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2005.11.29

お詫び

事務局です。いつも沢山の訪問をありがとうございます。

さて最近、トラックバックスパムが多くて困っております。こうしたことは生産者の生産性を著しく低下させるばかりです。当局が何も対応できないことに憤りを覚えます。

トラックバックスパムを見つけては削除するよう心掛けていましたが、先ほど『ココログ全体からのトラックバックを受け付けられない』規制状態になってしまっていることに気が付きました。これは、ココログも対応できていない新種スパムに対応しているうちに、気付かずに規制をかけてしまっていたことに起因していると思います。

ココログからトラックバックを送って下さった皆様には、トラックバック規制にひっかかってしまい不信感を持たれたかもしれません。深くお詫び申し上げます。今回のことは完全に設定上のミスでございます。ニフティ側には、益々、トラックバックスパムへの対処を求めていきたいと存じます。

今後とも、奥田健次の教育改革ぶろぐろ部をよろしくお願いいたします。

『奥田健次の教育改革ぶろぐろ部 事務局』

Posted by 事務局 お知らせ |

2005.11.28

成田のラウンジから世の終わりを想う

今年くらいからだろうか、ようやくお天気ネーサンたちが「異常気象、異常気象」と言わなくなった気がする。

自分はもう数年前から「異常気象って言い過ぎるのはおかしくない? それだけ異常、異常って言ってるんやから、異常が当たり前になったわけやん」とツッコミを入れてきた。

四季が無くなった気もしていた。夏が続いていて、こないだまでクーラー入れていたのが、秋かなと思えばもう暖房。ずっと暖房を入れてきて、春らしく温かくなってきたなと思ったらすぐクーラー(または除湿)。

地球温暖化は事実である。だが、自分は『地球極端化』と言ったほうが良いと思うのだ。それは、環境面だけでなく60億なる人間の姿も含めて。

こんな小話を耳にしたことがある。『地球の物質量』は常に一定である。水を飲み干そうと、何かを燃やそうと、それらは無くなるわけではなく、違う物質に変化しているだけ。このような自然の摂理がずっと保たれてきたのだ。

だが、ある日を境に地球の物質量が変化してしまった。それは、人類が初めて宇宙飛行に成功した日である。大気圏の外で地球資源を燃焼してしまうと、地球の物質量が変化してしまうのだ。おまけに、かの宇宙飛行士は月の石を持って帰ってきてしまった。愚かなり。

これによって、地球の物質量が変化し、太陽を中心に公転していた地球の振り幅が乱れてしまったという。一度、乱れてしまうと途方もない力で、ずれていくのだ。

こんな話だった。だが、それを信じてしまいたくなるほどの地球環境の変化ではある。神の摂理に触れようとした、愚かなる我々人間の所作が招いた事態ではないかと、飛行機の中では決して眠れない自分の疲れた脳ミソは考えてしまう。

先週から今週にかけて、国内・海外移動で体感した気温の変化。14℃、24℃、1℃、28℃、そしてここ成田2℃。この成田のラウンジで、インフルエンザの予防接種ができたらよいのだが。

欧州に寒波、凍死者も 雪で交通混乱や停電
http://www.sankei.co.jp/news/051127/kok033.htm
(Sankei Web)

欧州各地を27日までに寒波が襲い、雪で交通が大混乱し、停電も起きた。欧州西部で気圧が急激に下がり、北から強い寒気が流れ込んだためとみられる。英 BBC放送などによると、パリやブリュッセルで凍死者が出たほか、英北部スコットランド地方では雪解けによる地滑りで列車が脱線し、英軍が負傷した乗客数 人を航空機で搬送した。
 英南西部コーンワル地方では25日午後、計約1000人が乗った約500台の車が雪で動けなくなり、英軍などが救助活動にあたった。ウェールズ、北アイルランドの各地方の一部でも降雪が確認された。英当局は11月末から12月初めごろまで寒波が続くとしている。
 雪のため、パリでは26日、観光名所のエッフェル塔が一時、入場を中止したほか、フランスやドイツでは大規模な停電が起きた。
 一方で、ドイツやベルギーでは時期を早めてオープンするスキー場も出てきた。(共同)(11/27 12:37)

Posted by 奥田健次 環境 |

2005.11.26

携帯電話が、子どもの安全を守るか!?

NTTドコモが「子どもを守る携帯電話」を発売するそうだ。

「子どもを守る」だと!? ハァ?

世の中の不安を背景に、中毒性のあるケータイを子どもに持たせて、子どもをケータイ中毒にして大儲けしようって魂胆じゃねえか!! 金儲けじゃないっていうなら、別にケータイでなくてもいいだろうっ!!(マイクを投げる)

[新製品]NTTドコモ、「子どもを守る携帯電話」を来春発売
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051124-00000019-bcn-sci
(Yahoo!ニュース)
 NTTドコモ <9437> (中村維夫社長)は11月24日、子ども向け携帯電話としてキッズケータイ「FOMA SA800i」(三洋電機製)を開発したと発表した。来春をめどに発売する予定。
 キッズケータイ「FOMA SA800i」は、子どもへの配慮と保護をコンセプトに開発。学校や塾の行き帰りで子どもの安全を守る機能として、通常のFOMAサービスに加えて「防犯ブザー」「GPS測位機能」などの機能を加えた。また、有害サイトなどへのアクセスを制限する「キッズiモード」にも対応した。
 「防犯ブザー」昨日では、端末についているスイッチを引くと100デシベルの大音量アラームが作動し、周囲に危険を知らせる。さらに、あらかじめ登録してある父母などの緊急連絡先に自動音声通話で緊急事態を知らせるとともに、GPSにより現在地を測位してメールで送信されるようになっている。
 端末デザインは、やさしい形の繭をイメージし、アート・クリエイティブディレクターの佐藤可士和氏が担当した。
 NTTドコモは今年9月に「キッズアドバイザリーボード」を設置。子ども向けの商品開発およびサービス展開を推進する。母親の立場として「宣伝会議」編集長の田中里沙氏、犯罪対策専門家の上高家耕一POLICEチャンネル理事兼事務局長、金子郁容慶応義塾大学教授など計5名が来年9月まで2−3か月に1 回のペースで、親と子の「安心」「安全」を実現するためのサービスについて考える。[BCN]
(BCN) - 11月24日19時42分

SA800i


有害サイトへのアクセスを制限するだけが、子どもを安全から守るバリアになると思っているのか? 携帯電話の中毒性については、どう説明するのだ。子どもに携帯電話を持たせて、子どもが自由気ままに長電話したら誰がお金を払うのか? 携帯電話をコミュニケーションの主流として育つ子どもの心理・社会面の影響は?

