« 有識者を信じるなかれ | トップページ | 学部ゼミ2005 »

2005.11.12

静岡女子高生タリウム事件

静岡県の女子生徒が劇物を使用して母親を殺害しようとしたとされる事件。

11日の朝日新聞朝刊で、この女子生徒のパソコンから見つかった文書の要約が掲載された。母親が、衰弱していく様子を、淡々と書き連ねている。

母の悪化する病状を凍った目で観察する過程で「僕らは逃げ切れる。絶対に。いや、逃げ切ってやる。捕まるものか」「ばれないか不安で仕方がない」などと述べている。

逮捕後、女子生徒は容疑を否認している。

「僕が入れたのだ」タリウム事件、パソコンに日記風文書
2005年11月11日08時11分 asahi.com
http://www.asahi.com/national/update/1111/TKY200511100377.html
 静岡県の高校1年の女子生徒(16)が母親を劇物のタリウムで殺害しようとしたとされる殺人未遂容疑事件で、生徒のパソコンから特定の人物への薬物の投与とその影響の観察を題材とした文書が見つかっていたことがわかった。文書には母親の容体が悪化した経過と一致する記述が複数あり、静岡県警は生徒が母親にタリウムを摂取させた状況を記録していた可能性があるとみて調べている。
 文書は、生徒が書いたと見られているインターネット上の書き込み「ブログ」とは異なり、生徒の自宅の部屋から押収したパソコンに残されていた。フォルダー名は「真実の口」。「僕」が「Atom」という人物に対し、薬物を指すと見られる「碧(みどり)の小枝」を飲ませる内容で、日記のように日付を追って記述された形をとっている。
 県警は「僕」が生徒本人、「Atom」が母親、「碧の小枝」は酢酸タリウムを表しているとみている。
 文書の中で「僕」は食べ物に混ぜるなどして「Atom」に「碧の小枝」を摂取させ、「足が痛いと訴えている。当たり前だ(中略)僕が入れたのだ、試すために」などとした。「Atom」が入院した後も薬物を飲ませ続けた様子を描き、10月4日の項には、苦しむ原因を知っているが「言えないし、言わない」と記していた。
 女子生徒は容疑を否認しており、文書を生徒が書いていても空想や妄想が含まれている可能性もある。しかし、例えば母親が救急車で病院に運ばれたのと同じ、「10月2日」の項に「Atomが入院した。父が呼んだ救急車で連れて行かれた」と書かれているなど、一連の文書の記述は、県警の捜査で明らかになった事実と次々に一致した。

事件が事件なので、やがて精神鑑定が行われることになるだろう。そして、なにがしかの診断名が付くことは間違いない。十分に予想される診断名は、ここには書かない。鑑定後、また波紋が広がることだろう。

自分が言いたいのは、こうした女子生徒の精神状態がどうだったかということではない。周囲の人間が、この生徒の異変に気づかなかったのか、という点 である。これは、神戸の酒鬼薔薇のときと同じかもしれないし、そうでないかもしれない。つまり、すでに何らかの形で精神科医や心理士などへの相談歴があったのかどうか。

周囲が子どもの異変に気づかない社会。気づいていても何もしない(何もできない)社会。

われわれは今、こんな社会に住んでいるのだ。

Posted by 奥田健次 教育, 社会 |