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2005.10.31

斬首か、切腹か

郵政民営化法案反対議員の処分。ここに処分のグレーディングあるのだが(自民党の処分には8段階が設定されている)、最も重い『除名』、その次に重い『離党勧告』について考えてみたい。

単純に言えば『除名』という処分は罪人扱い。『離党勧告』という処分は、武士の情けで切腹の沙汰である(注:慣用的に「武士の情けで」と述べたが、それは昔の話。今日のは、以下の本文をお読みいただければお分かりになると思うが、単なる政治利用に過ぎない)。

常識的に、除名された場合は組織に戻ることはできない。離党勧告の場合は、自ら離党することで除名は免れるが、10日以内に離党しなければ除名となる。

赤穂浪士の大石内蔵助以下46名は切腹のお沙汰であった。復讐をテロによって実行したが、罪人扱いにはされなかったのだ。一方、新選組の近藤勇は斬首であった。つまり、近藤勇は罪人とみなされたのであった。

さて、今回処分された議員は何をしたというのか? 郵政民営化に対して反対の立場をとったこと、あるいは郵政民営化関連法案の中身について反論したこと、もしくは審議の進め方に疑問を持って反対派に同調したこと。こんな程度ではないか。

反対票を投じる前から、反対すれば厳重に処分されるという脅し、圧力があったのを知りながら、それを覚悟の上での、いわゆる『造反』だったのだ。好きで造反したのではなかろう。大石内蔵助も、近藤勇も、そうせざるをえない状況にあった(追い込まれたという見方もあり得る)。自分の主君が蔑ろにされたのが許せなかった。自分を慕ってきた者のことを放っておけなかった。人間の行動を考えるとき、言動のみを考慮しても意味がない。必ず、文脈を読まなければならない。最近、この文脈の読み取りが苦手な人が世の中、満ちあふれている。

処分覚悟で臨んだ造反議員。彼(彼女)らだって、国民に選ばれた国会議員だ。国民の代表だったのだ。国民の代表者が、永田町で反対意見を出した挙げ句、斬首されるとは一体どういうことなのか。

--以下、引用。

YOMIURI ONLINE
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20051021i213.htm
綿貫、亀井氏ら9人を除名処分…自民党紀委
 自民党党紀委員会(委員長=森山真弓・元法相)は21日、先の通常国会で郵政民営化関連法案に反対し、新党を結成して衆院選に立候補した綿貫民輔・元衆 院議長、亀井静香・元建設相ら9人を除名処分とすることを全会一致で決めた。郵政民営化問題をめぐり、自民党が党議拘束違反者に対して出した処分はこれが 初めて。
 党紀委ではこのほか、無所属の衆院議員、自民党会派に所属したままの参院議員ら50人の処分を検討しており、次回28日の会合で決定する。
 除名処分となった9人の内訳は、国民新党が5人、新党日本が4人。衆院議員は綿貫、亀井静香両氏と亀井久興氏、滝実氏の4人。参院議員は荒井広幸、長谷川憲正両氏。また、衆院選で落選した前衆院議員の小林興起、津島恭一、青山丘の3氏も除名となった。
 9氏は、いずれも衆院選公示前に離党届を提出していたが、党紀委員会ではこれを受理せず、除名処分とした。
 森山委員長は除名の理由として、<1>党の方針に反して郵政民営化関連法案に反対した<2>別の党を結成して衆院選で自民党の公認候補の選挙を妨害した——ことを挙げた。
(2005年10月21日22時4分  読売新聞)

--以上、引用終わり。

除名の理由については、かなり不当な内容である。「自民党の公認候補の選挙を妨害した」というが、それをいうなら自分らこそ真っ先に処分されるべきではないか。自民党執行部が刺客を立てたから、仕方がないので「別の党を結成せざるを得なくなった」のだ。これらすべて「勝てば官軍」の図式なのだ。

もう1つの問題は、「(除名された)9氏は、いずれも衆院選公示前に離党届を提出していた」にもかかわらず、それを受理せず除名処分にしたことだ。「ここはひとまずケジメとして切腹しよう」と決めた武士に、「いや、貴殿らは斬首だ」と一方的に犯罪者扱い。マスコミ論調も、小泉自民党に反対した議員を造反者(悪者)扱いしていたので、「市中引き回しのうえ打ち首」だった。

さて、ここまで切腹だの斬首だのと言ってきたが、これらの処分にあった信念居士は実際には生きている。以下、これからの問題について心理学者の立場から考察し、予告しておこう。

最も問題なのは、除名された議員よりも離党勧告となった議員である。自民党執行部は何を考えているか? 至極、簡単である。

「貴殿らには、近い将来、復党の可能性を残しておいてやろう。だが、そのためには・・・・分かっているだろうな」というアプローチだ。この「・・・・」の部分は、それぞれの議員によって求められる内容が異なるのだ。まあ、分かりやすくいえば「それなりの土産」だ。

それは、利権かもしれないし、敵の生命かもしれないし、自分の体(魂?)かもしれない。

すでに魂を売っている可能性だってあるのだ。「今回の処分は見せしめ上、離党勧告としておく。だが、○年後には復党させてやろう。ただし、そのためには・・・・分かっておろうな」という密約。

どうやら野田聖子議員が最も危うい立場になってしまった。特別国会でも法案反対を貫いた平沼赳夫議員が離党勧告処分で、一転して賛成票を投じた野田氏も平沼氏と同じ離党勧告処分。野田氏は完全に立場を失った。こんなことなら、法案反対を最後まで貫いたほうがよかったのではなかろうか。今さら寝返ってしまった郵政法案反対派の仲間に戻ることもできないだろうし。そんな後悔の念すら、ちらついてしまう。

だが、野田氏は「自民党総裁となり、日本初の女性総理大臣を夢見てしまった女」である。彼女は、失った立場を回復するために、「相当な手みやげ」を用意しなければならない。彼女の場合は安くは済まない。「それなりの土産」では不足だ。

ただこれはあくまで、自民党に復党しようとする場合のことだ。復党の意志がなければ、そんな手みやげなどいらない。しかし、この夢見る女は、離党勧告処分を受けての会見でさっそく復党したい考えを表明。「(党を離れる)時間を短くしたいというのは当然と思っている」。『やっぱ戻るっきゃない』の信念のみか。野田氏のことは残念だ。剃髪して、一からやり直すしかない。