ドコモよ、「子どもを守る」と言うなら、その端末をすべての子どもに無料配布し、通話料も全額ドコモが負担してみよ。ドコモがたとえ「そうする」と言ったとしても、自分は子どもに携帯電話を持たせることには反対である(過去の記事を参照『携帯電話を規制する』)。携帯電話は麻薬だ。安易に子どもにそれを持たせようとするな。

NTTドコモによると「保護者の意見を聞いていく」ようだが、そのやり方は今の自民党のやり方そっくりではないか。「民意を反映した」とでも言いたいのか? それは、親としては子どもの安全を願うのは当然だろう。だが、それが携帯電話を持たせることとは、論理の飛躍も甚だしい。GPS付き小型アラームで十分だろう。最近では、学生服にGPS内蔵させているものもあるそうだ。この学生服がすべての子どもに無償提供できるよう、携帯電話会社やら三河の車屋なんかが資金を提供してやれよ。

子どもに携帯電話を持たせることに賛成している親が31%、反対が34%、わからないが35%と拮抗しているが、こんなものは今後、社会情勢の変化や、調査方法一つでコントロールされる可能性だってある。

またも、有識者を使って検討していくそうだが、まず新自由主義に墜ちた企業の目的(カネ儲け)ありきで、実際「子どもの携帯電話利用をより安心してご利用いただけるよう...」などと言っている。また、バカ有識者がドコモからカネと名誉をもらって適当な無責任見解を出しつつ、子どもを売っていくんだろうな。

自分なら過去の記事に書いたように、まずは法によるバリアを作ることから取り組むだろう。それをしようとしない企業の「子どもを守る」は、すべて詭弁である。

マイクを投げる? いや、さじを投げたくなる。

Posted by 奥田健次 教育, 経済・政治・国際 |

2005.11.25

新自由主義の行く末は

今年5月に学会発表をするためにシカゴ(Chicago)に行った際、帰りにサンディエゴ(San Diego)に立ち寄った。

サンディエゴは自分の第二の故郷。とまではいかないが、青春時代を過ごした愛着のある土地の一つ。あらかた地図を見なくても運転できる街なのだ。

昨年は、サンディエゴで2番目にお世話になったホストマザーに会った。彼女はもう70歳近く。それはもう感動的な再会で、懐かしい思い 出話と近況について語り合った。

政治的なことは話していないのに、彼女のほうから「最近は留学生達がめっきり来なくなったのよ。ヨーロッパ人もアジア人も、 ここ最近、アメリカに対する評価が変わったんじゃない? ケンジはどう思う?」と聞いてきた。

自分は「攻撃を仕掛けてきたテロリストに報復するのは分かるけど、 イラク戦争は違うと思う。あれからアメリカが世界から心情的な部分では孤立している。そして、日本もそれに付き合ってるわけで、少なからずリスクがあるように思う」と率直に 答えてみた。

すると、彼女は「すべては9・11からよ。テロはいけないことよ。確かにそうだけど、アメリカ人は過敏になりすぎているのかもね。まああんなひどいテロに遭ったんだから、仕方ないんだけどね…」と寂しそうに話してくれた。

すべては9・11か。

そして今年。サンディエゴで3番目にお世話になったホストマザーを訪ねた。彼女は今や60過ぎ。12年ぶりということで、お互い感動的なものだっ た。12年前に一緒にいた彼女のボーイフレンドは病気を患って高齢者の施設に入所したという。今回そこにいたのは、新しいボーイフレンドだった。気さくな 紳士であった。子育ても終わって、連れ合いを亡くした者同士のお付き合いなのである。アメリカ的ではある。

ただ、正直言って「違和感」を感じた。彼女は12年前にはお金のことを気兼ねするような人ではなかった。彼女は、毎月のステイ費用を請求し忘れるほどの人 だった。オーバーステイ分も受け取らないので、わざわざ帰国する前に彼女の食器の下にお礼の手紙とオーバーステイ費用とプレゼントを 隠しておかねばならなかった。

それが今回の再会では、一緒に食事に出かける前に、ブックレットになった割引クーポンを探すのに30分以上、時間を費やした。また、彼女は敬虔なクリスチャンで、12年前は食事の前に皆で手を繋いで感謝の祈りを捧げていたのだが、それももうしない。

彼女らとも政治の話になったが、やはり9・11以降の話になる。彼女らの場合は拳を振り上げて「熱烈にブッシュ支持」だという。複雑で心配そうな顔もみられない。だから、自分は何も言えなかった。

こんな少し寂しい訪問であった。去年はまだあった『カフェ・クレマ』も、今年には店じまいになっていた。12年前、毎晩のように立ち寄ったカフェだったのだが。

9・11のテロはアメリカ人の心理に大きな変化をもたらしただろう。それにもまして、新自由主義が根付いた社会に様変わりしてしまったことを肌で感じた。

自分の直感ではあるが、新自由主義の社会など、誰にとっても生きにくくてたまらないはずのものだろう。富裕階級が「勝ち組」と名乗って祝杯を挙げようとも、それは金銭のみの「勝ち組」なのだ。我が子が他人を殺すようになるかもしれないし、殺される可能性だってある。余りに余ったカネで、どんどん高い城壁を築き、セコムやらALSOKやらの警備を付けて、一生懸命カネと命を守る人間って本当に「幸せ」なのだろうか?

