと同じで、ビジョンも理念もない鉄砲玉。

武部も見るからに浅はかだが、武部チルドレンはさすがに浅はか具合に磨きがかかっている。このところ常々思うのだが、本来の日本では恥だった発言が堂々と公言されるようになり、それに対して大衆は何も感じなくなってしまった

美徳も何も無い。

もう一度、Let's Blow! 毒吐き@てっくから引用。

我々の税金からタイゾーに支払う歳費(給与) 3429万480円
タイゾー1人を養うのにかかる総額 約一億円/年

これが国民の代表なのだとすれば、つまり今の国民の姿をこの男に投影しているわけであって、いちいち杉村某ごときを相手に嘆いていても仕方がない。これに何も感じない国民全般に、自分は嘆くのである。日本の戦後教育の大失敗の現れである。

 

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Posted by 奥田健次 教育, 経済・政治・国際 |