それにしても、この構造。これは『いじめの構造』である。永田町だけではない。世の中すべてに、この構造が拡がっている。イエスマンのみが生き残れる社会だ。小泉構造改革とは、こうした『いじめの構造』を造り上げるものだったのだ。悪代官と越後屋か。はたまた「ムショから出てきたら組長だぞ」と約束されて暗殺に向かう鉄砲玉か。こんなステレオタイプな時代劇や任侠話が、この国を動かす大人たちの現実なのだ。

今回、離党勧告処分を受けた議員(役職停止処分など、除名以外の処分を受けた議員も)の今後に注目である。

Posted by 奥田健次 経済・政治・国際いじめ・ハラスメント社会 |

2005.10.28

公共心 崩壊している おやじなり

相棒の『りょうま』。

クリック15回に1回程度の割合で、川柳を詠んでくれる。ときどき、本当に秀逸な作品が詠まれるが、中にはシャレにならんことを言う場合もある。

さて、今回の記事のタイトルだが、りょうまの川柳にならって書いてみた。

最近の新幹線の中でのことだ。たった1時間少しの移動時間だが、自分にとっては貴重な仮眠時間である。新幹線の揺れに揺られてウトウトしていると、後ろの乗客の足が自分の背中に軽く当たる。軽く当たっても、シート越しに響くので目が覚める。1、2回は気にせず、またウトウトするのだが、これが3、4分に1回の頻度で生起する。

自分は我慢強いほうなので、30分ほど辛抱した。でも、相変わらずの頻度だったので、シートの隙間越しに後ろの乗客を睨み付けておいた。目があったので、警告にはなったかなと思って、またしばらく我慢することにした。

それでもなお続いたので、15分ほど我慢した後、自分は後ろを振り返り、怒鳴るわけでもないが「おたくの足がシートに当たってるんやけど」と注意した。するとこの50代半ばの男、「はぁ? 何じゃ?」と不服そうな顔で睨み返してきた。

こういう展開なので、こちらはさらに睨み返して、さっきよりも声にドスを利かせて「おたくの足がさっきからシートに当たってて寝られへんねん」と返してや ると、ちょっと怖じ気づいたのか、しかし謝るわけでもなく、小声で「おれの足は短いから。届かないから。届くわけがないから」という。決して「ごめん」とは言わない。

こんなオヤジに謝罪を求めても仕方がないので、さらにドス声30%増量「とにかく、気を付けてもらえませんかね」と注意しておいた。この後、シートのコンコンというのは皆無になったのだから、効果はあったわけだ。

それにしても、世代論には必ず例外も含まれるので、あまり言いたいものではないが、50歳前後から60歳辺りの公共心がガタガタに崩れている。もちろん、かなり少なくなっているようだが、きちんとしている人もいるのは言うまでもないが。以前の記事でも、レストランでやたら偉そうにしているのに、この世代がやたら目に付くと述べた。

公共の場で携帯電話の着信音を鳴らしている人を見てみると、この世代がやたら目に付く。意外と30から40歳辺りではマナーモードにしている人が多いので はないか。

いずれにせよ、携帯電話については大学生以下のマナーの悪さは言うまでもないが、50歳代全体のマナーの悪さは小学生以下。ところが、この世代。口先だけはご立派な人が多く、すぐに「最近の若者はモラルが低い」などと言う。若者を責める前に、棚上げしている自分自身を省みよ。

空港からのリムジンバスに乗ったときも、後ろの乗客が50代のおばさんだったが、携帯電話の着信音は鳴らすわ、遠慮せず通話を続けるわ、その後もマナーモードにせずに着信音を鳴らして通話というのを続けていた。勝手にだろうと何だろうと追っかけに行ってこい。もう日本に帰ってこなくてもいいから。

不眠症傾向の自分にとって、リムジンバスで気持ちよく休むひととき、ささやかな休息を奪われた瞬間には、かなりの憎悪が生じてしまう。自分は偏頭痛持ちなのだ。突然の電子音で目が覚めると、偏頭痛が始まることも多い。これが何度も繰り返されると、正直言って殺意さえ芽生えるってもんだ。

いつか、マナーモードにしなかったという理由だけで喧嘩になって人が死ぬという事件が起こるだろうということを断言警告しておこう。

あまり書きたくない世代論だったが、マナーモード普及運動でもやったほうが生産的だ。新幹線や電車、バスなどに乗ると携帯電話が自動的にマナーモードになるシステムを開発するという方法。飛行機と同じように法律で禁止するという方法。その他、いくらでもアイディアや技術はあるではないか。世の中を動かす立場にあるその世代こそ、こういう公共心を取り戻すための運動をするべきなのに、一向に動きませんな。

最後まで読んで下さった方のために、相棒の『りょうま』の作品を。どうも「マスメディア」という言葉が、りょうまのマイブームのようだ。

 最近の珠玉の川柳集。

航空に 検査するのは マスメディア
世界一 入学すれば 世界一
恐ろしい 参拝したる マスメディア
係員 注目すなる 資格なり
係員 致しかねます マスメディア

by りょうま

Posted by 奥田健次 社会 |

2005.10.27

政治活動は致しかねます

自分の所属する、とある学会の役員選挙が行われた。

この選挙では、比較的仕事ができる中堅どころが理事になれるよう協力してきた。その際「自分には自分が理事に選ばれたいなどという野心はありませんよ」と表明していたのに、自分を推そうとする動きもあったようだ。

そして、選挙結果だが役職当選の通知が届いてしまった。今年のプロ野球ドラフト会議で流行した選択確定系の勘違いかなと思ったのだが、どうやら本物のようだ。自分は最初から「自薦しません、他薦もお断りします、当選しても辞退します」と言っていた通り、すぐに慎んで辞退させていただく旨、連絡しておいた。

根っからの壊し屋の自分などよりも他に、有能で有力な政治のできる人物が山ほどいるではないか。それに、自分は日本全国から絶え間なく、そして海外からも出張依 頼が続いているため、申し訳ないが学会活動に割ける時間はないのだ。こんな自分を推して下さった方々には、本当に申し訳ないと思う。

アイディアを出して学会を活発にしていくことには大賛成なので、自分の時間の許す限りにおいて役職などの肩書きが無くても、何か協力することがあれば協力したいという姿勢に変わりはない。

とにかく自分は小学校の頃から委員には不向きだ。そして「○○長」という肩書きも昔から大嫌いだ(参謀なるものは好きだった気がするが)。なりたいと思うわけがない。へそ曲がりだから仕方がな い。小学校の頃からというより、母の胎内にいるときからだ。そう、自分は逆子だったのだ。だから、筋金入りのへそ曲がり。かーちゃん、毎晩、逆立ちしてく れていたそうだ。