カネ以外の価値を大切にできる人や社会を育てていかねば、歴史や伝統のタテの繋がりや地域共同体のヨコの繋がりは分断され、言論の自由が奪われ、裏切りやいじめ、粛正だらけの世の中になるだろう。拝金主義者はカネ以外のことに盲目になっているのである。盲目であることに気付いてもいない。

自分は「負け犬の遠吠え」と言われても構わない。自分の主張の正しさは、世の中の流れが証明してくれるだろう。

Posted by 奥田健次 社会 |

2005.11.24

脱稿。

ようやく原稿を書き終えた。実は、締め切りを4日ほど過ぎてしまっていたのだ。編集者さん、関係者の皆さんには大変、ご迷惑をおかけしました。深くお詫び致します。

その間、コンサートに行ったり、可愛い甥っ子会いに行ったり、遊んでいたかのような印象がありますが、ホテルで、空港のラウンジで、新幹線の中で、原稿を書いていました。で、昨日から14時間ぶっ通しでラストスパート。最後は脳内麻薬が噴出して、ライターズ・ハイ状態。気持ちよかった。

それにしても、自分は段々、締め切りが守れなくなってきている。これは良くない。遅筆は嫌いだ。セルフマネジメントを見直す必要アリ。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.11.23

りょうま通信vol.1

最近の『りょうま』です。

どうも政治のことが気になるようで。

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民営化とか牛肉のことが気になるようです。















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愛媛県民? 伊予弁を使いこなす『りょうま』。







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ってなことを言ってるのに、下のバナー広告は「転職」。









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最後に。奥田先生が一番励まされるのを。






by『奥田健次の教育改革ぶろぐろ部 事務局』

Posted by 事務局 脱力系 |

2005.11.21

教科書執筆中につき

ただいま重要な原稿の締め切り直前。

追い込みをかけなければならない。ってか、追い込まれてるのは自分ってか。

ブログの管理はしばらく事務局に任せておいて、自分は執筆活動にいそしみます。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.11.19

VIOLINISM with Love

今日は札幌で仕事を終えた後、札幌市民会館に行ってきた。

葉加瀬太郎〜Acoustic Concert Tour 2005 VIOLINISM with Love〜札幌公演

久しぶりに最高のライブを満喫してきた。今回は、アコースティック・コンサートということで、シックでアダルトな感じなのかなと想像していた。もちろん、アコースティックならではの色彩を存分に放っていた。特に、ANAの企業イメージソング“Another Sky”のアコースティック版では、榊原ピアノと柏木チェロの持ち味が生かされたアレンジであった。

コンサートの後半では見事にノリノリのステージに展開した。この辺り、さすが世界に通用する葉加瀬太郎。アコースティックで、どうやってノリノリに? それは、行ってみれば分かる。

ジプシー音楽の表現力などは、他に類を見ないほどの情熱的パフォーマンスだ。チャールダッシュにツィゴイネルワイゼン。おなじみの曲ではあるが、その時々で料理の仕方や盛りつけ方を変えている。洗練されている。やっぱり、ライブはいいなあ。満席となったオーディエンス。最後は自然に温かいスタンディングオベーションに包まれた。

今回のツアーには、スペシャルゲストとしてヴァイオリニストの功刀丈弘(くぬぎ・たけひろ)氏が出演。功刀氏は『アイリッシュ・フィドル』というヨーロッパの民族音楽のスペシャリストだ。

コンサート終了後、パスを持って楽屋に挨拶に。太郎さんと会うのは1年ぶりかな。昔話やら近況やら話した後、功刀さんを紹介してもらった。実は、功刀さんと話をするのは初めてだったが、お互いの共通の昔話などもあって懐かしい感じがした。

まだ、コンサートツアーは中日。今年も12月末まで全国を旅することになっているとのこと。一昨年なんかは、ニアミスも含めると4度も同じ地方で自分の出張と重なった。今年は、またどこかの旅先で出会うことになるのだろうか。

さて、もう1つの驚き。なんと、楽屋につながる通り道で秀明大学学頭の西部邁(にしべ・すすむ)先生を見かけた。ぜひご挨拶をと思ったのだが、スタッフに案内されていた自分はタ イミングを逸してしまった。後で探したが、すでに会場を後にされていたようだ。誠に残念。そうか、西部先生は確か北海道ご出身だったな。コンサートに来ら れていたのか、それとも同じビルで何か別の催しがあったのか分からない。色々と、教えを請いたかったのだが。



Posted by 奥田健次 脱力系, 音楽 |

ダイエットにまで、脳科学!?

今から2年ほど前かな。

【発掘!あるある大事典】というテレビ番組で、ダイエット特集の制作に協力した。

当時の番組制作側の意図としては、「『太りやすい体質』というより『太りやすい行動』っていうのがあるのではないか? ついては、行動心理学の専門家に協力をお願いしたい」ということであった。

ここまでは、なかなかスバラシイ。

太りやすい体質どうのといっても、持って生まれた体だ。生まれ変わるわけにはいかない。行動を変えるしかないのだ。制作会社も、なかなか良いところに目を付けた。

ところが。この特集は、自分が思っていたのと違う方向へ流れていってしまったのだ。太っている人の行動チェックリストを作るところまではよかったのだが、行動をどのようにに変えるかというアイデアに展開してもらえなかったのだ。

これを阻んだのは何か? 脳科学の壁だったのですね。

行動チェックリストを使った後、「こんな行動をする人は、こういう脳の働きが関係している」という『分類学』で終わってしまったわけ。わざわざ東京まで行ったのに、 ちょっとガッカリ。自分なんかより、医者の言うことのほうが『それらしく』聞こえるからねぇ。あんな分類、ほとんど役に立たないのに。

どう考えても、ダイエットに役立つのは行動科学です。「(食べ物を)選ぶ」「食べる」「運動する」「記録する」など、これらはすべて行動なのだから。

脳科学で説明されると、司会者やゲストの芸能人たちは「なるほど、なるほど」と頭をさすっていたけれど(笑)、行動が変わらなければダイエットは成功しません。応用行動分析学は、行動を変えるためのアイデアの宝庫なのです(前日の記事も参照)

いずれ、このブログでもダイエットの方法(それも薬を使わない方法)のアイデアを、ティーブレイク程度で紹介していこう。

以下は、行動科学のアプローチから作成された減量マニュアル。そのまま日々のウェイトコントロールに使えるようになっているので、とても便利。自分も、大学の講義の一部で使用している。

