« 集中講義の夏、終わる。 | トップページ | 全体研修より事例研を(2) »

2005.09.18

全体研修より事例研を(1)

これまで数多くの講演活動を行ってきた。一昨年までは、とにかく地域貢献をと考えて、どんなに安いギャラだろうと小規模な講演会だろうと引き受けてきた。そして、それは大学の宣伝活動にも繋がるものだった(ただし、講演依頼など来ない大学側の連中は、宣伝活動になっていることさえ否定するのだが)。

講演の際、主催者側でアンケート調査でもやろうものなら、手前味噌ではあるが毎度好評で、その証拠に講演の依頼がさらに増えるのだった。アンケートの自由記述欄などでは「目からウロコが落ちた」というもので溢れている。

一体、他人様の目からウロコを何枚落としてきたことだろう。でも、講演活動(学校側からすれば全体研修会)では地域の学校教員の実践レベルに変化はみられなかった。

昨年、日本行動分析学会年次大会のシンポジウムで、自分は「キャッチボールをやってみたくする方法‐教師がABA学習行動を自発するための確立操作‐」というタイトルの話題提供を行った。

こんなことを想像していただきたい。たとえば、キャッチボールが上手になりたいと思っているとしよう。そのために、イチロー選手の練習を見に球場に足を運ぶ人がいるかもしれない。やはり、イチロー選手のキャッチボールは見ているだけでも美しい。だから、何度も球場に通った。

さて、これでキャッチボールは上手くなるのだろうか。

自分は、こんなことを繰り返しても時間とお金の無駄としか思えない。キャッチボールを上手くなりたいという目的に到達するための手段としては説得力が無さ過ぎる

キャッチボールを上手くなりたい。そう思うならグラウンドに降りてボールを投げてみよう。どんなに暴投したって恥ずかしいと思う必要はない。プロなら優しく 受け止めてくれるから。

そして、プロはボールを投げ返してくれるので、それを受けてみて欲しい。これも心配いらない。受けやすいように、最初はそうっと投げてくれるだろう。落としても、後逸して も恥ずかしいと思う必要はない。これを繰り返していくうちに、少しずつボールの投げ方、受け方が身に付いていく。

講演を聞くだけというのは、プロのキャッチボールを外野で見学しているだけのようなものだ。そこで、講演がどうだったか評論しても、見学者自身の実践技術は高くならない。

年に1発の打ち上げ花火のような講演、行事としてこなすだけの全体研修では、残念ながら教師の実践力向上には繋がらない。

ところが、どうしても全体研修で講演を聞くというこれまでのスタイルを見直そうとする教育関係者は少ない。きっと、止めるわけにもいかないのだろう。効果は別にして、やっているだけ安心だからではないか。

教師の自発的な研究行動を高め、実践力を高めるための全体研修に代わる方法、そしてその効果について検討する必要がある。

Posted by 奥田健次 教育, 特別支援教育 |