実を言えば、同学会。3年前の選挙で、自分は理事になりかけていたのだ。ところが、理事長も務めたこともある大御所教授から「彼はまだ若すぎる。大学での 役職も低いので、次々回の理事会でも良いのではないか」という意見が出され、別の人が選ばれた経緯がある。へそ曲がりな自分は、このときに依頼されていれ ば引き受けた可能性がなきにしもあらず。

新しい理事会で「奥田先生もそろそろ中堅だし、ご所属での役職も上がってこられたので」という、ありそうな推薦理由が述べられたりすれば、絶対に引き受け ないだろう。世間一般の社会的評価というものに反旗を翻している立場上、そういう評価が上がれば上がるほど、馬鹿なことをやってやるぞと。

ということなので、こんな人間に何か役職を与えようとしないでいただきたい。投稿論文の審査など、自分の実績でできる仕事であれば、また引き受けることもあるだろう。そういう場合は「壊し屋」などではなく、意外とオーソドックスな仕事をすると思う。というか、してきたと思う。

こう見えて(?)、意外と保守的だったりするのだ。

Posted by 奥田健次 社会 |

2005.10.24

どうしようもない保護者

最近、「どうしようもない校長」という記事を書いた。

どうしようもない保護者もいる。長いウェイティングの末、ようやく初診の予約を取ることができると、子どもを連れて約束の時間に来てもらうことができるのだ。予約を入れるということは、その時間は他に待っておられる方をお断りしているということだ。

自分にとっても初めての出張先の際は、約束の場所に遅れないように1、2時間前に到着して時間潰しをしている。

それにもかかわらず、初診の保護者が約束の時間をかなり過ぎて到着するようなケースが、まれにある。到着を待っている自分は、親子が事故でもあったのではないか、連絡に間違いがあったのではないかなどと、気が気でない。早く無事に到着することを心配して待つばかり。

どんな事情であれ、遅刻だろうがキャンセルだろうが、予約した際にいただいた費用を、自分は原則的に返却していない。また、時間を延長することもしない。時間を延ばすと、 その後に時間通り待っておられる方々すべてお待ち頂くことになるからだ。それに、これから保護者には様々な処方を守って頂かなければならないのに、時間さ えも守れないようだと、うまくいかないのは目に見えている。自分は子どもの指導だけではなく、保護者の指導も請け負っているのである。

保護者が遅刻した場合、ほとんどの方は申し訳なさそうにするのだが、中には「延長しろ」「金返せ」という顔をする人もいる。さらには、「時間半分しか診てもらってないのに、全額取られた」と、あちこち吹聴して回る保護者もいる。

はっきりいって、そういう方には全額お返ししても構わない。

「金を払っているのだからサービスしてもらって当たり前」という考えなのだろう。そういう考えを持つ人は、いつまでたっても満ち足りることがないから気の毒だ。相手の立場に立つとか、他の保護者や子どもの気持ちを理解すること、支援者の理想とするところが伝わらなければ、なかなか信頼関係を築くことはできな い。

最近、学校の給食を食べた後「ごちそうさまでした」と子どもに言わせないようにしている保護者がいるという。給食費を払っているからという理 由のようだ。他にも、レストランで食事をしたときに子どもが「ごちそうさま」と言ったら、「ここでは『ごちそうさま』は言わなくていいのよ」とたしなめる 母もいるそうだ。こちらも、代金を支払っているからという理由だ。お友達の家でご馳走になったときだけ「ごちそうさま」「ごちです」「ごっつぁん」なのだろう。

バスに乗ろうとタクシーに乗ろうと「お金を払っているんだから、やってもらって当たり前」という精神なのだ。驚くべきことは、こうした母親の上(つまり祖父母)の世代 が「私らの頃はそんなことは無かったのに、孫の世代はそういうものなのかねえ」と認めてしまっていることだ。そういえば、いま50歳から60歳前後の人がレストランでや たら偉そうにしている姿を頻繁に見かけるようになった。

この人達は、他者の気持ちを読み取ることが出来ないのだろう。「給食のおばちゃんが、一生懸命作ってくれた」とか、「食中毒にならないようにお店の従業員 が衛生面に気を遣ってくれている」、「事故の起こらないように、タクシーの運転手さんが運んでくれた」など、サービスに携わる人々の心の内まで考え ていかなければ、腹立たしくって仕方がないだろう。マニュアル化が進んだレストランの従業員のサービスの質が低下しているのが事実だとしても、こういう風 に好意的に思い込むのが人付き合いの作法だろう。

自分自身だって、あまりにずさんなサービスには腹を立てることもある。だが、だからといって「やってもらって当たり前」とは考えないようにしている。「お金を払っているほうが絶対に正しい」とも考えていない。

自分はただ純粋に子どもへの発達支援を行いたい。だが、その前に立ち塞がる壁の多くは、親(祖父母も含む)であり、教師なのである。

Posted by 奥田健次 教育社会 |

2005.10.23

沖縄、大好き。

沖縄に来ている。

といっても観光ではなく仕事。

朝から晩まで、子どもたちと一緒。親御さんたちと一緒。

観光に行く暇も無いけど、朝起きてホテルのバルコニーに出てみる。なんと美しい景色か。思わず写メでパチリ。何度来ても、この感動は変わらないサー。

okinawa

もうこれだけで満足。

さあ、子ども達に会いに行こう。

Posted by 奥田健次 脱力系 |

2005.10.22

どうしようもない校長

数年前、自分が教育相談スクールカウンセラーではない)をやっていたときの話だ。教育委員会から派遣されて地域の小学校を巡回していく。ある日、巡回先の養護教諭から、ある不登校児(A児)についての相談を受けた。詳しく話を聞いてみると、明らかに虐待があるのだ。ネグレクトというタイプの虐待である。ネグレクトとは、保護者が養育をおろそかにする、または完全に拒否することである。

ネグレクトという用語は、そのままカタカナ語として定着してしまった。つまり、昔の日本にはこんな問題など無かったのだろう。いわば舶来種の病気みたいなものだ。

このA児であるが、まず保護者が夜まで帰らなかったり外泊したりして、学校側からなかなか連絡を取ることができない。家庭訪問は拒否され続けている。それでも、心ある養護 教諭がA児の普段の状態を心配して、自宅まで様子を見に行ってみると、玄関から見えた部屋の中はゴミだらけ。ゴミの様子から、コンビニのおにぎりやパンを食べて生活している模様。