ライフスタイルを見直す減量指導―行動療法による体重コントロール

Posted by 奥田健次 健康・美容, 脱力系 |

2005.11.18

脳科学に、チョット待った。

最近の学問領域で、急速な進歩を遂げているのが脳科学である。

科学の発展のお陰で、脳の働きが解明されつつあるのだ。そして、これと同時にありとあらゆる分野−例えば、医学、リハビリテーション、工学、スポーツ、心理学、教育学、哲学など−で、脳科学が取り入れられてきた。脳科学ブームといえるだろう。

脳科学の良いところは、説明の節約性の高さである。人間の複雑な行動を、いとも簡単なフレーズで説明できるのである。たとえば、特定の場面でキレやすい子どもについて「脳内のドーパミンが不足している」と説明。非常に分かりやすいものである。

もう一つは、メタファーがフィットしやすい。たとえば、「あいつを殴ったのは脳が指令を与えたから」と言う。「指令を与える」とは第三者が自分に指 示・命令を出すことだが、あたかも自分の脳が上官で、それに従う下士官たる自分がいるという説明なのである。1つの体の中に、命令する側と命令される側が存 在するような説明だ。

説明の節約性が高いと、われわれは「なるほど」と、つい納得してしまいがちだ。しかも、最近の日本人は横文字に弱い。カタカナ語を使い回すと格好良いと思い込んでしまうところがある。脳科学は、カタカナダラケナノダ。

だが、われわれに必要なことは節約的な説明なのだろうか。節約性の高い説明の短所は、ややもすれば循環論に陥りがちな点にある。

たとえば、「授業中、すぐに立ち歩いてしまうのはどうして?」→「ノルアドレナリンが不足しているから」 →「ノルアドレナリンが不足しているって、どうして分かるの?」→「だって、すぐに立ち歩いちゃうでしょ」・・・。脳科学の説明だけでは、すぐに問題解決 というわけにはいかない

少なくとも、問題解決という観点からは、説明の節約性よりも他に大切なことがある。

それは取りも直さず、どんな場面でどういう行動が生じやすいか、どういう条件でその行動が増えたり減ったりするかという知見であろう。つまり、行動科学が標榜していること、すなわち行動の予測と制御こそ問題解決の観点から有用なのである。

行動分析学(Behavior Analysis)は、表面に現れている行動しか研究対象にしていないと、未だに誤解されていることが多い。行動分析学では、脳の働きや遺伝要因などを否定していない。いわゆる心の動き−意識、思考、欲求、記憶、推論など−が、目に見えないものであっても、行動として扱っているのだ。

だが、それらを行動の原因の説明に用いることは避けている。だって、行動の説明を、その行動のレッテルで説明しても仕方がないでしょう。「すぐに殴るのは攻撃性が高いから」「攻撃性が高いからすぐに殴る」。ほら、循環論。実用的でない。

とても読みやすい入門書が出版された。新書なのでスラスラ読める。行動分析学の「なるほど」は脳科学とはチョット違って、「なるほど、使える」である。行動分析学を知らない人も、一読されることをお薦めする。きっと、新しい発見があるだろう。

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.11.17

女子の『仲間はずれ』いじめをする大人

粛正、粛正粛正ー!

もう『やめられない、とまらない』なのだろう。

武部幹事長、岐阜県連の元幹部4人に離党要求
http://www.sankei.co.jp/news/051116/sei035.htm
(Sankei Web)

 自民党の武部勤幹事長は16日、先の衆院選で党本部の要請に従わず、非公認の野田聖子氏ら郵政民営化反対派を支援した当時の岐阜県連幹部から事情を聴き、猫田孝前幹事長ら当時の県連執行部だった県議4人に自発的な離党を求めた。
 同県連は既に衆院選当時の会長らが引責辞任しているが、武部氏は、同県連が規約を変えて造反組を「県連公認」したことや、公認候補を支援した同県選出の松田岩夫参院議員を処分したことを挙げ「越権行為であり除名処分に相当する」と指摘。自発的に離党しない場合は党本部の党紀委員会を開き処分する考えを伝えた。
 猫田氏は即答を避けたが、会談後、記者団に「指示には従う」と、離党する意思を示した。当時会長だった古屋圭司衆院議員はすでに離党している。(共同)
(11/16 14:54)

自民党幹事長は、粛正執行担当大臣だったのだ。いわば、いじめ担当大臣

一度、いじめを始めてしまうと、なかなか止められないもの。実際に、中央だけにとどまらず、地方にも粛正が進められつつあるではないか。

いじめっ子が行う追放いじめ。これを誰も止めることはできない。周囲にいる人間を『物言わぬ傍観者』にしつつ、さらにいじめっ子は力を付けていくことになる。マスコミも完全なる傍観者

要するに、誰もが自分の立場が心配なだけ。属する組織の方針と違うことをすることで、組織集団の中で自分がいじめに遭うのではないかと恐れているのだ。そういう構造が現にあるのだ。全然、自由民主主義ではない。いや、民主主義的にいじめを行っているともいえる。

そんな民主主義など、クソ喰らえだ。

自分には何をやっても喰っていける甲斐性があるので、組織の中にいようとも常に正論をぶつけてきた。当然ながら、上に述べた予想通りの結果となっている。だが、それでも「正しい」とか「間違っている」ということを知っていながら、黙っていることなど自分には出来ないのだ。集団の中で、いつも孤立する自分のことが最高に好きだ。だから、自分はいじめには荷担しない。

本当は政治的なことは書きたくない。だが、どうしても日本の教育にまで関係してくることばかりなので、書かざるを得ない。国のリーダー達が、こんな状態だから、もう絶望的。

自分は、古き良き日本の社会に戻したい。『サザエさん』のような家庭を大切にしたい。そう願っている。でも、やはり無理だな、もう。泣きたくなるよ。

過去の記事:イエスマンにみる『いじめ』の病態 ほか

Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 社会, 経済・政治・国際 |

2005.11.16

見た目で損をする男

巷で見ず知らずの人と話をするときがある。

たとえば、旅先、一人で立ち寄った居酒屋の大将から「お兄さん、お仕事は?」と聞かれるとき。タクシーの運転手さんにも声をかけられたり。「お兄さん」と言われた時点で、もう自分の職業を当てることは不可能だろう。

暇なときは「何やってるように見えますか?」と聞き返してみる。

すると、「スタイリストでしょ」とか、「今、流行のカリスマなんちゃらとちゃいますか?」「芸能関係?」「音楽関係?」などが多いかな。レアな回答では「八代目?」と言われたことも(爆)。どういう意味やねん(笑)!

