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2005.12.25

ペットロス

実は、今年の2月、最愛の家族の一員を失ってしまうという体験をした。

実家の愛犬、ハッピー(マルチーズの雄)である。数年前から心臓病を患っていたのだが、とうとう12歳で別れを迎えた。人間でいえば64歳だという。

自分はどんなに忙しくても、月1回程度は仕事の合間に実家に立ち寄っていたのだが、ピースケ(ハッピーの愛称)の死に目に会うことができなかった。

大好きな散歩に行きたがらず、徐々に食事を拒否し始め、何も食べず、何も飲まなくなってきたという報せを受け、実家に戻る予定を入れたときには吐血も下血もあって意識が薄れてきているとのことだった。

仕事先のホテルで、ピースケが亡くなったというメールを見ても、まだ実感が湧かなかった。信じられない。正月に帰ったときには、そこまで悪い状態とは思えなかったから。

数日後、実家に戻ってみたが、いつも尻尾を振って迎えに来てくれるピースケの姿が無い。血で汚れた絨毯も無い。家の中がしんと静まりかえっている。ピースケの着ていた服やスカーフ。昼寝していたソファー。本当に愛する家族が居なくなってしまったことを実感した。

そこからは、もう涙が止まらない。家族みんなが泣き明かしたが、自分ももうこれでもかというほど泣いてしまった。こんな悲しいことはない。ピースケを自分の子どもと思っていたから。ソファーの上で、声をあげて泣いた。もう立ち直れないと思った。いつか、こんな日が来るとは思っていたのだが、ここまで悲しいとは。

ピースケが居なくなってから、実家に立ち寄ることも激減したように思う。実家の玄関をくぐるたびに、大歓迎してくれるピースケの姿がないのは、あまりにも空しいのだ。

ペットロスという症候群がある。ロスとは喪失という意味である。自分は、ピースケが元気な頃から、この日のショックを和らげるためにペットロスを予防する方法を、実家に提案していた。残念ながら、事情でその予防策を実行することができなかった。今からでは遅いのだ。もうペットを飼うことはできないだろう。

なるべくプライベートのことを書くのを避けたかったが、このペットロスの自己体験を綴っておくのも悪いことではない。

1年近く、ピースケのことをほとんど口に出すこともできなかったが、なんとか記事にしてみた。携帯カメラの画像も捨てられないから、古い携帯をそのまま使っている。忘れることもできないので、逆に、忘れないようにブログの『マイフォト』にアルバムとして残しておこう。

そして、ときどき思い出しては泣くことになるだろう。

Posted by 奥田健次 脱力系 |