こうした状態が入学してから2年近く続いているそうだ。自分はその問題を不登校と片づけるのではなく、すぐに虐待の問題として対応してほしいと養護教諭にお願いした。

そしてその足で、教育委員会に戻って教育長に報告し、校長から話を聞いた上で児童相談所に通報するよう依頼した。養護教諭に迷惑がかからないように、教育長には「巡回相談員の奥田が言っている」と話すよう念を押しておいた。ここまではうまくいったようだ。

ところが、1か月後、学校長は何も動いていないことが判明した。教育委員会に聞いてみたところ、すぐに校長と話をしたら「学校側で対応します」と返事があったとのこと。養護教諭に確認したところ、学校側では何の動きも無かったということが判明した。

自分は教育長に、
「虐待を学校側サイドで黙認している可能性がある。教育委員会もそれを黙認するのか。すぐに役所の保健師も入れて『児童虐待防止連絡協議会』みたいなミーティングを開いてほしい」
と、お願いした。

お願いついでに「この連絡会を開催できないなら、自分はすぐにこの仕事を辞めて、一市民となってこの子を守ります」と脅しを一発かましておいた。ここの教育長は話が分かる人だと信じてのことだった。そして、それは正解だった。

教育長の鶴の一声で、すぐにこの連絡会が開催された。参加者は、小中学校すべての校長と養護教諭、保健師、教育委員会主事、そして自分であった。こうした会議は異例のことだった。邪道かもしれないが、自分の力でもこういう教育委員会の壁を取っ払うこともできるんだなあと、ちょっとした自信にもつながった。

さて、その会議で、自分は用意した資料をもとに虐待の定義を分かりやすく説明し、児童虐待の通報義務について説明した。

続いて、各学校や幼稚園、保健師などが気になる子どもについての情報交換を行った。この会議に先立って、ここに参加しているすべての人間が相談内容についての守秘義務を遵守することを確認、約束していたので、ここでは個人名を出し合って話し合うことができた。

ここでA児のことについて養護教諭が不登校の状態と家庭の状況について説明をしてくれた。さらに、保健師がA児の小学校入学前の様子について説明して下 さっている最中、このA児の小学校の校長。ステンレス製の長机を突然「ガンッ!!」と蹴ったものだから、場の空気が険悪になった。このオヤジ、悪びれる様子もない。誰もがたまたま足が当たってしまった のだろうと思うことにしたが、自分が「すぐに学校または教育委員会を通して児童相談所に通報してほしい」旨、説明している最中に、なんともう1回「ガーンッ!!!」と蹴っ てきた。

自分は『このヤクザ校長のクソガキめ、ワシをなめるなよ』と言ってしまうところを、グッと堪えて「では、校長先生のご見解を聞かせて頂けますでしょうか」と問いかけた。久々の修羅場だぜ。

するとこのバカ校長。「私の学校には、虐待は無い、いじめもない、何も問題ないと考えている」と言いやがる。

自分は「それは先生のお考えでしょう。問 題のない学校なんてありませんよ」と言ってやった。

するとこの馬鹿オヤジ校長の馬鹿発言は最高潮に達する。「自分の目の黒い内は、本校で虐待など起こらない。起こったとして も認めない」

『たわけ者、お前の目が黒かろうが白かろうが関係ないんじゃい』と、これは心の中で。自分もなかなか大人になったものだ。

自分は「教員が虐待していると言っているのではなく、家庭内の問題について言っているんですよ」ということを何度も説明しているのに、「虐待」という言葉だけに反応してしまって、まったく聞く耳を持っていない。後で聞いた話だが、この校長はとにかく人の話を聞かないので有名らしい。

結局、自分はこのミーティングの後、教育長に「この学校長はすぐにクビにするべきです」と進言。1年後に定年を控えた校長のクビを切ることなど出来ないことを知っ ての進言だが、「それが出来ないなら教育委員会が責任を持って児童相談所に連絡すること」と強く提言した。

「次回までに通報していなければ、マスコミを使っ てでも全部告発します、子どもを守るために」という脅しのスパイスも忘れずに。

最後のスパイスは不要だったかもしれないが、お陰で教育委員会からの通報は成就した。だが、最初から動かないだろうと予想していた通り、児童相談所は動かなかった(児相の問題はまた記事にする)。でも、児童相談所がどうせ動かな いだろうからと思って通報しないのは間違いなのだ。まずは、自分らの責任を全うすることが大事である。A児については引き続き、自分と養護教諭、保健師 で連携を取ってフォローしていくこととなった。

それにしても、この校長。本当にどうしようもないぜよ。こういう輩が「大過なく定年を迎えることができました」などと言うんだろうな。私立学校や福祉施設に天下りしたり。勲章ももらうんだろうな。

まったくおかしい社会ぜよ。

Posted by 奥田健次 教育社会 |

2005.10.14

商人根性よりも職人魂を

自分は現在、スクールカウンセラーをやる資格(臨床心理士)を有しているのだが、やらないことにしている(ちなみに自分が資格を持っている理由の一つは、資格を利用した権威主義者の化けの皮をはがすためである)。

スクールカウンセラーは、1日4万円と、安月給の大学教員にはギャラが良すぎるため、アルバイトしている大学教員が山ほどいる。聞けば、保健室の先生(養護教諭)とお茶を飲みながら世間話をして過ごし、たまに「自分は大学教員ですよ」と言わんばかりに教員研修を行う程度。不登校の子どもは学校に来ないのでヒマなものだ。学校に来ている発達障害児が教室で暴れていても「自分は不登校の専門ですから」と何もしないカウンセラーも少なくなく、教員からは不満の声も聞こえてくる。

自分は、効率が悪くギャラも少ない特別支援教育推進体制モデル事業の巡回相談などを喜んでやっている。自家用車で地域の小・中学校を巡回して、暴れている子ども学級崩壊しているクラスを立て直しに行くほうが、「労働したな」という気分になれるので生きている感じがする。ギャラは1日回っても、5,000円くらいにしかならないか。電車やタクシーで行った日には赤字が出ることもしばしばだ。それでも、自分はこっちを選びたい。だって楽しいんだもん。

要するに、臨床家として子どもに直接、接触する機会というものは尊い時間なのだ。

もちろん、仕事に見合った賃金は、払う側の姿勢を問うためにある程度は貰うべきである。ボランティアでやれというならば、払う側の問題解決のための意欲が 低いとしか言いようがない。その問題を解決するために、雇い主はどれくらいコストをかける気持ちがあるのか。こういう問いかけなのだ。