一度も「教育関係」って当てられたことはありませんわ。そりゃ、仕方ないわな。自分、こんなんやし。

まあ、「アーティスト?」って聞かれたら、「まあ、そんなもんです。よく分かりましたね」と答えてみる。まあ、自分のセラピーは「アートだ! 芸術だ!」などとナルシストなことを言っているので、嘘ではないか。

運転手さん、自慢げに「やっぱりそうでしょ、だいたい分かるんですよ」と答える(笑)。

職場の教員専用駐車場に入ろうとすると、警備員さんに「こらーーー! 学生はここ停めたらいかんだろう!」と怒鳴られることも多い。教員証を見せると「せ、先生でしたかっ! 失 礼しましたぁっ!」と詫びられる。態度急変して詫びられるのは何だかキモチ悪いので、近頃は「あ、すみません」と言って学生駐車場に停めたりして。

先日、珍しいことがあった。タクシーの運転手さんの世間話に付き合っていたら「あれでしょ、先生...」と言うので、「何で先生って言うんですか?」と聞くと、「分かりますよ、雰囲気で。塾長さんとかでしょ、カリスマ系の」と言われた。

今までで一番、近い!(ただ、何でカリスマやねん;笑)

しかし、どちらかというと見た目で損をしていることのほうが圧倒的に多いのだ。でも、自分はそれを損だとは、それほど思っていない。お陰で、オモシロいエピソー ドにたくさん恵まれている。

ちょっと変わった関西人の自分は、『カネよりもネタ』である。面白いネタ集めに余念がない。体を張ってでも(笑)。

Posted by 奥田健次 脱力系 |

2005.11.15

息子に『ひったくり』を教える母

自分は、あちこちの講演や講義で話をしてきた。『子どものニーズ』『親のニーズ』『社会のニーズ』をバランスよく調整していく必要があると。

ニーズの内容によっては、受容するのではなく、否定しなければならないこともある

具体的な例をあげれば「子どもが他人の物を欲しいと言っても、それを無条件に受け入れていいものか? ここで親のニーズが問われる」「もし、他人の物を盗んだら、それは社会のニーズから逸脱する」などと、分かりやすい話をしてきた。

『親のニーズ』だって傾聴する必要はあるが、絶対に受容しなければならないわけではない。「絶対に東大に行って欲しい」「こんな人と結婚して欲しい」などと願っていても、子ども本人がそれを望まない場合もあるだろう。

そして、今までは上の例に加えて「万が一、保護者が『息子を天下一のドロボーにして欲しい』と言ってきたら? お金を積まれても断るでしょう? まあ、こんなことは『どろぼうがっこう』っていう絵本の中でのことやけどね」と説明してきた。

ところが、これが絵本の中の話だけではなくなってしまった。先週末のニュース。

中1息子にひったくり指示、無職の女を逮捕・神奈川県警
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20051111STXKF053511112005.html
(NIKKEI NET)
 神奈川県警は11日までに、中学1年の二男(13)らにひったくりを指示したとして、窃盗教唆容疑で横浜市鶴見区の無職の女(33)を、窃盗容疑で実行犯の中学3年の少年(15)ら2人をそれぞれ逮捕し、二男ら少年3人を補導した。
 調べによると、逮捕、補導された5人は13—15歳の中学生。8月から鶴見区内で11件のひったくりをし、被害は現金約36万円など。女に約25万円を渡したというが、女は「知らない」と否認しているという。
 女は同居の男性(28)、中学2年の長男(14)、二男の4人家族。男性は生活費を渡していたが、女はパチンコにつぎ込んでいたという。
 女は10月7日、自宅で二男とその友人らに「引っ越し代金がないからひったくりをしてきてよ」と指示。二男らが近くの路上で、女性会社員(66)から現金約22万円入りのバッグを奪った疑い。〔共同〕

19歳のときに母親になったのか。以前の記事「子どもを上手く育てるために」に書いた、「生物として親になることは簡単である。だが、親らしく生きることは難しい」ことを物語る典型的な事件だった。

だが、こんなことは戦時中にもあっただろう。不安定な状況では、子どもに略奪をさせるなどということは十分あるわけだ。別に、現代特有の精神病理というほどのものではない。

むしろ、日本もいよいよ戦時中の状況下におかれたとみるべきではないか。これからは、火事場や大震災での助け合いは無くなり、略奪の世に移行していくのだろう。これが、戦後60年経った日本の姿なのだ。

いや、厳密には阪神大震災のときには市民もヤクザも見事な人助けをしていた。あれから10年。新自由主義が生み出した価値−大企業の利潤を絶対視すること(拝金主義)−は、『勝ち組』『負け組』という視野狭窄を市民の意識の中に植え付けてしまった。

ここ数年、新自由主義という保守の衣を着た左翼思想が、日本的な良い物を完全に破壊してしまったのだ。あまりにも、嘆かわしい。

Posted by 奥田健次 教育, 社会 |

2005.11.13

学部ゼミ2005

学部ゼミの卒業アルバム用。

なんだかなあ。自分が新選組って言ったら、盛り上がっちゃって。

学生達も浴衣着るってさ。みんな、こういうの好きなんやね(笑)。
2005zemi
普段は、ビシバシ厳しい指導をしていますよ。

さあ、卒論、がんばろうぜ! 臨床、楽しもうぜ!
就職活動、ふんばろうぜ!!

