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2005.09.03

番長賛歌

自分が中学校の頃、体罰は日常茶飯事だった。自分も「そこまで殴るか?」というくらい殴られた。こっちが悪い場合がほとんどだが、それにしても「そこまで殴るか?」である。

ある先生などは、どうやら生徒が倒れるまで殴ることにしていたようだ。自分はその法則に気付くのが遅く、5発ほど喰らってから倒れていた。隣の奴は、1発で倒れていたから、なかなか賢い奴だ。

それから、自分は第二次ベビーブームの世代なので、教室はぎっしり満杯。いじめも激しかった。中学1年のとき、自分は体重が45キロしかなく、持ち上げたり投げたりしやすいので、よくプロレス技をかけられたりした。1対8とかで、抵抗すれば損をする。

中学2年の頃、またいじめがあった。多数で来られたら、最初から抵抗はしなかった。

ある日、いじめのメンバーの一人が、自分を屋上に連れて行った。そこで「なにをカッコつけとるねん」と因縁をふっかけられたのだ。ここは1対1。自分は大きく息を吸い込んで 「ワレ、なめとったら、いてまうぞ!!」とかましてやった。そいつは意外な態度に驚いて「いや、もういいから」と引いたので、「お前な あ、今度、ようけ(沢山)で来て、ナメたことしたら、一人の時に半殺しにしたるぞ」とダメ押ししておいた。

その後、自分に対するいじめはほとんど無かったし、あってもこの屋上男は黙ってみているだけだった。

中学3年になって、すべてが変わった。自分の名字に近い名前の男が、地域で最強の番長で、初めて一緒のクラス、しかも隣同士になってしまったのだ。なぜか自分はこの番長に可愛がられた。

たとえば、マラソン大会。自分は一生懸命まじめに走っても、肺活量の低さから、いつも最下位争い。でも、番長は違う。本当は走れるくせに、わざと最下位にな ろうとするのだ。ちなみに、自分の中学校のウリの一つが、マラソンに力を入れていることだった。

自分が小銭を少し用意しておいて、靴下に隠しておき、番長と折り返し地点を過ぎたあと、自販機でジュースを購入した。番長と 一緒に水分補給。番長はこういう意外性やら機転が利くのやらが好きなのだ。ゴール寸前、校庭のトラックに戻る前、番長は「お前が先に行け」と合図する。自分は「ハヒー、ハヒー」言いながら大 袈裟にゴール。それに続いて、番長は両手を振りながら、歩いてトラックを一周し、最下位でゴール。見事な絵だった。

ある日の全体朝礼。校長の話があまりに退屈で長い。自分は番長に話しかけ、いつものように笑わせていた。後ろのほうだったのに、それを目ざとく見つけた体罰バリバリ体育教師が、 校長のアリガタイお話を遮って「おりゃー、お前!! 何やっとんじゃ、出てこーーーい!!」と怒鳴る。全学年、全教員、そして校長も凍り付く。自分は「また殴られる んかいな」と、前に出ようとした刹那、番長が「なんじゃーーーーい!!」と言いながら、その体罰教師のところまで出ていった。体罰教師にしたら『いや、お 前とちゃうねんけど』という感じか。

番長の態度に体罰教師もひるまず胸ぐらを掴む。番長も体罰教師の胸ぐらを掴み返す。修羅場だ。

体罰教師「ちゃんとせえっ!!」
番長「やったるわいっ!!」
体罰教師「分かっとんか!!」
番長「分かっとーわ!!」
体罰教師「よし」
番長「おう」

番長は、全校生徒が恐れる体罰教師を相手に一歩も引かず、また男を上げた。

この番長、弱い者をいじめることは決してなかった。だから、自分も番長と仲良くなったからといって、これまでいじめてきた奴らに仕返しをしようと考える こともなかった。番長はいつも自分より強い存在に向かっていくのが好きなようだ。アンタッチャブルなものに、やたら触ろうとする。自分はこの番長の影響を受けすぎ た。

退屈な授業で、自分は突然「あーー、ウンコしたくなってきたーー」と言って爆笑させた。担任に叱られると「ウンコしたくなって、何が悪いねん」と言ってみたり。無茶苦茶な生徒だった。

番長と一緒に学校をさぼって、坂道で一緒に缶チューハイを飲んでゲロを吐いたり。適当にコークハイを作って悪酔いしたり。無茶なことをやったものだ。当然ながら、番長との出会いで、成績は下がっていった。それでも、この番長の姿勢から学ぶことも多かった。

それにしても、この番長が教師に立ち向かっているとき、校内のいじめが無かったように思う。お坊ちゃん、お嬢ちゃんには分からないことかもしれないが。

今どき、こんな番長っているのだろうか。

Posted by 奥田健次 学ぶこと, 教育 |