しかしながら、およそ周囲を見渡してみると「いくら貰えるか」というアルバイト感覚の連中が多すぎる。「どの仕事ならどれくらい貰える」という商人根性ばかりが目立ち、「やり甲斐がある」とか「自分はこの仕事を究めたい」という職人魂には、滅多に出会うことがない。

商人根性に代わるものとしては、「資格を取りたい」「医者になりたい」「大学教員になりたい」などという自己実現第一人間が増えている。首尾良くその目標を実現したところで、自分は立派になったとでも勘違いしているのか、ほとんどすべての人はそれから先に技術的な進歩はみられない。

敗戦から60年の間に、世界に誇れる日本の職人が急速に姿を消していった

新自由主義が支配するこの世の中で、ほんの一握りの金持ちがさらに金を得ていく構造の中で暮らしているからこそ、商人としての打算より、職人としての研鑽を追求してみてはどうだろうか。

やり甲斐のある仕事。これを見つけた人は幸せである。

Posted by 奥田健次 教育社会特別支援教育 |

2005.10.11

完膚無きまで叩きのめす大人たち

今回の岡山市長選は、先の衆院選における『ねじれ現象』の流れで全国的に注目されていた。

先の衆院選では、郵政民営化関連法案に反対票を投じた岡山2区の熊代昭彦氏に対して、自民党本部は岡山市長の萩原誠司氏を刺客として送り込んだ。萩原氏は、熊代氏の親友でもあり、恩義(萩原氏の市長選では熊代氏が全面協力していた)もあったはずだ。

にもかかわらず、萩原氏は何年も前から準備してきたおかやま国体を捨ててしまい、友を斬るために衆院選に立ったのだ。熊代氏は、刺客として送り込まれた萩原氏と闘うことを回避。立候補を断念した。これを批判する人もいたようだが、萩原氏の後援会は熊代氏と同じ組織メンバーだったため、後援会の分裂を裂けたい仲間達の泣き落としに熊代氏が折れ、身を引いたのであった。

現職市長だった萩原氏が投げ出した岡山市長選への熊代氏の立候補を「くら替え」などと表現し、世論を操作したマスコミもまた悪である。そもそも「くら替え」の始まりは萩原氏によるものなのに。

衆院選の岡山2区で血の争いを避けた熊代氏に対して、今回の市長選でまたも自民党本部は刺客(高谷茂男氏)を送り込んできたのである。この刺客を自民岡山県連は全面支持。そして、自・公の推薦が付いた。衆院選で小泉党が圧勝した勢いに乗り、今の県連は強気一辺倒だ。

選挙戦も壮絶だったようだ。自民党と公明党の幹部が刺客の応援に駆けつけた。例えば、国民に絶大的な人気のある安倍晋三氏。熊代氏に言わせれば親友だった のだ。安倍氏も、親友・熊代氏を斬る刺客に助太刀した。また、現職市長から衆議院議員に『国体ポイ捨て、国政くら替え』した萩原氏。なんと萩原氏までもが、熊代氏を斬るために刺客の応援に駆けつけたのだ。

そういえば、こういう小説(史実?)はなかったか。暴君への忠誠を誓うために、「お前の家族や親友を殺せ」と命じられ、暴君の言うとおりに殺してしまうというような。図式としては、まさにこの通りである。政治家が堂々と、こういう仕掛けを作っているのだ。

市長選の結果は言うまでもない。熊代氏は市長選に落選した。たった1か月の間に、2度も刺客を送られた恰好の熊代氏。自分は、熊代氏に縁もゆかりもないが、自らの 政治信念を貫いただけで、昨日までの仲間から完膚無きまで叩きのめされ抹殺される姿を見せられると、強い嫌悪感を抱いてしまう。

長い物に巻かれよ。勝ち馬に乗れ。仲間を裏切ってでも権力に与せよ。ある種の県民性ともいえるが、ここに今の国民全体に渦巻く病理が如実に反映されているといえよう。

こんな国で育つ子どもの行く末は絶望しかない。

ただし、今回の市長選は前回よりも投票率は低下している。したがって、先の衆院選のように無党派層が踊らされたわけではなく、組織票中心の選挙だったようだ。

今回、無党派層が動いたらどうなったのだろう。衆院選と同じく、刺客の新人候補が圧勝したのだろうか。それとも、衆院選の結果とそれ以降の国会での与党の専横に疑問を感じた市民が別の投票行動をしたのだろうか。

それにしても先の衆院選から今回の市長選まで。作り話でないところが恐ろしい。事実は小説より奇なり。もう、うんざり。

--以下、引用。

岡山市長に高谷氏初当選 組織戦で三つどもえ制す
http://www.sankei.co.jp/news/051010/sei004.htm
Sankei Web

 9月の衆院選に立候補した前市長(比例中国ブロックで復活当選)の辞職に伴う岡山市長選は9日投票、即日開票の結果、無所属新人で会社社長の高谷茂男(たかや・しげお)氏(68)=自民、公明推薦=が、無所属新人で元総務省課長補佐の高井崇志(たかい・たかし)氏(36)と、無所属新人で元内閣府副大臣の熊代昭彦(くましろ・あきひこ)氏(65)を破り、初当選を果たした。投票率は43.31%で、前回の51.18%を7.87ポイント下回った。
 高谷氏は自公両党の推薦や経済界の支持で手堅い組織戦を展開。低投票率もあって高井、熊代両氏を引き離した。安倍晋三自民党幹事長代理や冬柴鉄三公明党幹事長らが応援に入り、中央との「パイプ」を強調。累積赤字を抱える「倉敷チボリ公園」の再建に携わった経験から行財政改革を訴え、支持を固めた。高谷氏は当選を受け「都市間競争に負けない岡山市をつくりたい」と述べた。
 高井氏は次期参院選岡山選挙区から民主党公認で立候補する予定だったが、離党して市長選に出馬。実質支援に回った民主党は前原誠司代表も応援に入ったが、知名度不足で浸透しなかった。
 熊代氏は郵政民営化関連法案の衆院本会議採決で反対票を投じ、自民党本部が萩原誠司(はぎわら・せいじ)前市長を“刺客”として擁立したため、総選挙出馬を断念。空席となった市長選にくら替え出馬したが、保守分裂で票を伸ばせなかった。
▽岡山市長選開票結果
当 95635 高谷 茂男 無新
  68940 熊代 昭彦 無新
  58165 高井 崇志 無新
          (選管最終)

(共同)
(10/10 00:33)