  

おまけ。コスモス像の前でご乱心の自分(笑)。

2005zemi1

Posted by 奥田健次 学ぶこと |

2005.11.12

静岡女子高生タリウム事件

静岡県の女子生徒が劇物を使用して母親を殺害しようとしたとされる事件。

11日の朝日新聞朝刊で、この女子生徒のパソコンから見つかった文書の要約が掲載された。母親が、衰弱していく様子を、淡々と書き連ねている。

母の悪化する病状を凍った目で観察する過程で「僕らは逃げ切れる。絶対に。いや、逃げ切ってやる。捕まるものか」「ばれないか不安で仕方がない」などと述べている。

逮捕後、女子生徒は容疑を否認している。

「僕が入れたのだ」タリウム事件、パソコンに日記風文書
2005年11月11日08時11分 asahi.com
http://www.asahi.com/national/update/1111/TKY200511100377.html
 静岡県の高校1年の女子生徒(16)が母親を劇物のタリウムで殺害しようとしたとされる殺人未遂容疑事件で、生徒のパソコンから特定の人物への薬物の投与とその影響の観察を題材とした文書が見つかっていたことがわかった。文書には母親の容体が悪化した経過と一致する記述が複数あり、静岡県警は生徒が母親にタリウムを摂取させた状況を記録していた可能性があるとみて調べている。
 文書は、生徒が書いたと見られているインターネット上の書き込み「ブログ」とは異なり、生徒の自宅の部屋から押収したパソコンに残されていた。フォルダー名は「真実の口」。「僕」が「Atom」という人物に対し、薬物を指すと見られる「碧(みどり)の小枝」を飲ませる内容で、日記のように日付を追って記述された形をとっている。
 県警は「僕」が生徒本人、「Atom」が母親、「碧の小枝」は酢酸タリウムを表しているとみている。
 文書の中で「僕」は食べ物に混ぜるなどして「Atom」に「碧の小枝」を摂取させ、「足が痛いと訴えている。当たり前だ(中略)僕が入れたのだ、試すために」などとした。「Atom」が入院した後も薬物を飲ませ続けた様子を描き、10月4日の項には、苦しむ原因を知っているが「言えないし、言わない」と記していた。
 女子生徒は容疑を否認しており、文書を生徒が書いていても空想や妄想が含まれている可能性もある。しかし、例えば母親が救急車で病院に運ばれたのと同じ、「10月2日」の項に「Atomが入院した。父が呼んだ救急車で連れて行かれた」と書かれているなど、一連の文書の記述は、県警の捜査で明らかになった事実と次々に一致した。

事件が事件なので、やがて精神鑑定が行われることになるだろう。そして、なにがしかの診断名が付くことは間違いない。十分に予想される診断名は、ここには書かない。鑑定後、また波紋が広がることだろう。

自分が言いたいのは、こうした女子生徒の精神状態がどうだったかということではない。周囲の人間が、この生徒の異変に気づかなかったのか、という点 である。これは、神戸の酒鬼薔薇のときと同じかもしれないし、そうでないかもしれない。つまり、すでに何らかの形で精神科医や心理士などへの相談歴があったのかどうか。

周囲が子どもの異変に気づかない社会。気づいていても何もしない(何もできない)社会。

われわれは今、こんな社会に住んでいるのだ。

Posted by 奥田健次 教育, 社会 |

2005.11.11

有識者を信じるなかれ

有識者。自分が忌み嫌う言葉の一つである。

国や地方自治体が、何かの政治的課題を諮問するとき、必ず有識者を集める。

しかし、自分は昔から思っていることだが、有識者なんて輩はほとんど曲者だ。顔触れは、医者や大学教員が多い。そして、若手バリバリではなく、どちらかといえば70過ぎた長老が多いのも特徴だ。

昨今の皇室典範改正だとか、アスベスト対策だとか、ろくなもんじゃない。皇室典範改正にロボット工学の専門家がしゃしゃり出てくる。アスベストを強力に推 進していた人間が、アスベスト対策で呼ばれて出てくる。昔、薬害エイズ。今、狂牛病。いつだって、有識者、有識者。こいつらが、一体、何をしてきた?

地方でも、教育問題なんぞで出てくる有識者には、畑違いの生理学が専門の大学教授とか、ワケが分からないことばかりだ。

「有識者にお願いしたい」
と言われると、自分の専門外でも「待ってました」とばかりに、ホイホイとしゃしゃり出る。まったく節操のない連中。それが有識者なのだ。有識 者とは『学問・識見が広く高い人』のことだが、「自分がそうだ」「自分はエライ」と思っている連中って、はっきりいってキモチ悪い。呼ぶほうも呼ぶほう。こいつら、単に権威か らお墨付きが欲しいだけ。そのお墨付きを何に使うの? 国民を騙すためだよな。

学問ってのは「まだまだ奥が深い」と探求し続けるものじゃないのか?

以前いた職場で、ある教授が「今度、文科省からケンジン会に呼ばれたので出席してくる」と嬉しそうに話してこられた。自分は「福岡県人会か何かですか?」と聞 くと、「いや、賢い人の会、賢人会だ!」とのこと。自分は思わず「あほらしい」と言って笑ってしまった(失礼しました)。あのね、『けんじんかい』って、どう文字変換やっても『県人会』としか出てこないんやけ ど。

自分なら、恥ずかしくてとても出席できない。自分は愚人です。

いい加減、やめようぜ。こんな馬鹿げた名称。有識者なんて『色好き』という意味で「有色者(ゆうしきしゃ)」と表記してはどうか。賢人会は、やっぱり「愚人会」で行こうぜ。それなら、自分も参加できるって。

国民もそろそろ医者や大学教員がどれだけ腐っているかってことに気付くべきだがな。そういう職種の人だからって、人間として優れているわけではないのだから。人間はすべて罪深い愚か者なのだ。

Posted by 奥田健次 社会 |

2005.11.09

子どもを上手く育てるために

自分はある地域誌に子育て関係の連載を続けている。

テーマは、ペアレンティング(parenting)である。「育児」とか「子育て」という意味の言葉だ。

どちらかというと「育児」は"child care"のイメージが強いが、自分はペアレンティングという言葉が好きだ。"parent""〜ing"。ペアレンティングには「親業」「親らしいことをする」という意味が込められているように思うからである。

生物として親になることは簡単である。だが、親らしく生きることは難しい

こうした思いをベースに、子育てにかかわるすべての人にメッセージを送ってきた。自分のホームページにも、早くから『子育て大学』というコーナーを作って、様々なメッセージを発信してきた。

子育てにかかわる人すべて。これは、もちろん親であり親族、近所などのコミュニティー、そして学校、社会(地方自治体から国)全体である。

一言で言ってしまえば、昨今の大人たちは、(1)自信をなくしてしまっている。または、(2)慢心しきっている。

自信をなくした大人。これは、マスコミ論調や馬鹿学者のに騙されて、子どもを傷つきやすい存在と思い込み、暴れる子どもを受容し続けている。子ど もが殴ってくれば殴られてやり、子どもがわめけばなだめる。日常、子どもに振り回されている人達である。自分は、こういう大人について「子どもの掌 の上で踊らされる大人」と表現している。

