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2005.09.26

愛・地球博、閉幕。

9月25日、愛・地球博が閉幕した。

はっきりいって、万博史上最低の準備の遅れがあったのではないか。

開幕に間に合わないパビリオン、弁当やペットボトルの持ち込みの扱いについての方針が場当たり的、アクセスの悪さなど、来場者の多くは不満だったようだ。いや、そういう悪い部分を聞いていた人間は来場すら敬遠しただろう。自分もそのクチだ。

聞くところによると、パビリオンの待ち時間が7時間のところもあったようだ。7時間待つくらいならのんびりとグアムに遊びに行ったほうが、よっぽど自然の叡智を実感できたんじゃないか。いくらなんでも7時間待ちというのは、構造的に問題があったとしか考えられない。

本当に、人に地球にやさしかったのだろうか?

たとえば、障害者に対するホワイトカードのようなもの。これは、ディズニーワールドなどが提供している特別な配慮で、障害児・者とその同行者が列に並ばずに入場できるものである。身体障害者に限らず、自閉症児にも適用されるのが普通である。

愛・地球博でも、こうした配慮は当然あったようだ。しかし、障害者手帳で言うところの重度判定の障害児・者のみ対象だったようだ。とすると、軽・中度判定の自閉症児は長蛇の列に並ばなければならなかったということになる。

軽・中度の子どもにこそじっとしているのが苦手な子たちが多いのだと思うのだが。発達障害児の実態が分かっていないと、こういうことになるのだろう。

それから、大切なことは愛・地球博は速やかに詳細なデータを示すことだ。国際環境NGO FoE Japanも指摘しているように、ゴミの総量やリサイクル率、消費電力や温室効果ガス排出量、そして解体・撤収にかかる作業における費用やリサイクル状況などを情報公開してほしい。

データに基づく評価・反省をするべきだ。

最初から最後まで、大切なことは伝えずスローガンを叫ぶだけで終わってしまっていいのか? スローガンだけを叫ぶ連中をみていると、汚い物を隠しているんだなと確信を持つに至った今日この頃。

このままでは企業にやさしい博覧会と言われても仕方がないだろう。

Posted by 奥田健次 特別支援教育, 社会 |