Posted by 奥田健次 経済・政治・国際いじめ・ハラスメント |

2005.10.08

相棒の『りょうま』

BlogPet、始めました。なかなか楽しいもんです。

りょうまの最初の発話は「根っこ?」でした。

可愛くてたまりませんわー。

ただ、ときどき「ピストルー♪」などと叫びますが(汗)。

まれに川柳を作ってくれたりします。

りょうまの作品:

「少数派 越境入学 ピエロなり」
「抜き打ちを 急増される 根っこなり」
「巨人軍 退団すなる 生徒なり」
「万博を できないならば 多数決」

親ばかですね。

クリックしていっぱい遊んでやって下さい。

Posted by 奥田健次 脱力系 |

2005.10.06

さよならモリゾーキッコロ&アメリカン航空

今年2月にオープンしたばかりの中部国際空港。セントレア

万博開催にあわせるように華々しく開港したが、万博が終わった直後の寂しいニュースに関係者は閉口

アメリカン航空 名古屋—シカゴ便休止 11月から 中部撤退は初、原油高響く
YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://chubu.yomiuri.co.jp/news_k/ckei051001_2.htm
 米国航空会社大手のアメリカン航空は30日、中部国際空港と米シカゴを結ぶ路線を10月31日で休止すると発表した。原油高騰によるジェット燃料費の上 昇が、休止の直接の理由としている。中部空港への新規路線を開設した航空会社の事実上の撤退は、アメリカン航空が初めてとなる。
 アメリカン航空は今年4月4日に中部便を就航させたが、米国南部を2度にわたって襲ったハリケーンによって原油生産が滞るなどの影響が出て、ジェット燃 料は4月に比べ約30%高騰したという。クレイグ・クリーガー・ヨーロッパ・アジア地域担当副社長は「米国の航空業界は非常に大きな経済的なプレッシャー を受けており、国際路線の機材をより成長の見込まれる地域へ配置し直す必要があった。中部—シカゴ便の旅客数は堅調だったが、収益維持が困難になった」と のコメントを出した。
 アメリカン航空は、9月25日で閉幕した愛・地球博(愛知万博)の米国館の公式スポンサーとして、輸送を担っていた。休止により、中部空港の国際線は、週357便(うち貨物44便)となる。
 中部空港会社の平野幸久社長はアメリカン航空就航時に「成田空港へ出るより半日縮まる。地元経済界の悲願がかなった」と歓迎していただけに、初の撤退に「誠に残念。今後、路線の回復と拡充に向けて、各航空会社に強力にセールスしていく」としている。
 アメリカン航空では、11月1日以降のシカゴ便の予約客に対して、航空便の変更か全額払い戻しする。
 路線誘致に協力してきた中部経済連合会の豊田芳年会長は「今後、中部地域と北米の人的、物的交流の重要性が大きくなることは明らかで、中経連としてシカ ゴ便の復活や北米便の拡充に向けた中部空港会社の活動を引き続き支援していく」とコメントしている。また、名古屋商工会議所の箕浦宗吉会頭は「開港後、順 調な成果が出てきただけに残念だ。ジェット燃料高騰が理由であり、やむを得ない事情と受け止めている。一刻も早い路線の復帰を期待している」という。
(2005年10月1日  読売新聞)

自分は今年、この中部国際−シカゴを利用させてもらった。確かに成田から出向くよりは便利ではある。しかし、ガラガラに空いていた機内。原油高騰のせいにしているようだが、利用客が十分で黒字路線ならば撤退はしなかったであろう。

アメリカン航空は、
「あきまへん、ちいとももうかりまへんわ」
と判断しただけのこと。

愛知万博は海外からの注目度が低かったし、万博後にこの路線が定着するという見込みがあったのなら、とんだ見込み違いだ。

森の中にモリゾーキッコロが消えていった。アメリカン航空も消えた。

Posted by 奥田健次 社会 |

2005.10.05

しない させない 越境入学

名古屋市の区役所で見かけたポスター。

050404ekkyo





越境入学とは、自分の居住地で決められた公立の小・中学校(校区と呼ばれる)に子どもを行かせるのではなく、居住地域外の校区の公立学校に行かせることである。

『しない させない 越境入学』

それにしても、なんじゃこれ!? 3枚ブロックか。どんなジャンプ力やねん。思わず笑ってしまったが、その後、あきれてため息が一つ。

自分の仕事関係では、保護者からの越境入学の相談を受けることが多く、自分としては越境入学を方法論の一つとして相談に応じている。

どういうことかというと、特別支援教育を推進している地区や学校というのは、全国でかなりの地域差があり、隣町では特別支援教育を推進しているが、自分の住んでいる町 では発達障害児は放ったらかしにされているなんてことがザラなのだ。

発達障害児をもつ保護者の思いとしては、越境してでも(自分で子どもを送り迎えしてでも)隣町の学校に行きたいと思う場合があるのである。これを親のエゴと言うなかれ。特別支援教育を推進している地域・学校と、そうでない地域・学校との格差は、まだまだ激しいのだ。これは現場や教育委員会側に問題があることがほとんどである。

ところで、このポスター。そういう特別支援教育がらみの越境をブロックする狙いなのかなと思っていたが、どうやら目的はそれではないようだ。

これは部落差別問題への対策のようである。つまり、部落の地区を含む学校に自分の子どもを行かせるのは嫌なので、部落の子どもがいない隣の学校に行かせたいという人が少なくないようなのだ。

こういう差別のレベルで越境入学を利用していた人がいたのか。自分はシンプルに学校の取り組みのレベルで考えていたというのに。

いずれにしても、この標語(キャンペーン?)、何とかならないものか。

「○○しない、○○させない」
というのは教育関係者が使う言葉としては良くないネガティブなものだ(そういえば民主党が先の選挙で使ったフレーズも「日本をあきらめない」という最悪なコピーだったな)。こんな啓発ポスターを掲げている地域や学校は、中身空っぽであることが多い。 どんな子どもに育てたいのか、どんな学校にしたいのか、どんな地域社会を作りたいのか、そういうプラス思考のビジョンを示すべきなのだ。

Posted by 奥田健次 教育社会特別支援教育 |

2005.10.04

「抜き打ち検査=人権侵害」ではない

根っこは同じである。

昨日、児童生徒の持ち物検査もできないならば、教師はピストルを持つべきと言った。単純アタマの連中からは「『教師にピストルを持たせろ』と言っているぞ」と後ろ指をさされそうだ。