慢心している大人。こういうタイプは、大人ではあるが大人になりきっていない。子どものまま、生物として親にはなったものの、「まあ、なんとかなるか」「いつか分かってくれるだろう」などと言い続けている。今日、こうした大人が多すぎる。

子どもも親も、人間なのでわがままである。だが、親になった以上「親らしく演じきる」のが大事なのだ。教師だってわがままな人間だ。聖人君子ではない。教師は給料をもらっている以上「教師らしく演じきる」のが肝要だ。どうせわがままな人間なんだから、人格で接するのではない。そんなものは、自分は正しいと思い込んでいる人間の偽善だ。とにかく「演じるのだ」。そのための、ペアレンティングなのだ。

多くの親御さんに出会って思うこと。それは、子どもに対するカードが少なすぎることだ。教師やセラピストもそう。使えるワザが少なすぎる。

普通の大人は「叱る」「なだめる」カード程度しか持っていない。叱ってもなだめても駄目なとき、「キレる」というカードが出てくる。自信がない親は、このあと子どもに「謝る」カードを切る。これでは、子どもは荒れるに決まっている(こちらの記事「殴る小学生と殴られる大人」も参照)。

子どもに「褒める」のカードを使ってみてほしい。これはかなり有効である。ただ、このくらいのことは、目の中に星がキラキラな教師でも言いそうなことだ。自分に言わせれば、「褒める」カードなんて使えて当たり前。

自分は、子どもに接する大人が持つカードの種類は、多ければ多いほど良いと考えている。国と国が交わる際にも、色々な外交カードが質量ともに優るほうが有利という事実もあるように。

具体的には、子どもに対して有効なカードは「褒める(賞賛、握手、抱きしめ等々)」「叱る」「なだめる」。ここまでは初級者。

中級者以上になると、「すかす」「無視する」「驚かす」「チラつかす」「ちょっと脅す」「プレゼントする」「取り上げる」「手伝う」「邪魔する」「追い出す」 「軟禁する」「煽る」「プチ罪悪感を感じさせる」「笑わせる」「ケムに巻く」などなどが使いこなせる。さらに上級者向けもまだまだあるが、やや過激なのでここには書か ない。

上記のカードのいくつかをみると、きっと教育学者の一部などは「とんでもない」などと言うだろう。だが、そんな反論は実践知らずのクソ意見に過ぎない。クソは肥料に使えるから、そんな反論、クソ以下だ。

また、自信のない保護者は「そんなことをしたら、子どもに嫌われるのでは」とか、「子どもがストレスを抱え込むことにならないか」と思い悩んでしまう。だが、これらもマスメディアが役立たず評論家と一緒にでっちあげた嘘である。過去の記事(「教育の常識は非常識」「子どもはストレスに強いのだ」)も参考にされたい。

ときどき、ごく稀にだが学校教諭でこれらの中級者以上のカードを、見事に使いこなす教師がいる。場面によっては厳しい先生に見えるので、保護者も含めて周囲 からの風当たりもきついはずだ。だが、これらのカードの使い方に間違いがなければ、子どもは必ず慕ってくれるのだ。いずれ、このブログにて具体的な事例の数々を紹介 していこう。

色々なカードを持っているというのが大事なのだ。「褒めるだけ」とか「スパルタ式」で有名な先生がいるとしても、「それしかない」のなら、所詮は初級止まり。剛柔、使いこなす大人にならねばならない

ただ、むやみやたらにこうしたカードを使えば良いというのではない。初心者の生兵法は大怪我のもと

自己研鑽のための修行あるのみなのだ。

Posted by 奥田健次 教育 |

2005.11.07

カズ、シドニーFCへ

良い選択をしたなあ、と本当にそう思う。

横浜FCのFW三浦知選手。今日7日、シドニーFCへ期限付き移籍のためオーストラリアに出発する。

シドニーFCの監督はリトバルスキー。元・Jリーガー。なんだか夢があるねえ。

移籍後すぐの移籍だが、カズ選手はファンに恵まれている。温かく送り出され、また温かく迎えられることだろう。

楽しみなことは、トヨタカップ出場を決めているリティ・シドニーFC。このチームの一員として、日本に戻ってくることになる。

私事だが、シドニーには自分の親戚一家が移住しているので、より親しみを感じる。どんどんゴールを決めてくれることだろう。ブーメランシュートとか、カンガルーキックアボリジニ風カズダンスみたいに、豪州ならではの新技を開発してほしい。

Posted by 奥田健次 スポーツ |

2005.11.04

イエスマンにみる『いじめ』の病態

武部某という自民党幹事長が「私は偉大なるイエスマン」と公言したようだ。

この男、完全な佞臣だ。偉大なるいじめ加担者だ。

私は偉大なイエスマン 武部氏、続投や入閣に意欲  2005/10/31 07:14
(北海道新聞)
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20051031&j=0023&k=200510319745

 【網走】自民党の武部勤幹事長は三十日、網走市内で開かれた後援会の会合であいさつし「なぜ私が(閣僚)候補に挙がるかといえば、小泉純一郎首相にとって偉大なるイエスマンだから。単なるイエスマンじゃない。小泉さんが私を信頼し(他の政治家は)役人の言いなりになってちゃんとやらないが、武部は違うと思っている」と述べ、三十一日の党役員人事・内閣改造で、幹事長続投や閣僚就任に意欲をにじませた。
 支持者九百人が集まった会合の出席者によると、武部氏は会終了直前に再び登壇。十八番の星影のワルツの替え歌を披露し「とことんやります国のため」と歌い上げ、「明日、もし首相が武部を呼べと言った時に『今、網走なんです』じゃ駄目ですから」と言い残して会場を後にした。

自分はこのブログにおいて、日本は『イエスマン』しか生き残れない、いびつな社会になってしまったことを繰り返し主張してきた。「いじめ社会の完成」「斬首か、切腹か」。これらの記事を読めば、少しは良心の呵責も感じるのではないか、というのは甘い見方である。いじめ側の特徴は、自分に都合の良い仲間集め正当化とぼけなどである。だが、武部某は「開き直り」である。ついに、ここまで許される社会になったのか。

