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2005.12.30

こだわりのヘアカット

この数か月、忙しくて散髪も行けなかった。

今日こそ、仕事の合間に新幹線に乗って移動し、宝塚へ移動。すぐにカットしてもらって、伊丹空港から羽田へ。散髪だけのために、新幹線と飛行機を使ってしまった自分。

こんな自分には、散髪についてかなり変わった遍歴がある。

小さい頃、祖父の森造じいさんが孫の散髪を趣味にしていたので、祖父のところに行っては散髪されていた

散髪屋さんに行くとお金を払うのだが、祖父に散髪してもらうとおこづかいがもらえた。はさみから剃刀まで、本格的な道具を揃えていた。

祖父が体を悪くしてからは色んな理容室に行った。親のオーダーは「スポーツ刈り」もしくは「坊ちゃん刈り」。いずれも気に入らなかった。中学生になって、野球部の時は当然「丸刈り」だった。

野球部を辞めてから、自分の気に入る理容室を見つけようと探し歩いたが満足できなかった。満足していないくせに、店員さんに「こんな感じでどう?」と言われると、「いいですね」と言ってしまう自分が嫌になってきた。

それから先、とにかく一度行った理容室や美容室には二度と行かないようにした。近所に行くところが無くなると、わざわざ電車に乗って1時間かけて、初めてのお店を訪ね歩いた。普通の人なら、ある程度同じ所に通うのだろうが、自分は出張先でも理容室を訪ね歩いた。それでも、一度たりとも満足できないままに最後には「いいですね」と嘘を言う自分。「いいですね」といいながら、急いで家に帰ってシャワーでセットし直すほど気に入らなかった。

社会人になって、深夜の通販を見て「これだ」と思って購入したものがある。それは、掃除機の先に芝刈り機のようなものを付けて自分でカットするやつ。刈られた髪がそのまま掃除機に吸い込まれるので掃除要らずというスグレモノ。これなら「いいですね」と自分で本当に思うまで、自己責任でカットし続ければいい。自分はこれを5年続けた。

当然ながら、ショートヘアになるし、結局は虎刈りになることも多く、最後には「ええいっ」とバリカンに持ち替えて丸刈りにしてしまう。

当時の職場でも、いきなり丸刈りにしてくる自分を学生らはどんな目でみていたことか。

それが、2年前に雑誌の撮影があって、『芝刈り機』ではどうしてもマズイだろうということで、きちんとした店に行くことにした。「どうせ、満足できないけども芝刈りよりはエエやろ」という諦めモードで。で、やっぱり最初の店員さんはイマイチだった。数か月後、また同じ店に行ったが担当がFさんに変わった。

なぜか、やたら上手い仕上がりだった。まあ、でもたまたまだろう。

数か月後、また最初の時の店員さん。やっぱり、イマイチ。ここで「もしかしたらFさんって何かが違うのかも?」と初めて思った。

そこで数か月後、自分が「やたら上手い」と思ったFさんを指名してみた。それで、カットしてもらうと「やっぱり上手い」。というか、自分が想像しているよりもいい感じに切ってくれて仕上げてくれる

それからというもの、自分はFさんにしか切ってもらえなくなったのだ。何せ、20数年かけて探してきて、満足できる仕事をしてくれたのは彼しかいないのだ。

いろいろ話を聞いているうちに、すぐに納得できた。Fさんはすでに高い技術を持っているにもかかわらず、今でも自腹であちこち出かけて勉強しているというのだ。一流のピアニストでも、毎日、ピアノに触っているという。1日くらい弾かなくても大丈夫なのだろうが、それでも練習を続けている。職人とはそういうものなのだ。

自分はいつも言っているように(『商人根性より職人魂を』)、減りつつある職人を大切にしたいと思っている。そして、自分も職人であり続けたい。

実家の親は、自分が『芝刈り機』で散髪していた時には「ちゃんと美容室に行きなさい」と注文を付けていた。それが今では、散髪だけのために宝塚まで移動すると「わざわざ宝塚まで帰ってこなくても地元にいくらでもあるでしょう」と言う。親というのはこんなもの。

しかし、自分に必要なのは洗練された職人の技術のみである。

takarazuka宝塚にて。そして伊丹空港へ移動。

 
 
 
 
 
 
 

Posted by 奥田健次 学ぶこと |