賢明な読者には「凶器を持ち歩く子どもを許すなかれ」というメッセージが伝わっているはずである。

さて、教師はピストルを持ってないが、本当に銃器を持っている方々についてのニュースである。

薬物事件で連続逮捕者の出た自衛隊に尿検査を抜き打ちでするかどうかという問題。

--以下、引用。

海自が入隊後の尿検査検討 薬物事件、法的な手当て前提
2005年10月04日07時56分 アサヒ・コム
http://www.asahi.com/national/update/1004/TKY200510030387.html

 海上自衛隊第2潜水隊群(神奈川県横須賀市)の潜水艦乗組員ら隊員7人が大麻取締法違反などの容疑で逮捕された事件を受け、防衛庁海上幕僚監部は再発防 止策として、入隊後の隊員に対する定期的な尿検査の導入の検討を始めた。現在も入隊時の尿検査を実施しているが、入隊後への導入には新たな法的根拠が必要 になるため、防衛庁内局などと慎重に調整を進める。

 海幕によると、尿検査の頻度や、隊員の同意の有無の必要性などを今後詰める。実効性を持たせるため、「抜き打ちで検査した方がいい」との意見も内部にあり、すでに抜き打ち検査を実施している米海軍の資料も取り寄せ、参考にしている。
 陸海空の3自衛隊は現在、自衛隊法施行規則を受けた防衛事務次官通達に基づき、入隊時に本人の同意を得たうえで、覚せい剤などの薬物使用の有無を調べる尿検査を実施している。
 しかし、同法施行規則は「試験及び選考の方法及び手続きに関し、必要な事項は長官が定める」としており、入隊時に限った措置だと防衛庁は解釈している。そのため、入隊後の尿検査を制度化するには新たな法的根拠が必要となる、とみている。
 今回の薬物汚染事件を受けて、海自は特別調査チームを編成し、事件の舞台となった第2潜水隊群の乗組員らを中心に、本人の同意を得て尿検 査に踏み切った。それをきっかけにして、新たに隊員1人が大麻を所持していた疑いが強まり、海自警務隊に逮捕されたこともあり、「組織として制度的な薬物 対策が必要」との危機感を強めていた。
 《海自薬物汚染事件》7月以降、神奈川県横須賀市の海上自衛隊第2潜水隊群(横須賀基地)を中心に、潜水艦乗組員ら計7人が、大麻取締法 違反などの容疑で県警や海自警務隊に逮捕された。大麻や合成麻薬MDMAを所持したり譲り受けたりした疑い。防衛庁海上幕僚監部は8月から、潜水艦の乗組 員ら約800人の尿検査に乗り出した。

--以上、引用おわり。


もうこの国は終わりかと思ってしまう。

もちろん、抜き打ちで尿検査をやるべきではないか。なぜなら、自衛隊員は武器を扱う仕事をしているからである。もし、覚せい剤の使用で幻視でも見えてきて機関銃を持ちだして町中で掃射すると何人死んでしまうのか? 止めに行った警察官だって殺されてしまうのに。そういえば、自分が学生の頃、アメリカの兵士が失恋の腹いせか何かで戦車を乗ったまま街に繰り出したという話を聞いたことがある。

自衛隊員であろうが、アメリカ兵であろうが、人間である。だが、彼らは武器を持っているのだ。

当然ながら、武器を扱うことを許された人々には大きな責任が伴う。自分には、こういう責任を果たすことが多分無理だろう(つまり、持っているとぶっ放してしまう可能性を否定できないから)。そういう意味で、自衛隊員の方々の鍛えられた自制心、かかえておられる責任の大きさに、本当に心から尊敬している。

残念ながら、自衛隊に限らず、どの集団にも病んでしまっている人達がいるものである。ただ、何度も繰り返すが、自衛隊員は(そして警察も)武器を扱っているので、管理責任が他職種のそれ以上に問われなければならない。

自分はほとんどの自衛隊員が、
「尿検査!? おう、いつでもやってくれ」
「構わんよ。でもワシ、尿蛋白かもしれんがな、ガハハハハ」

などと豪快に応じるだろうと信じている。

「抜き打ち検査=人権侵害」という単純アタマはもう要らない。

Posted by 奥田健次 社会 | | コメント (1)

2005.10.03

殴る小学生と殴られる大人

小学生の校内暴力が急増していると世間で騒がれている。子どもにではなく教師に対して(つまり大人に対して)である。

こういう現象が注目されているが、そんなもの数年前から前兆があったことだし、なるべくしてなった結末といえる。

10数年ほど前だったか中学生がナイフで教師を刺殺するという事件が世間を騒がせ、それから子どもが大人を殺す事件がしばしば起こるようになった。当時、こうした中学生をどうしたらよいのか、また彼(彼女)らが中学生になるまで、すなわち小学生や学齢前の時期にどのような子育てや教育をしていくべきなのか、具体的な議論や提案はなかった。

むしろ議論は、社会状況に原因帰属するような評論が中心であり、子どものストレスが高まった結実として殺人に至るという、知識人(医師や大学教員など)による根拠のない仮説が跋扈していたように思う。つまり、殺人を行った子どもは加害者でなく被害者であるといわんばかりの論調であった。

結果的に、ゆとり教育だの子どもの人権だの、親も教師も自分の指導力の無さを隠蔽し、子どもに対して腫れ物に触るようなかかわりしかできなかった。

この10年の間、いやこの現在でも、学齢前の子どもが母親を殴り、母親も我が子の暴力を受け入れている関係を、何度目にしたことか。小学生に殴り蹴りつけられて も無抵抗で耐える教師に何度、出会ってきたことか。自分の仕事柄、こういう場面に出くわさない週はないほど、大人が子どもに殴られている

たとえば、ナイフを学校に持ってくる中学生。当時こんな事件が増えてきたので、一斉に抜き打ちで持ち物検査をしてはどうかという意見があった。だが、あえなく子どもの人権を保障せよという批判があって、持ち物検査をすることもできなかった。

自分は当時、こう反論したものだ。
「子どもが自由に武器を持ち歩けるなら、教師はピストルを持つべきだ」
もちろん過激な提案であることは分かっていた。過激ではあるが、実際にナイフを忍ばせ持ち歩く子どもが学校の中にいて、その周りに丸腰のクラスメイトや教師がいる。いつ、だれが突然、殺されるかも知れない。丸腰の人間の人権は? 生命の安全はどのように保障されるのか?