権力者の側にいるイエスマンは、いじめの構造でいうところの傍観者、いや積極的な加担者である。イエスマンはいじめの加担者なのである。

マスメディアは、現政権についてバッシングしない。森前総理の「日本は天皇を中心としたカミの国」と発言したことについては、意図的に曲解して非難したくせに、現政権では何をやっても許される。

与党が平然と行う『集団いじめ』を、マスメディアは問題視しない。問題視どころか、ほとんど正当化しているではないか。つまり、いじめられる側に問題があるかのような偏向報道。マスメディアは、いじめの構造における傍観者となっている。いや、これまたイエスマンと同じくいじめ加担者であり、いわばいじめっ子の世話係かもしれない。

こんな与党が、どういう教育を行っていくのか。どんな福祉社会が待っているのだろうか。

小泉首相が造り上げた『いじめ構造』
は、「偉大なるイエスマン」などと開き直りが許される佞臣どもと、それを叩かないマスメディア、何も出来ずにいじめを傍観している国民によって完成の域に達している

永田町や霞ヶ関だけでなく、地方自治体、民間会社、医療や福祉の現場、大学、学校、ありとあらゆる社会で、いじめパワーハラスメントが行われているのだ。

いじめて終わりではない。いじめられた側は、いじめた側の想像以上の憎悪を持って生きている。そして、それは悲劇を生むことになるだろう。

Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント, 社会, 経済・政治・国際 |

2005.11.03

喫煙は病気

ようやく、自分らの主張が認められた気分だ。

喫煙は病気である。愛煙家には到底、認めたくないフレーズであろうが、ニコチン依存症であることに間違いはない。先週末、ある研究会に参加したとき、このニュースのことを知った。

--以下、引用。

NIKKEI NET
喫煙は病気、積極治療が必要・医学会が初の診療指針
http://www.nikkei.co.jp/news/past/honbun.cfm?i=AT3K1800A%2018102005&g=MH&d=20051018

 たばこを吸うのは「ニコチン依存症と関連疾患からなる喫煙病」であり、患者(喫煙者)には「積極的禁煙治療を必要とする」——。日本循環器学会など9学会の合同研究班が18日までに、一般医師向けの初の診療指針「禁煙ガイドライン」を作った。
 喫煙がさまざまな病気の原因になることは知られているが、喫煙率は成人男性で47%と先進国の中では高く、研究班長の藤原久義・岐阜大教授(循環器内 科)によると「自分の意思で喫煙をやめられるのは5—10%程度」。このため「たばこを吸わない社会習慣の定着」には、喫煙自体を病気と位置付けた上で、 すべての医師が患者の喫煙を把握し治療を勧めることが必要と判断した。
 女性には美容にも悪影響と知らせるなど、患者に応じた治療方針を盛り込んだのが特徴だ。
 指針は、禁煙に効く行動療法として「喫煙者に近づかない」「吸いたい衝動が収まるまで秒数を数える」などを挙げた。〔共同〕

--引用終わり。

自分はタバコについても政治的な背景があると言ってきた。ある種の人々にとっては、ニコチン中毒者が多ければ多いほど自分の財布が潤うのだ。当然ながら、 ありとあらゆる手段を使って、タバコは悪くないというキャンペーンを展開しているのである。同時に、タバコは格好いいというイメージの刷り込みも行ってい るのだ。

喫煙者は騙されているだけ

上のように挑発的なことを言えば、「何を言う、騙されているのではなく、自分の意志で吸っているのだ」と反論されるのは目に見えている。それは、そうだろう。自分の意志で吸っているのだ。そこに間違いはない。

では、自分の意志で止めることができるのか?

この問いかけに対して、いくら「止めようと思ったら、いつでも止められる」と答えたとしても、それはトートロジー(同語反復)に過ぎない。一度、試しに止めてみてごらん。

タバコを止めることは難しい。人間は自分にできないことがあることを認めたくない。でもタバコを止めることは難しい。よって、考え方を変えることにしよう。そうだ、タバコは悪くないと考えよう。「タバコは悪くない」。

こういう思考の流れ(あるいは結論づけ)は、心理学では『認知的不協和理論』という枠組みで説明される。自分の結論を補強するために、適当に都合の良い科学論文を引き合いに出してくることも、所詮はそれだけ喫煙行動を止めることが困難だからだ。

自分が病気だったなど、心情的には簡単に受け入れられないことだろう。自分も、自分が不眠症やチックがあることを最初、受け入れることはできなかった。だが、しょうもない意地を張っても仕方がない。自分の病気の状態を、まずは認め受け入れることがスタートである。

これまで自分は、「止めたいけど止められない」という患者のニーズを叶えてきた。もちろん、「止めたい」と思っていない患者は、治療に協力してくれるわけがないので、最初から相談を受けないことにしている。だが、「止めたい」と思ってる患者はすべて治してきた。

自分が使っている技法も行動療法であるが、今回の合同研究班によるガイドラインにおいて行動療法の有効性が明記されている。そう、タバコは生活習慣病なのである。

本来、動物としてのヒトは、タバコなど吸わなくても生存できるわけだし、子孫も残せるのだ。吸わなくても良かったものを、吸い始めてしまっただけのこと。

タバコについての陰謀は、いずれまた記事にしよう。

禁煙のための行動療法の教科書はこれ。もちろん男性にも役立つ実践書である。

Posted by 奥田健次 健康・美容, 経済・政治・国際 |

2005.11.02

メロンパンのメロンパン

広島にいる弟子の見舞いに行った。

帰りに、呉のお土産、くれた。

その名も、メロンパン
meron1
有限会社メロンパンの『メロンパン』。

なんじゃこりゃ〜、なめとんのか〜(笑)。というほどの重量。

ズシリ。これで120円ってかあ。

それにしても、なんちゅうネーミングなんやろうね。会社の名前も商品の名前も、まんまやんっ!!

中にカスタードがぎっしり。美味いなあこれ。
meron2

また喰いてえ(笑)。

昔からお見舞いに行くと、いつもこっちが元気づけられるんよな。こんな言葉しか贈られへんけど、はよ、元気になれよ。また美味いメシを食いに行こうや。

Posted by 奥田健次 脱力系 |