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2005.09.06

子や孫の世代まで

バンコクに行ったときに感じたこと。

前々回、自分の宿泊するホテル近辺のコンビニに買い物に出たとき、日本語を話す50歳前後の太った男と30歳前後の男が、現地の少女2人を連れて買い物をしていた。雰囲気的にはどう見ても不釣り合い。翌日、現地に駐在する日本人にこの話をしてみると、要するに買春に来ている奴らだそうな。なんとも恥ずかしい気持ちになった。

ただし、日本人だけかと思えばそんなことはない。前回出かけたときには、英語を使う白人の連中が現地の少女をべったりと連れ回していたのを何度も見かけた。年齢にして20代もいただろうし50代もいた。直接、現金を手渡している場面も間近で目撃した。

何とも悲しい話である。貧富の差というものは、こんなものなのか。前出の在タイ日本人の話では「売るほうも売るほう」だという。そういう少女たちは、売春 で得た金をホストクラブに使っているとのこと。体を売って得た金を、学費に充てたり親に仕送りしたりしているケースは僅かである。悪銭身に付かず。これはどの 国の売春女にも共通する。

また現地人で売春を斡旋する業者がいるわけだから、現地人にも自国民の誇りより金というのがいるわけだ。もちろん、現地より貧しい国の少女を連れてくるほうが多いのだろうが、自国の少女を売ることだってあるのだ。

ちなみに、現地駐在の日本人は大抵、アヤさん(メイドのこと)を雇っている。このアヤさんは、大変貧しい国から来ているのだ。日本とは経済格差が激しいため、平均的な収入の家庭でも、現地の貧しい階層の人達には大金持ち以外の何者でもない。

今、日本は経済大国(借金大国でもあるが)。だから誇らしくしている日本人は思考停止状態だ。将来のこと、子や孫、その孫の世代のことまで考えるのが大人の仕事だ。現在の政治家(国民も)は、そこのところの危機感が無さ過ぎる

たとえば、郵政民営化が実現したら、当然ながら郵貯・簡易保険の340兆円が世界のマーケットに流れ出る。そして、すでに始まっているように海外の企業に よる日本の企業の買収に拍車が掛かる。簡単にいえば、日本人が外国人に雇われる(支配される)時代がやってくるのだ。政治家ならば、こういうことを徹底し て阻止するべきではないか。

これから、少子社会を迎えることは事実だ。当然ながら、国の経済力は半減する。

50年後、自分の可愛い孫娘がアメリカや中国企業の在日社員のメイドとして安い賃金で雇われていることを想像してみた。祖父として、他の仕事をしてもらいたくても、 どうしようもない世の中だ。自分の兄弟の孫には、アメリカや中国からの旅行者を相手に売春している子もいる。こんなことを想像してみた。いや、こうしたこ とはすでに始まっているのではないか。

この時代は外圧の激しかった幕末に似ている。あるいは幕末以来、本質は何も変わっていないのかもしれない。高杉晋作が上海を訪れた際、現地はイギリス、フ ランス、アメリカの半植民地となっており、清朝を支配していた満民族は白人に支配されていた。高杉はこれを目の当たりにし、愕然としただろう。この時、 1862年。高杉、24歳。今から150年近く前のことである。

危機感を募らせた高杉は命を懸けて自国を守ろうと奔走するが、初めて闘った欧米列強のケタ外れの強さを思い知らされる。その後、外圧に対する危機感のない政府(徳川 幕府)を倒すために働いた。

今の世、こんな若者はいないのか。若者といえば、自分の会社をアメリカの投資銀行に実質譲渡し、大金を借りて放送会社を手に入れよう とした人間を思い出す。この若者が放送会社を手に入れても、その裏には大金を貸したアメリカ資本があるわけだから、その放送会社グループはアメリカ資本に 支配されたといってよいのではないか。

自国の文化や公共性よりも身内の金儲けを優先する人間は、自国の少女を外国に売り渡す売春斡旋業者と同じだ。大企業も政治家も同じで、自分が「富」のほうにい れば大丈夫だと思っているのか。あまりに貧富の差が拡大すると、「富」に属する人間すらいずれ廃退してしまうだろう。「富」に属する人間のコントロールにより、庶民の大半が愚民化してしまったが、 「富」のほう自らが自由競争にある程度の歯止めをかけることはできないのか。

だが、これまでの歴史をみても無理だろう。明治維新を成し遂げたのは、上流階級ではなく下級武士や決起した庶民だったから。自ら歯止めを掛けることもできない「富」のほうも愚かであり、哀れである

Posted by 奥田健次 社会, 経済・政治・国際 |