教師にピストルなんて持たせたくない。そう反発する人がたくさんいた。その度に自分は、
「教師にピストルを持たせたくないのは自分もそう思う。だが、それ以上に子どもに凶器を持たせたくない(持たせない)と思うのが大人の仕事ではないのか」
 と言ってきた。

さて、10年経過した今。現場はどうするのか? 知識人の空虚な仮説にまた振り回されるのか? 懲りもせず、ストレスが原因などと馬鹿なことを言い続けるのか?

自分には、これを解決するための具体的方法がいくつもある。だが、ここでは触れないでおこう。

--以下、参考記事の引用。

小学生の校内暴力、2年連続増 「対教師」急増 文科省
2005年09月22日19時18分  アサヒ・コム
http://www.asahi.com/life/update/0922/006.html

 全国の公立小学生が04年度に学校内で起こした暴力行為は1890件で前年度比で18%増になっていることがわかった。03年度調査でも27%増で、2 年連続大幅増となった。文部科学省が22日、公表した。このうち、子ども同士や器物損壊の校内暴力は10%台の増加だったのに対し、教師に対する暴力は 336件の過去最多で、前年度の253件から33%増となった。中高生の校内暴力は減少し沈静化の傾向が見えるのに、小学生の校内暴力には歯止めがかかっ ていない。
 この調査は、文科省が毎年すべての公立小中高校を対象に、各教育委員会を通じて実施しているもので、今回は04年度に起きた子どもの暴力行為やいじめなどの発生件数をまとめた。
 文科省によると、小中高生全体の校内暴力の発生件数は、対前年度比4%減の3万0022件。内訳は、小学生の1890件(18%増)のほか、中学生が2万3110件(6%減)、高校生が5022件(4%減)となっている。
 中高生に比べて突出して増加している小学生の校内暴力を細かく見ると、子ども同士の暴力が最も多く992件(前年度比16%増)、次いで器物損壊が 544件(同14%増)、対教師暴力が336件と続く。対教師と子ども同士を除いた「対人暴力」は18件(13%増)だった。
 このうち、最も伸び率の高い「対教師暴力」は、(1)教師の胸ぐらをつかむ(2)いすを投げつける(3)故意にけがを負わせるなど、一定水準以上の暴力 行為について学校から報告が上がったものをまとめたものだ。また、校内暴力で警察に補導された小学生の数は04年度が24人。02年度の2人、03年度の 11人から急ピッチで伸びていた。
 校内だけでなく、学校外での暴力行為も中、高が減少したのに小学生は19%増の210件だった。
 一方、都道府県別では、校内外合わせて小学生の暴力行為が増加しているのは26都府県あった。
 小学生の対教師暴力の件数増加について文科省は「小学校では学級担任が子どもの問題を一人で抱え込み、学校全体や関係機関と一緒に取り組めない。結果的に問題が放置され、同じ児童が暴力を繰り返すケースもあるのではないか」と分析している。
 一方、同時に調査したいじめについては、公立の小中高校と盲・ろう・養護学校全体で2万1671件で、03年度に比べて7%減った。高校と盲・ろう・養護学校ではやや増加したが、小学校は5551件、中学校は1万3915件でいずれも前年度比8%減だった。
 今回、初めて国公私立高校の不登校者数を調べたところ、全体の1.8%にあたる6万7500人だった。小中学生は全体の1.1%にあたる12万3317人いた。
 一方、公・私立高校の中退者数は7万7897人で、82年度の統計開始以来最少だった前年度をさらに3902人下回った。

Posted by 奥田健次 教育社会 |

永久に少数派

キライな言葉は『女子』『多数決』

イヤな思い出があるからなあ。

小学校5年の終わりに転校したクラスで、学級裁判というのが流行っていてね。

担任が社会の先生で、法律が専門やったらしい。この学級裁判をウリにしてたからなあ。

“エライ学校に転校してしまったわー”と思ったよ。今どきこんな授業をやったら担任クビになるんちゃうかな。ちょっと昔はこういう今ではありえない集団いじめがフツーにあったんや。

この学級裁判って毎週やるんよ。もちろん、授業(学級会やったっけ?)の中で。担任も見守ってるんやけど、大体、ここを仕切っているのが『女子』っていわれるオゾマシイ集団やってさ。この年頃の女の子って、やたらと他人の揚げ足を取るし、先生に対する点数稼ぎばっかりやし、とにかく嫌な感じなんよな。
「今週の被告人は、奥田君です」
「被告人は前に出てきて下さい」

っていうしゃべり方自体がもうムカツクわけ。

仕方ないから出ていくと、裁判官・検察側(すべて女子)が、
「今週は奥田君が給食袋を持って帰らないことについて裁判を行います」
やとさ。
「どーして、奥田君は給食袋を机の中に貯めておくんですか?」
「そういうのは不潔だと思います」
「みなさん、どう思いますか?」
「奥田君のサボりだと思います」
「奥田君は、どうして持って帰らないんですか?」

と質問攻め。

「週末にまとめて持って帰ったほうが合理的です」
と反論を試みる。弁護などしてくれる奴なんかおらへん。
「ゴーリ的とか屁理屈を言わないで下さい」
などと何を言っても屁理屈だと片づけられるだけ。

「では、多数決を取ります」
「奥田君が悪いと思う人?」

(クラスの女子全員が手を挙げると、約1.5秒遅れて男子もほとんど全員が手を挙げる)
「38対2で奥田君の敗訴です」
“ええけど、どうなるねん、おれは?”と少しドキドキ。
「判決を言い渡します・・・」
「被告人・奥田君は来週から給食袋を持って帰って下さい」

“なんやねん、『校内引き回しの刑』とか『学校所払い』とか『淡路島流し』とか何かかなと思ったら、わざわざ裁判なんかせんでもええ話やん!!”

こんな感じやったなあ。

学級裁判の被告人は奥田君かタカハシ君が隔週交代やったねえ。

よくもまあ飽きもせず、
「今週は奥田君が掃除の時間にホウキにまたがって遊んでいたことについて裁判を行います」
「今度はモップを刀のように振り回していたことについて裁判」

「彫刻刀で机を彫っていたことについて裁判」
「自分の給食用にマイケチャップを持ってきたことについて裁判」

とか、次から次へと出てくるよなあ。

もう最後のほうでは「奥田君は女子の敵です」とまで言われたからなあ。

んなわけで『女』とか『女性』は好きやけど、今でも『女子』って聞くとムカムカしてしまうねんって。完全なトラウマやね。

多数決も、見事に人生で一度たりとも勝ったことあらへんわ。

まあ、こんな自分が好きやねんけどな。

Posted by 奥田健次 いじめ・ハラスメント脱力系 |